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「イヌの仇討ち」
作 井上ひさし
演出 東憲司
出演 大谷亮介/彩吹真央/久保酎吉
植本潤/加治将樹/石原由宇/大手忍
尾身美詞/木村靖司/三田和代
観劇日 2017年7月15日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 紀伊國屋サザンシアター TAKASHIMAYA
上演時間 2時間20分(15分の休憩あり)
料金 7000円
ロビーではパンフレット等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
忠臣蔵の物語を、討ち入られた吉良邸の側から描いた物語である。
とにかく、その発想がまず凄い。言われて見ればそういう物語があっても全くおかしくないし、いっそのこと「ありがち」という感想すら浮かぶのに、落ち着いて考えるとそういう物語、そういう視点のお話を見た記憶がない。
単純に私がモノを知らないというだけで、例えば学術的にはそういった研究も行われているのだろうと思いつつ、それにしてもやっぱり井上ひさしは凄いと思う。
赤穂浪士が吉良邸に討ち入りしてから吉良上野介の首を取るまで、僅か2時間だったそうだ。
準備期間の割にあっという間に仇討ちを果たしたのだなと思いつつ、この舞台は、その2時間をほぼリアルタイムで描いていることになる。
吉良上野介と、近い人間と、五代将軍綱吉から拝領した「お犬様」とで、台所脇に作った味噌蔵に身を潜めていた2時間、物語はその味噌蔵の中で進行する。
つまり、赤穂浪士の「声」は時々聞こえるものの、赤穂浪士47人は誰一人として登場しない。
しかし、赤穂浪士の様子が判らなければ、流石にこの物語を進行させることはできない。
ずっと2時間逼塞していました、で終わってしまう。ドラマは、側室のおぎんと女中頭のおさんの、二人の「さや当て」だけになってしまう。
その辺りも、当然のことながら上手くできていて、茶坊主がその坊主頭を活かして(坊主と子供は傷つけないという決まりがあったらしい)味噌蔵を出入りして屋敷内の状況を逐一知らせ、また「市井」の情報の伝え手として、たまたまこの日に入り込んでしまった泥棒が登場する。
これで「人の出入り」「情報の出入り」「状況の説明」も完璧である。
当時の江戸の市民にとっても、吉良上野介は「悪人」であったらしい。
吉良上野介自身にとっては、「自分は悪いことは何一つしていない」、だから「自分が仇討ちされる理由がない」と思っている訳で、特に江戸市民からの自分の評判を気にはしていなかったように見える。
どちらかというと「高家筆頭」という立場からして、庶民などというものは眼中になかったという解釈なのかも知れない。
この辺には、ちょっと違和感があった。
しかし、この物語を吉良上野介の側から描こうとすれば、吉良上野介は徹底的に「いい人」にしなければ意味がない。何しろ、歌舞伎の世界で300年以上にもわたって「吉良上野介は吝嗇な因業爺」というイメージを我々に植え続けて来ているのだから、そこをひっくり返すには相当のインパクトがいる。
吉良上野介は、そうした訳で白髪白髯の上品なちょっとお茶目な老人として描かれ、大谷亮介が演じたのだと思う。
討ち入りを描いたリアルタイム2時間なのだから当たり前といえば当たり前だけれど、このお芝居には、歌も踊りもなかった。音楽はあった、ような気がする。
やはり、大きな声を出すと「しー!」とみんなで声を潜めるようなお芝居で、いきなり歌って踊るのはおかしいということだろう。
でも、井上ひさしのお芝居としては割と珍しいような印象がある。
吉良上野介は、茶坊主が時々持ち帰ってくる「大石内蔵助」の行動や発言から、様々に思いを巡らす。
もちろん、そこには、泥棒の「我々庶民の間では」という話も助けに入る。
「大石内蔵助は、短気で瘧の病を持つ主君を放置した。最善の策は早期に隠居させ、新たな藩主を立てることであった。それをしなかった大石内蔵助は昼行灯どころではなく、単なるナマケモノである」という分析は、切れ者とされる大石内蔵助をけちょんけちょんにやっつける、痛快な分析だと思う。
もっとも、この台詞にはちょっと違和感があって、最終的に、吉良上野介は、大石内蔵助は生類憐れみの令など、市井で暮らす人々のことを全く考えず、気分でお触れを出し、大名を潰してその財産を手に入れることにだけ久久としている江戸幕府に対する抗議の手段として吉良邸討ち入りを行った、という結論に達する。
そしたら、大石内蔵助はやっぱり切れ者である。
先ほどの「主君を放置して藩のお取りつぶしにまでなった怠惰な家老」という分析とは全く別人になってしまう。そこの整合性だけ、少し気になった。
吉良上野介は、しかし、自身の分析結果に満足し、江戸市民が「五代将軍綱吉は吉良上野介を見捨てた」と判断していたにもかかわらず綱吉の自分に対する好意が生き続けていると思い込んで崇め奉っていた「不明」を恥じ、ここで生きのびても将軍から切腹を申しつけられる未来に絶望し、しかし、その将軍に対して一矢報いることができることに満足しながら、大石内蔵助の作戦に乗ってこの場で殺されることを選択する。
もちろん、命の選択は重いし、「一人で死にに行く」ことを宣言した吉良上野介に対し、近習の3人と茶坊主が先立って敵に斬りかかっていくシーンは、それぞれ思い人がいたりして切ないのだけれど、しかし、ここで自分が泣くとは思わなかった。
あれこれ考えると、主要登場人物でもあり、随所で笑いを生んでいた「将軍から賜ったお犬様」のぬいぐるみの存在感は大きい。
実は「イヌの仇討ち」というタイトルのココロが判るような判らないような微妙な感じではある。
しかし、何にしてもとにかく面白いお芝居で、いいお芝居で、見て良かったと思っている。
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