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「TERROR テロ」
作 フェルディナント・フォン・シーラッハ
翻訳 酒寄進一
演出 森新太郎
出演 橋爪功/今井朋彦/松下洸平/前田亜季
堀部圭亮/原田大輔/神野三鈴
観劇日 2018年1月27日(土曜日)午後6時30分開演
劇場 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
上演時間 3時間(15分の休憩あり)
料金 7800円
ロビーではパンフレット(1000円)などが販売されていた。
原作本も売っていて気になっていたのに、購入しそびれてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
うっかり「芝居」を見ていることを忘れそうな「芝居」だった。
舞台上には5つの椅子があるだけ、後ろ側にカーブを描いたスクリーンが大きく壁代わりにあり、そこにタイトルや「休廷」の文字がたまに浮かぶ。
スクリーンは下1mくらいが空いていて、役者さんがそこをくぐって登場したりする。
我々観客は「参審員」という立場だ。入場の際に評決で使用するカードが配られる。
芝居の始まりは、裁判長役の今井朋彦が参審員に「裁判について」説明し、語りかけるところから始まる。その際、客席に降りてくるところが上手い。同じ高さに立つことで、同じ場に観客を巻き込む。
場は「法廷」だ。
テロリストにハイジャックされた乗客164名を乗せたルフトハンザ機は、7万人の観衆が集まるサッカースタジアムへ墜落しようとしている。
そのルフトハンザ機を、命令に背いて己の判断で撃墜した空軍パイロットがこの法廷の被告である。
彼の行為は許されるのか、許されないのか。有罪か、無罪か。その結末を、観客の投票によって決定するという舞台である。
だから、多分、エンディングは3パターン用意されていたはずだと思う。
有罪か、無罪か、そして投票が同数だった場合である。
前提条件として、ドイツでは、法律で「無辜の命を救うために無辜の命を犠牲にすることもできる」と定められているが、その法律は憲法裁判所で違憲の判決が出されている。
つまり、この空軍パイロットの行動は、法律で認められていない状態にある。
だからこそ「許されるのか」という命題が成立している。
法廷は、まず、空軍パイロットの上官である人物の証人尋問から開始される。
裁判長がまず事実関係を確認し、その後、神野三鈴演じる検察官が質問する。彼女が証人から引き出したいのは「空軍では、たとえ法律違反であっても、このような状況に直面した場合、誰もが、テロリストの乗った航空機を撃墜するべきであると考え、実際に撃墜するだろうと考えていた」ということなのだと思う。
誰もが憲法裁判所の判断に従わないと決めていた、僚友も従わないだろうと思っていた、だから「スタジアムから観衆を避難させる」という有効な対策を打つことをしなかったのではないか、ということだ。
また、検察官は空軍パイロット自身に対しても、「多数を救うために少数を犠牲にすることはやむを得ない」というその判断の根拠を質し、その線引きを明確にするよう求める。
空軍パイロットが、非常に品行方正かつ優秀な児童、生徒、軍人としての人生を送ってきていることもあり、この彼女の追求は感情的には成功していないように見える。
舞台の始まりから舞台上にいた前田亜季演じる女性は、ルフトハンザ機に夫が乗っていた「被害者」だ。
彼女は最初から舞台上の椅子に座っており、空軍パイロットの上官は証人として呼ばれてから舞台上に登場する。この差は、戯曲の指定によるものなのか、演出なのか、興味深い。
彼女は、裁判官の質問に少しずつ早く答えることでその神経質な感じと追い詰められた感じを出して行く。
彼女の証言のポイントは、多分、その「悲しみ」や「悲惨さ」ではなく、撃墜の何分か前の時点で、これからコクピットに突入するという夫からのメールが彼女に届いていたという1点だ。つまり、164人の命を犠牲にしなくても7万人の命が助かる可能性がそこにあったのではないか、という点を検察官は突いて行く。
これに対して、「飄々として」というよりは若干多くくせ者間を漂わせている橋爪功演じる弁護士は、最終弁論で、今は非常時なのだと説く。憲法や法律など、検察官が「従うべき」と説く原則に従っていたら、テロリストはそこにつけ込んでくる。つけ込まれないためには、今回の「民間機」の撃墜のような判断が必要となる。それが必要とされる世界に我々は住んでいるのだと訴えかける。
彼は、164人の命を絶ったのではなく、7万人の命を救ったのだと訴える。
そして、憲法裁判所が「法律は違憲だ」という判決は出しているが、「無辜の命を犠牲にした」その張本人を罰するべきと言う判断は行っていないと述べる。
この部分は随分さらりと流されてしまったけれど、聞いた瞬間「今言うな! 今言うならちゃんと説明しろ!」と心の中で叫んでしまった。
ポイントはここじゃないか、と思う。
検察側の最終陳述、弁護側の最終弁論、そして被告人の「弁護人の最終弁論ですべて言い尽くされています」という言葉で、法廷は評決に移る。
15分間の時間が用意され、参審員である観客は、配られた赤いカードを「無罪」か「有罪」の箱に入れる。箱は、ロビーに二組置かれ、客席内にも箱を持ったスタッフが立っている。
投票が終わると、投票結果がそのまま裁判長によって読み上げられ、スクリーンに表示される。
多分そうなるんだろうなと思っていたら、やはり、「無罪」に投じた人の方が多かった。
無罪が234人、有罪が197人である。
判決は「無罪」と決まった。
裁判長が語る「無罪であるべき理由」「無罪と判断された理由」は、そこだけ聞いていると納得してしまう。しかし、おそらく、有罪の判断が出た場合には、「有罪であるべき理由」「有罪と判断された理由」もまた、納得できる説明になっているのだと思う。
そう簡単に答えの出る問題ではない。
その裁判長の語りを聞きながら私が考えていたのは、この判決をひっくり返すには「演出的に」どうすればいいか、ということだった。
そもそも、最終陳述よりも最終弁論が後に行われるのだから、弁護側が有利なのである。
例えば、この空軍パイロットが日頃から規律違反を行うような人柄だったらどうだろう、弁護人が若くていかにも優秀そうな人物だったらどうだろう、検察官が被告人を責めるようなトーンを一切封じていたらどうなっていただろう、そんなことだ。
芝居を見たというよりは、裁判を見たという気持ちになって劇場を後にした。
見てよかった。
やはり、原作も読んでみようと思う。
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コメント
ひびき様、お久しぶりでございます。
2年ぶりくらいにコメントをいただいたようです。忘れずにいてくださって、遊びに来てくださって、ありがとうございます。
判決が出たとき、どよめいていたかなぁと思い返してみたのですが、客席はシンとしていたような記憶です。
頭の中でそれから色々と怒濤のように考えてしまい、裁判長の語りがあまり頭に入ってこなかったのが今にして思うと残念極まりないです。
そこも含め、有罪の日も見たかったなぁと思います。自分に残った印象が変わるような気がします。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2018.01.30 23:57
みき様、コメントありがとうございます。
ホームページに各国で演じられた際の判決と票数が公開されているのですね。
教えていただいてありがとうございます。全く気がついておりませんでした・・・。
中国や日本など、アジアでの公演の方が有罪であることが多いのが意外でした。
客電、どうでしたでしょう。
私は前から5列目くらいに座っていたのですが、役者さんが客席に降りてきたり、特に客席に向けて話しかけているときなどは明るく、ステージ上での演技が続いているときなどは暗かったように思っているのですが、もしかしたら、役者さんに当たっているスポットライトで勘違いしていたのかも知れません。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2018.01.30 23:52
お久し振りです。以前何度かコメントさせていただきました。
いつもブログの更新楽しみにしています!
私も観劇してまいりました。私の日は9票差で有罪判決でした。
判決と票数が出た瞬間のどよめき、緊張感にしびれましたー!
私自身も、最初は無罪と考えていたのですが、最終的には迷いに迷って有罪にしたので、有罪に至る気持ち?経緯などの記憶しかなく、無罪の日も観たかったなぁ~と思いました。
久々にガツンと来る素晴らしい舞台を観たなぁーと満足してます。
そうそう、客電はついたままだったと思います。なので余計に集中して緊張感いっぱいでした!(笑)
投稿: ひびき | 2018.01.30 15:22
私も裁判に参加しました。無罪178有罪160でした。以前に橋爪功さんが1人で演じた朗読劇では4公演すべて有罪だったそうです。各国で演じられた舞台での判決や、今公演での判決もネットで見られて、興味深かったです。
それにしても・・・最前列のど真ん中での観劇で、鼻をかくこともはばかられるほどの緊張感で、どっと疲れました。振り返ることもできなかったのですが、客電がついたままのように感じたのですが、どうでしたか?裁判所だから明るいままなのかな?と思ったのですが。
投稿: みき | 2018.01.29 14:16