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「近松心中物語」
作 秋元松代
演出 いのうえひでのり
出演 堤真一/宮沢りえ/池田成志/小池栄子
市川猿弥/立石涼子/小野武彦/銀粉蝶ほか
観劇日 2018年2月17日(土曜日)午後6時30分開演
劇場 新国立劇場中劇場
上演時間 2時間30分(15分の休憩あり)
料金 9500円
ロビーではパンフレット等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
タイトルからして、主人公の二人が心中するに決まっている。
であれば、この物語は悲劇である。
さて、そこに、池田成志演じる与兵衛と小池栄子演じるお亀の夫婦二人がどう絡んでくるのか、果たしてこちらの二人は悲劇に終わるのかハッピーエンドで差が際立たせられるのか、そんな風に思いながら見始めた。
堤真一演じるカタブツの飛脚屋(これがどんな商売なのかは最後までよく分からなかった)の養子の忠兵衛は、それまで真面目一方で過ごしてきたものの、店の丁稚が拾った手紙に入った一分を手紙の送り主に返そうと新町に足を踏み入れ、そこで、宮沢りえ演じる遊女の梅川と一瞬にして恋に落ちる。
一目惚れ、しかもお互いに一目惚れだというのだから念が入っている。
カタブツかつ融通の利かない男が遊女に入れ込み、しかも彼の養子先の家には自分のものではないお金が唸るようにあると来たら、いつか身請けのためにそのお金に手を付けるに決まっている。
その「いつか」が来るのが異様に早い。
二人が出会ってから20日が過ぎる頃には、梅川に身請けの話が持ち上がっている。
この展開の早さが多分「近松心中物語」のポイントの一つであり、「疾走感」と言われる所以なのだと思う。
一方、与兵衛は従姉妹と結婚して養子に入っているが、嫁の母との折り合いがすこぶる悪い。そして、嫁は嫁で与兵衛にベタ惚れなのに、むしろベタ惚れしているからこそ常に与兵衛を追い詰めて行く。
与兵衛自信も遊び人でふらふらなよなよてれてれしていて、お亀の気持ちがてんで理解できない。どうしてこんな甲斐性なしがいいのだろうとすら思う。
お亀はお亀で、19歳という設定なら仕方がないかとも思うけれど、夢見がちのお嬢さんである。
与兵衛の店や忠兵衛の店も出てくるけれど、物語の舞台のほとんどは新町である。
だから、舞台が赤い。
格子で閉塞感が出されているのと同時に、その格子には無数の赤い風車が飾られ、新町のシーンではライトも赤が多用されている。
赤は煽情的というのもよく分かるなぁと思う。
「いのうえ演出らしさ」なのか、元々の本の性格なのかは分からなかったけれど、意外と笑うシーンが多くて驚いた。その笑いは大笑いとか爆笑といった笑いではなく、若干は禁じ手っぽい、クスりとするような笑いである。
視野狭窄で真面目一方、悲劇に向かった一直線でそこに笑いの要素なんて全く入る余地のない忠兵衛と梅川とは違い、どこまでもふらふらよそ見をしたがっている与兵衛と与兵衛だけを見ているある意味こちらも視野狭窄なお亀の二人とでは、醸し出す雰囲気が全く違う。
梅川の身請け話が持ち上がり、忠兵衛は実は同郷だった与兵衛のところに手付金50両を借りに行く。
与兵衛は「どうせここに自分の居場所はない、早晩追い出される身だ」とばかり、店の引き出しをこじ開けてそこにあった50両を忠兵衛に渡してしまう。
「これがなくなったら迷惑がかかるのではないか」と聞く忠兵衛も忠兵衛だ。問題になるに決まっているではないか。それなのに与兵衛に「いいんだ」と言われてあっさり納得して懐に入れてしまうのだから始末に悪い。
描かれ方はどこまでも真面目一方の「いい人」扱いだけれど、ぜひとも近くにいて欲しくないタイプである。
梅川と忠兵衛の恋路を邪魔する悪者扱いされているけれど、飛脚仲間の八右衛門の方がよっぽどまともだ。
与兵衛に借りた金(でも忠兵衛に返すつもりは全くなかったと思う)で手付けを打った忠兵衛ではあるけれど、相手方は即金で残りの身請け料を用立てて来、切羽詰まって手元に持っていた「御用金」とやらを使い込む形で梅川を身請けする。
忠兵衛も阿呆だけれど、その一途者の忠兵衛に「自分のために無理をするな」「自分が店替えをして船女郎に身を落とせばすむことだ」と説く梅川もどうかと思う。本気で止めたかったのだとすれば、逆効果に決まっている。
しかし、忠兵衛を本気にさせるための手練手管にも見えないし、もはや素で「男を破滅させるタイプ」だとしか思えない。
そしてまた、この手のタイプに宮沢りえがはまることこの上ない。流石である。
あっさりと忠兵衛はお尋ね者になり、その忠兵衛に手付金になる50両を用立てたということで与兵衛もまた追われる身となる。
忠兵衛と梅川は確信犯で逃げ出し、与兵衛はお亀の勢いに負けてやはり逃げ出す。
忠兵衛たちが逃げた先は梅川の生まれ故郷の雪深い村で、与兵衛たちが行った先は曽根崎心中の舞台となった川ぶちである。
それまでの「赤い」舞台から一転、白い雪のシーン、青い水のシーンが展開される。
舞台全体の色の印象が強く、逆に遊女たちやお亀の着物の色が意外なくらい記憶に残っていない。
最後、雪の積もった谷間で忠兵衛は梅川の首を絞めて殺した後で自分は刀を腹に刺して死ぬ。
腕の力が弱まる忠兵衛に首を絞めろと促す梅川を見ていると、曽根崎心中の再現をせがむお亀以上に、心中の要を握っているのは梅川なんだなと思う。
江戸時代の頃から、男は弱く、女は強い。
与兵衛などさらに分かりやすく、お亀を短刀で刺して殺した(と思い込んだ)後、自分も死のうとして刀の痛さに堪えきれずに刀を川に放り捨ててしまう。
そもそも、勢いに押されてここまで来たものの、与兵衛には死ぬ覚悟などできていないのだから当たり前だ。
結局、刀を探すために着物を脱いで川に入った与兵衛は助かり、その与兵衛が逃げたと思い込んで着物を着たまま川に飛び込んだお亀は死んでしまう。
さらに、梅川たちが心中を図ったのと同じ場所だと思われる雪の谷間に与兵衛がやってくる。
僧形だ。
そこにお亀の幽霊が現れ、与兵衛は説得されて首を吊ろうとするけれど、縄をかけた松の枝が折れてしまい、寿命までは生かせてくれとこれまた勝手なことを言って歩き去って行く。
向かう先、舞台の一番奥には、手前の雪の谷間とは全く異なる、赤い新町が控えている。
そして、幕である。
様式美といえば様式美、近松の時代も今も変わらないんだなといえば変わらない、何とも大がかりな色と欲の舞台だった、と思う。
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コメント
アンソニーさま、コメントありがとうございます。
そして「封印切???」とアンソニーさんのコメントを読んで、今、その言葉を検索した私です。お恥ずかしい・・・。
教えていただいてありがとうございます。
あのお芝居を観た後、外に出たら雪が降っていたなんて凄いドラマチックな夜でしたね。
羨ましい!
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2018.03.06 23:33
こんにちは、姫林檎様
私も先月ですが観てきました。
文楽や歌舞伎でお馴染みの封印切りの話なので
普通に見てましたが改めて考えると
不思議な職業ですよね笑
帰りに雪が降っていた夜が舞台の余韻を素晴らしく
演出してくれました。
投稿: アンソニー | 2018.03.06 15:00