「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」を見る
二兎社公演42「ザ・空気 ver.2 誰も書いてはならぬ」
作・演出 永井愛
出演 安田成美/眞島秀和/馬渕英里何/柳下大/松尾貴史
観劇日 2018年7月7日(土曜日)午後2時開演
劇場 東京芸術劇場シアターイースト
上演時間 1時間45分
ロビーではパンフレットや書籍、DVDなどが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
国会記者会館の屋上が舞台だ。
遠くもなく近くもないところに国会議事堂のあの特徴的な屋根(でいいんだろうか)が見えている。
そこに、安田成美演じる井原がビデオカメラとともに「潜入」してくる。予定されているデモを上から俯瞰して撮影しようとしているらしい。
国会記者会館は記者クラブに入っていないと利用できず、彼女のようなネットメディアには解放されていない。
一方、いわゆる「大手」と言われる各メディアはもちろん国会記者会館を使い放題で、「保守系の新聞ではないらしい」ことを匂わされている眞島秀和演じる記者及川は屋上にパラソルとデッキチェアを持ち込んでくつろぐ態勢だ。
そこに、及川に呼ばれ、馬渕英里何演じるいかにも首相と近そうな公共放送の解説委員の秋月がやってきて、記者クラブのコピー機に残っていた「首相用 記者会見における追及をかわすための想定問答集」についての話が始まる。
この辺りからすでに話は錯綜していて、及川は「これは首相と記者クラブの癒着の証拠だ、このままにしておく訳にはいかない」と言うし、秋月は「やっと開催が決まった記者会見をぶち壊し、記者クラブ内部を犯人捜しで疑心暗鬼の塊にするようなことはしてくれるな」と言う。
正直なところ、この辺りからすでに自分の価値判断の基準をどこに置くべきか判らなくなってきた。
この芝居のタイトルである「誰も書いてはならぬ」内容が、この「記者クラブの誰かが、首相が記者の追及をかわせるように手助けしている」事実であることは判る。
でも、それで? という気持ちになってしまうのは、すでに私が「飼い慣らされている」からなんだろうか。
この想定問答集を発見したのが柳下大演じる保守系新聞社の若手記者小林で、この想定問答集を作成したのが松尾貴史演じる保守系新聞社の副主幹(と呼ばれていたような気がする)飯塚であったことで、登場人物が出揃い、話があっちとこっちで絡み始める。
及川と井原が、前作の「空気」にも名前だけ登場していた桜木という男の薫陶をどちらも受けていたり、飯塚と秋月の間には「共に首相を支えてきた」という連帯感と「首相の一番のお気に入りは自分だ」という意味のないプライドとが両方共有されているみたいだし、井原を海外メディアと勘違いした小林はやけに井原にすり寄っていくし、しっちゃかめっちゃかだ。
この芝居の中で登場する人々の誰もが、いかにも現実でその立場にいる人々がしゃべっていそうなことである、というのはもはや共有するまでもない「常識」と扱われているような気がする。
時の首相が嘘をついているのは誰もが知っているよね、大手メディアが時の政権に都合の悪いことを書こうとしないことも知っているよ、書くのは「もはや隠すことも出来ない」状況になってからだよね、大手メディアと政権の癒着なんてあるに決まっているよ、という気持ちを、客席にいる我々も常識として捉えている。
だから、秋月が「私が首相を育てたの!」と言い放ったときに笑いが起きる。
シーンとしても笑いを取ろうとしている。
でも、本当はここで戦慄を感じなければいけないんじゃないだろうか、という気持ちになる。
それと同時に、首相と記者クラブ、つまりはメディアとの癒着ももちろん問題だけれど、それが「常識」になってしいまっている現在、「書かれるべきなのに書かれていないこと」が他にもっとたくさんあるだろうと思う。
具体的には語られないけれども、首相の記者会見が予定され、デモも行われることになっている、「今」の状況について、メディアはきちんと追及しているのか、記者会見で「事実」を引き出そうという質問が本当に行われるのか、そこで語られたことは正しく解釈されて伝えられるのか、デモにどれだけの人が集まってどのような主張を掲げたのかということが報道されることはあるのか。
そちらの方がずっと大事だろうという気持ちと、でも、これらのことが正しく行われるためにはまずメディアに「中立」が最低限求められるだろう、そこから始めなければならないくらい、ダメになってしまっていることを知れ、認識しろ、理解しろと言われているのか。
井原が、屋上での撮影を見逃す代わりに「想定問答集」を渡してくれと及川に言われて渡したときに、「それでいいのか!」と思ったのは、「想定問答集は画として強くない、だからネットメディアでは取り上げないということ?」とか、「想定問答集よりもデモの画を伝えることの方が重要なの?」と強烈に違和感を感じたけれど、井原の選択は「メディアとしてあるべき姿」だったんだろうか。
そして、「僕が書いたとは言っていない」と飯塚が言い張り、井原の存在を逆に利用して「ネットメディアが自分に対して仕掛けた罠だ」と言い張り、及川がデッキチェア等々を屋上に運び入れたことが井原の侵入を容易にしたとして彼までも追及すると言明する。
自分が「想定問答集」を作ったことを証言できる立場にある小林に対しては、首相に「食事」に誘うように根回しして懐柔を図る。
絶体絶命のピンチの筈が、何故か人を糾弾する方に回っている飯塚の立ち回りがコワ過ぎる。
でも、こういう人はいるのだ。
山崎豊子の小説が頭に浮かぶ。
彷彿とさせる台詞や演出は数々あれど、政治家の実名は出されない。
それが今の時代の「空気」なのか、とも思う。
実際、ここに書いちゃっていいのかなと私ですら思って、結局書いていない。
及川の新聞社でもこの問題は取り上げないことを決め、小林も首相からの食事の誘いに応じることにする。屋上で一人荒れる井原のところに、秋月が何故かビデオカメラを返しに来る。無言だ。
そのビデオカメラを担いだ井原は、「メディアを恨むな、メディアを作れ」と自分に言い聞かせるように呟きながら撮影を開始する。
そこで、幕だ。
客席に年配の男性が多かったことが印象に残った。
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コメント
アンソニーさま、お久しぶりです。
お元気そうで何よりです。
飯塚ほど大物(?)でなくとも、普通にあーゆータイプの人っていますよね。
そして、「こいつ、逃げ切っちゃうんだろうな」と思わせてしまうところがやはり大物で、冷静になれば飯塚の今回の最後の攻撃も穴だらけなのに!
飯塚本人よりも、飯塚みたいなタイプが出世し通用してしまう「空気」が一番怖いことなのかも知れません。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2018.07.14 10:07
姫林檎様、こんばんは。
お久しぶりですが、お元気ですか?
私も見てきました。飯塚みたいな怖いわけの
わからない人、社会にいますよね。
客席に古舘伊知郎さんがいました。なんだか
妙に納得しました(笑)
投稿: アンソニー | 2018.07.08 19:53