「光より前に~夜明けの走者たち~」を見る
「光より前に~夜明けの走者たち~」
作・演出 谷賢一
出演 宮崎秋人/木村了/中村まこと/高橋光臣/和田正人
観劇日 2018年11月23日(金曜日)午後1時30分開演
劇場 紀伊國屋ホール
上演時間 2時間
料金 7000円
ロビーではパンフレット等が販売されていた。
また、終演後にはアフタートークのゲストでいらしていた君原健二さんがお客さんと談笑されていたのがちょっと微笑ましい光景だった。
ネタバレありの感想は以下に。
中村まこと演じるスポーツ誌のライター宝田が、東京オリンピック以降の君原健二と円谷幸吉の二人のマラソン選手を振り返るという形で舞台が進んで行く。
東京オリンピック直前、宮崎秋人演じる円谷選手に和田正人演じる秦野コーチが「キロ3分のペースを20kmまで守って他の二人のペースメーカーになれ」と命じ、元気よく前向きに了解する円谷選手には、もうそれだけで悲劇の気配が漂う。
いい人過ぎる人の哀しみとか不安定感とかそういうものが全開で表現されていて、幕開け当初から何だか落ち着かない気持ちになった。
円谷選手が自殺して亡くなったことは知識として知っていたし、そのことが悲劇でない訳がないのだけれど、そこに至るまでの経過を全く知らなかったし、東京オリンピックでメダルを獲得したことを忘れていたので、とにかく幕開け当初のこの「悲劇が目前に迫っている」感じがとにかく逃げ出したいほどだった。
円谷選手が秦野コーチに向かって「教官」と呼びかけるのが不思議だったけれど、お芝居が進むうちに彼らが陸上自衛隊に所属していることが判って納得した。
そうだったのか、という気持ちと、なるほどね、という気持ちと両方があった。
円谷選手の過剰なまでの(と思える)責任感や使命感の一つの理由はそこにあったんだろうなと思う。
納得するのと同時に、ここで納得しちゃだめだよとも思う。
秦野コーチの制止を振り切って、東京オリンピックの直前合宿を抜け出してレスリングの観戦にでかけてしまった木村了演じる君原選手が、マラソン本番で力を発揮できず8位にとどまったのに対し、「ペースメーカー」としてキロ3分のペースを守っていた円谷選手は、ハイペースを維持し、トラックで抜かれるものの銅メダルを獲得する。
君原選手は、「退部届」を会社の陸上部を統括していた高橋光臣演じる高橋コーチに提出する。
その後の君原選手の活躍は何となく頭にあったので、この辺りに悲劇の匂いは感じない。
むしろ、この辺りで考えていたのは、東京オリンピックの男子マラソンには日本人選手が3人出場していて、しかしこの芝居では3人目の選手の名前が何回か出るものの、役としては出てこないし、東京オリンピックのシーンが終わった後は全く触れられない。
寺沢選手は、その後もオリンピックにこそ出場はないものの、日本新記録を出すなど活躍を続けていらっしゃったそうで、(妙かつ失礼な言い方かも知れないけれど)だからこそドラマになりにくいのかしらと思ってしまった。
高橋コーチを君原選手との関係がなかなか妙で、秦野コーチと円谷選手のほぼ一心同体のような強固な信頼関係とは対照的で、君原選手はなかなか自己主張の強いとんがった感じに造形されており、高橋コーチの方は、そういった君原選手をいなしつつしかし手綱はしっかり握っている感じに演じられている。
信頼関係はあるのかも知れないけれど、それよりも対等な関係というか、駆け引きが常に行われているような感じに見える。
この高橋コーチの感じが微妙で、ちゃらんぽらんな感じのところと「実はできる男」の感じのところのバランスが、もうちょっと後者に傾いているように作っても良かったんじゃないかなぁと思った。
最初の頃は、本当にただダメダメなコーチに見えたし、一度は退部届を出した君原選手に「モルモットとしてメキシコシティに行こう」とだまくらかして連れて行くシーンや、メキシコシティで「メキシコ(オリンピック)に行こう」というシーンが、若干浮いているように感じられてしまった。
もっとも、私に人を見る目がないというだけのことかも知れない(というか、そういう可能性の方がはるかに高い)。
東京オリンピック後の円谷選手の状況は本当に悪化の一途をたどるばかりで、しばらくは練習することもできずに「講演会」などなどに引っ張りだこ、自衛隊の上官に結婚を反対されて最終的には破談に追い込まれ、こうした状況から円谷選手を守ろうとした秦野コーチは北海道に転勤させれてしまい、新たにコーチとなったのは長距離走は専門外である教官で、ここではそれらすべての原因は「分かりの良くない自衛隊体育学校の当時の校長」という分かりやすい構造になっている。
本当かなとも思うし、原因の多くを占めていたことは間違いないんだろうなとも思う。
君原選手の復活の場に立ち会ったり、オーバーワークで身体がボロボロになっていた円谷選手に入院を勧めたり、宝田が随所で活躍していて、こちらも本当かなと思いつつ、恐らくは何人かの人物を統合した人物なんだろうなと思う。
そうじゃなかったら、むしろこの宝田を主人公にした方がいいくらいの活躍ぶりだ。
結婚し、見事な復活を遂げた君原選手とは対照的に、円谷選手は秦野コーチという「片割れ」をなくして心身共に頼るべき相手を失い、責任感に追い詰められ、負のスパイラルからどうやっても抜け出せない。
それなのに、インタビューなどなどでは明るく前向きなコメントを繰り返し、さらに自分を追い込んで行ってしまう。
前半と後半、東京オリンピックを挟んで、見事に二人の明暗がひっくり返る。
お正月に帰省していた円谷選手は、かつての婚約者が結婚したことを知らされ、オリンピック選考会を兼ねたマラソン大会が目前に迫る中、走ることができず、自殺して亡くなる。
その葬儀に、君原選手と高橋コーチは「メキシコオリンピックで日の丸を掲げることを誓う」と弔電を送る。
君原選手は、メキシコオリンピックのマラソンで、ゴール前に円谷選手から声がかかったように感じて振り向いたところに後方から迫る選手を認め、スパートをかけて銀メダルと守る。
「振り向くな」という教えを守って後ろから迫る選手に気づかず、ゴール前に抜かれた円谷選手とはこれもまた対照的である。というか、対照的に描かれる。
ここまで書いてきて我ながら情けないことに、ラストシーンが思い出せない。
最後に舞台に立っていたのは、君原選手と高橋コーチだった、ような気がする。
けれど、印象に残っているのは、やたらと明るく前向きな円谷選手の笑顔である。そして、その笑顔が、東京オリンピック後は完全に「「仮面」としてのものだったことがやるせない。
泣いて泣いてすっきりした。
しかし、恐らくスポーツやオリンピックが抱える問題はすっきりするどころか今も変わらず、より重苦しく、続いているのだろうなとも思わせられた。
終演後のアフタートークでは、作・演出の谷賢一さんが司会を務め、君原健二氏(74歳で、舞台に走って登場された。お元気であると同時に茶目っ気のある方と拝見した)、君原選手と円谷選手を演じた俳優お二人が登壇された。
木村了さんの緊張っぷりが微笑ましく、和田正人さんと宮崎秋人さんのアドリブ台詞の意味もここで判明し、なかなか楽しい時間だった。
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