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2018.12.09

「民衆の敵」を見る

「民衆の敵」
作 ヘンリック・イプセン
翻訳 広田敦郎
演出 ジョナサン・マンビィ
出演 堤真一/安蘭けい/谷原章介
    大西礼芳/赤楚衛二/外山誠二
    大鷹明良/木場勝己/段田安則
観劇日 2018年12月8日(土曜日)午後0時30分開演
劇場 シアターコクーン
上演時間 2時間15分
料金 10500円
 
 シアターガイドのホームページの更新が終了してしまったため(運営会社が経営不振のため業務停止となったためだそうだ)、上演時間をまとめてくれていたページも更新されなくなり、正直、難儀している。
 雑誌の復刊を含め、再開を希望!

 ロビーではパンフレット等が販売されていた。

 上演開始の時刻が早かったため、長編なのかと戦々恐々としていたところ、その理由は上演時間の長さではなく、主人公一家の子供達が重要な役どころを担ってラストシーンにも登場するからのようだ。

 ネタバレありの感想は以下に。

 シアターコクーンの公式Webサイト内、「民衆の敵」のページはこちら。

 やけに立派そうな邸宅の場面で幕が開く(実際には幕はない)。
 舞台の奥行きをかなり深く使い、奥にダイニングテーブル、手前にソファセット、左手に玄関があるという設定のようで、右奥にキッチンが見える。
 幕開けの時点ではそれほど目立っていない、舞台上に張り巡らされたパイプが、芝居の進行とともに徐々に姿を現して行くのが何とも効果的だと思う。

 この家の主である堤真一演じるトマスは医者のようだ。
 そして、段田安則演じる兄は市長を務めている。
 私はこの芝居の作者をイプセンだと知っていたにも関わらず、舞台を見ているときは「ここはアメリカ合衆国」と思って見ていた。間抜けである。
 そういう訳で、この芝居はノルウエーを舞台としている。
 だからこそ、「北の方で鬱屈していた」というトマスの台詞の重みが増すのだろうと思う。

 そのトマスがやけに嬉しそうに郵便の到着を待ちわびている。
 そのトマスの家に街の新聞社の記者たちや、兄の市長などなどが訪ねてきて、この街は現在、温泉景気に沸いており、その温泉を街作りに生かそうと提案したのがトマスであったことが知らされて行く。
 今や、「温泉」は街作りの生命線であり、文字通り収入の源泉だ。

 トマスが待ちわびていた郵便は、この街の温泉の水質検査の結果で、そこには、バクテリア(だったか・・・)等々、とにかく温泉が汚染されていることを示すデータがあったようだ。
 トマスは、温泉に来て具合が悪くなる人が続出した状況から、温泉に原因があるのではないかとずっと調べていたらしい。
 そして、その原因が、温泉の給水パイプが通っている街の一部の汚泥にあると結論づけ、給水パイプの引き直しが必要だと手放しで「喜んでいる」。

 このトマスの喜びように何とも違和感がある。
 科学者かつ医者として健康被害をもたらす原因が判明したことが嬉しいということなんだろうか。
 そして、市民もその「発見」を喜ぶものと決めてかかっている。
 そのニュースを知り、新聞記者達は色めき立って「パレードをやろう」などと莫迦なことを言ってはしゃいでいるけれど、ここは木場勝己演じるホルステル船長の「そう上手く行くといいが」という発言が唯一のまともな発言だと感じられる。

 トマスの発見は、市長ら温泉を武器に街で権力を握っている「権威」に対して反感を持つ、例えば議員を首になったトマスの義父や、市長の施策に反感を持っているらしい不動産業界の会長や新聞記者たちに大絶賛される。
 しかし、街の人々にそのことを知らしめる前、市長に知らせた段階であっさりと「そう上手くは行かない」ことが分かる。
 当初喜んだのはトマスの「発見」を「利用できる」と踏んだ人々ばかりだったという訳だ。

 市長は温泉の給水パイプの引き直しに莫大な予算と長い年月が必要なことが分かると、この情報を握りつぶそうとする。
 最初はトマスを説得しようと努めるけれど、それができないとなると、絡め手を使うことにし、トマスの支持者たちに「税負担の増大」を伝えてあっさりと寝返らせる。
 最初は、街の人々の反応やそもそも熱くなりすぎる夫の性格を心配し、大々的に打って出ることに反対していたトマスの妻も、周りの余りの反応に怒り、完全に夫の側に立つことを決める。

 もちろん、トマスは「民衆の敵」になる。
 検査結果を知らしめようと開いた集会で逆に「民衆の敵」という烙印を押される。
 それにしても、その集会で「大衆」を愚弄するかのような発言を繰り返し、温泉の水質検査の結果や給水パイプの問題について全く訴えようともしないのだから、正直、見ていて「下手すぎる!」とツッコミを入れたい気持ちになった。
 言っていることの正しさと、伝わる正しさは全く別なのだということを訴えられているのかと思ったくらいだ。

 トマスは、最初、温泉の水質が持つ問題を公表し、その問題を解決して温泉とこの街を再生しようとしていた筈なのに、いつの間にか彼の目的は「権威に反抗すること」になってしまったようにも見える。
 正しく「反抗」で、トマスが「給水管の引き直し」以外に何を求めているのか、最後には全く分からなくなってしまった。

 むしろ、そういうトマスを一貫して支え、集会の場所を貸し、激高する市民から逃げる一家を助けるホルステル船長が、冷静かつ格好良く見えるけれど、彼の信じるところもまた実はよく分からない。
 そういう意味では、あっさりと欲に転んだ新聞記者たちや、自分の持つ工場が温泉を汚染していると指摘されてそれを隠したいと願った義父、権力を握り続け温泉を権力の源泉として使い続けたいと考えている市長の発想の方がよく分かる。
 トマスの妻の「家族を守りたい」という揺れる意思も分かるし、娘のペトラの「とにかく原理原則」という姿勢も分かりやすい。

 それで、結局トマスはどうしたいと言うのだろう。
 家に石を投げ込まれ、大家から立ち退きを勧告され(「止むに止まれぬ決断だ」という手紙文は、トマス支持者が少しはいることを示すのか、蚊帳の外にいる人々のずるさを示すのか、微妙なところだ)、温泉医務官としての市の職を解かれて一時はアメリカに行くことに決めたトマスが、ホルステル船長の好意で彼の家に住むことにし、この街に残って何をしようとしているのか、よく分からなかった。

 この芝居にはたくさんの「コロス」が登場していて、場面場面で無言で「民衆の敵」に対する敵対の心や圧力や排除しようという動きを表現していた。
 それは、見るからに不気味だ。
 イプセンが「多数派」という存在をどう捉えていたのか、トマスの台詞はイプセンの信条なのか、それとも反語的に語ろうとしたのか、もしかしてどちらにも倒して上演することができる芝居だし、それを狙っていたのかも知れないという穿った考えも頭に浮かぶ。

 世界一強い人間は何があっても一人で立っている人間だ、という主張は分かる。
 息子達の教育方針とするのも理解できる。
 しかし、世界一強い人間になって、トマスは何をしようとしているのか。

 その決断に至る前、義父が自分の財産を温泉に全部投資し「おまえの妻子に渡る遺産を価値ゼロにするつもりか」と脅したり、新聞記者と不動産協会の会長が来て「値の下がった温泉の株を買い占めて、(安全性を保証して)再び値が上がったときに売るつもりですね」と協力を申し出たり、「ほとぼりが冷めたころに詫び文を書いて公開すれば市の職にもどしてやる」と市長が言いに来たり、兄の言い草にはそれほどでもなかったけれど、全体的に揺れる顔を見せたトマスが揺れた理由は「家族」ではある。
 でも、最後に決心したトマスがやることは「家族を守ること」ではない。

 では、何をしようとしているのか。
 そこがやっぱりよく分からず、やたらと喧嘩っぱやいのにやけに前向きに明るいトマスのしゃべり口調がぐるぐると回ってしまった。

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コメント

 すぅ様、初めまして&コメントありがとうございます。

 おけぴネットというサイトは初めて知りました。
 教えていただきありがとうございます!
 早速、活用させていただきます。

 しかしやはり、シアターガイドがなくなるのは寂しいですよね・・・。
 気になる特集のとき買うくらいでしたけれども。
 復刊を希望します、です。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2018.12.18 11:11

初めまして、、多分コメントは
”シアターガイド”の廃刊には驚きましたね。
上演時間は私も頼りにしていたのですが、
その志を汲んで、、”おけぴネット”さんが上演時間を取りまとめたサイトをオープンしています。ご参考までに、、

https://okepi.net/top/time

投稿: すぅ | 2018.12.17 14:19

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