「ヘンリー五世」を見る
彩の国シェイクスピア・シリーズ第34弾「ヘンリー五世」
作 W. シェイクスピア
翻訳 松岡和子
演出 吉田鋼太郎
出演 松坂桃李/吉田鋼太郎/溝端淳平/横田栄司
中河内雅貴/河内大和/間宮啓行/廣田高志
原慎一郎/出光秀一郎/坪内守/松本こうせい
長谷川志/鈴木彰紀/竪山隼太/堀源起
續木淳平/髙橋英希/橋本好弘/大河原啓介、
岩倉弘樹/谷畑聡/齋藤慎平/杉本政志
山田隼平/松尾竜兵/橋倉靖彦/河村岳司
沢海陽子/悠木つかさ/宮崎夢子
観劇日 2019年2月23日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 彩の国さいたま芸術劇場 大ホール
料金 9500円
上演時間 3時間(15分の休憩あり)
ロビーでは、パンフレットやグッズなどが販売されていたけれど、結構な混雑ぶりで、グッズ等のチェックは諦めた。
ネタバレありの感想は以下に。
蜷川幸雄演出の彩の国シェイクスピア・シリーズは、前回の第33弾「アテネのタイモン」から吉田鋼太郎が演出を引き継いでいる。
前作は見そびれたけれど、松坂桃李主演のヘンリー五世と聞いて、見てみようと思った。
もっとも、私は「ヘンリー五世」はあまり面白くないと思っている。若くして王位に就いたヘンリー五世が不利な闘いを制してフランスを併呑する、というイケイケどんどん「だけ」の物語のような印象が強いからだ。
昨年に「ヘンリー五世」を(多分)初めて見て、今回が2回目なのだけれど、やっぱりヘンリー五世はひたすらヘンリー五世英雄譚だった。
今回の上演では、ハル王子を松坂桃李、フォルスタッフを吉田鋼太郎が演じた「ヘンリー四世」の映像がまず最初に流されて、それを見て「もしかしてヘンリー四世を見ていないとヘンリー五世の面白さは判らないんじゃないか」と初めて思い当たった。
やっぱり、我ながら色々と気づくのが遅すぎる。
フォルスタッフを演じていた吉田鋼太郎は、ヘンリー五世からフォルスタッフが追放されるシーンの後、コロスとして登場する。
昨年に「ヘンリー五世」を見たときに説明役がしょっちゅう出てくるよ! これは台本通りなのか演出なのか! と思ったことを覚えていて、どうやら台本通りということのようだと思う。
演出でもある吉田鋼太郎自身がコロスを単独で演じるというのは。何というか「上手い」と思う。すべてを決められる人がここにいる、という感じだ。
ヘンリー五世は、国内問題を色々と抱えていそうな感じを漂わせつつ、まずは国外に目を向けることにしたらしい。
大体、フランス征服の大義名分を是とした聖職者だって、「自分たちの財産を取り上げられたくない」から王を取り込もうとしただけである。
ヘンリー五世は、劇中で何度も何度も「名誉」という言葉を使っているけれど、つまるところ、いわゆる「覇王」という型の王なのだと思う。
この舞台では、ヘンリー五世が王になったところから、フランス遠征で不利な闘いの中大勝利を収め、フランスを併呑してフランス王女を妻にめとるところまでしか語られない。
内政問題だってあっただろうし(実際、遠征前に謀反が起こされかけたところを阻止している)、そもそも他国を併呑するには国と王に気力も体力も必要な筈だし、国民の支持だって必要な筈だ。
そういう「影の苦労」が語られない分、何だか嘘っぽい成功物語に見えてしまう、ように思う。
戦争に勝った国が歴史を書き換えるという感じで、ひたすらヘンリー五世に都合良く書き換えられたヘンリー五世の物語という気がする。
松坂桃李は、その「苦悩している割に苦労してるっぽく見えない」ヘンリー五世を正面から「王」として演じているように思う。
恐らく、ハル王子との落差っぷりが激しかっただろうと思う。ここでも「ヘンリー四世」でのハル王子を見ていないために「楽しめていない」自分を感じる。
フランス軍はひたすら有利で勝利を確信しているように描かれている。
そのフランス軍の中でひたすら前進を唱える王子を演じる溝端淳平が、しっかりきっぱり徹頭徹尾「嫌な奴」を際立たせていた。途中まで、溝端淳平が演じているのだと気がつかなかったくらいだ。
この威勢はいいけど多分あまり物事を深く考えていないフランス王子と、ハムレットばりに悩み続けるヘンリー五世とは好対照だ。
そのヘンリー五世の物語と平行して、兵士達の物語もところどころに顔を出す。
ピストルというポン引きの男や、フルエリンというウェールズ出身の口の立つ男や、一兵士に変装したヘンリー五世が決闘を約束するまでになる普通の兵士達などだ。
それぞれ、歴史的・社会的背景を知っていれば、意味深いシーンであり登場人物なのだろうけれど、フランス王女キャサリンが戦の結果も判らないうちから浮かれて英語を勉強しているシーンと同様、私の頭に?マークがたくさん浮かぶ。
その中で、一兵士に変装したヘンリー五世が、王への不信や不満を述べる兵士たちに対し力一杯に王を擁護するシーンは、分かりやすく、イギリス軍の士気を伝えているなぁと思った。
兵士達はみな、明日の戦で自分は死に、イギリスは負けるのだと思っている。
そして、自分たちが死に、イギリスが負けるのは「王のせいだ」と思っている。正しい。
彼らの認識はもの凄く正しいのに、王を力一杯擁護してやりあった後に一人で自らの苦悩を吐き出すヘンリー五世を演じる松坂桃李が余りにも正面から「悩める若者」だったもので、ついうっかり、説得されそうになってしまった。
逆に、戦が「奇跡的な勝利」に終わった後、王が彼らを許しているところを見て「解せない」と思った。結果が勝利に終わったとはいえ、軍の士気を下げる言動は罰せられて然るべきだと思う。彼らを罰せず、むしろ友のように扱ったヘンリー五世の意図も、その王を温かい目で見つめていた家臣団も、よく判らなかった。
ずっと真摯に悩める若者だったヘンリー五世が、フランス王女キャサリンに求婚するシーンでは、突然に「道化」に変身する。
ずっと戦闘シーンを続いていた部隊の最後に和んでいただきましょう、ということなんだろう。
この恋する若者二人に比べ、そして優柔不断の極みを発揮するフランス王に比べ、堂々と嫌みを言うフランス王妃がなかなか凄い人物だと思う。
イギリスのフランス併呑、劇的な大勝利で幕となる。
しかし、コロスが最後に登場し、この後すぐにヘンリー五世は亡くなり、ヘンリー六世の時代は混沌とし争いが生まれることを少しだけ語り、「でもそれは別の物語である」といったことを述べて、本当に「幕」となる。
この、「ヘンリー五世の偉業は結局、無に帰し、どころかより酷い混乱をうむことになりました」という顛末が語られるかどうかで、この舞台の印象はえらく異なると思う。
「ヘンリー五世」は英雄譚である。ヒーロー物語である。最後は(少なくともイギリスにとっての)大団円で終わる。
しかし、この最後の一言で、この舞台はこれまで積み上げてきたすべてをひっくり返すこともできる。
ひっくり返されたと思うかどうか、それは「コロス」が何度も強調していたように、観客である我々の想像力にかかっている。
何とも粋な終わり方だったと思う。
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