映画「蜜蜂と遠雷」を見る
「蜜蜂と遠雷」
監督 石川慶
出演 松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴木央士
臼田あさみ、ブルゾンちえみ、福島リラ、眞島秀和
片桐はいり、光石研、平田満、アンジェイ・ヒラ
斉藤由貴、鹿賀丈史
ネタバレありの感想は以下に。
3年ぶりに映画を見た。
自分で「見よう」と思って映画を見たのは5年ぶりである。
恩田陸の「蜜蜂と遠雷」の映画化で、これは映画化は不可能と言われていたというけどそれはそうだろうなぁ、でも舞台化はもっと無理だよなぁ、ということを最初に思った。
もちろん、原作は先に読んでいる。
ピアノコンクールを舞台にした、(主に)4人のコンテスタントの物語だ。
映画と小説があったら、やはり映画から見るのが正解だよなぁと思う。
あの小説を2時間の映画に収めてしまったこと自体が凄い。でも、やはり小説と映画は別のものだし、そぎ落とされてしまった部分こそを惜しいと思ってしまう。
逆に、この映画の場合は、雨音と馬のシーンが結構出てきていて、これは出すならもうちょっと説明しないと映画だけ見ていたら意味不明だろうなあと思った。
例えば、雨音とギャロップのリズムをもう少し分かりやすくオーバーラップさせるとか、原作にも出てくる「貴婦人と乗馬」のピアノの音を被せるとかしてくれたらもう少し分かりやすいのに、と思う。
判りにくいからこそ象徴として何度も差し込まれたということかも知れない。
松岡茉優演じた栄伝亜夜は、私のイメージとはちょっと違っていた。
何というか、もう少しさっぱりしていて、「これがラストチャンス」とは思っていなくて(原作の彼女はそもそもチャンスという場にあること自体に戸惑いと迷いを感じていたように思う)、スカートではなくGパンを履いているイメージだ。
松岡茉優は、ピアノ協奏曲を弾いているときの表情が(出来すぎの気もするけれど)良かったなぁと思う。
映画のマサルも、小説のマサルとは違って「天才」というよりも、悩めるナイーブな青年として描かれていたと思う。塵を映画の中で悩ませるのは変だし、彼の方が天然の天才だから、マサルにその役を振るしかなかったんだろうなぁと思う。
映画に全ての登場人物を出す訳には行かないから、嵯峨三枝子がコンクールの審査委員長になっていたし、亜夜の子供の頃のピアノの先生は「お母さん」になっていた。
一方で、飛び道具的に片桐はいりがコンクール会場のクローク係の役で出ていたりして、この辺りが「映画化の醍醐味」なんだろうなぁと思う。
ただ、コンクールの結果を出すだけではなく、高島明石のインタビューで「生活者の音楽は一区切り」みたいなことを言わせて終わるのではなく、奨励賞や菱沼賞を獲ったことの意味は映画で触れて欲しかったなぁと思う。
いずれにしても、プロコフィエフなんて作曲家は小説を読むまで聞いたこともなかったし、この映画を見るまでその曲のさわりを聴いたことすらなかったけれど、この映画を見てピアノ協奏曲の3番(マサルが弾いている)も2番(亜夜が弾いている)もちゃんと聴いてみたいなと思った。
たまには(たまに過ぎるけれども)映画もいいなぁと思った。
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