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2019.11.24

「ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~ 」を見る

「ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~ 」
作・演出 ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 多部未華子/瀬戸康史/音尾琢真/大倉孝二
    村川絵梨/谷川昭一朗/武谷公雄/吉増裕士
    菊池明明/伊与勢我無/犬山イヌコ/緒川たまき
    渡辺いっけい/麻実れい
観劇日 2019年11月23日(土曜日)午後6時30分開演
劇場 KAAT 神奈川芸術劇場
上演時間 3時間40分(15分の休憩あり)
料金 9500円

 初めて行った神奈川芸術劇場は、なかなか見やすい劇場だった。
 ロビーではパンフレットが販売されていた。戯曲も販売予定のようだ。

 ネタバレありの感想は以下に。

 KAAT 神奈川芸術劇場の公式Webサイト内、「ドクター・ホフマンのサナトリウム~カフカ第4の長編~ 」のページはこちら。

 カフカの「変身」は昔に読んだ記憶がうっすらとあるものの、あらすじすら覚えていない。何か主人公がある朝起きたら虫になっていた、みたいな話だったような気がうっすらとする。その程度である。
 カフカには長編が3作しかないらしく、「未発表の4作目があった」というのがこの芝居の発想の源だそうだ。

 とは言え、そもそもカフカの長編は、少なくともこの芝居の中ではどれも完結していないとされていて、未発表とかそういう問題でもないような気がする。
 完結していないからカフカ自身が発表してもおらず、カフカの死後に「破棄してくれ」と頼まれた友人が勝手に出版してしまったらしい。
 カフカ本人にとっては、非常に酷い話だと思う。

 舞台の上では、この「幻の4作目の話」と、「幻の4作目を出版しようとしている借金まみれの男の話」とが、交互に語られて行く。
 交互に語られていた筈が、そのうち、混じって行く。
 混じって行くのと同時に、「幻の4作目を書いているフランツ・カフカ」自身も登場して来る。
 ドクター・ホフマンのサナトリウムは、結核で亡くなったカフカが若い晩年を過ごした場所だそうだ。

 カフカ第4の長編の中では、どこかとぼけた女性が婚約者を戦場に送り出し、戦死の知らせを受け取り、しかしそれを信じずに戦場まで出かけて行って「婚約者が生きている」ことを確かめようとする。
 そう書くと普通そうな感じだけれど、カフカだしKERAさんだから、そうそう物語がまっすぐ進む筈もない。
 婚約者には双子の弟がいて、彼女自身、彼と弟を見分けている自信がなくなってくる。

 彼女を上官に差し出そうと考えた「戦死の知らせを持ってきた兵」と一緒に戦場に行き、「絶対に開けてはならない」箱をうっかり人に開けさせてしまい、拷問の様子を見物していた師団長夫人に引き取られる。
 そこで、ある嵐の夜に、というところで第4の長編は終わっている。
 終わっているはずが、話は転がり始め、師団長夫人に”かわいがられている”うちに、同じ立場にいた看護師の女性から、婚約者に似た男が勤め先の病院にいると教えられ、行ってみると彼はすでに死亡している。

 お祖母ちゃんが「カフカの家から盗み出した」原稿を発見した孫が、自分の不注意で起こした火事の損害を賠償するよう会社に求められている。その借金返済のために、「カフカ第4の長編(未完)」をを出版しようとしたところ、その過程で読んだ「道の迷い方」の本に変な方向に刺激され、道に迷っているうちに、カフカが生きていた時代にたどり着いてしまう。

 元々の歴史は「人形をなくして泣いていたお祖母ちゃんを、通りかかったカフカが慰め、人形になりすまして手紙をかくようになる」というところから始まるのに、うっかりその人形を見つけてあげてしまったものだから、歴史が変わり、借金返済のネタがなくなりそうになる。
 そこで、カフカに会いに行って「第4の長編」の中味をうっかりしゃべってしまったりしつつ、公園に散歩に行って泣いている女の子を慰める、という約束を取り付ける。

 併せて、人形を盗み出そうとお祖母ちゃんの家に忍び込んで、一緒にいた友人が曾祖父ちゃんに撃ち殺されてしまい、逃げ惑っているうちに元の時代の自分の家に戻ったら、「カフカ第4の長編」は物語が伸び、自分たちが小説に登場するように変わっている。
 その小説の中では、主人公の女性は婚約者を探してサナトリウムに行った筈が、いつの間にか、自分が入院患者で婚約者の弟の見舞いを頻繁に受けるようになっている。
 そしてまた、同じ顔をした男と列車に乗っていたところ、突然に電車が止まる、という冒頭シーンが繰り返される。

 不条理といえば不条理なのだけれど、何というか、嫌な感じの不条理さではない。
 不条理の結果、「カフカ第4の長編を出版しようとしていた男」は借金なんて目ではない酷い目に遭うことになるけれど、なのに何故だかそれが嫌な感じではない。
 むしろ、「救い」のようにすら感じられる。

 実は、「カフカ第4の長編を出版しようとしていた男」を演じていた渡辺いっけいは多分、一人一役で演じていて、他の役者さんたちが一人で何役も演じていたのと比べると、かなり「特別扱い」である。
 「カフカ第4の長編」の主人公であるカーヤを演じていた多部未華子だって、フランツ・カフカの最後の恋人であるドーラも演じているし、その婚約者のラバンを演じていた瀬戸康史は、双子の弟も演じているし、フランツ・カフカも演じている。
 この物語の主人公は、「カフカ第4の長編を出版しようとしていた男」なのかも知れないと思う。

 この舞台で一番印象に残った台詞をしゃべったのはカーヤである。
 何だったか忘れてしまったけれど戦場に付いてきて、そこにいた偉そうなおじさん達に誹られた彼女が「私は確かに分かっていない、でも分かっていることで生きて行くしかないんです」といった感じのことを言い返していて、何て潔くて格好良い台詞であり覚悟だろうと思った。
 開き直っているようにも聞こえつつ、それだけではない覚悟が漲っていたと思う。

 カフカを(ほぼ)読んだことのない私には、この舞台の中で書かれた「カフカ第4の長編」がカフカっぽいのかそうではないのか、よく分からない。
 よく分からないし変な言い方になるけれど、「どうしてここ(舞台上)に山崎一がいないんだろう?」と思ったくらいなので、ケラリーノ・サンドロヴィッチっぽい芝居だと感じていたのは確かだ。

 現実と虚構が入り交じったり、タイムトリップする人がいたり、魔法を使えるようになったお祖母ちゃんがいたり、意味なく酷い目に遭う人がいたり、分かりやすいとはとても言えない。
 むしろ、よく分からない。
 でも、「上質な舞台を見た」と感じている。

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