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2020.01.12

「罪のない嘘」を見る

「罪のない嘘」 ~毎日がエイプリルフール~ 三谷幸喜作「アパッチ砦の攻防」より
作 三谷幸喜
演出 モトイキシゲキ
出演 佐藤B作/辰巳雄大(ふぉ~ゆ~)/小林麻耶/菅原りこ
    あめくみちこ/黒田こらん/小林美江
    山本ふじこ(Wキャスト)・星野園美(Wキャスト)
    中西良太/まいど豊/佐渡稔
    鈴木杏樹/片岡鶴太郎
    日替わりゲスト=石井愃一/佐藤銀平/梅垣義明
観劇日 2020年1月11日(土曜日)午後5時開演
劇場 ヒューリックホール東京
上演時間 2時間55分(20分の休憩あり)
料金 8900円 

 ヒューリックホール東京は初めて行った。いつの間にこんな劇場ができていたのだろう。
 客席900弱でわりと大きめの劇場で、分かりやすくマイクが使われていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 ”「罪のない嘘」 ~毎日がエイプリルフール~ 三谷幸喜作「アパッチ砦の攻防」より”の公式Webサイトはこちら。

 この芝居は前に見たことがあって、それは再々演だったらしい。
 「アパッチ砦の攻防」というタイトルには覚えがあって、多分見たことがあるなぁと思いつつ、どんなお芝居だったかはあまり思い出そうともせずに見に行った。
 見始めたら、うっすらと「あぁ、このお芝居だったのか」という記憶は蘇ってきたものの、展開やラストシーンはほぼ思い出せないまま見ていた。

 それなら何を思いだしたかといえば、佐藤B作演じる鏑木が、ひたすら嘘をつきごまかそうとし、他人のものとなった家をいかに「自分の家」であるかのように振る舞うか、そういうお芝居だったなぁということだ。
 それだけしか思い出せなかったのは、特に一幕を見ていていたたまれなかったからだ。

 鏑木は事業に失敗して4日前にマンションを手放している。
 そこに離婚した妻との間の娘から「結婚相手に会って欲しいので、お父さんの家に連れて行く」という電話がかかってきて、事業に失敗して今は4畳半のアパートに住んでいるとも言えず、「今も代々木上原のマンションに住んで成功している」ことにしようと決める。
 その決め方も間違っているし、ごまかし方として片岡鶴太郎と鈴木杏樹演じる今の家の持ち主である鴨田夫妻には「自分はテレビの修理屋である」と家宅侵入する方法を選ぶのも間違っている。

 こうして間違いだらけで始めた「芝居」が上手く行く筈もなく、しかも、鏑木はいかにも場当たり的かつ調子が良くて、少しでも上手く行きそうな方向に事態が流れ始めるとさらに調子に乗るという悪癖がある。
 そんな奴がどんな目に遭おうが関係ないと思うのに、何故か見ているといたたまれない。
 前回見たときの感想でもやっぱりそう書いていて、2006年に見たときの感想と変わらないなんて我ながら進歩がないなと少し落ち込んだ。

 そして、このいたたまれなさの原因はやはりよく分からない。
 とにかく落ち着かない、この場当たりかつその場しのぎな嘘そのものがいたたまれないのか、そのどーしよーもない嘘がバレないところがいたたまれないのか、怪しんでいるようなのに結局騙されてしまう鴨田氏にいたたまれないのか、自分でも判然としない。
 ただひたすら「見ていられない」という感じがあって、それが一幕の間中続いた。

 鴨田夫妻には電気屋として振る舞い、娘が来たときには父親として振る舞って鴨田氏のことは「テレビ好きの運転手」だと言い張り、娘と鴨田夫妻が鉢合わせたときにはそれぞれへの芝居を続けつつ、娘への芝居を優先する。
 ソファの位置など、この家に来たことがなければ(住んだことがなければ)言わないだろうことまで口を出していて、鏑木は手がかりをまき散らしているのに、周りの人間はほとんど頓着しない。
 その場にいる全員気付け! と言いたい。

 この娘がまたとことん空気を読まないタイプで、婚約者を連れてきただけでは飽き足らず、婚約者の両親もご挨拶に伺いたいと言っている、わざわざ来てもらって追い返すのは失礼だ、自分の母親を呼んで父親と母親の再会も目論むと、「多分、悪気はないけど、とことん父親を窮地に追い込む方向」の行動しか取らない。
 最初に嘘をついた父親がいけないと知りつつ、この娘に少しばかりイラっとする。

 どうしてこんなにイラっとするんだろうと思って、原因の一つは彼女の立ち方なんじゃないかと気がついた。
 演じている菅原りこの癖なのか演出なのかは判然としなかったけれど、何というか、彼女はひたすらまっすぐ立っている。父親に物言うときにはまっすぐ立って身体ごと父親の方を向く、婚約者に話すときはまっすぐ立って身体ごと婚約者の方を向く、まっすぐ立つ以外の立ち方はほとんどなかったんじゃなかろうか。
 同時に、しゃべり方と声の調子がほぼ同じで、常に言いつのっている感じだったことも、私のイラつきの原因だったようにも思う。
 こちらの勝手で申し訳ない。

 隣家の自治会副会長夫妻や、このマンションの売買を仲介した不動産業者など、鏑木の顔を知っている登場人物が次々と登場し、鏑木はどんどん窮地に陥って行くけれど、「まずいぞ」と頭を抱えるだけで、真実を告白しようという気持ちは微塵も浮かばないらしい。
 娘の婚約者に、この家の調度品を次々と譲ってしまい、そんな見栄は張る必要もないのに自らを窮地に陥らせるような行動を取る鏑木はとんと理解できない。
 そして、いたたまれない。

 それが、二幕に入るとすっと落ち着いたのも前回見たときと同様だった。
 我ながら謎である。
 大学教授だという鏑木の娘の婚約者の両親が登場し、鴨田氏と「あなたの娘さんと自分の息子が結婚するので挨拶に来た」という話をしても、鏑木の別れた妻が登場しても、本物の電気屋が登場しても、鴨田夫人と不動産屋が一緒にシャワーを浴びても、何故かいたたまれなくない。
 むしろ、周りと一緒になって笑える。

 強引な元妻と、自分の顔を知っている人々の登場で、鏑木はどんどん進退窮まって行き、割とあっさりと元妻には嘘がばれる。
 一方で、鴨田夫人と不動産屋の不倫がきっぱりはっきりしたことで、見ているこちらに「どっちもどっち」という感情が生まれたのかも知れない。何というか、鏑木が鴨田の弱みを握った的な感じである。

 ついでに、鏑木はフィリピン出身の(ということになっている)現在の妻にジャケットを持ってくるように命じて、自ら登場人物を増やす。これ以上、物事を複雑にしてどうする、と言いたい。
 いや、でもやっぱり、他人の家に不法侵入した鏑木の罪は消えないし、娘への(ついでに元妻への)見栄から他人の家を自分の家だと言い張ってごまかそうとする鏑木の馬鹿馬鹿しさも変わっていないのに、自分のいたたまれなさの変化が本当に謎である。

 鏑木は、結局、自分の嘘を鴨田に全告白して協力を求めるが、鴨田はそれを拒否する。
 しかし、一旦、拒否した鴨田が鏑木に協力し始め、娘の婚約者の両親との会見は無事に終わる。鴨田が協力し始めるや否や、鴨田がコレクションしていたのだろうお酒を娘の婚約者の父親にぽんとプレゼントしてしまう鏑木の図々しさに、何故かこの段階だと笑えるのが不思議である。

 鴨田夫人が「家を出る」と言い出したことがきっかけで鏑木の娘はその場のおかしさに気づき、鏑木はついに覚悟を決めて自分が一文無しであることを娘に告げる。
 娘はあっさりと父親の現状を理解し、娘の婚約者も同様である。
 いや、そこはあっさり理解するところではなく、父親が一文無しになったのはいいとしても、そのごまかし方について一言あって然るべきだろうと思うのに、誰も何も言わない。
 鴨田氏の立場はどうなる、というところだ。

 さらに、「大学教授」という触れ込みだった婚約者の父親も実は居酒屋の店主であるという。
 鏑木の娘はそこを全く問題にしていないようだけれど、「父親が実は大学教授ではなかった」ことはまぁいいとしても、「父親が大学教授であると偽っていた」婚約者に対してコイツは何も感じないのかと、またもツッコミを入れたくなった。
 それを言い出すと、家を出て行こうとした(そして不動産屋にも見捨てられた)妻に対し、「この家の表札を取ってこい」と声をかける鴨田氏の心情も実はよく分からなかったし、その台詞に泣き出す夫人の心情もよく分からない。
 いや、そこ、何も解決していないよね、と言いたい。

 そんな感じで色々様々にツッコみたいところがある。
 最もツッコミを入れたいのは、フィリピン人を装っている鏑木が現在一緒に暮らしているヴィヴィアン(岩手県出身の日本人女性)の存在だけれど、これは鴨田氏が「(言っていることの2/3が嘘である)鏑木氏とどっちもどっちだ」と言ってくれたので良しとする。

 それから、ストーリーや登場人物の心情のことではなく、ところどころで出演者が素で笑っていたのも気になる。
 最初から最後まで「鴨田氏の家のリビング」から舞台は動かず、劇中の時間の進行と実際の時間がほぼ同時という舞台で、ハラハラどきどきを味わっている最中に、「現実」が流れ込んでくる感じがする。
 舞台上の緊張を緩和させるためだとしても、それには他のやり方があるだろうという気がする。狙ってやっているなら反則と思うし、狙っていないのならそれは「失敗」なんじゃないかと思う。

 それでも、前半のいたたまれなさも含めて、前半のいたたまれなさがあってこその舞台だったと思う。
 なんだかんだ文句ばっかり書いてしまったけれど、全部丸ごと楽しんで来た。

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コメント

 みずえ様、コメントありがとうございます。

 おっしゃるとおり、この舞台は「アパッチ砦の攻防」というタイトルで何回も上演されています。
 カーテンコールで佐藤B作さんがおっしゃっていたところでは、B作さんご自身はずっと鏑木の役を務めており、鴨田氏は、伊東四朗さん、角野卓造さん、西郷輝彦さんとそうそうたるメンバーが演じてきていて、今回の片岡鶴太郎さんで4人目だそうです。

 みずえさんは、明石家さんまさんの舞台をご覧になるのですね。
 私は残念ながら拝見したことがありません。今回も予定がなくて、みずえさんにそうおっしゃっていただくと、ちょっと残念な気が・・・。
 どうぞ楽しんでいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2020.01.18 12:11

姫林檎さま

私はこの舞台、二回ほど観た記憶があります、今回は観ませんでしたが。
おそらく何度も上演されてますよね?
役者はその都度違うんでしょうけれど、私が観た時も、少なくとも一回はB作さんが主役だったような……すごい汗をかいてらしたような……。
三谷さんは当て書きをされる方ですから、同じ内容でも、役者さんによってきっと微妙に違うんでしょうね。
馬鹿馬鹿しいけれど、笑ってばかりいましたっけ。

来週、さんまさんの「七転抜刀!戸塚宿」を観に行きます。
姫林檎さんも、この舞台はご覧になりますか?
彼の舞台は、ノンストップでとにかく長いので、お手洗いが気になります……。

投稿: みずえ | 2020.01.16 15:05

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