「浦島さん」を見る
ヴィレッヂプロデュース 2020 Series Another Style「浦島さん」
太宰治著「お伽草紙」より
脚色 倉持裕
演出 いのうえひでのり
出演 福士蒼汰/羽野晶紀/粟根まこと
観劇日 2020年10月7日(水曜日)午後1時開演
劇場 東京建物Brillia HALL
上演時間 1時間25分
料金 8000円
東京建物Brillia HALLには初めて行った。見やすい劇場だと思う。
新型コロナウイルス感染症対策で、靴裏の消毒、手指のアルコール消毒、チケットのもぎりは各自、一つ置きの座席配置、ブロックごとの退場等々が行われていた。
また、物販は全てネット販売とのことだった。
ネタバレありの感想は以下に。
行ってみたら最前列だった。
また、ブリリアホールという劇場が、客席から舞台までの距離が異様に近い。
結果、台詞の数々はあまり頭に入らず、ひたすら出演のお三方のお顔にばかり視線と意識が行きまくっていたように思う。我ながら、おいおい、という感じだ。
舞台は、日本のどこかの海辺の村だ。
一般的な「浦島太郎」の太郎さんがどんな人物だったかよく覚えていない。なので、この舞台に出てきた太郎が旧家の長男なんですと自己紹介したとき、えーと、そうだったっけ? と思ったりした。
私の記憶だと、浦島太郎は漁師である。
ともかく、舞台が明るくなるとそこに、福士蒼汰演じる「自分は実在の人物である」と名乗る浦島太郎が現れ、語り始める。
実在の人物とか実話だとか言うといかにもそれっぽくなるので、実は実話じゃないのに実話だと言い張ることもある、なんて語ったりする。メタまであと一歩という感じがする。
しばらくは、浦島さんが一人で己について語り続ける。
舞台には、回り舞台が乗せられている。その回り舞台の上には、割と地味目のベージュだったりグレーだったりする箱が左右に二山、積み重ねられている。
舞台の両袖には、常に何らかのオブジェが置かれている。最初は、松の木っぽく見せようとしつつポップな感じの木が立っていたと思う。
浦島さんはなかなかお金がかかっていそうな着物を着て、足下は底がゴムになっている草履。まぶたをかなり広く水色に塗っている。マイクをつけている。
というようなことをついつい観察してしまうほど近い。
最も観察し甲斐のあったのは、もちろん、その表情である。くるくると変わり、変える。
浦島さんは、なかなかナルシスティックな人物のようである。ついでに言うと、かなり「青い」若者として描かれているように思う。
実際に目の前にしているときは、何だかキャラが掴みにくい人物だなぁと思っていた。
どうして人は他人を批評せずに居られないのかと嘆いていたけれど、特に孤高を保っている訳でも狙っている訳でもなさそうである。「典雅」と他人に評してもらいたがっているように見える。それは矛盾ではないのか。
物語は「浦島太郎」であるからして、そこにもちろん亀がやってくる。
その粟根まこと演じる「亀」がウミガメなのかリクガメなのか、亀としてその衣装はどうなんだ等々、「浦島太郎」の本筋とはほぼ関係ないやりとりが続く。
亀は一応「お礼に竜宮城にお連れします」的なことを持ちかけるけれど、浦島さんはなかなか疑い深い人物で海の底へ行こうとはしない。亀も概ね回りくどいというか、わざとらしいというか、思わせぶりなことばかり言っている。
浦島太郎が竜宮城に行く気になるまでが長くて、このままでは乙姫様の出番がなくなってしまうじゃないかと要らぬ心配までしてしまったくらいだ。
それはそれとして、浦島さんと亀のやりとりも、竜宮城までの道のりの途中で浦島さんが行方不明になった後の、羽野晶紀演じる乙姫様と亀のやりとりも、かなり含蓄のある会話が次々と交わされていたように思うのだけれど、どうにも頭に入って来ない。
失礼ながら、お二方とも年をとりましたね、という視線で見てしまうのは、そのままその視線が自分に返ってくることをよくよく分かっているからだと思う。
むしろ、(こちらの方が失礼かもしれないけれど)一緒に年をとってきましたよね、くらいの共感を感じる。
しかし、そこにいるのは乙姫様と、竜宮城に浦島太郎をお連れした亀である。
海の中では、陸の上とは全く異なる時間が流れ、だいぶ違う価値観があるようだ。
竜宮城といえば、「鯛やヒラメが舞い踊る」というイメージでいたら、この浦島さんが出かけたのは「何もない」竜宮城である。乙姫様の自室はあっても建物や門はないらしい。
ご馳走は出ないし接待もされないけれど、自由に食べ、飲めるものが用意される。何をしようがしていまいが放置するのが、この竜宮城の「おもてなし」らしい。
竜宮城はおもてなしをしないのがおもてなしという流儀なので、乙姫様もあまり登場しない。
それでも、最初に浦島さんが乙姫様にご挨拶したときの会話から、この乙姫様は、一言で言うと「自分が孤独であることを知らない」人であると分かる。
そう規定されているように見える。
それでまた、乙姫様の髪はこんなに真っ黒じゃなくても良かったんじゃないかとか、余計なことにばかり目が行ってしまうのは何故なのか。
乙姫様の年齢は不詳だけれど、羽野晶紀が乙姫様を演じて違和感がないのは、やはり声のおかげだと思う。
竜宮城の「おもてなし」はある意味で浦島さんが求めて病まないものであったのに、浦島さんはそのうちその「批評されない毎日」に飽きてしまい、陸に戻ると申し出る。
帰りも亀と一緒、見送りは乙姫様だけである。
その乙姫様は、玉手箱ではなく、大きな貝殻に真珠っぽいチェーンをつけたものをお土産の浦島さんに手渡す。
乙姫様はそれをどうこうしろとは言わないけれど、帰りの道中、亀は浦島さんに「開けない方がいいと思います」と伝える。
浦島さんは、自分が暮らしていた村があった場所に帰る。
そこは、廃墟である。
舞台奥には、廃墟になった団地っぽい絵が描かれている。浦島さんが暮らしていた時代から300年が過ぎたらしい。
たった300年で廃墟になってしまう設定なのか・・・、と思う。浦島さんはいつの時代の人だったんだろう。しかし、江戸時代の人だとすれば、300年後には第2次世界大戦が起きていても可笑しくないのか・・・、とも思う。
廃墟になのか、廃墟に人が居ないことになのか、自分が暮らしていた時代に戻れないからなのか、とにかく浦島さんは最初の決心を忘れ、乙姫様のお土産を開けてしまう。
そして、白髪白髯の老人の姿になってしまう。
それは、「300年分の時間と人生を竜宮城に奪われた」ことでもある。
老人の姿になった浦島さんは、背後に乙姫様と亀を従えて、再び語り始める。
絶対に含蓄のあることを言っていた筈なのに、何を語っていたのか、覚えていない。
「開けるなと言われると開けたくなる」と言いつつ、「開けるなと言った亀が乙姫様のお土産を開けさせたかった訳ではないことは知っている」とも語る。
そこは覚えている。
浦島さんは、不平ばかり言っていた自分の生まれた場所での暮らしも懐かしんでいたし、何をしてもしなくても放置されていた竜宮城での時間も懐かしんでいる。
しかし、どちらにも戻れない。
だから、死を選んだ、ように見えた。
ラストシーンで、もの凄い勢いで舞台上にドライアイスのケムリが充満し、そのドライアイスが客席にも流れてきて、舞台と客席の境をなくしたように見えた。
自分も、浦島さんを老人の姿に変えたケムリに巻き込まれたようでもあったし、その様子を地続きで見ているような感じでもあった。
最前列にいたおかげで、不思議な感覚を味わえて面白かった。
多分、この舞台には教訓がある。でも、それが分からなくても良かったことにしようと思う。
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コメント
みずえ様、コメントありがとうございます。
本当に、舞台を見ることがまたできるようになって嬉しい限りです。
会話がするすると進みすぎて落ちてしまったとのこと、お気持ちよく分かります!
絶対に意味があることが次々と語られているのに、するすると通り抜けてしまうことってありますよね。
私も「御伽草紙」を未読なので(一部だけ読んだような記憶もうっすらとあるようなないような・・・)、今度読んでみたいと言いたいところなのですが、読むかなぁ。何となく読みにくそうな予感がします(笑)。
阿部サダヲさんの新型コロナウイルス感染のニュース、私も見ました。
公式HPによると、芝居の稽古もストップしているそうですね。
無事、上演されることを祈ります。
またぜひお芝居のお話をしにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2020.10.10 19:06
姫林檎さま
最近はまた公演数も増えてきたようで、演劇ファンとしては嬉しい限りです。
私も「浦島さん」観ましたよ、昨夜です。
ただ、三階席でしたが……。
もう客席も通常になって良しと聞きましたが、まだ座席は一つ置きでした。
セットがシンプルで、会話劇といった感じでしたね。
私は福士蒼汰の舞台は初めてなのですが、頑張っている印象でした。
粟野さんと羽野さんはさすがというか、イメージ通り。
しかし私ときたら、あまりに会話が流暢で、前半ちょっと落ちてしまいましたよ……。
これは、浦島太郎の新解釈、といった位置づけなんでしょうか?
でも、原作は太宰治の「御伽草子」だそうですね。
私は未読なのですが、これに沿った脚本なのかな?
脚色が私の大好きな倉持さんなので期待したのですが、あまり彼らしさが出てなかったように思います。
ところで、阿部サダヲさんがコロナに感染してしまいましたね。
私は彼の「フリムンシスターズ」を観る予定なので、どうなるかヒヤヒヤです。
投稿: みずえ | 2020.10.09 14:32