「ハルシオン・デイズ2020」を見る
KOKAMI@network vol.18「ハルシオン・デイズ2020」
作・演出 鴻上尚史
出演 柿澤勇人/南沢奈央/須藤蓮/石井一孝
観劇日 2020年11月11日(水曜日)午後2時開演
劇場 紀伊國屋ホール
上演時間 2時間5分
料金 8900円
入口での検温と手指の消毒などの感染対策が実施され、開演前には鴻上氏からの少し長めの案内とお願いのアナウンスがあった。
ネタバレありの感想は以下に。
幕が下りたときの最初の感想は「ストレートな芝居だったな」だった。
公園に集まってきた登場人物たち(3人+1人)の3人はマスクを付け、ツイッターの#自殺でつながっており、「一緒に死ねば怖くない」と言っていた彼らが何故か戦うことになった相手は「自粛警察」である。
この辺りの設定がまずストレートだ。
「新型コロナウイルス」が「パンデ」に置き換わっているものの、まさに今この状況をそのまま反映させたような設定であり、ストーリーだ。
この設定が、まず、今逼塞しているあなたに届けたい、という明確なメッセージだと思う。
そのメッセージを確実に届けるため、「謎」を封印して極力分かりやすく話を進めようとしているんじゃないかと感じたし、最後は「とにかく死んじゃダメ!」というそのものスバリな表現が繰り返される。
それはもちろん、南沢奈央演じるスクールカウンセラーの彼女にとっては必然の台詞であり、同時にそのまま客席に向けたこの芝居のメッセージともなっている。
この「集まり」の呼びかけをした柿澤勇人演じる男・雅之は、自殺する仲間を集めた筈が豹変し、「自粛警察と戦う」と意気軒昂で、自殺しようと集まって来た二人を「自粛警察と戦いたいんですね」と思い込む。
その集まって来たうちの一人であるスクールカウンセラーの彼女は、「自分はスクールカウンセラーであり、自殺志願の人間を救いたいと思い、自殺志願者の振りをしてこの場に来た」と思っている。しかし、同時に彼女は、須藤廉演じるカウンセリングをしていた高校生が自殺してしまったという過去を持つ。さらに、その高校生は今も彼女にしか見えない幻として常に彼女のそばにおり、彼女の真逆の本音を語りかけ続けている。
石井一孝演じる哲造はトランスジェンダーであることを妻子にも職場でも黙っており、「だまし通す」ことを腐心した結果としてギャンブルにはまり2000万円の借金を背負っている。そして自殺して保険金で借金を返済し家族にも幾ばくかの財産を残したいと思っている。
自殺したい理由が、呼びかけた男やカウンセラーの女とは少し違うように感じる。
彼は「死にたい」と思っているのではなく、「死ぬことでしか借金から逃げる方法はない」と思っている、ように見える。そ
呼びかけた割に雅之の「何故、自殺したいと思っているのか」はなかなか明らかにされなかった。
彼は、結局「一緒に自殺しよう」と呼びかけた人格の間は、自殺したい理由を一切語らなかったと思う。
「自粛警察と戦う」と言い出した後で(それは記憶も繋がっていないし、まるで別人格のようにも見える変化だ)、彼が会社でパンデに感染した友人に対して自分が責め排除するような言動を繰り返していたことから、自分は生きていてはいけないんだと思うようになったことが判る。
しかし、「自粛警察と戦う」と言っているときの雅之は、自殺しようとは思っていない。
思っていない筈が「自粛警察が仕掛けたことにし、爆弾で死ぬことで自粛警察に打撃を与える」と言い出す。
言っていることは違うけれど、結果としてたどり着く先が死であることは同じだ。
最初の頃は、割と頻出する「DM」という単語に一々引っかかってしまった。
見終わって調べたら、「ダイレクトメッセージ」の略で(芝居の中で「ダイレクトメッセージ」という単語は出てきていたと思う)、Twitterの機能の一つで、特定の相手にメッセージを送ることができるらしい。
要するにメールみたいなものね、と納得した。
私はSNSと言われるものは一切やっていないので(ブログはSNSじゃないと思っている)、そこでまず置いて行かれた。悲しい。
彼らは、自粛警察と戦うために「保育園でパンデの元患者たちが慰問のために泣いた赤鬼を上演する」ことを公にすることで、「見えない自粛警察」を見えるようにしようとする。
さらに、その見えてきた自粛警察と戦うために、雅之は爆弾で自分たちを吹っ飛ばそうとする。
それを止めようとしたカウンセラーの彼女が自身の自殺願望を認めたことで、彼女にしか見えないまぼろしは誰からも見えなくなり、自粛警察と戦うと言っていた男はすっかり憑きものが落ちたようになり、2000万円の借金を抱えた男は自己破産し離婚するという方針に切り替える。
彼らの「変化」のきっかけは私には見えなかった。
彼女と雅之は受診することになり、哲造は自己破産と離婚の手続きに入ることになる。
そういえば、彼女はこの集まりでは偽名を使っており、彼女の本名を雅之と哲造は最後まで知らないままである。やっぱり、彼女の闇が一番深い。
そして、3人は、「いつか保育園で泣いた赤鬼を上演する」ことを約束する。
と言えれば格好いい終わり方だと思うけれど、「いつか上演する」ことを口にしたのは哲造だけだ。哲造はそう二人に語りかけたけれど、彼女も雅之もそれに応えてはいなかったようにも見える。
ついでに言うと、彼女と雅之が受診するというのは、哲造が言ったことであって、彼女と雅之が言ったことではないし、哲造の発言に頷くこともしていなかったと思う。
いいのか。
劇中、彼女は何度か「べにたに先生」に電話して助けを求めようとする。
「トランス」の紅谷先生は生きていたのね、恐らくは精神科医を続けていたのね、きっと元気なのね、と思って嬉しかった。
この芝居で一番嬉しかったのは、紅谷先生の無事を確認できたことかも知れない。
彼女はこの世界で生きている。
それは嬉しい話だ。
彼ら彼女の問題はまだ解決していない。
もしかしたら、彼女と雅之は解決しようという気持ちにも届いていないかも知れない。
でも、少なくとも彼ら3人は今は「自殺しよう」とは思っていない。違う方向を向こうとしている。
よく分からない。でも、そういう芝居だったと思う。
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