「プレッシャー -ノルマンディーの空-」を見る
加藤健一事務所 vol.108「プレッシャー -ノルマンディーの空-」
作 デイヴィッド・ヘイグ
訳 小田島恒志/小田島則子
演出 鵜山仁
出演 加藤健一/山崎銀之丞/原康義(文学座)/加藤忍
西尾友樹(劇団チョコレートケーキ)/加藤義宗/鈴木幸二
新井康弘/林次樹(Pカンパニー)/深貝大輔
観劇日 2020年11月21日(土曜日)午後2時開演
劇場 本多劇場
上演時間 2時間50分(15分の休憩あり)
料金 5500円
検温、手指と靴底の消毒、物販はパンフレットのみ、窓やドアを開けての換気等々、感染症対策を施しての上演だった。
ネタバレありの感想は以下に。
見始めてから思ったけれど、私はノルマンディー上陸作戦について何一つ知らなかった。
辛うじて知っていたのは、そういう名前の作戦があったな、第二次世界大戦のことだったな、ということくらいだ。
連合国軍側で、「ノルマンディー上陸作戦を6月5日に決行できるか」を決めるために、イギリスと米国とそれぞれの気象の専門家が、3日後の天気を予測するというお芝居である。
冒頭、加藤健一演じるスタッグ博士が登場するところから始まる。
彼は、正しく「6月5日の天気」を予報するために呼ばれている。
本人の弁によれば「24時間より先の予報は全て長期予報」であり、その予報はほぼほぼギャンブルであるらしい。
しかし、ノルマンディー上陸作戦を開始し、その肝である「上陸」の時点で荒天であったなら、作戦の失敗は決定的である。
そこで、気象学者の出番という訳だ。
しかし、これはほとんど袋小路みたいな任務である。
米国出身で、作戦の総司令官であるアイゼンハワー大将とも長く一緒にやってきた気象学者のクレッグは、「6月5日は晴天だ」と予報する。その根拠は、「20世紀になってから今と同様の天気図になったことが3回ある、その3回とも、3日後にはドーバー海峡は晴天になった」ということだ。
上陸作戦には、「月が出ていること」と「上陸すべき時刻が干潮であること」の二つの要件があり、その要件を満たすのは6月5日の次は2週間後だ。上陸作戦のために集めた兵士を2週間も留めることも、士気を維持することも、作戦をドイツ側に知られないことも、全てほぼ不可能だ。
要するに、偉い人たちはみな、「6月5日に作戦を実行すべし」という答えだけを求めているし、同僚は「晴天になる」という予報をし、スタッグ自身も「晴天になる可能性もある」と思っている。
袋小路以外の何ものでもないし、四面楚歌以外の何ものでもない。
しかも、スタッグには身重の奥さんがいて、産気づいて入院し、しかし高血圧で母子の命が危険にさらされているという状況である。
見ながら「結末を知っていた方が楽しめるのか、知らない方が楽しめるのか」と悩み、休憩時間にノルマンディー上陸作戦いついて検索するのは止めにした。
知らずに見たからこそ、ずっとハラハラどきどきである。
スタッグ博士を主人公にしているからには彼の予報が当たるだろうとは思いつつ、彼の意見が受け入れられるかどうかは不明である。しかし、ノルマンディー上陸作戦が実施されたことを私は知っている。しかし、それがいつのことかは知らない。
とにかく話の流れに乗るべく集中する。
ほぼ孤立無援に見えたスタッグにも、アイゼンハワー大将の秘書兼愛人であるサマスビー中尉(だったか?)や、彼の予報を手助けしていた若者(そういえば名前をオボテ以内)など、味方になり予報を信じてくれる人も現れる。
しかし、そもそもスタッグが「科学的でない」「上空のジェット気流についても考慮に入れるべきだ」等々と言いながら、最後は「私の直感と経験を信じて下さい」とか言うからなかなか信じてもらえないんじゃないかと思う。「直感と経験」は、別の言葉で説明できないかぎりは、「科学的」とは言えないと思う。
「北ヨーロッパの天気は変わりやすいということを私は長年の経験から知っている」というだけでは、「これまで今と同じ天気図になったことが3回あり3回とも3日後には晴れている」というのと同じかそれ以上に「科学的でない」と言われても仕方ないだろうにと思う。
ところで、スタッグ博士の年齢はいくつという設定だったんだろう。
上の息子が4歳で身重の奥さんがいて、でも「**年以上も英国の気象を見てきた」みたいな台詞も言っていたし、よく分からない。スタッグ博士の髪がえらく黒々としていたので若い設定なんだろうなと思ったり、でも演じている加藤健一は確かもう70代だったよなと思ったり。
スタッグがいくつだったかはともかく、加藤健一はもの凄く若々しかった。年齢詐称なんて自由自在という感じだ。
そういうスタッグよりも、この舞台を動かしているのはサマスビー中尉だと思う。
彼女は唯一の女性の登場人物で、妻子あるアイゼンハワー大将に「アメリカに一緒に行こう」「**に山荘を建てて一緒に暮らそう」などと言われている。
スタッグの妻の様子を見に病院まで行くことがスタッグが予報に集中するために必要だとアイゼンハワーを説得して許可をもぎ取ることもやってのける。
しかし、ノルマンディー上陸作戦が成功した瞬間、アイゼンハワーはスタッグとサマスビーの二人を切り捨てる。
スタッグには「妻子のところに行け、ゆっくり休め」と言って、この後の気象予報をクレッグに任せると宣言するし、サマスビーには「今後の活躍を祈る」と敬礼する。
うっわー、やな奴、という感じだ。
そして、アイゼンハワーとサマスビーという二人なしにはこの舞台は成立してないよなぁと思う。
この舞台では、当然ながら天気図がセットとしても登場人物(?)としても重要な位置を占める。
天気図は6時間ごとに新しいものが運ばれてくるという設定で、真っ白なスクリーンに天気図が映し出される。映し出しているのだけれど、新しい天気図ができあがると、そのスクリーンをくるくると巻いて取り外し、新たに運ばれてきた天気図(であるところの白いスクリーン)を吊し直す。
これが何回か繰り返される。
最初の頃は「この出し入れって必要ないんじゃない?」と思っていたし、実際、この手間をかけずに天気図が変わって行く場面もある。
でも、この天気図の入替のシーンは、芝居と芝居の中の時間の進行の両方のアクセントになっていたように思う。
それに、くるくると巻いていく手際を見ているのがなかなか楽しい、加藤忍がやたらと上手くて、「うわー、手際がいいとはこういうことか」と思う。同時にサマスビーの有能さも表されていたと思う。
唯一の女性の登場人物ということもあって、かなり彼女中心に舞台を見ていたと思う。
今回の上演が日本初演だそうである。
がーっと集中できる、面白いお芝居だった。
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