「藪原検校」を見る
「藪原検校」
作 井上ひさし
演出 杉原邦生
音楽・演奏 益田トッシュ
出演 市川猿之助/三宅健/松雪泰子/高橋洋
佐藤誓/宮地雅子/松永玲子
立花香織/みのすけ/川平慈英
観劇日 2021年2月19日(金曜日) 午後6時30分開演
劇場 パルコ劇場
料金 13000円
上演時間 3時間15分(20分間の休憩あり)
ロビーではパンフレットのみ販売されていた。
入口で検温し、チケットは各自でもぎり、場内のあちこちに消毒液が置かれ、上演中以外は扉等を開け放って換気、終演後はブロックごとに退場といった当たりは「いつもの光景」という感じになっている。
ネタバレありの感想は以下に。
「藪原検校」を見るのは、記憶の限り3回目だ。
1回目は、蜷川幸雄演出・古田新太主演、2回目は栗山民也演出・野村萬斎主演である。
そして、今回の演出は杉原邦生で、私は多分、この方の演出作品を見るのは初めてだ。主演は市川猿之助で、何というか、藪原検校という役がどくいう役なのか、主演した役者さんの名前を見ると一目瞭然だよという気がする。
舞台セットと音楽と演出、川平慈英の語りが相まって、随分と現代日本寄りに持ってきていて、台本にまで随分と手を入れたように感じられたけれど、過去に自分が書いた感想を見て、どうやらセットなどは目くらましかあるいはスパイスとして作用していたようで、筋書きはもちろん、台詞にもそれほど手を入れた訳ではなかったかも知れないと考え直した。
何というか、折々で得た感想が似ている。
この舞台は、藪原検校と呼ばれる盲目の人々をある意味で「統べる」役職に就いたと同時に足下を掬われてその座から滑り落ちた「杉の市」という男が生まれる前から処刑されるまでを描いた物語である。
ミュージカルに近い、ような気がする。
心情というよりは情景を歌っている歌が随所に入り、音楽を担当したギタリストが常に舞台上にいてギター演奏をしている。エレキギターのような音が、舞台セットと合い、舞台上に現れる江戸時代との違和感を演出する。
物語の進行は川平慈英演じる盲太夫が務める。
彼が最初に登場したとき、「あ、辻萬長だ」と思った。
すぐに川平慈英だと気づいたけれど、次に「そうか、以前に見た公演では辻萬長が盲太夫を演じていたからそう勘違いしたのね、と思った。
実際は、蜷川演出版では壤晴彦が演じ、栗山演出版では浅野和之が演じていた。
しみじみと適当な記憶力である。
適当な記憶力といえば、こちらもちゃんとは覚えていないけれど、この劇中歌は、多分、歌詞は同じで歌は以前の公演とは異なっているのだと思う。
言葉遊びの多い舞台だし、歌という要素が占める位置は大きいし、その歌詞もちゃんと聞かねばと前のめりになって聞きたくなる、えげつない歌詞である。
音楽に紛れて、かなり激しい際どいことを言っている。
杉の市は、生まれたときから目が見えず、生後半年でそのことに気づいた父親は「お産の費用を捻出するために自分が座頭市を殺したからだ」と自ら命を絶ち、母親はこのこの将来のためにと息子を座頭市に預ける。
その師匠の元で、杉の市は語り芸の才を発揮して多額のお捻りを稼ぎ出し、そのため何も言えないのをいいことに師匠の奥さんと懇ろになっている。
非道な手段で稼ぎを召し上げようとする佐久間検校に思いっきり逆らってそのお付きの秘書役を殺してしまい、その「殺人」を告白しようと母親のところを訪ねて様々な誤解と激情の挙げ句に母親も刺し殺してしまう。
そこで「母親もこの世からいなくなってしまったら、悪事を限りを尽くすことに何の障りもない」と叫ぶ。
やはり、藪原検校は恐らく悪の権化に近い存在でありつつ、その理由というかきっかけが丁寧に語られていて、むしろ、悪い奴ではないんじゃないかという感じすらしてくる。
例えはおかしいけれど、ゴジラのようなものだと思う。
ゴジラも決してゴジラになりたくてなった訳ではない。きっかけがあってというよりは、こちら側(世間の側というか、人間世界というか)の起こした事件が元で「悪の権化」にさせられたのであって、ただ善悪で語ればいい存在ではない、という感じを受ける。
とはいえ、杉の市がやったことというのは要するに強盗殺人であって、やはり、悪人であることは間違いない。何というか、そこを忘れてはいけない気がする。
市川猿之助の杉の市は、古田新太の杉の市の極悪や酷薄さや、野村萬斎の軽み滑稽味よりも、悲しみを中心に据えているように見えた。
やってることは殺人なんだけれども。
市川猿之助の声は、多分、いわゆる「いい声」ではないのかも知れないと思う。でも、その声を市川猿之助が自在に操ることで、いい声よりもずっと多くの感情を伝えてくれているように感じた。
また、「感情」というのとは別に、一幕目の白眉ともいえる義太夫のシーンが圧巻である。
とにかく語る。
能から狂言から、何故か歌舞伎はなかったけれど、ありとあらゆる「武器」を自在に使って語ってくる。大迫力だ。
これを目の前でやられたら、それはお捻りも投げたくなるよ、当たり前だよ、と思う。もちろん、客席も大拍手である。
師匠を殺し、杉の市が師匠殺しを唆したその妻お市も死んでしまい、一応は一緒に江戸に行こう(というよりは盲目の自分を江戸に連れて行ってもらおう)と思っていたお市とまだ生きていたであろう自分とお市との間に生まれた子どもを置いて、杉の市は江戸に出る。
「検校」になるべく、江戸で「見込みのある」座頭市に弟子入りしようという魂胆である。
江戸に出てきてからが二幕だっただろうか。
杉の市は、塙保己市という「学問で右に出るものはいない」と言われる座頭市がまもなく検校になるだろうと言われていると聞き、彼の弟子になるべく会いに行く。
しかし、とことん会話はかみ合わない。
むしろ「金は力だ」と言い切る杉の市に対し、「目明きから対等に扱われるためには学問をし品性を磨くしかない」と言い切る保己市の方にぞっとする。
このぞっとする感じは、杉の市が「藪原検校」に弟子入りし、酉の市と名を変え、藪原検校の元で「貸金取り立て屋」として盲目を逆手に取ったやり方でのし上がっていき、ついには二度目の師匠殺しを画策して藪原検校に成り代わらんとするときの2回目にして最後の二人の会話でよりあからさまになる。
保己市は決して人格者などではない。杉の市同様「尋常な方法では盲目の身で目明の者から対等に扱われ、対等な存在となる術はない」と冷徹に見定めている。彼の「目明」への評価は辛辣で、いっそ見下して見切っている。
二人の間には、むしろ同病相憐れむというか、目明という存在への深刻かつ無限の憎悪という共通項が際立つ。
そして、その分、端から見ればまるで正反対の二人は、お互いを誰よりも理解しているように見える。つまり、同じ穴の狢だ。
装いが巧妙な分だけ、保己市の方が怖い。
正直なところ、市川猿之助の藪原検校に対して、三宅健の保己市は弱く見えるのではないかと思っていたら、淡々と対峙していて、その淡泊な感じがむしろ合っているように感じられた。
松平定信に人心一新、秩序の回復に有効な方策を尋ねられ、「これを言えば友人を喪うことになる」と言いつつ藪原検校の極刑を進言する保己市は、つまるところ杉の市のことをどう思っていたのだろうと思う。
真っ先に思い浮かぶのは嫉妬なのだけれど、どうだろうか。
保己一ともう一人、杉の市を転ばせる存在がお市である。
実は彼女は命永らえていて、杉の市を追って江戸に出てきて、夜鷹として川縁にいたとき杉の市の悪巧みを耳にし、「自分を連れて行かなければおまえの悪行をばらしてやる」と脅されて川に突き落とし、お市を再度殺してしまう。
しかし実際はお市は生きていて、藪原検校となった杉の市がそのお披露目の席に向かう際にお市に捕まり、またもや脅されて激高し、杉の市はお市を今度こそまたしても殺してしまう。
その現場を多くの人に目撃され、杉の市は「藪原検校」となることなく、捉えられる。
そして、保己市の「進言」に至る。
杉の市も保己市も、お友達になりたくないし、側にいて欲しくない。
でもどちらがより怖いかといえば、保己市だと思う。
どちらがより悪いかというと、そりゃあ杉の市だろうと思ういっぽうで、保己市の進言は殺人ではないのか、という疑問も浮かぶ。
自分で書いたブログによると、蜷川演出では最後に杉の市を処刑した役人の役を保己一を演じた役者が演じている。栗山演出ではどうだったかは当時の私が書いていないので不明である。
この芝居では、市川猿之助が演じていた。
市川猿之助が主演だからこその配役なのかなと思う一方、それだけでなく、一ひねりした何かを伝えようとしているようにも思える。
その「何か」が「何」なのかはよく分からない。
杉の市は享年28才だそうである。
保己市は多分その時点で40才前後である。
保己市にとって杉の市は、己の醜さを写す鏡のような存在だったのではないかと思う。
保己市がこの後、道を誤らないように祈る。そういう気持ちになった。
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