「ゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセント」行く
2021年11月16日、東京都美術館で2021年9月18日から12月22日まで開催されているゴッホ展──響きあう魂 ヘレーネとフィンセントに行って来た。
日時指定の予約制で、当日予約枠も設けているものの「行ったときに空いている直近の枠」を案内されるようで、当日予約の場合は時刻を選べないようだし、売り切れになることもあるようだ。
実際、私が行ったとき、午後0時30分くらいに到着した時に「15時30分の枠をご案内しています」と張り紙があり、午後2時30分過ぎに出たときには「本日の当日予約は全て終了」というような張り紙が出ていたと思う。
「ヘレーネって誰?」と思っていたら、フルネームでヘレーネ・クレラー・ミュラー女史は、実業家である夫アントンの支えで(要するにお金で)近代絵画の収集を行い、広く公開しようと美術館を開設した女性だという。
彼女の個人コレクションを収めたクレラー・ミュラー美術館は、オランダにある。
オランダのかなり田舎にあるらしい。いつかぜひ行ってみたいと思う。
ヘレーネ女史は、まだ評価されていなかった頃からゴッホの絵を収集し、「集めようと思って集めた」収集家としては世界最大だそうである。
集めようと思って集めた訳ではない収集家は、恐らくゴッホの甥のティオとその妻子で、ティオが相続した絵画はそのままオランダのゴッホ美術館に永久貸与されている。
そのゴッホ美術館からも「特別出品」という感じで4点の油彩画が来日している。
何にせよ、贅沢な空間であり、コレクションであったことは間違いない。
美術展の最初は、ヘレーネ女史と、彼女の絵画収集・鑑賞の師であるところおH.P .ブレマーウジの肖像画で始まる。
もちろん、ゴッホの筆ではない。
しかし、ゴッホ「後」の肖像画だと思うと随分と画面が暗いような気がする。その頃もやはり「重厚な」肖像画が好まれていたということだろうか。
そして、ゴッホの作品から1点だけ「療養院の庭の小道」という絵がトップに置かれている。
なぜこの絵をここに持ってきたんだろう? と思わせる配置である。
続く部屋には、「ゴッホ」外の画家たちの絵が展示されている。
ヘレーネ女史の鑑賞眼と選択眼を示すべく、ミレーからルノワール、スーラ、ブラック、モンドリアンと19世紀後半から20世紀初頭にかけての彼女のお眼鏡に叶った絵たちである。
財力があるってすごいと思うべきか、定評のない絵もあり画家もいただろうに、師の指導と己の好みで絵を買いまくって、そのコレクションが後世から垂涎の的となるってすごいことだよと思う。
そして、ゴッホの絵がシンプルに描かれた年代順に展示されて行く。
このシンプルさは非常に好ましい。1880年代前半は主に素描である。「画家たるもの素描ができてなんぼだ」とゴッホは考えていたらしい。
「スヘーフェニンゲンの魚干し小屋」のように描きこまれた絵もあれば、「コーヒーを飲む老人」など「油彩画と同じようなニュアンスが黒一色で出されている絵もあり、その黒もさまざまな画材を組み合わせたり、茶やグレーで彩色が施されていたり、「黒と光」を描くべく工夫を重ねていたことが分かる。
しかしそこはゴッホで、光よりも「黒」の印象が強いし勝っているように思う。
私は「籠に腰掛けて嘆く女」が好きだった。かなり暗い主題の絵だし、画面も相当に暗いけれど、何だか心惹かれる絵だ。そして、顔は全く見えていないので全く私の思い込みに過ぎないけれど、この女性はきっと美形に違いないと思う。
この素描の部屋がやけに引力が強くて、うっかり、じっくりと見てしまい、ゴッホ展のために持っていたエネルギーの3分の2くらいを持って行かれたような気がした。
オランダ時代に描いた油彩画は、恐らくは当時の流行りというか定番に則っていて、肖像画を始めとして暗い画面の絵が多い。
それでも「ゴッホらしい」のか? よくわからない。
それにしても「テーブルに着く女」という絵などとにかく画面全体がほぼ真っ黒かつ真っ暗で、ほのかな明かりに浮かび上がるようにして、女性がテーブルの前に置かれた椅子に腰掛けている様子が何とか分かる、という感じの絵である。極端すぎる。
ゴッホが「光」を描くときは、それは、暗闇に呑み込まれそうな光だったのかなぁと思う。
パリに出た後の絵は、一転して画面が明るくなる。
ただこの明るさもかなり「白っぽい」明るさで、単純な私が思い描くゴッホの絵の感じとは異なっている。
明るいというよりも白っぽい。何となくぼんやりとした薄明かりの中、ものの境界がはっきりしない感じの明るさの絵たちだ。
普通に花瓶に生けた花の絵があるのが不思議だ。そういえば、「ひまわり」はなかったけれど、そもそもヘレーネ女史が「ひまわり」を購入しなかったのか、来日しなかっただけなのか、どちらだろう。
この次のお部屋ではゴッホ美術館から来た作品4点をまとめると同時に、オランダ時代からアルル時代までを一足飛びに一気に見せる。
そして、改めてアルル時代の絵が並ぶ。
「レモンの籠と瓶」という絵では、籠の編み目とレモンの両方に赤で輪郭線が惹かれていて、少し前にポーラ美術館で見た風景画を思い出した。すでにタイトルも忘れているその絵では、木々が赤いラインで描かれていたと思う。
ミレーの絵を写した、でもゴッホにしか描けないだろう「種まく人」のカラフルバージョンというか、パステルカラーバージョンの絵もあって、最初の頃に展示されていたミレーの絵の暗さとの差を思ってくらくらする。
でも、私が「ゴッホの絵」とイメージする絵は、おおむね、サン=レミ時代にあったらしい。
この展覧会の白眉ともいえる「夜のプロヴァンスの田舎道」にすっくと立つ糸杉の木の迫力ももちろんだけれども、「サン=レミの療養院の庭」の暴力的なくらいの緑がひどく印象的だった。
ゴッホといえば青と黄色というイメージが強かったけれど、そういえば青と黄色を混ぜれば緑だし、と訳の分からないことを思ったくらいだ。
以上、幕である。
ミュージアムショップがものすごく充実していて、どれもこれも欲しくなって困った。
いや、ここは使うものだけを買おうよと己に言い聞かせ、それでも5000円以上使ってしまった。
ゴッホ恐るべし、である。
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