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「広島ジャンゴ 2022」
作・演出 蓬莱竜太
出演 天海祐希/鈴木亮平/野村周平/中村ゆり
土居志央梨/芋生悠/北香那/辰巳智秋
本折最強さとし/江原パジャマ/川面千晶
エリザベス・マリー/小野寺ずる/筑波竜一
木山廉彬/林大貴/宮下今日子
池津祥子/藤井隆/仲村トオル
演奏 熊谷太輔(ds)/河村博司(g)
観劇日 2022年4月29日(金曜日) 午後1時30分開演
劇場 シアターコクーン
料金 11000円
上演時間 2時間50分(20分の休憩あり)
ロビーではパンフレットが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
物語の始まりは広島の牡蠣工場で、少なくとも今の時点では工場長の趣味に合わせて広島カープファンであることを強要され、懇親会に全員出席しないとボーナス減額とか、色々と駄目な職場である。
そこに、工場長に断固として刃向かい、というよりは、必要に迫られて「勤務時間外は仕事にも職場にも縛られません」という姿勢を貫く女性が一人。本来は、賞賛されるべきとは言わないものの、責められるいわれはない彼女の行動は、周り中の避難を浴びる。
天海祐希演じる山本という彼女は、ずっとうつむき加減で、びっくりするくらいオーラが消えている。
仲村トオル演じる工場長は「従業員は家族だ」と言いつつ支配する姿勢しかないし、池津祥子演じるその妻は夫唱婦随を地で行って夫を諫める気配もない。
従業員たちのシフトを組んでいる鈴木亮平演じる加藤(だったか)は、山本と他の従業員たちの間で板挟みになっている。
その加藤が困り果てていい人っぽいから、彼の言う「非協力的な山本さん」という評価に引っ張られそうになるけれど、いや、別に彼女は理不尽なことは言ってないし、できないことはできないとあらかじめ伝えている。うっかりしてはいけない。
そして、その加藤のところには、自殺した姉がしょっちゅう現れている、らしい。
幽霊っぽくはないけど、幽霊なんだろう。というか、姉に自殺されてしまった加藤の「姉を理解して自殺から救いたかった」という思いが作り出した幻という感じがする。
彼女の存在は、この「広島」の牡蠣工場の理不尽さを、強調もするし、「これくらいはまだいい」と思わせたりもする。後者に騙されてはいけない。
その加藤が、完全なる勧善懲悪の西部劇ファンだったことから、いつの間にか、広島の牡蠣工場がそのまま西部劇の世界に引っ越してしまう。人間関係はほぼそのままに、背景だけ変わるという感じだろうか。
加藤は、それを姉の仕業だと思っているようだけれど、実際のところどうだったのかは、最後まで明かされない。
そして、加藤だけは、何故か、山本母子がつれている馬になってしまう。しかも、人間の言葉をしゃべれる馬である。名前はディカプリオである。訳が分からない。
訳が分からないのは加藤一人で、他の人々は完全に「西部劇の住人」である。でも町の名前は「ヒロシマ」である。混乱する。
山本もいるけれど、その山本は広島でのうつむきがちで自信なげな態度とは全く異なり、腕のいいガンマンであり、「荒野の用心棒」みたいなかんじである。「荒野の用心棒」って言葉は浮かんだけど見たことはない。でも、そういうイメージである。
しかし、広島でもヒロシマでも、山本は娘を連れ、何かから逃げていることだけは間違いない。
同じシチュエーションで、ずいぶんと雰囲気の違う二人(というか一人)を、天海祐希がきれいに演じ分ける。
加藤が憧れていた西部劇の世界は、全く以て勧善懲悪の世界とはほど遠く、加藤が実際に暮らしている牡蠣工場そのままの理不尽さにあふれている。
しかも、西部劇の世界だから、大抵の人は銃を持ち、殴る蹴るは当たり前、理不尽さがそのまま命に直結するという状況だ。工場長が「町長」にランクアップしていて、理不尽さの被害を受ける範囲も広がっている。さらにさらに、理不尽さが際立つ。
その理不尽さに対して、加藤は無力なままだけれど、山本は「ジャンゴ」と名乗り、胆力と銃の腕とで明確に戦う姿勢を示している。
また、藤井隆演じるチャーリーと中村ゆり演じるマリア夫妻が、町長が独占している井戸に対抗して新たな「町民のための」井戸を掘ろうとしており、ここにも広島の工場とは別に戦う姿勢をもった人が描かれている。
しかし、ジャンゴほどの強さを持たない彼らに、町長のえげつなさは容赦なく、井戸も家も火をかけられ、夫妻は娘を守るために町長の支配を受け入れる結果になる。
ジャンゴが「保安官だった夫を殺して懸賞金をかけられている」ことが明らかになるにつれ、山本さんの抱える事情も明らかになって行く。
それは、唯一二つの世界を行き来している加藤とその姉の幽霊との間で語られたり、広島でのシーンが差し込まれたりして語られる。
加藤姉の事情とか、ジャンゴ母子の抱える事情とか、泣きどころはたくさんある。
一体、この物語はどうなってしまうのか、広島とヒロシマの出来事はどこまでリンクして行くのか、先と事情が気になって、かなり集中して見てしまう。
ただ、多分、この芝居はハッピーエンドではない。
西部劇の世界では、ジャンゴの娘は友人になったチャーリー夫妻の娘エリカを助けるために彼女を襲った町長の義弟を撃ち、実はジャンゴではなく自分が父親を撃ち殺したことを思い出す。
その娘を町長は絞首刑にしようとしたけれど、ジャンゴが「自分の首には懸賞金がかけられている」と身代わりになることを申し出、欲に目がくらんだ町長は受け入れる。
この辺りは、本当にどこまでも町長はえげつなく、無慈悲で、要するに嫌な奴である。
娘と馬と一緒に町をかろうじて逃げ出したジャンゴは、町の水不足が実は町長の自作自演だったことに気づき、町に戻って町長と対決することを決める。
うーん。何故なのか。
若い頃の友人だった宮下今日子演じるドリーが町長の奸計にかかって殺されたことが原因なのか。
この辺りになってくると勢いに押されて「どうして」とか「何故」とかはない。とにかく、ジャンゴの怒りが全ての原動力になっている。
町長は「(自分のようなあくどい人間)ティムはどこにでもいる」と言いながら死に、彼を撃ったジャンゴは「ジャンゴもどこにでもいる」と言い放って退場する。
勝った人間が法律なのか! と突っ込みたい。
チャーリー夫妻は、ジャンゴに示唆されて川をせき止めていたダムをどうにかしに行き。実際にどうにかしたらしく、町を流れる川に水が戻ってくる。
喜ぶ人々の姿とともに、西部劇の世界は終わる。
いいのか。
そして、加藤は西部劇の世界から現実世界に戻ってくる。
工場長にささやかながら抵抗し、「シフトを組む仕事を外す」と干されることが確定し、しかしそんな中で山本との「会話」が始まる。
こちらの「山本」の事情は、実は明かされないままだ。
そして、二人が会話を続ける中、音楽が流れ、照明が消され、幕が下りる。
泣いてすっきりしたけど、結論は消化不良、という感じだ。
他にもこの芝居には、鈴木亮平のラップとか、色々と語るべきところがあるような気がする。
しかし、とにかく「理不尽」と戦ったり戦わなかったり戦えなかったりしている人の物語だったと思う。多くの人が理不尽を理不尽と認識していなかったり受け入れてしまったりしている中で、理不尽を認識すること自体がリスクな気がする。そして、そのリスクを無意識に回避しようとしている自分に気づく。
そういう舞台だったと思う。
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コメント
みずえ様、コメントありがとうございます。
みずえさんもご覧になったのですね。ふふふ、嗜好が似ておりますね(笑)。
天海さんの地味なおばさん(失礼)役も意外でしたが、鈴木亮平(こちらは何故か呼び捨て)がラップを始めたのにも驚きました。
せっかく天海さんがいるんだから、せめて一緒に歌って! と思いましたです。
ラストシーンは、私はむしろちょっとほっとしました。この二人の間で会話が成立していたので。お姉さんの言葉が届いたのだなぁと思っておりました。
確かに、明日、この二人は解雇を言い渡されているかも知れませんが。
そのときには、ドリーのように法律を勉強して、不当解雇を争って欲しいです。
なかなか観劇もできておらず、ここに書くのもまれになっておりますが、またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2022.05.03 17:56
姫林檎さま
私も観ました!
きっと姫林檎さんもご覧になるだろうなと思って、アップされるのを待っていましたよ。
私は勝手に、タイムスリップの冒険活劇ものだと思っていたので、想像と違うあまりに状況に息を飲みました。
天海祐希も鈴木亮平も、イメージと違う役柄でしたね。
そして明るい材料が何一つない展開に胸が締め付けられました。
最後も切なかったな……現代に戻っても、工場長は相変わらずだし。
この後二人はクビになるんだろうか、なんて心配までしてしまいました。
蓬莱さんは、いつも私の予想の上をいく人なんですよね……。
投稿: みずえ | 2022.05.02 10:16