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2022.04.03

「ブラッド・ブラザーズ」を見る

ミュージカル「ブラッド・ブラザーズ」
脚本・作詞・作曲 ウィリー・ラッセル
演出 吉田鋼太郎
出演 柿澤勇人/ウエンツ瑛士/木南晴夏/鈴木壮麻
    内田朝陽/伊礼彼方/一路真輝/堀内敬子
    家塚敦子/岡田誠/河合篤子/俵和也/安福毅作
演奏 黒田陸/町屋美咲
観劇日 2022年4月2日(土曜日) 午後0時30分開演
劇場 東京国際フォーラム ホールC
料金 12500円
上演時間 3時間

 ロビーではパンフレット等のグッズが販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 ホリプロの公式Webサイト内、「ブラッド・ブラザーズ」のページはこちら。

 「血のつながりこそ絆。片割れと知らずに友情を育んだ双子、その数奇で切ない人間ドラマ」といった惹句を目にしていたし、そもそもタイトルが「ブラッド・ブラザーズ」だし、公演のフライヤーにも柿澤勇人とウエンツ瑛士の二人がどん!といるし、この二人の物語なのだと思って見始めたら、堀内敬子が一人で登場し、暗い舞台にライトで道が作られ、その道を歩いて来て一人で歌い始めたので驚いた。
 流石、堀内敬子。舞台を一人で埋めている。

 そして、もう一人現れたのが死神のような雰囲気を持った伊礼彼方である。
 最初は伊礼彼方だとは気づかず、気づいたときには「こんなに若くなかったのか!」と失礼な驚き方をした。自分で思って書いておいて何だけれど、本当に失礼な感想である。
 でも、歌を聴いたらすぐに「伊礼彼方だよ」と分かった。
 容姿よりも声の方が年を取らない、こともある。

 このミュージカルを引っ張るのは、狂言回しである伊礼彼方と(そして彼はやっぱり悪魔をも演じていた)、ブラッド・ブラザーズの母親を演じた堀内敬子である。
 ちらしには「同じ日に生まれ、同じ日に死んだ双子」と書かれていて、確かにその通りの物語だったけれど、この舞台は「双子を産み、同じ日に二人を失った母親」の舞台だったと思う。

 堀内敬子演じるミセス・ジョンストンズは、若くして結婚し、夫に捨てられ、一人で子供たちを育てている。
 夫に捨てられた時点で彼女はまたも妊娠しており、しかも双子がお腹の中にいると分かる。あと一人ならともかく、あと二人増えたらとても子供たち全員を育てられそうにない。
 一方、ミセス・ジョンストンズが働くお屋敷の一路真輝演じる女主人ミセス・ライオンズは、子供を産むことはできないと医者に言われており、養子をもらおうかと夫に提案して拒否されている。

 何とか「我が子」を育てたいと思い詰めたミセス・ライオンズは、ミセス・ジョンストンズに双子のうち一人を譲ってくれるように懇願し、ミセス・ジョンストンズもついに承諾する。
 聖書に誓った悪魔の契約の成立である。

 しかし、「自分の子供」を抱いたミセス・ライオンズは、ミセス・ジョンストンズに奪い返されるのではないかと疑心暗鬼に陥り、ついにはミセス・ジョンストンズを解雇してしまう。
 それでも心配で、ミセス・ジョンストンズに「別々に育てられた双子が再び出会ってお互いを双子だと認識したら死んでしまう」という迷信を伝え、彼女を牽制したつもりが、彼女にも自分にも「呪い」をかけてしまう。

 ミセス・ジョンストンズは息子のミッキーに、ミセス・ライオンズは息子のエディに、それぞれ相手の家の近くで遊ばないように厳しく言いつけていたものの、そこは狭い町に暮らす活発な男の子同士、柿澤勇人演じるミッキーとウエンツ瑛士演じるエディは7歳の年には出会ってしまう。
 最初から明らかだったよとも思いつつ、この時点で、双子の二人の境遇は大きく異なり、下町で日々真っ黒になって遊んでいるミッキーに対し、エディは行儀良く紳士たるべく育てられたエディと、有り体に言うと「かけられたお金」の差が明らかに大きく違う二人である。

 それでも二人は惹かれあって仲良くなり、木南晴夏演じるリンダと3人で仲良くなり、ミッキーとエディは指を傷つけてお互いの血を交換し、「義兄弟」の誓いを交わす。
 もう悲劇の気配しかない。
 二人とも気が弱そうで要領が悪そうで、ミッキーの兄のサミーは乱暴この上ない感じで、ミッキーを悪の道に引きずり込む気満々というか、そのために作られたような兄であり役である。

 今回の舞台を演出した吉田鋼太郎は、これまでにサミーの役を3回演じているそうだ。
 そう聞くと出演されていないことがますます残念である。しかし、流石に今、吉田鋼太郎がサミーを演じる訳にはいかないよなぁとも思う。

 休憩前までの一幕では、うろ覚えの記憶だと、ミッキーとエディはまだ14歳で、やはり物語はミセス・ジョンストンズの物語だし、彼女の歌がこの舞台のテーマだと思う。
 ミッキーとエディが一緒に遊んだりすることを避けようとミセス・ジョンストンズは夫に懇願して田舎に引っ越し、ミッキーにお別れを言いに来たエディに、ミス・ジョンストンズは自分とミッキーが一緒に撮った写真を入れているロケットを餞別に渡す。

 しかし、ミセス・ジョンストンズが住む家は取り壊されることになり、代わりに市が用意した住宅が、エディたちの引っ越した屋敷のすぐ近くというところが皮肉である。
 というか、これはそういう設定で、わざとらしいよ、できすぎているよと思ってしまう。
 しかし一方で、できすぎていて何が悪い、とも思う。
 何というか、この舞台は、そういう「すべてが悪い方向に転がった場合」を見せているように思うのだ。

 ミッキーは、エディの父親が経営する工場で働いていたが不況で解雇され、大学に行ったエディがクリスマスに帰ってきたときにも、まだ3ヶ月にわたる就職活動にも関わらず次の仕事が見つかっていない。
 大学に行くときにエディがお膳立てしてリンダと付き合い始め、リンダの妊娠を機に結婚したミッキーにとっては、「稼げない」ということは致命傷で、大学に行って楽しくやっているエディの「お金はいっぱい持っているからあげる」だの「仕事がないなら前みたいに自由に遊んでいればいいじゃないか」だのといった言葉の数々は憎悪しか生まない。

 エディの出現に焦ったミッキーは、兄のサミーが持ってきた「見張りだけしてたら50ポンド」というもうけ話に乗り、もちろんまともな話ではなくてサミーは逃げたもののミッキーは警察に捕まり、懲役刑となる。
 大混乱のミッキーはおざなりな診療でうつ病と診断され、投薬されたことで逆に状態を悪化させてしまう。
 何かもう繰り返すけれど、悪いことしか起こらないし、二人が同時に死ぬことは舞台の最初に予告されていて、「悪いことが起こる場合」の見本のようだ。

 その中で美しいものが、伊礼彼方の悪魔と悲劇の母親である堀内敬子の歌う歌声と歌、というところが切なすぎる。
 この二人の印象が強すぎて、他の出演者の歌が私の中では霞んでしまっている。それくらい、凄みのある歌と歌声で、何というか舞台上で突出していた。
 そのくせ、この二人がハモるシーンは(多分)なかったような気がしていて、何だか勿体ないような気もしている。

 出所してきたミッキーをリンダは何とか立ち直らせようとし、薬を止めさせようとするけれど、上手く行かない。
 思いあまったリンダがエディを頼り、彼に家と就職先を用意してもらった辺りから、最後の「悲劇の下り坂」が始まったように思う。
 リンダがエディを頼ったことを悟ったミッキーはますます意固地になり、「医者にもらったんだ」と抗うつ剤を手放そうとしない。
 どうしても立ち直ろうとしないミッキーにリンダが疲れ果ててエディを頼り、二人がキスするところをミッキーが目撃してしまったところが、最後の曲がり角だ。

 ミッキーは演説するエディの前に現れ、ピストルを突きつける。
 自分は何とか立ち直ろうとして薬も断ったが、時すでに遅くリンダはエディの方を向いてしまっている。
 ミッキーはどうしてエディは何でも持っているのか、自分が唯一持っていたリンダまでエディは奪うのか、とエディを詰る。
 その場に駆けつけたミセス・ジョンストンズが、ミッキーに「エディを殺しちゃいけない。エディは赤ちゃんのときに自分が手放したミッキーの双子の兄弟だ」と語りかける。

 つまり、別れ別れに育った双子が、相手の存在を認識した瞬間である。
 お互いにお互いを羨ましく思っていた二人、特にミッキーが「どうして自分の方を手放してくれなかったんだ」と叫んでエディを撃ち、エディを撃とうとしたミッキーを囲んだ警察隊が撃つ。
 二人は、同時に死ぬ。
 その瞬間、驚くほどミス・ジョンストンズは静かだ。恐らくは泣き叫んだ筈だけれど、舞台上のミス・ジョンストンズは呆然としているだけだ。

 この後、舞台がどう閉じたのか、覚えていない。
 どうしてだ。
 ストップモーションでライトが消されたように思うのだけれど、消される前のライトの下で彼らが何をしていたのか、思い出せない。

 ミセス・ジョンストンズは双子が死んだとき、二人の息子を殺されたと言ったそうだ。
 でも、二人が死ぬ最後のきっかけを作ったのは、現実にも呪いとしても、ミセス・ジョンストンズである。
 悲しすぎるし、皮肉すぎるし、悲しすぎる。
 それが約束されていることが切ない舞台だった。

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