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2022.04.24

「貧乏物語」を見る

こまつ座「貧乏物語」
作 井上ひさし
演出 栗山民也
出演 保坂知寿/安藤聖/山崎薫
    枝元萌/松熊つる松/那須凜
観劇日 2022年4月23日(土曜日) 午後2時開演
劇場 紀伊國屋サザンシアター
料金 8800円
上演時間 2時間

 ロビーではパンフレット等が販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 こまつ座の公式webサイト内、「貧乏物語」のページはこちら。

 こまつ座の舞台には藍染めの木綿が似合う。
 幕開け前、舞台の中央部を隠すように藍染めの木綿(のような風情の)幕が下ろされ、その右下に白抜きで「貧乏物語」と小さくあるのを見て、何だかしみじみとそう思った。

 24年ぶりの再演となる「貧乏物語」である。
 ということは、

 幕が上がると、そこは畳敷きのお部屋が横に二つ連なっており、左奥に土間の台所が見える。手前は庭、右側にある襖には何故か心張り棒がされている。
 そして、誰もいない。
 誰もいない家に「奥様〜」「お嬢様〜」と声をかけ、女性が一人入ってくる。家人ではなさそうだ。

 そうして、「奥様」でも「お嬢様」でもない女性が次々とやってきて、それぞれ、以前にこの河上家で女中奉公をしていた女性だったり、一時期暮らしていた女性だったり、心張り棒の向こうに暮らす河上肇の著作を熟読する女優だったりということが明らかになり、ここが現在「アカ」として獄中にある河上肇の留守宅であることが徐々に分かってくる。
 足を悪くしている「お嬢様」と、そのお嬢様につきっきりの若い女中さんが「歩行訓練」から戻り、「奥様」が帰宅して、旧交を暖め、新しい知り合いも含めた女6人が揃う。

 この芝居は、獄中の河上肇を巡る女たちの物語である。
 河上肇を信奉している女たちばかりのところ、そのうちの一人の結婚相手が現在内務省に勤務して特高警察等をとりまとめている「切れ者」だというところが、上手い設定だと思う。
 登場人物全員が同じ方向を向いていても気味が悪い。

 そこで「女たちの夫の一人」を敵対する位置に置き、彼女たちの敵である「国家」を象徴させる。
 それと同時に、この場にいない河上肇の「太郎は次郎になれないし、次郎は太郎になれない」という言葉を常に引き、妻であるだけの彼女を責めることのないようあらかじめ予防線を張ってある。
 やっぱり上手い。

 そして、河上肇らの活動のリーダーであった「M」という人物は実はスパイで、活動の逐一を報告し、コントロールしていたのだという。
 その名前が「松村」であることまでは掴んだと「お嬢様」が語っていた。
 内務省に勤めている男の名前は「竹内」である。この「竹内」の変名が「松村」なんじゃないかしらと勝手な想像を巡らせてしまった。もしそうだったとしても、そうと劇中で断定してしまうのは、竹内の妻には辛すぎると思ったのかしらと、こちらも勝手な想像である。

 井上ひさしの芝居としては、笑いがずいぶんと少なめで、シリアスであると感じる。
 それは、この「奥様」と「お嬢様」がどこまでも生真面目で夫や父親を信じており、彼女たちには明確な「敵」が存在しているからだと思う。
 そして、その「奥様」と「お嬢様」を演じる保坂知寿と安藤聖の演技の静謐さが、役柄に重なる。どこまでも「できた」人物を演じて嫌みがない。むしろ味方したくなってくる。
 この二人の醸し出す空気と緊張感は、そのままこの舞台の空気と緊張感だ。思わず息を詰めて見てしまう。

 二人を囲む女たちは、対照的に賑やかだけれど、彼女たちの賑やかさや「庶民の賢さ」みたいなものも、この留守宅を明るくするまでには行かない
 この芝居はどこまでも辛い。
 河上肇自身はもちろんのこと、その妻と娘も「国家」と戦っている。勝ち目のない戦いである。
 そして、逮捕されたことのある娘は一度「負けて」いて、体だけでなく心までも損なっている。
 この芝居の中では、娘が言うところの「揺さぶり」に負けず、妻は毅然とした態度を保つけれど、しかし、近い将来、「負ける」ことは確定している。
 「負ける」というのは、「自分が間違っていた」と認めることである。

 この物語は辛すぎる。
 辛すぎる物語だからこそ、ラストで若い女中さんに「今のところは無事」だと語らせ、かつ、彼女が母親と向き合い学校に戻り当初の夢であった雑誌記者を再び目指すために河上家を後にする、というシーンで幕を下ろしているのだと思う。
 賑やかな女3人が詐欺で捕まった、なんて後日談が語られるのは愛嬌である。これくらいの笑いはなくっちゃねと思う。

 何故今この芝居を24年ぶりに再演したのか、何故選んだのか、どう見るべきなのか、考えるお芝居だった。

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