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「アルキメデスの大戦」
脚本 古川健
演出 日澤雄介
出演 鈴木拡樹/宮崎秋人/福本莉子
近藤頌利/岡本篤/奥田達士
小須田康人/神保悟志/岡田浩暉
米村秀人/神澤直也/二村仁弥/高橋彩人
観劇日 2022年10月15日(土曜日) 午後1時開演
劇場 シアタークリエ
料金 9200円
上演時間 3時間(25分間の休憩あり)
ロビーでは、パンフレットの他、エコバッグ等のグッズも販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
まずは、最初のシーンが「結果」だったことに驚いた。
戦艦大和が沈没したという知らせが、海軍少佐である櫂のところに届く。
つまりは、櫂は巨大戦艦の建造を「止められなかった」ことと、止められなかった後も海軍に留まりかつ生き残っていること、この時点で山本五十六がすでに死んでいることが明かされる。
山本五十六の死については「戦艦大和沈没時点で鬼籍に入っていることは常識だ」という方もいるだろうけれど、私は記憶していなかった。そして、ここで結末を語ってしまうことに驚いた。
何というか、「櫂少佐は巨大戦艦の建造を止められるのか」という舞台だと思っていたら、いきなりネタばらしに遭ったような気持ちでになった。
しかし、よく分からないうちにあっという間に舞台に引き込まれ、気がついたら一幕が終わっていた。
客席からの拍手で「もう休憩時間?!」と気がついたくらいである。
びっくりだ。
最初のシーンから12年遡り、この舞台の「終わりの始まり」は1933年である。
そこでは、神保悟志演じる山本五十六少将と、小須田康人演じる嶋田少将が、海軍の次期建造艦を巡って争っている。
「これからは航空戦の時代だ、だから、時代遅れの巨大戦艦などではなく航空母艦を建造すべきだ」と主張する山本と、「引退する戦艦の後継艦の建造なのだから、日本海軍を象徴する戦艦を建造すべきだ」と主張する嶋田とが争っている。
その嶋田が「建造すべき次期戦艦」の設計者として連れてきたのが岡田浩暉演じる平山中将で、その「後継艦」が後の戦艦大和である。
しかし、その戦艦大和の建造費の見積もりが異様に安い。山本はそこを突いて、戦艦の建造を止め、航空母艦を作らせようと画策する。
白羽の矢が立ったのが、帝大の数学科を最近放逐された鈴木拡樹演じる櫂である。
こうして書き出してみると、あぁ、最初からあの終わり方しかなかったのだなぁと思う。
上手すぎる。
山本は、櫂と宮崎秋人演じる部下の田中少尉に対し、「巨大戦艦など作ったら軍も政府も国民も自分たちは無謬であると信じて戦争に突き進む。米国とは国力で圧倒的な差があり、戦争になったら敗北は必至である。日本に戦争をさせないために、戦艦は建造すべきではない」と説得して、戦艦の建造を阻止するよう指示している。
いや、最初から山本少将は、航空母艦で戦争する気満々だったじゃん! と今になって気がついた。
見ているときは、そんなことは全く気にならなかった。我ながらダメダメである。
見ているときに気になっていたのは、櫂少佐の癖のある過ぎるしゃべり方と動きである。何だか「ガリレオ」を演じているときの福山雅治が思い出されて、「変人の数学者を演じようとするとこういう風になるのか?」などと勝手なことを考えていた。
あと、どうでもいいよなと思いつつ気になっていたのは、少将と中将では階級は間違いなく中将の方が上なのに、山本少将も嶋田少将も、平井中将に対して礼を尽くしている感じがなかったことだ。
田中少尉がにわか少佐の櫂に対して「上官」に対するような敬意を示さないのは、イレギュラーな事態だし、後半ではむしろ仲間になっていたからだと解釈するけれど、平井中将の場合は「技術中将」だから上下関係のラインから外れているということなんだろうか。
そして、この平井中将という人が結構なポイントで、この人が一幕の最後に、自分の陣営であるはずの嶋田少将や海軍大臣の大角に対して、(具体的な台詞をすっかり忘れているけれども)どう聞いても見下げきった罵り言葉を吐いていたのがまた効いていたと思う。
やはり、凄い。
映画を見ていないので、どれくらい似ていてどれくらい似ていないのか知らないのだけれど、この舞台の最初のポイントはこの台詞だったと思う。
二幕目に入ると、山本少将陣営の「正しい建造費を積算する」作戦がどんどん熱を帯びて行く。
しかし、積算根拠とできるだろう資料が全く開示されず、あっという間に行き詰まる。
ここは、資料を完全に抑えようとした、嶋田少将陣営の高任中尉の頭脳や人脈や立ち回りを褒めるべきだよなぁ、この人さりげなく優秀だよなぁと思っていた。
優秀な割りに怪文書を張り出すというやり方が稚拙だけれども、得てして、そういう稚拙な方法が相手に致命的なダメージを与えるものである。それこそ醜悪だと思うけれど、そういう面も否定できない。
櫂と田中は、櫂が帝大を放逐されるきっかけとなった尾崎財閥令嬢の鏡子の協力を得て大阪に向かい、造船に関する資料をついに入手する。
しかし、この財閥令嬢の家庭教師をしていて、彼女に手を出したと父親に誤解されて家庭教師をクビになり、しかしお互い惹かれあっていたのは事実で・・・、という成りゆきは、今思い返すとかなりご都合主義である。言い換えると、少ない人数で色々な役割を負わせ過ぎである。
それなのに、見ているときはあまり気にならなかった。ストーリーテーリングの勝利、なのだと思う。
「次期建造艦を何にするか」という会議にギリギリで間に合った櫂は、平井中将が設計した巨大戦艦の正確な見積額を暴露する。
これで勝った! と山本たちは大喜びするが、平井中将は端然としている。平井曰く、「巨大戦艦は秘密裏に作られなければ意味がない。予め情報を開示してしまえば、敵国は更に巨大な戦艦を作ろうとするに決まっている。だから世に公表される見積額を低くし、財閥には他の駆逐艦を抱き合わせで発注することで損をさせないようにしただけだ」と言い切る。
「敵を欺くにはまず味方から」騙しただけだと言い切る態度が、いっそのこと潔く見える。
そして、予算獲得に苦慮していた海軍大臣はこの台詞と考えにコロっとやられてしまい、あっという間に巨大戦艦の建造を決めようとする。
そのとき、櫂少佐が、今更ながら平井中将の設計図の致命的欠陥を指摘し、その欠陥を認めた平井中将はあっさり嶋田少将の思惑も何も無視して「取り下げます」と去って行く。
嶋田少将はカンカン、山本少将は大喜びである。
いや、ここは櫂がこの段階で致命的欠陥を指摘し「直させる」機会を与えてしまったことを憂えようよと思ったし、実際に憂えた。
しかし、空母建造を勝ち取った山本が、真珠湾攻撃やパナマ運河(スエズ運河だったか?)の空母による奇襲を計画していることを聞いた田中少尉は、「この作戦は戦争を止めるためではなかったのか」と山本少将に食ってかかり、山本は「敵を騙すにはまず味方からだ」と嘯く。
平井中将は、櫂少佐に「今、建造する艦が戦艦だろうが空母だろうが、戦争に突き進む日本は止められない。米国と戦って勝てる訳がない。日本人は最後の一人になっても戦おうとする国民だ。しかし、戦争になって日本を象徴するような戦艦が沈められれば、そこで戦争は終わる。そのためにこの戦艦の名前を大和と名付けた」と語る。
負けた筈の戦艦大和の建造がどうして進もうとしているのか分からないし、この二人の言う「この美しさに魅せられ、自分の目で見たいと思った筈だ」という感覚も分からない。
しかし、何故だか山本が求めた空母も建造され空戦力の増強もされるし、戦艦大和の建造も決まる。
もう少し説明してくださいと思うけれど、説明はない。恐らく、誰も説明できないままいつの間にか決まったり始まったりしていたのだろう。
そして、戦艦大和に連合艦隊司令長官として乗り込む山本五十六と、海軍に残った櫂少佐との対話を経て、戦艦大和沈没の報が届いた最初のシーンに戻る。
秀逸だったのがこの先で、話は先に進む。
平山中将は「自分の想定を超えて政府も軍部もおろかだ。戦艦大和が沈んだのに戦争が終わらない。」と嘆き、責任を取ると言って自決する。
「どうしたらいいか分からない」と頭を抱える櫂に対して、田中少尉が「戦争は始まってしまえばコントロールできる人などいない。だからこそ、全力で戦争を回避しようとするべきだった。それができなかった自分たちは、できなかったことを記憶し、語り続ける義務がある」と語る。
つまるところ、自分を「下っ端」と言う彼が、一番まともで現実的で建設的である。
そうして、二人が決意を新たにし、握手した(と思った)ところで幕である。
いや、まだ戦争は終わっていないし、終わらせられるか分からないし、それまであなた方が生きていられるかも分かりませんよ、とツッコみたい気持ちも湧いてきつつ、このラストシーンは間違いなくこの舞台や映画やコミックの始まりに繋がっているのだなと思う。
そして、ラストの暗転の長さがまた上手いと思う。恐らく、通常の(というものがあるかは知らないけれども)暗転よりも長めに取ってあったと思う。
久々にがーっと集中する感覚が味わえた舞台だった。
見て良かった。
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