「百物語」を見る
白石加代子「百物語」 足立区制90周年記念 アンコール公演 第四弾
構成・演出 鴨下信一
出演 白石加代子
演目 宮部みゆき「小袖の手」
朱川湊人「栞の恋」
観劇日 2022年11月12日(土曜日) 午後5時30分開演
劇場 シアター1010
料金 5500円
上演時間 2時間(20分間の休憩あり)
構成・演出をされた鴨下信一氏が昨年2月に亡くなったそうだ。寡聞にして存じ上げなかった。
ご冥福をお祈りする。
ロビーでは、過去公演のDVDと、本公演のプロデューサーである笹部博司が書いたこの公演を記録する著作が販売されていて、購入した。
ネタバレありの感想は以下に。
舞台に上がるのは白石加代子一人のみ。
朗読というには動きが大きいし小道具も結構作り込まれて用意されているし、一人芝居と言うには白石加代子は常に台本を手にしている。
不思議な舞台である。
第一部の「小袖の手」では、舞台は(見たことがないけど)講談のようにしつらえられ、少し高くなった場所に小さな机を前にし、着物を着、大きな青い玉のついたかんざしを挿して登場した。
何というか、御年80歳とは思えない艶やかさである。
少しの枕があって、語りに入る。
「小袖の手」は、所収されている文庫を持っていたので、家を出る少し前に再読した。時代物の短編である。
同じシチュエーションにはなりたくないけれども、怖い話ではない。
母親が、初めて娘に自分で古着を買わせ、娘が買ってきた小袖を前にして、自らが子供の頃に体験した「不思議な話」を語る、という趣向である。
数時間前に読んでいるから、当然、結末を知っている。
そして、数時間前に読んでいながらうろ覚えの記憶と比べると、かなり小説そのままを読んでくださっているように感じた。
短編小説が、一人の語りで立体的に立ち上がってくる。不思議だ。凄い。
時々会場から起きた笑いやどよめきは、語りよりも白石加代子の身振り手振り小道具の見事さに対するものだったと思う
何というか、静かに楽しめた。
「小袖の手」読了後、少しだけこの「百物語」のアンコール公演についての話が入り、20分の休憩になった。
白石加代子曰く「昭和40年代に行くためにお支度が必要です」だそうだ。
そうして、休憩後、現れた白石加代子が昭和40年代の若い女の子になっていて、一気に60年を若返っているよ、この人! と目を見張る。
当然のことながらかなり無理はあって、でも仕草や声の感じが、先ほどの「おっかさん」を演じていたときとは明らかに異なっている。髪型がサザエさんっぽく整えられていて、いかにも昭和40年代である。いや、リアルタイムではほぼ知らないけれど、そうなのだと思う。
こちらの「栞の恋」は、私は読んだことがなくて、だから当然のことながら結末も知らないまま見始めた。
時は昭和40年代、どこかの商店街の酒屋の娘「邦子」が主人公である。彼女はタイガースのファンで、商店街を歩くサリー似の若い男性に「サリー」と呼び名をつけ、初恋とも言えない恋をしている。
商店街の古本屋でサリーを見かけ、自分も何年ぶりかで古本屋に入って、彼がいなくなってから、彼が読んでいた本を手に取る。
そこには栞が挟んであり、イニシャルだけが書いてある。
その栞はきっと彼が立ち読みしつつ挟んだものに違いないと邦子は見定め、「女の子らしい」千代紙を探して手紙を書き、同じ本に挟んでおくことを思い立つ。
その最初の栞が「難しい本ですね。K.K」である。
その栞に返信が届き、2〜3日おきに1行から2行だけのメッセージという、もう歯がゆい以外の何物でもない文通が始まる。
サリーは邦子から「見られている」だけの存在なので、邦子のモノローグと、古本屋のオヤジとの会話で物語は進んで行く。
その「本」は、ランボーの研究所である。舞台上で何度も邦子さんがタイトルを繰り返してくれたのに私の頭には全く残っていない。申し訳ない。
本なんてほとんど読まず、勉強も多分キライだったろう邦子が、「ランボーがお好きですか」的な質問に対し、「勉強中です」と返したのに、頭の中で”上手い!”と思わず賞賛してしまう。嘘ではない。見事すぎる返しである。
若干の違和感を感じつつ、邦子は文通を楽しみ、彼の誕生日にリクエストされた聖母マリアの絵はがきを本に挟むときに自分の素性も明らかにしようと決める。
しかし、その日、邦子が店番をする酒屋にサリーが彼女連れでやってきて、どうにもチャラい会話を聞かせてくれ、邦子の「初恋」は終わる。
初恋は終わったけれど文通は? と思っていると、古本屋の件の本に、署名入りのいつもより長文の手紙が入っている。
そこには本の著者である青年の名前が書かれ、明日には「基地」に移動になると書かれている。
古本屋のオヤジに聴き、邦子は初めて自分の文通相手がその本の著者であり、彼は20歳でそのランボーの研究所を著して「早熟の天才」と呼ばれ、志願して海軍に入り、特攻隊の一員として昭和19年に亡くなっていることを知る。
ここで「昭和19年に文通でやりとりする際に、アルファベットのイニシャルを使うのはもの凄く危険なのでは?」とか「そもそも可能だったのか?」とか思ってはいけないんだろう、多分。
そして、最後まで青年の手元に置かれていたものだと確信した邦子は、その本を買い求める。
邦子は還暦を迎えた。そこで幕である。
白石加代子一人しかその場にいないのに、邦子はもちろんのこと、邦子を「くにちゃん」と呼ぶ古本屋のオヤジもいるし、邦子がのぞき見ているサリーもいるし、古本屋のオヤジの視線を避けて本に栞を挟む邦子もいる。
凄い。
そして、何より、もの凄くドキドキしながら邦子の恋を見守ることができた。
見て良かった。
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