「しびれ雲」を見る
KERA・MAP「しびれ雲」
作・演出ケラリーノ・サンドロヴィッチ
出演 井上芳雄/緒川たまき/ともさかりえ
松尾諭/安澤千草/菅原永二/清水葉月
富田望生/尾方宣久/森準人/石住昭彦
三宅弘城/三上市朗/萩原聖人
観劇日 2022年11月23日(水曜日) 午後1時開演
劇場 本多劇場
料金 8500円
上演時間 3時間35分(20分間の休憩あり)
ロビーで何が販売されていたか、チェックしそびれてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
時は昭和10年代、場所は日本国内どこかの島(「キネマと恋人」の舞台となった梟島だと各種インタビューで読んだけれど、劇中で「梟島」と誰かが名乗っていたかどうか記憶にない)、住人たちはちょっと聞いたことがない感じの方言をしゃべっている。
しかし、「ごめんなさい」が「ごめんちゃい」になり、「ありがとう」が「ありがとさん」になり、「~する」が「~しくさる」になるくらいなので、聞き取りには問題ない。
そして、雰囲気が随分と丸くなる。
緒川たまき演じる波子の夫の七回忌に人々が集まろうとし、なかなか現れない妹を心配した波子が探しに来て妹を見つけ、ついでに井上芳雄演じる頭から血を流し記憶を失っている男を妹と一緒に発見する、というところから物語が始まる。
彼の存在に一番最初に気がついたのは、ともさかりえ演じる千夏という波子の妹である。
千夏も、なかなか現れない夫を探しに夫の友人宅まで来たところだったらしい。
物語は始まるし、その日「その雲が現れると物事の潮目が変わる」という伝説を持つ「しびれ雲」が島の上級に浮かぶし、そもそも身近に記憶喪失の人がいるのはかなりのインパクトがある出来事だし、季節外れのセミやコオロギが鳴くのも「何が起こったんだ」的なことではあるけれど、しかし事件は起こらない。
傍目に見ている分には、穏やかな島のかなりクセが強い人たちの穏やかな日常である。
千夏は萩原聖人演じる夫の文吉と双方が意地っ張りで夫婦喧嘩がこじれにこじれている。
石住昭彦演じる波子の婚家一家の大黒柱の石持一男には認知症の症状が現れている。
その孫の伸男は「(波子の夫だった)叔父の国男が初恋の人だ」と問わず語りに祖父に語り、かつ、波子の娘富子とともにイクオが書いた不倫の手紙を発見して怒りと混乱の渦の中である。
波子の亡き夫の国男の友人だった三宅弘城演じる佐久間は、ずっと波子のことが好きらしい。
記憶喪失の男は、波子の「不死身のフジオさん」の一言で「フジオ」という名前になり、何ともおおらかに島の住民に受け入れられ、文吉が働く工場で職を得、菅原永二演じる文吉の友人の縄手万作の家に居候もしている。
不安だ不安だと言うわりに、そして伸男によると前夜に海で溺れ死にしようとしたわりに、何とも柔軟に溶け込んだものである。
フジオ本人はなかなかの好青年かつ有能ぶりで、それがまた文吉の嫉妬をあおっているけれど、それはフジオというよりは、文吉と千夏の夫婦の問題だ。
謎と言えばフジオの正体くらいだし、解決すべき課題といえば波子の亡き夫の浮気問題や、千夏と文吉の離婚問題、島のお坊さんの出奔問題くらいだ。
どれも本人たちにとっては人生の大問題に違いない。しかし、この島の時間の中で、端で見ている分にはきっぱりと「ほほえましい他人事」である。そこに流れているのは幸せな時間で、幸せな時間にはスパイスが必要だ。
ラスト近くになって、フジオは失恋し、セミやコオロギが鳴きやみ、千夏と文吉は元のさやに納まり、国男の不倫問題は全くの勘違いであったことが判明し、心臓発作かと心配された一男は実は「蓋」を片っ端から飲み込んでいたための発作と分かって家族一同一安心、佐久間は波子にプロポーズしてまた振られたけれど初詣に一緒に行く約束を取り付ける。
そして、出奔後になぜかジャーナリストになったお坊さんの調査により、フジオの正体が「スサカダイスケ」という名前の「(良い意味で)とんでもない人物」であることが判明する。
判明したのは舞台の上でだけであり、客席のこちらにはその「とんでもない人物」の情報は共有されない。もどかしい。
しかし、自分の来歴が書かれた書類を読もうともせずに放り投げたフジオがやけに晴れ晴れとしていて、何だか分からないけれど、これで良かったんだなきっとと思う。
かなり苦しい展開だと思うけれど、不思議と何故か納得してしまう。
結局のところ、しびれ雲がもたらして今回の「潮目の変わったこと」が何だったのか、今ひとつよく分からない。一体誰のどんな運命が大きく変わったのか、登場人物たちもあまり気にしていなかったように思う。
何はともあれ、おっとりした雰囲気に騙されまくった3時間半だった。
楽しかった。
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コメント
みずえ様、コメントありがとうございます。
そして、みずえさんはチケットを確保しながらご覧になることができなかったのですね・・・。
私も「歌わせたい男たち」を同じ理由で見ることができなくなってしまっており、みずえさんの心中お察し申し上げます。本当に残念ですよね・・・。
少しでもみずえさんのお役に立ちましたなら嬉しいです。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2022.12.01 23:22
姫林檎様
私も観ました……と言いたいところですが、というか、言うはずだったのですが、私の取っていた回は、コロナ感染者が出たため中止になった日でした……。
ケラの前回の「世界は笑う」も同じ理由で観れなかったというのに今回もとは、本当に悲しくて泣きました。
今回も好きな役者さんばかりです。
皆さんどんな演技だったのかなと、姫林檎さんのブログを読みながらいろいろ想像させていただきました。
ありがとうございました。
投稿: みずえ | 2022.11.30 18:02
くりこ様、初めまして。
コメントありがとうございます。また、過分のお言葉をいただき恐縮です。
そしてそして、ご指摘感謝です!
ただいま、イクオと書いていたところを「国男」に改めさせていただきました。
私の中で、何故か「イクオ」で定着しておりました・・・。
またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。
投稿: 姫林檎 | 2022.11.29 22:09
姫林檎さん初めまして。
いつもお芝居の感想を楽しく読ませていただいています。
数年前に松尾スズキの舞台を観劇した後わけわがわからなかったから誰か解説してほしい!と思ってネットの海を漂っていた時にこちらのブログを見つけて以来のファンです。
自身が観た後に姫林檎さんの文章を読むと鮮やかにまとめられていて毎回感動します。
今回しびれ雲も観たので感想を書いていただけて勝手ながら喜んでいます。
あの、たいへん差し出がましいことを申しますが、波子の夫の名前はクニオと呼ばれていたと思います。パンフレットには「国男」と書かれていました。
長々と失礼しました。
これからもご感想楽しみにしております。
投稿: くりこ | 2022.11.29 16:13