「ツダマンの世界」を見る
COCOON PRODUCTION 2022「ツダマンの世界」
作・演出 松尾スズキ
出演 阿部サダヲ/間宮祥太朗/江口のりこ/村杉蝉之介
笠松はる/見上 愛/町田水城/井上 尚
青山祥子/中井千聖/八木光太郎/橋本隆佑
河井克夫/皆川猿時/吉田 羊
観劇日 2022年12月17日(土曜日) 午後1時開演
劇場 シアターコクーン
料金 11000円
上演時間 3時間25分(20分の休憩あり)
ロビーでは、パンフレットや松尾スズキのサイン入り戯曲本などが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
阿部サダヲ演じるツダマンこと津田万治という小説家のほぼ一生を、江口のりこ演じる彼の家で女中をしていたオシダホキが、彼と関わりの割と深い3人の男女の幽霊とともに語り起こす、という体の舞台である。
実は、最初に江口のりこが登場したとき「星野源?」と思ってしまった。
声を聞いて「星野源じゃない」と分かったけれど、考えてみたら、私は星野源を舞台で拝見したことはない、と思う。あるかも知れないけれど覚えていない。
それはともかく、ツダマンである。
ホキが語る「ツダマン」は、吉田羊演じる妻と、間宮祥太朗演じる弟子の葉蔵と3人で無理心中を図ろうとするシーンから始まる。
ホキは女中なので、ツダマンの家の内外で起こったことは概ね物陰からじっと見ている。「家政婦は見た」のだけれど、「家政婦は見た」が分かる人は劇場に何%くらいいたのだろう。分かる人が少ないのは寂しいし、あまりに多いと私を始め年配の人間しか客席にいないことになって、それも寂しいことだと思う。
ツダマンの父親は、芸術家兼幇間で、幇間は趣味というか「大抵の人より上手くできたからやっていた」という感じらしい。そして、その幇間をしているときに芸者だったツダマンの母親と知り合い、しかしツダマンが生まれた後で妻に浮気されて彼女を追い出し、幇間をすっぱりと止めて再び芸術方面で才能を発揮する。
吉田羊演じる美人の後家を嫁に迎えてすぐ亡くなり、ツダマンはこの継母にやたらと折檻されながら成長することになる。その「折檻」の一つが反省文の作成で、この反省文がツダマンの文章修行になり力になった、という設定だ。
そんな訳はない。
ツダマンの書く小説は、何とも意味がない。しかし何故か芥川賞をもじった月山賞(だったか?)の候補となり、それがきっかけか、皆川猿時演じるところの、これまた幽霊の一人でありツダマンの幼なじみで彼の小さい頃の家庭環境も知り尽くした大名という男の勧める戦争未亡人と結婚することを決める。
この妻を演じるのも吉田羊である。
ツダマン、自身が芥川龍之介っぽさを醸し出しつつ、芥川賞をもじった賞を目指している。何となくシュールである。
ツダマンは、妻の数が継母に似ていたから一目で結婚を決めたと思われるけれど、その時点で房枝という女優兼カフェの歌手を務める女性と付き合っていて彼女のいる劇団に戯曲を提供したりしているし、そもそも後々分かることだけれどホキ自身もツダマンの家の女中であり(元?)愛人であるらしい。
さらに自身の女性遍歴故か、妻の数の「結婚前の恋愛遍歴」と「最初の結婚のときの夫に勝つこと」にひたすら拘っているように見える。ほわんとしている数がそこを追求されたときだけ急にドスの効いた声になっていて、そりゃそうだと思う。
弟子とした葉蔵に房枝を押しつけて自宅裏にある蔵に住まわせ、そこには葉蔵の教育係っぽい金持ちの実家の番頭であるらしい強張という男もしょっちゅう出入りしている。
幽霊達は、大名と房枝とこの強張だ。
なかなか微妙な人選である。
これだけ個性的な人々が昭和初期という激動の時代に生き、小説を書いたりプロレタリアート劇団に戯曲を提供したり、結婚したり浮気したり浮気したり横恋慕したり、月山賞を目指して裏工作に走ったり、出征したり捕虜になったり父親の違う弟と出会ったり、月山賞を目指して師匠と弟子で争った挙げ句に裏工作に走ったりしていれば、それはドラマが生まれるに決まっている。
それはもうぐちゃらぐちゃらである。「検閲」と大書きされた屏風もしょっちゅう登場する。
戦争が終わり、月山賞が再開され、男達が戦争から戻ってくる。
「数」の奪い合いの末、大名が殺される。実際に手を下した数と、数を追い込んだツダマンと葉蔵と3人で無理心中を図ろうと決める。
ここにきて、何度も自殺を試みていた葉蔵は死に、しかしツダマン夫婦は生き残る。妻に媚びるべく眠りながらかっぽれを踊るツダマンを横目についに覚醒した数と、ここまで「ツダマン」を小説として描いてきたホキと、二人が同時に「これがツダマンの世界だ」と叫び、幕である。
縦横無尽に伏線が張り巡らされ、次々と回収されて行く。
落ち着いて考えてみると、とんでもないことをしでかす人たちばかりだけれど、不思議と嫌な感じがない。何故だ。
全く方向は違うと思うけれど、先日に見た「しびれ雲」とどこか通じる安心感があり、思わず引き込まれる何かがある。
どっぷりと浸って楽しんだ。
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