「闇に咲く花」を見る
こまつ座「闇に咲く花」
作 井上ひさし
演出 栗山民也
出演 山西惇/松下洸平/浅利陽介/尾上寛之
田中茂弘/阿岐之将一/水村直也
増子倭文江/枝元萌/占部房子
尾身美詞/伊藤安那/塚瀬香名子
観劇日 2023年8月19日(土曜日)午後1時開演
劇場 紀伊國屋サザンシアター TAKASIMAHA
上演時間 3時間10分(15分間の休憩あり)
料金 8500円
ロビーでは、パンフレットやTシャツ、次回公演のチケットが販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
井上ひさしの戯曲は、実は、ハッピーエンドと言わないまでも前向きというか吹っ切れるというか、気持ちが少し浮き上がるような結末の戯曲が多いような気がしている。
そんな中でこの「闇に咲く花」はもの凄く救いのない結末だったと記憶していて、それで、観劇するかどうかもの凄く迷っていた。
観劇したところ、ラストシーンは明るかったけれども、やっぱり救いがない感じで、ちょっと辛かった。
今見てみたら、このお芝居を観たのは3回目で、前回は11年も前だった。
びっくりである。
全くどんな筋書きだったか忘れてしまっているお芝居もあるし、この「闇に咲く花」のように印象を強烈に残しているお芝居もある。
我ながら不思議だ。
舞台は、靖国神社から遠くないところにある愛嬌稲荷神社で、本殿などは空襲で焼け落ち、残っているのは神楽殿のみとなっている。
そこでは山西惇演じる神主さん(と呼ばれていたような気がする)が暮らし、併設された、縁日で売られているお面を作る「お面工場」で働く女性たちが通ってきて、昼間はにぎやかだ。
彼女たちは、「闇市で仕入れたお米をお腹に隠し、妊婦の振りをして検問を通過する」という力技を駆使して、食べ物を持ち帰ってきたところだ。
そこに、浅利陽介演じる「稲垣くん」が帰還の挨拶に訪れる。彼は、旧制中学で神主の息子とバッテリーを組んでいた近所の神経科医の息子で、本人も軍医として従軍していたらしい。神主の息子は戦死の公報がすでに届いていて、神主は彼が実は境内の杉の木の根元に捨てられていた捨て子であったことを初めて口にする。
「神様はお留守だ」と言い切る神主に、たくましさが前面に出ている女性たち、近所の駐在さんは闇で仕入れた米を摘発するどころか「自分にも分けてくれ」と泣きつく。
「牛木健太郎はいるか」と尋ねてきた男が不穏な影を落としつつも、神社に集う人たちはたくましく賑やかだ。
そうしたところに、ひょっこり松下洸平演じる健太郎が帰還してくる。
移動中に乗っていた駆逐艦が破壊され沈没したとされていたが、漂流していたところを助けられ、捕虜としてグアム島の収容所にいたという。
すぐにプロ野球チームの入団テストを受け、入団も決まっている。何というか、嫌味なくらいに好青年で、嫌味なくらい順風満帆である。
同時に、神主さんが何故かやたらと前のめりになる。
それまで頑ななくらいに拒否していた神社本庁の傘下に唯々諾々というよりもむしろ喜び勇んで入る。健太郎やお面工場の女性たちに胡乱な目で見られても気にする素振りすらない。
何というか調子に乗っている。
この変節の理由は何だろうと思い、多分、健太郎が戻ってきたから「お留守だった神様が帰ってきた」という解釈になったのかなと思う。
しかし、神様が帰ってきたことと、全国の神道の統一組織が傘下に入ってもいいと思える組織かどうかということは別のように思える。
神主さんの心中はやはり分からない。しかし、「長いものに巻かれる」とか「忘れっぽい日本人」とかを象徴しているのだろうという感じがひしひしとする。
ただ、その神主さんに疑義を表明する健太郎は、やっぱり嫌味なくらいの好青年だと思う。
しかし、その健太郎に、いつかのGHQで働いている(だったか)という男がやってきて、戦犯容疑で拘束すると伝える。
健太郎がグアムで周辺の住民にキャッチャーを依頼して模擬ピッチングを行い、球を受け損ねて頭に当たってしまったことが「虐待」と判断されたのだと言う。
この男、この時点で「島民は、覚えている呼びやすい呼び名の日本人の話をしただけ」と、虐待とは違っているということを認識した上で、健太郎に「C級戦犯容疑」だと伝える。
それを聞いた健太郎は衝撃を受け、混乱し、記憶を失ってしまう。
記憶が戻ったら即連行という状況で、稲垣青年は健太郎の主治医となり、回復に努める。「回復したら連れて行かれてしまう」と引き留める女性たちに「回復すると同時に、秩父にいる自分の親戚に預けるつもりだ」と語る。
しかし、健太郎の記憶を回復させる過程を、鈴木巡査が持たされた集音機で録音されてしまい、健太郎が神主さんに向かって説いた「神社のあるべき姿」が再生され、それを聞いた健太郎本人が「私は正気です」と申し出る、ことになる。
そこまで自ら清廉潔白になろうとしなくてもいいのでは? と思うけれど、そこをないがしろにできず、自らの言葉がブーメランのように返ってきてしまうところが、健太郎が好青年である所以だし、ここはズルく立ち回るべきだと思うけれど、それができない好青年の弱みというか弱点なんだろうなと思う。
我ながら黒い感想である。
本当はここで、若者の青いストイックさを賞賛するところなんだろうとは思う。
自らが披露した「詐欺」を実践した神主さんが「詐欺」に失敗し、神主さんは健太郎もいなくなった神社を売る覚悟を決め、資金を拠出した女性たちの生計を立てる方法をそれぞれに確認する姿を見たのか話を聞いたのか、巡査がどうやら一世一代の「芝居」を打ったらしい。
ラストシーンでは服宮司になっていた元巡査は、警察手帳を駆使して検問を突破し、仕入れてきた魚を売り払って大金を手に入れたようだ。
健太郎を捕縛するに辺り手柄を立てていたからそれと相殺で処分されなかったという経緯はどうなのか、ツッコミたい気持ちで一杯だ。割と、このお芝居のあちこちに顔を出す理不尽さに鈍感になっていた自分だけれど、ここは見ているときは腑に落ちなかった。
そして、やけに明るく憑き物が落ちたようにすっきりとした顔をしている神主さんとお面工場の女性たち、少し立派になった風のお面工場の現場と、神棚の前に積み上げられた米国製かもしれない粉ミルクと、ラストシーンは何となくさらに腑に落ちない。
健太郎は、C級戦犯として処刑されてしまっている。
彼を捕縛したGHQの男は、今更、思うところあって職を辞して田舎に帰るとわざわざ神社まで言いに来ている。
今回は、このラストシーンに納得しがたい感じが集中していたように思う。
本当に見るたびに思うことと思うところが変わる。
芝居って不思議だと思う。
やっぱり、見て良かったと思った。
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