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2024.01.28

「オデッサ」を見る

「オデッサ」
作・演出 三谷幸喜
出演 柿澤勇人/宮澤エマ/迫田孝也
観劇日 2024年1月27日(土曜日)午後1時30分開演
劇場 東京芸術劇場プレイハウス
上演時間 1時間45分
料金 10500円

 ロビーではパンフレットを始めグッズが販売されていた。
 また、舞台セットの模型の写真撮影ができるようになっており(しかも映像を流していたっぽい)、そちらにも順番待ちの列ができていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 ホリプロの公式Webサイト内、「オデッサ」のページはこちら。

 見終わったときの感想は「面白かった! 久しぶりにハマった! 三谷さんはこっちに行くんだな」だった。
 「こっち」がどっちなのか自分でもよく分かっていないけれど、そう思ったことは間違いない。
 そして、同時に何となく「ベッジ・パードン」を思い浮かべていた。

 「オデッサ」は米国テキサス州、人口10万人という寂れ始めて久しい町の名前である。
 その町にあるドライブインのような場所がこの芝居の舞台だ。
 舞台は動かず、時間が飛ぶことも戻ることもない。三谷作品でよく採用されている枠組みであり「縛り」である。
 また、劇場にいるときはそんなことはすっかり忘れていたけれど、この舞台に出演している迫田孝也、柿澤勇人、宮澤エマは、「鎌倉殿の13人」でそれぞれ源範頼、源実朝、実衣(北条義時の妹)という重要な役どころで出演していた3人である。

 最初に現れるのは、柿澤勇人演じる「スティーブ」で、スティーブと呼ばれているけれど日本人である。米国に来て長く、今はジムでトレーナーとして働いている。今日は突然「通訳をやれ」と言われてやってきたらしい。
 そこに、宮澤エマ演じるアルマジロを連れた日系人の警察官がやってくる。これからここで、彼女が殺人事件の容疑者の取り調べを行う。その重要参考人が日本人バックパッカーでありかつ英語を全く話さないため、スティーブが通訳として呼ばれたという訳だ。

 この町の中古車工場で80代の老人が頭を鈍器のようなもので殴られて亡くなった。所持金も全て奪われている。その息子が、散歩に出た父を探しに出て口論した後で去って行く人物を目撃しており、面通しで日本人バックパッカーがその人物であると証言している。
 本来、取り調べなどというものは警察署内で行われるべきだが、現在、オデッサでは近隣の町で起きた連続殺人事件の捜査にかかりきりになっており、日頃は遺失物係を務めている警察官がいわば「押しつけられて」ここにいる。

 日本語しか話せない重要参考人であるバックパッカー、英語しか話せない警察官、通訳を務める青年の3人の会話劇である。
 バックパッカーと青年は二人とも鹿児島出身である。同郷であることが分かると二人は突然鹿児島弁で話し始め、いきなり親密さが増す。
 警察官と青年が話すときは、本来は英語で話している筈だけれど、その英語を翻訳した(という体で)日本語で二人は話す。
 バックパッカーと警察官は言葉が通じないので、二人が直接話すことは基本的にない。警察官と青年は英語で会話し、その内容は日本語字幕が出る。
 書き出すと複雑なルールに見えるけれど、実際に舞台を見ていて混乱したことは1回もなかった。

 最初は自分がどうして警察に呼ばれたりしているのか分からなかったバックパッカーは、青年に事情を聞かされ、自分が殺人を疑われていることを知る。
 そして、「自分が犯人だ」と言い出す。
 しかし、「バックパッカーは絶対に犯人ではない」と確信した青年は、警察官に対してバックパッカーの「自白」を隠蔽し、彼の言葉の数々は通訳せず、彼の言葉を「ねつ造」して警察官に英語で伝える。
 バックパッカーは土下座したり大きく身振り手振りしたりして話すため、青年はその動きに合わせた内容を「ねつ造」しなければならない。
 その八面六臂の活躍ぶりと、英語と日本語とのギャップ、日本語が分からない筈なのに「この通訳は正確ではない。」「今彼らは私の言葉を通訳した以外のことを話している。」ということだけは分かる警察官が繰り出すツッコミも可笑しいし、そこを何とか誤魔化そうとどんどん深みにはまって行く青年の「通訳」と奮闘ぶりも可笑しい。

 日本人同士の会話が「鹿児島弁」であるため、時々、バックパッカーと青年の会話に出てくる単語が分からなかったりする。
 舞台では後半になって強調されるので半分くらいまでは気がつかなかったのだけれど、警察官は日系人でかつ日本語は話せない、けれど「日本」に実は結構執着したり拘ったりしていて、自分の母親と同じように子供のお弁当は毎日作りたいと思っているし、息子にしりとりを教えたりしているし、蕎麦打ちにも興味があるらしい。
 そういう、何というか「言葉」を複雑にするというか「言葉の罠」をこれでもかというくらい鏤めている戯曲だと思う。
 そして、その罠をほぼほぼ笑いに昇華させている。職人技だ。

 そうして青年の奮闘と、何だかんだ彼の言うことを聞いてしまっている警察官の仕事ぶりにより、バックパッカーが「殺人犯ではない」証拠が少しずつ集まり始め、被害者の息子に何回も確認の連絡が行ったことにより観念した彼が自首したことで、バックパッカーの無実が明らかになる。
 かなりちゃらんぽらんな感じも醸し出しつつ人のいい青年と、かなりぶっきらぼうに対応しつつやっぱり人のいい警察官は大喜びだ。

 しかし、バックパッカーが、警察官と息子が電話している内容(当然、英語である)を聞き取れていたことに気がついた青年は、バックパッカーの話したこと全てを疑い始める。
 「失くした拳銃を拾われ殺人事件に使われた」ことで「人生に絶望して死ぬために米国に来」て、殺人の疑いをかけられたことは渡りに舟だったと語った、どこまでが本当だったのか。
 そうして、「バックパッカーが連続殺人事件の犯人だった。もしこの殺人の罪を被れば、自動的に連続殺人事件の犯人ではなかったと警察の手で証明してもらったことになる。だからやってもいない罪を認めたのだ」という結論に達する。

 その推理を突きつけられたあとのバックパッカーは、纏う空気を一変させる。
 いや、もう少し誤魔化しても良かったんじゃない? と思うくらいあっさりと認める。
 認めた後、纏っている空気だけでなく、声までもガラっと変えて来た。お隣に座っていたご夫婦が「別人よね?」「別の役者に替わったんだよ」と話し始めちゃうくらいの豹変ぶりだ。
 「いや、どちらも迫田さんですから!」と心の中でツッコミを入れた。

 バックパッカーはその場を逃げ出したけれど、警察官が連れてきていたアルマジロに躓いて転び、そこにあった井戸に落ちてしまったらしい。
 生死に言及はなかったけれど、多分、生きていて、警察官が応援を連れてきた暁には助けられ、逮捕されるのだと思う。
 警察官が応援を呼びに行き、一人残された青年は一人しりとりを始める。
 この舞台を象徴するような単語たちだ。
 「しりとりをして七つ目の単語をxで終える」という警察官母子のローカルルールを踏襲し、しりとりの終わりとともに舞台も終わる。

 「言葉」がポイントの舞台である。
 「言葉」は伝えるための道具であり、同時に相手を騙すこともできるし、知ることもできるし、罠にもなるし、誰かと誰かを繋ぐこともできる。
 その「言葉」を際立たせるために伏線を張りまくり、多分、全て回収しきって幕が下りたと思う。回収されていない伏線があったかも知れないけれど気がつかなかったからなかったことと同じである。

 面白かった。
 鹿児島弁指導は迫田孝也で、英語監修は宮澤エマで、ナレーションは横田栄司が務めていた。
 「なるほど」は「interesting」なのね、と思った。

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コメント

 みずえ様、コメントありがとうございます。

 「オデッサ」楽しかったですよね。
 ひっくり返った! と思ったらもう一波乱あって、ハラハラドキドキ。
 久々にハマった! という感じでした。

 途中で「訳してみましょう」と字幕が出たときは笑いましたが、そもそも訳す前に英文を読み終わりませんでした(泣)。
 あの膨大な台詞を英語と日本語で変幻自在に操っていらっしゃった役者陣に脱帽です。カッコ良すぎる。

 またどうぞ遊びにいらしてくださいませ。

投稿: 姫林檎 | 2024.01.30 22:10

姫林檎様

私も観ました!
本当に面白かったです。
そしてエマちゃんは監修するくらいだから当然として、カッキーの英語の上手さに驚きました。
あの台詞量、大変だったでしょうね。
鹿児島弁まで。
犯人が被害者の息子であることは見当がつきましたが、まさか迫田さんがあっちの犯人だったなんて、さすが古畑任三郎の作者だなと思いました。
楽しい二時間弱でした。

投稿: みずえ | 2024.01.29 09:46

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