「パートタイマー・秋子」を見る
二兎社公演47「パートタイマー・秋子」
作・演出 永井 愛
出演: 沢口靖子/生瀬勝久/亀田佳明/土井ケイト
吉田ウーロン太/関谷美香子/稲村 梓/小川ゲン
田中 亨/石森美咲/水野あや/石井愃一
観劇日 2024年2月3日(土曜日)午後1時開演
劇場 東京芸術劇場シアターウエスト
上演時間 2時間45分(15分間の休憩あり)
料金 8000円
ロビーではパンフレットや戯曲等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
「パートタイマー・秋子」というタイトル、元はセレブな専業主婦を演じるのは沢口靖子、舞台は「フレッシュかねだ」という大きなスーパーマーケットに押されて売り上げが減少しつつあるスーパーのバックヤード、新店長は浮き、古参のパート従業員たちは離反して好き放題やり放題、生瀬勝久演じる品出し担当をしている大手住宅メーカーをリストラされた元部長などなど、水戸黄門のようなスカっとする勧善懲悪ものかと思ったら、随分と雰囲気が違っていて驚いた。
こちらが現実だと思いつつ、それはそれとしてカタルシスが味わいたかったのよ! と思う。
勤務していた会社が倒産し、元気を失って次の仕事を探すこともできないでいる夫の代わりに、成城在住の専業主婦だった秋子は、自分が働いている姿を近所の人や知り合いに見られたくないと、これまで縁もゆかりもなかった町のスーパー「フレッシュかねだ」でパートを始める。
始めようとして、店長との面接にもパスし、初出勤したところ、「新しいパートなんかいらない」と古参のパート従業員たちに何故かのっけから反発され、先行き不透明である。
亀田佳明演じる店長は「なかなか改革できない。今必要なのは場違いなあなただ!」的なことを言い、他に誰もいないところでは調子のいいことを言っていても、誰かがいれば途端に腰砕けになる。当てにならない。
秋子は、パート従業員たちがスーパーの商品をこっそりネコババ(と言うのか?)していることに気がつき、店長に報告しようとするものの、品だし担当の貫井に「もう少し待ってくれ」と何を待つのかよく分からない説得を受け、「告げ口」を止めてしまう。
この辺りから「秋子の転落」は始まっていて、1回見逃したら次も見逃すことになるし、1回見逃したらそれが自分の弱みになるということが分かっていない。
雲行きが怪しすぎる。
つい最近まで引きこもっていたという若者が辞めて行き、その若者の代わりに精肉担当になるように指示された秋子は、さらに店長から賞味期限表示を誤魔化すためのリパックを命じられる。「1〜2日の違いなんて誰にも分からない」「目と鼻で腐っていないことが確認できたものだけリパックすればいい」等々と「悪魔のささやき」が続き、抵抗を見せていた秋子も「月に8万円の手当を出す」と言われて陥落する。
秋子の家には、まだ次の仕事を探せない夫と、大学生と高校生の子供がいて、秋子が生活費を稼ぎ出さなければならないのだ。
その説明もあるけれど、やっぱり「おい」と思ってしまう。いや、そこは粘らないと悪い方にしか転がらないに決まっている。
好き放題やりたい放題を続けたい古参の従業員たちは、秋子への嫌がらせもするし、自分たちがネコババしていることを誤魔化そうと、この店の開店同時からレジを担当して「間違いは一度もない」小笠原さんのレジを利用することもやる。
彼らの話を聞いていると、貫井の空回りは貫井のせいのような気がするけれど、両方の言い分を聞いた後では、貫井はそんなに悪い人でもないような気がしてくる。
結局、このスーパーのバックヤードに「悪くない人」はいないのかも知れない。
大体どこでもそんなものだよと思いつつ、しかし、やっぱりここは全員が少しずつ度を超している。
いや、貫井は消極的にも悪いことはしていないのか? リパックに耐えきれずに辞めて行った青年は「悪くない」のか?
自分の職場と自分の職を守るために秋子に「惣菜担当を辞退して」と頼み込むパート従業員は「悪い」のか? 「店長にしてやる」という現店長の嘘八百の口車に乗ってしまうアルバイトから始めて副店長になっている青年は「悪い」のか? 元部下に会って「尊敬します」と恐らくは揶揄されて自ら言い出した企画のビラ配りをサボる新ただし担当は「悪い」のか?
何だか善悪がよく分からなくなってくる。
秋子が精肉担当に見せかけたリパック担当を続けている限り勧善懲悪の物語になる訳がないのに、ついつい最後には改心してスーパー自体の改革も断行するのではないかとつい期待してしまう。
貫井と秋子がアイデアを出したらしい「赤っ恥セール」は、ビラを配っても最初はちらほらとしか客が入らない中、貫井が2階の窓から飛び出して大怪我をし、呼ばれた救急車のお陰で人が入り始めて、結果的に成功する。
店長が「売り上げが2倍になったら店長を辞める」と言ったこともあって、それまで「抵抗勢力」だった従業員たちも一人を残してみな強力するようになる。
やっぱり、スパッと行かないし、スカッともしない。
それが現実ということだと思う。
足を怪我してスーパーを辞めた貫井がギプスをしたままやって来る。
復職を望む彼の言動に、曖昧な返しをする秋子である。
その秋子から「持って帰って」とロッカーに入れてあったお肉のパックをいくつも渡された貫井は、「レシートある?」と聞き、「堕落してしまった」秋子を責める。
秋子は「一人でずっと精肉室に籠もってリパックしていたらおかしくもなる」と泣き出す。
貫井はパートを辞めることを提案するが、秋子は頷かない。
そこで、幕である。
救いのカケラもない。
ミイラ取りがミイラになってしまっている。
暗転したときには、「この終わり方かよ!」と心の中で呟いてしまった。もしかしたら声に出してしまっていたかも知れない。
何というか、「ザ・空気」のときには空気に負けた人たちにも「分かる」というところがあったけれど、今回は「分かる」とは思えなかったし言いたくないし、言ってはいけない気がする。
「生活がかかっているんだよ」とか「周り中が敵なのに一人で正義を貫けって言うのかよ」「これが現実だよ。きれい事じゃないんだよ」とか思うけれど、でも、それらの心の声を肯定してはいけない気がする。
何とも居心地の悪い終わり方だった。辛い。
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