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2024.05.04

「デカローグ」1〜4 プログラムA(デカローグ1&3)を見る

「デカローグ」1〜4 プログラムA(デカローグ1&3)
作 クシシュトフ・キェシロフスキ/クシシュトフ・ピェシェヴィチ
演出 小川絵梨子
「デカローグ」1
出演 ノゾエ征爾/高橋惠子/亀田佳明
    チョウ ヨンホ/森川由樹/鈴木勝大/浅野令子
「デカローグ」3
出演 千葉哲也/小島聖/亀田佳明/ノゾエ征爾
    浅野令子/鈴木勝大/チョウ ヨンホ/森川由樹
観劇日 2024年5月3日(金曜日)午後1時開演
劇場 新国立劇場小劇場
上演時間 2時間(デカローグ1と3の間に20分間の休憩あり)
料金 8800円

 ロビーではパンフレットや、本公演の記念マグネット等が販売されていた。
 ネタバレありの感想は以下に。

 新国立劇場の公式Webサイト内、「デカローグ」1〜4のページはこちら。

 まず見る前に思ったのは、「番号が振ってあるのにどうして番号順に上演しないんだろう」ということだった。
 この「デカローグ」は、旧約聖書の十戒をモチーフに 1980年代のポーランドの首都ワルシャワにある団地に住む人々を描いていて、元はテレビ用のミニシリーズだったそうだ。
 その後、映画化もされており、舞台化するのは今回が初めてらしい。

 番号が振ってあるのだから恐らく順番に意味があるのだと思う。
 あるいは舞台化するに当たって番号を振ったのかも知れないけれど、それならそれでやはりどうして番号順に上演しないのか、謎である。
 多分つまらないことだと思うけれど、妙に気になっている。

 今のところの想像では、デカローグ1で息子を亡くした父親が、デカローグ3の冒頭で同じ団地に住む4人家族とすれ違う。家族の父親は、彼が息子を亡くしたばかりであることを知っており、自分が家族と過ごしていることに若干の後ろめたさを感じている。このシーンで、家族を亡くした父親と、家族を裏切った父親と、その二人の差が示される。
 このシーンをより際立たせたいと考えて連続で上演したのではなかろうか。

 この10作品には「緩やかな繋がり」があるとフライヤー等に書かれていたように覚えていて、その「繋がり」は全ての作品に出演する亀田佳明が演じる男にあるのではないかと思っていたけれど、実は違うのかも知れない。
 デカローグ1で彼は暖かそうな帽子を被った死神にも見える謎の男を演じ、デカローグ3では駅員を演じている。どちらも台詞はない。同じ人物なのかどうかももちろん示されない。
 相当の難役なんじゃないかという気がした。

 デカローグ1は「ある運命に関する物語」である。
 言語学を教えている大学教授の男は離婚し息子と二人暮らしをしている。彼の姉も甥を可愛がっている。ある冬の日、父と子は近所にある池の氷の厚さをパソコンで計算し「息子が3人乗っても大丈夫」な強度があることを確認する。隠していたスケート靴を息子が見つけていたこともあり、彼は息子に池でスケートをすることを許し、その後、自ら池に出かけて行って氷の強度を確認する。
 次の日、息子が池でスケートをしていたところ、氷が割れて池に落ちてしまい、息子は亡くなってしまう。
 そういう物語である。

 サイトの紹介文の印象だと、「計算で全てが分かる」的なことを考えているのは息子で、自らの計算の結果、池に遊びに行ったかのように読める。
 また大学教授の姉は信心深く、弟は「計算で全てが分かる」と思って神を否定していると考えているように振る舞っている。
 でも親子は一緒に計算していたし、「池でスケートをして良い」と許可を出したのは父親だし、その父親だって計算結果だけを信じた訳ではなく自ら池に赴いて氷の強度を確かめている。
 何というか、誰も「計算で全てが分かる」的なことは考えていないし言っていないし振る舞っていないような気がする。

 それでも、見ているとき、デカローグ1が「ある運命に関する物語」だと覚えていなかったこともあり、私はこの物語は「あるロボットに関する物語」だったかなぁと思っていた。
 パソコンが1台あるだけ、キャラクターベースの画面が舞台上に映し出されているだけなのに、何故それを「ロボット」と思ったのか我ながら謎だ。
 そして、そのロボットはいずれ神にもなり得る存在として描かれ、時々、勝手にPCの電源が入ったりもしていた。

 デカローグ3は「あるクリスマス・イヴに関する物語」である。
 突然「運命」から「クリスマス・イヴ」というやけに手触り感のある言葉に変わっている。確かにこれが「ある愛に関する物語」とか「ある夫婦に関する物語」とか「ある男女に関する物語」というタイトルだったら、どこか違う感があるし、それぞれ舞台の印象を違う方向に持って行く効果があるように思う。

 クリスマス・イヴの日、サンタクロース役で子供達を喜ばせた父親は、元恋人に呼び出され「夫がいなくなったから一緒に探してほしい」と言われる。
 タクシードライバーの彼は、自分の浮気を知っている妻に「タクシーが盗まれた」というマヌケにも程がある嘘をついて、自分のタクシーを運転し、彼女に夫捜しに付き合う。
 ここで彼の妻が、夫が嘘をついていると気がつきつつ、夫の指示通りにタクシーの盗難届を出すところがミソだと思う。

 元恋人はかなり思い詰めて切羽詰まった感じがあり、言葉を選ばずに言えば「危ない」感じの女性で、タクシードライバーの男を翻弄しまくる。
 タクシーを異様に飛ばしてどこかに激突しそうになったり、スピードを出し始めた車のハンドルを彼女が急に切って並行して走っている電車に突っ込みそうにもなったりする。
 「夫を一緒に探して欲しい」が口実に過ぎないことはどちらにも分かっていて、でも流されまくっているタクシードライバーの男が何とも情けない。

 夫が見つからないままタクシードライバーの男に自宅まで送られた彼女は、スーツケースから取り出した夫のコートと帽子を部屋にかけ、洗面台にひげそりや歯ブラシを置く。
 つまりは「つい最近までそこにいた偽装」である。
 やらなかったらすぐばれただろうけれど、やってもすぐばれていて、タクシードライバーの男はすぐに違和感を感じたらしく、コートに触れてみたりひげそりに触れてみたりする。

 結局、タクシードライバーの男を捨てた元恋人の女は、夫の元に戻ったものの元のサヤに戻ることはできずにすぐ分かれ、元恋人の夫はすでに「元夫」になっていて、新しい家族も得ていると明かされる。
 ややこしすぎる。
 タクシードライバーの男がクリスマスの日の朝に自宅に戻り、ダイニングのテーブルに突っ伏して寝ていた妻を起こして、何故か二人の間に「許し合う」雰囲気が流れて幕である。
 どちらかというと、デカローグ3の方が分かりにくい、気がした。

 デカローグ1ではカーテンコールに3人しか出てこなかったけれど、デカローグ3では出演者全員が出てきていたと思う。
 そこの違いの理由はよく分からない。
 何というか、優しくはないけれどどんなにダメでも許してはもらっているんじゃないか、という感じの舞台だったと思う。

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