「つきかげ」を見る
劇団チョコレートケーキ「つきかげ」
脚本:古川健
演出:日澤雄介
出演:緒方晋 /浅井伸治 /岡本篤 /西尾友樹
帯金ゆかり /宇野愛海 /音無美紀子
観劇日 2024年11月9日(土曜日)午後2時開演
劇場 下北沢駅前劇場
上演時間 2時間10分
料金 5000円
駅前劇場は多分本当に久しぶりで、そもそも入口で迷いかけてしまった。
ネタバレありの感想は以下に。
どんな物語なのか、全く知らないまま出かけて行った。
劇団チョコレートケーキの舞台には、何というか、こまつ座の芝居に似た安心感がある。間違いない、大丈夫、絶対に面白い、という感じだ。
劇場に入り、フライヤーを見て、「全く前情報なしでご覧になりたいお客様にはお勧めできません」と書かれていて、パッと見ただけでしまう前に「北杜夫」という文字だけ目にとまった。
だから、てっきり「北杜夫」の物語だと思っていた。
舞台上には、典型的な日本家屋の内部が作られている。
和室で、ふすまで仕切られて、廊下の先に玄関があり、台所がある。火鉢がある時代の話で、天井がやけに低い。
開演前は天井の低さが妙に気になったものの、役者さんたちが登場したら気にならなくなった。天井が低くなかった訳ではないのに謎である。
登場するのは斎藤家の人々と、山口氏という斎藤茂吉の高弟にして編集者である。
茂吉は身体がだいぶ弱って、認知症の症状も出始めているらしい。集中力が続かず、歌作もままならない状況のようだ。
妻の輝子は超楽観的で、マイペースといえばマイペース、自己中心的といえば自己中心的で、本人が「私はなーんにも我慢しないでやりたいことをやってきた」とあっけらかんと言い放っている。最強だ。
この輝子が一時期不倫し、茂吉と別居していたため、茂吉に限りない尊敬と愛情を注ぐ高弟の山口は輝子が嫌いらしい。
もちろん、輝子も自分を嫌う山口を嫌っており、二人のやりとりは常に殺伐とし、バチバチと火花が散っている。
茂吉も(死後までバレなかったらしいけれど)実は不倫しており、かつそのことを山口も知っているようだから、この不公平感はどうしてくれようと思う。茂吉だからなのか、男だからなのか、山口がそちらを全く気にせず問題視していない理由をぜひ聞いてみたい。
斎藤家には、斎藤病院を継いだ長男の茂太、地方の病院に勤務していたものの辞めて帰ってきてしまった宗吉(北杜夫)、すでに嫁いでいるのに何故か家族から「百(もも)様」と呼ばれている百子、献身的に茂吉の世話をしている昌子と4兄弟がときに集まり、家族の話をして行く。
その「家族の話」を繋いで、物語は進んで行く。
斎藤茂吉の物語だと思うけれど、斎藤茂吉の物語というよりは、斎藤家の物語という感じがする。
その斎藤家は、いかにも「上流階級」という感じだ。「お父様」「お母様」という呼び方を始めとする言葉遣いもそうだし、大病院を経営して青山に新病院を建てたばかりのようだし、一家の主婦の輝子もぱーっと使いそうな感じを漂わせている。いっそ、お手伝いさんがいないことが不思議なくらいだ。
音無美紀子はもちろんテレビで何度も拝見したことがあるけれど、彼女を含め、俳優さん達が前に出ず、それぞれの薬になりきっている感じがあって没入しやすい。気分はすっかり斎藤家の一員である。「家政婦は見た」の家政婦になった感じだ。登場しないけど物陰からずっと見ている感じである。
斎藤茂吉は集中力が失われ自分でも納得の行かない歌しか作れないと自覚しつつ「自分は歌人だ」と言い切る。長男の茂太は、「世界を見たい」と鮪調査船の船医として出発しようという弟に「お父様が弱って行くところを見たくないだけではないか」「俺の見立てでは半年ということはない。(半年の航海に出たとしても、父親の死からは)逃げられないぞ」と告げる。宗吉は「とにかく世界を見たいんだ」と叫ぶし、輝子は「好きにしたらいいんじゃない」「私も行きたいわ」とうっとりし、百子は両親に援助を頼みつつ「我が家には嫁入り前の妹もいるのだからお金はまだまだ入り用だ」と華々しく宣い、その妹は「結婚相手は精神科医でも文学者でもない人がいい」と兄の茂太に依頼する。
見ようによっては修羅な感じの家族なのに、この芝居での斎藤家はごく穏やかかつ楽しそうかつお互いのことが大好きで信頼しているように見える。
賑やかかつ静謐、という感じ。
それは、斎藤茂吉の最晩年を描き、長く住んだ家からの引越という「別れ」の要素を多分に含んだ出来事をラストシーンに据えたからこそ生まれた空気感なのかなと思う。
見て良かった。
斎藤茂吉が戦後も故郷の山形で疎開を続けていた頃を描いたという「白き山」も見たかったなと思った。
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