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2025.10.19

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行く

 2025年10月17日、東京都美術館で2025年9月12日から12月21日まで開催されている「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行って来た。
 ゴッホ展は、期間中すべての休祝日と12月中は日時指定が必要とされている。早めの平日であればそれほど混雑しないのではないかと思い、ちょうどお昼時に入館できるように行ったところ、とんでもない。普通に混雑していた。
 入館待ちはなかったけれど、チケット購入の列が結構長く伸びていた。事前に購入しておく方が良さそうである。

 「第1章 ファン・ゴッホ家のコレクションからファン・ゴッホ美術館へ」では、もはや記憶も朧だけれど、サイトや作品リストを見るに、この第1章では絵画の展示はなく、ゴッホと弟夫婦、その子供の関係やそれぞれの人となり、弟一家のゴッホ作品との関わり等の解説、といった雰囲気の展示だったようだ。
 ゴッホの弟のテオが、ゴッホの死後半年で病のため亡くなっていたなんて知らなかったよ、と思った。
 そして、テオの妻であるヨーという女性が、もの凄く有能で驚いた。権謀術数に長けた、経営能力に優れた女性だったらしい。ゴッホ作品の今の人気は彼女の功績に負うところ大である。

 そして、ゴッホ美術館を作った(建物も中味も)テオ夫妻の息子であるフィンセント(ゴッホから名前を貰ったらしい、ミドルネームはウィレム)もまた、先見の明に満ちた人だったらしい。
 ヨーの女傑振りが際立つものの、「現代に繋いだ」という意味ではこの息子の功績も母親に勝るとも劣らないと感じる。

 「第2章 フィンセントとテオ、ファン・ゴッホ兄弟のコレクション」では、画商でもあった兄弟が集めた絵画が展示されている。
 同時代の画家の作品もあって、ゴーギャンやマネの絵も展示されていた。
 商売のために買ったなら売らなくては意味がない。手元に残しておいたのか、売れなかったのか。手元に残しておいたのだとすると、それは研究のためか欲しかったからか、どちらだろう。「画商」であり続けたテオならともかく、「画家」になったゴッホにそれだけの余裕があったのかしら? と思う、

 ゴッホが日本の浮世絵から影響を受けたという話は有名で、今回のゴッホ展にも何点かが出展されていた。
 葛飾北斎の絵があったら凄かったのに! 見られなかったのが残念である。
 渓斎英泉の「夜の楼」がトップにあって、私の中では渓斎英泉はかなり葛飾北斎と近いイメージがあるので、おぉ! と思う。同時に、心の中で、楼は「Teahouse」だとちょっとイメージが違うんじゃないかしらとツッコミを入れた。実際のところはよく判らない。
 歌川国貞の浮世絵も2枚あり、同時代の浮世絵をリアルタイムで入手していたのかな? とも思った。

 「第3章 フィンセント・ファン・ゴッホの絵画と素描」は、最もゴッホ作品が集中している展示である。
 この「ゴッホ展」は、全体を見終わってみると、意外と地味な構成だと思う。
 一番有名な作品が「画家としての自画像」ではなかろうか。
 そのゴッホの作品を、ゴッホが書いた手紙と組み合わせて展示することで、手紙の宛先であるテオやヨー、妹との関係をイメージさせ、絵の気分のようなものを上手く想像させている。それが面白い。
 興味深く見ることができて、うっかりじっくり見て回ってしまった。

 「画家としての自画像」は割と目にすることの多い絵だと思う。
 その自画像をゴッホ自身が気に入っていなかったとあって、そうなのかーと思う。でも描き直したり潰したりはしなかったのね、と思う。
 絵として気に入らないというより、自分の顔というか容姿が気に入っていなかったんじゃないかなと思う。
 正直なところ、ハンサムでも醜男でもない、普通の容姿なのでは? というか、ゴッホの自画像を見てゴッホ自身の美醜について考えたことはなかったけれど、「気に入ってない」という前提で見ると、ゴッホは37歳で亡くなっているからこの自画像も37歳より若い筈で、そう思ってみると若々しさは感じられないわ、と思った。ゴッホの苦労と苦悩が老けさせてしまったのね、でもそれを偽って描くことはしなかったのね、という感じだ。

 ミレーの絵を模写というのか、翻案というのか、した絵が何枚かあって、ゴッホはミレーの絵が好きだったのね、と思えばいいのか、たまたま来日した絵の中に複数含まれているだけで全体としては少ないのか、でもやっぱり模写した絵自体が少ないのだからミレーの絵に惹かれていたのは事実なのかしらと余計なことを考える。
 ミレーの絵に比べると、かなり画面全体が明るく描かれている。本物をゴッホは見ているのかしら、それとも画集等々で見たのかしらと気になる。

 出展されていたゴッホの絵の中では、稲穂の絵が印象に残った。
 一面の稲穂、一面の緑の絵である。
 何というか、一面の麦畑とか一面の田んぼではなく、一面の稲穂の絵だ。
 そして稲穂なのに緑である。稲穂といえば黄色なのでは? とステレオタイプなことを考えた。

 「第4章 ヨー・ファン・ゴッホ= ボンゲルが売却した絵画」で展示されていた絵画は3点、そしてその絵画を売った記録(帳簿)である。
 ガイドでは、ゴッホの絵を収集するのと同時に適時に適切な相手に売ることによってゴッホの絵の価値を高めていったというヨーの戦略が湛えられていた。その最たるものが、ロンドンのナショナルギャラリーへの「ひまわり」の売却だそうだ。
 ヨーという女性は、本当に戦略に長けていたのだなと思う。

 「第5章 コレクションの充実 作品収集」では、ゴッホの甥であるウィレムが設立したゴッホ財団、ゴッホ美術館において収集された、ゴッホの作品やゴッホと関連のある画家の絵画、ゴッホの版画やポスターなどの紙に描かれた作品などが展示されていた。
 正直に言うと、何故このコーナーを最後に持ってきた? と思った。
 時系列では確かに最後になるけれど、盛り上がりというか、ゴッホ展を見に来たら最後はゴッホで締めたかったなという感じがする。

 もちろんこの後に、イマーシブ・コーナーが設けられていて、ちょっと酔いそうな映像が部屋の壁一面に映写されていた。
 ここだけは写真(動画)撮影OKで、スマホで動画を撮っている人がたくさんいた。
 ひまわりやアーモンドの花の絵など、今回出展されていない絵も多く採り上げられている。
 アーモンドの花といえば、この絵は、甥っ子の誕生を祝して弟のテオに贈られた絵だそうだ。初めて知った。
 ちなみに、私のあやふやな記憶では、アムステルダムのゴッホ美術館に行ったとき、この絵が入ってすぐのところに展示されていて、桜の絵だと思ったら友人に「アーモンドの花だよ」とツッコまれたことがある。懐かしい。

 我ながら珍しいことに、グッズ売り場で思わず色々と購入してしまった。
 疲れたけど楽しかった。

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