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2026.03.22

「国語事件殺人辞典」を見る

こまつ座第157回公演「国語事件殺人辞典」
作 井上ひさし
演出 大河内直子
出演 出演:筧利夫/諏訪珠理/佐藤正宏/青山達三
    池岡亮介/景山仁美/浦野真介/北原日菜乃
    飯田邦博/西川瑞/西村聡/加藤忍/清水緑
観劇日 2026年3月14日(土曜日)午後1時開演
劇場 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
上演時間 2時間45分(15分間の休憩あり)
料金 9500円

 ロビーではパンフレット等が販売されていたけれど、チェックしそびれてしまった。
 ネタバレありの感想は以下に。

 こまつ座の公式Webサイト内、「「国語事件殺人辞典」」のページはこちら。

 こまつ座初上演で、初演は、小沢昭一が立ち上げたしゃぼん玉座旗揚げ公演だったという。それ以降、再演されたかどうかは分からないけれど、いずれにしても私は初めて観劇した。
 まずタイトルが人を喰っていると思う。「国語辞典殺人事件」ではなく、「国語事件殺人辞典」である。意味が分からない。
 それは、劇中で、筧利夫演じる花見先生が言語不当配列症に罹患することを暗示していたのかも知れない。

 花見先生は、美しく正しい日本語の辞書を作ろうと奮闘している。
 常に6万語のカードを持ち歩き、国語辞典を出版しようとしているが、なかなか上手く行っていない。
 日本語会の重鎮の名前で辞書を出版されそうになり、諏訪珠理 演じる担当編集者の山田が花見先生に惚れ込み、一緒に放浪の旅に出てしまう。
 旅先でも常に「美しく正しい」日本語を説き、その保存というのか保全に力を尽くそうとする。
 しかし、言葉は生き物である、変わるものであり固定化すべきものではないと反論されて詰まったりもする。

 筧利夫の台詞術は健在で、こまつ座の舞台で、堂々、第三舞台でしゃべっていたときと同じ調子(上手く言えない)で突っ走って行く。その愚直な感じ、押し出すような一点突破するような台詞術が、この「国語」「正しい美しい日本語」に拘る花見先生の人柄によく合っている気がする。
 再演だから決して当て書きではない筈で、でも、非常に人に合っている、という感じがする。

 一方の山田青年が何故かやけに現代っ子に見えるところが不思議だ。40年以上前の現代っ子は今の現代っ子に通じるのか?
 同じではないはずなのに、この「国語事件殺人辞典」という芝居の持つテーマも全くもって古びておらず、今、井上ひさしが書いたら違う作品になると思うけれど、しかし、今上演されても全く古びていない。不思議だ。
 結局のところ、そこが井上ひさし戯曲の持つ不偏さということなのか、井上ひさしが心配し発信し続けたことは今以て課題であり問題であるということなのだと思う。

 そうなると、この舞台で一番言いたかったことは「お偉方は我々の返事を管理しようとしている」「我々にいいえと言わせないようにしている」ということに尽きるのではないかと思う。
 井上戯曲としては、恐らくは珍しいことに、戯曲で言いたいことをそのままストレートに台詞に載せたな、という印象があった。
 でも、これが遠回しでなく察して欲しいでは足りずに聞いて欲しかった、そのときの井上ひさしが「今伝えたいこと」だったんじゃないかという気がする。

 この舞台自体は、正直なところ、強引すぎるんじゃない? と思うところがあったし、殴られて言語不当配列症が治った花見先生はでもそれまでと全く異なる主張を始め、その「変わってしまった思想」を許せない山田青年が花見先生を殴って前の状態に戻すとか、割ととんでもないことが起きている。
 それ、なしでしょ、と思う。

 美しい日本語に拘るあまり、加藤忍演じるところの元妻を追い詰め、追い詰められた彼女が「簡易日本語」を発明というのか開発というのかするというのも、どうなんだろうと思う。
 日本語を守るために人を追い詰めるってどうなんだ。言葉って人が使うものであって、言葉じゃなくて人が主人でしょ、と思ってしまう。
 そして、その元妻が再び花見先生に追い詰められて飛び出して行き、恐らくは正気でいられなくなってしまうという成りゆきも納得が行かない。というか、そのことに何も感じていないらしい花見先生ってどうなんだ。

 言語不当配列症を患った花見先生は、言葉の語順が常におかしいし、文章の区切りがおかしなところに入ってしまう病になった山田青年とのやりとりは常に緊張を強いられる。
 その状態でさらに、花見先生は質屋で「いいえ」という言葉を質入れしてお金を借りる。
 「いいえ」が言えない状態とは、何と不自由なんだろう。

 美しくなく正しくない日本語を用いて、美しく正しい日本語について語り続ける花見先生と山田青年を演じるって、相当に難しいというか、困難というか、ほぼほぼ不可能に近いんじゃないの? と思う。
 でも、通じる。伝わってくる。「わっかんないよ」と思うことはない。
 その集中を筧利夫の台詞術がもたらしてくれているように思う。きっと、相性が良い。テクニックももちろんだけれど、そもそもの持ち味に合っているのだと思う。

 終盤で、加藤忍演じる質屋の妻がやってきて、花見先生に「いいえ」を返してくれる。
 この舞台と、花見先生と山田青年を支えたのは、花見先生の元妻と質屋の未亡人を演じた加藤忍だったように思う。
 ゆくたてに納得できないよと思うのに、いい舞台だったと思う。見て良かった。

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