「終わった人」を見る
リーディングドラマ「終わった人」
原作 内館牧子「終わった人」(講談社文庫)
台本・演出 笹部博司
出演 中井貴一/キムラ緑子
観劇日 2026年3月7日(土曜日)午後1時開演
劇場 EXシアター六本木
上演時間 2時間5分(15分間の休憩あり)
料金 9500円
ロビーではパンフレットや原作の文庫本が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
前回公演は観ることができなかったので、今回、観ることができて嬉しい。
中井貴一とキムラ緑子の二人によるリーディングドラマである。贅沢だ。
舞台上には、菱形に一段高くなった舞台が作られていて、そこにベンチのような箱が置かれている。舞台セットと言えるものはそれだけだ。
そこに、台本を持った二人が登場してきて、舞台が始まる。
この「舞台が始まる」ときに、暗転してから台詞が語られ始められるまで、結構な時間があった。
多分、二人の俳優さんも舞台上にいなかったと思う。
ただ、何の音もない時間だ。音楽もない。
客席の話し声が静まるのを辛抱強く待っていたのかなと思ったけれど、真相は不明である。
内館牧子の「終わった人」を読んだことはないけれど、定年退職を迎えて「粗大ゴミ」と言われてしまうようなおじさんのことを「終わった人と」と評しているということは、何となく知っている。というか、それだけしか知らないまま、原作も読まず、観劇に行った。
確かこの「終わった人」は映画にもなっていたと思うけれど、こちらも観ていない。
主人公の田代宗介の一人語りで始まった舞台は、最初、キムラ緑子はト書きというか、台詞でない説明を読んでいた。ずっとこのまま行くのか? と思ったらもちろんそんなことはなく、妻である千草を始め、色々な人物を演じ始める。
基本的に、男性の台詞は中井貴一が、女性の台詞はキムラ緑子が読んで行く。
立ったり座ったり動きを付けるところもありつつ、基本的には「リーディング」である。
中井貴一の端正さと情けなさは東大卒メガバンク入行、エリート街道まっしぐらかと思いきや派閥争いの余波で先を立たれて子会社に出向し、出向した先で定年退職を迎えたという「おじさん」によく似合う。
63歳にしては若過ぎるでしょ! 格好良すぎでしょ! と思うけれど、どうなんだろう。
それはそれとして、典型的なエリート出身のおじさんで、人当たりは悪くないくせに近所の和とかボランティアとかに溶け込めそうな感じはない。
キムラ緑子はもう変幻自在で、好きに楽しく演じている感じが伝わってくる。勝ち気でしっかり者、独立した女でもある妻の千草を中心に、二人の娘で現代っ子そのものの道子や、宗介がよろめくカルチャーセンターの受付嬢、宗介が顧問を引き受け社長の死によって社長職を受け継ぐIT企業の社員まで演じ分ける。
声色を変えるのと同時に、動きだけで笑いを取って行くのも凄い。
お話としては、何もやろうとしない抜け殻のような夫にイライラしつつ美容師としてのキャリアを積みつつある千草は夫に色々と勧め、恋まで進めている。宗介は大学院進学を思いつき(思い立ち、ではない)、カルチャーセンターに勉強しに行こうとしたところで、そこの受付嬢によろめく(これも惹かれるではない)。
何もかもダメダメなのは気のせいか。
そして、結局この受付嬢にいいように弄ばれるのも悲哀そのものだ。
スポーツジムで出会ったIT企業社長に乞われて顧問として出社するようになり、海外進出も果たすなど、再びやる気と覇気に満ちた感じに戻ったかと思ったところで、宗介を招いた社長が亡くなってしまう。
その後任社長にと乞われ、千草の反対も押し切って社長を引き受け、そして進出先で連鎖倒産に巻き込まれて倒産、総額9000万円の負債を負うことになり、妻とはギクシャク。家庭内別居状態だ。
で、何故か何となく和解して舞台の幕が降りるのだけれど、この「何故か何となく和解」の機微が私には分からなくて、もの凄くモヤモヤした。
現代っ子らしく観察眼が鋭い娘の道子ですら、特段のコメントをしなかったような気がする、この二人の和解のミソは何だったんだ。
千草はどうして夫を許したっぽく穏やかに笑っているのだ。
よく分からない。ほんっとうに謎だ。
謎だけれど、まあ、宗介が千草に愛とやり直しを縋っていたからいいのかなとも思う。
そんなことをしたところで、岩手移住や負債や千草の美容院や、問題はほぼほぼ解決していないと思うのだけれど、当人同士がどこか何故か納得して腑に落ちているのならまあいいか、とも思う。
とにかく贅沢な時間だった。
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