「メアリー・ステュアート」を見る
パルコ・プロデュース2026「メアリー・ステュアート」
原作 フリードリッヒ・シラー
翻案 ロバート・アイク
翻訳 小田島則子
演出 栗山民也
出演 宮沢りえ/若村麻由美/橋本淳/木村達成
犬山イヌコ/谷田歩/大場泰正/宮崎秋人
釆澤靖起/阿南健治/久保酎吉//伊藤麗
上野恵佳/松本祐華/段田安則
観劇日 2026年4月18日(土曜日)午後1時開演
劇場 パルコ劇場
上演時間 3時間5分(20分間の休憩あり)
料金 12000円
ロビーではパンフレット(2000円)等が販売されていた。
ネタバレありの感想は以下に。
ネタバレありも何も、メアリー・ステュアートとエリザベス1世の物語は、いくつもの映画や舞台になっているし、見たこともある。
ただ、解釈は多分本当に様々で、結局のところ、生き残った方であるエリザベス1世側が作った「歴史」があり、それに対してメアリー・ステュアート側の言い分や見方が様々に捉えられてドラマが作られているということだと思う。
その物語の元というか種として、なかなか有名かつ豊かな鉱脈を持っていると言えると思う。
と言いつつも、私には今現在どのような考え方が「正史」とされており、それに対してどのようなアンチがあるのか、全く分からない。
エリザベス1世とメアリー・ステュアートという、従姉妹同士で、同時代を生きて同時期に女王の座に就き、片や生涯独身を貫き片や結婚と離婚を繰り返した。
どちらが王として正統であったか未だに議論がある。
彼女たちの「治世」がどう評価されているのか、私はよく知らない。
でも、何にせよ、印象的な二人・一対であることは間違いない。
この舞台は、宮沢りえ演じるメアリー・ステュアートがイングランドに亡命し、若村麻由美演じるエリザベス1世によって幽閉されてしばらく経った頃から始まっていると思う。
年表を見たら、この幽閉が20年近く続いていて驚いた。
そんなに長い時間、意外と近いところにいた二人だったんだなと思う。
何となく、メアリーはスコットランドに、エリザベスはイングランドに、というイメージが強い。
舞台はグレーの壁で作られていて、セットは椅子があったりなかったりするくらいだ。
グレーの壁は、牢獄の無機質な壁にもなり、エリザベスの執務室っぽくもなれば謁見室っぽくもなる。
彼女たち二人以外は、メアリーの乳母とメアリーに付き従っていた侍女3人が最後の最後に現れるくらいで、他はほぼ男性だ。
何と言うか、エリザベス1世は普通に女王として戴冠していたイメージだけれど、実際のところはかなり異例というか際立つというか、異質な存在だったんだろうという印象が残る。
何となく腹立たしいことに、メアリーを取り巻く男達は、彼女の政治的能力や手腕、百歩譲って血統やその血の正統性などなどを評価しているのではなく、女としてのメアリーに心酔しているかのように描かれている。
何だかなーと思う。
実際にもそういう魅力的な女性であったのかも知れないけれど、ここは政治劇にしてよ、と思う。
男性が劇作したのだとしたら、随分と女性を低く評価している男性なんだわ、と勝手なことを思ってしまう。
見ているこちらの目が濁っているのかも知れないけれど、この舞台の二人は、優柔不断極まりないエリザベスと、自分の行った悪事を全て忘れ果てているようなメアリ、という二人に見える。その分、メアリーの方が一貫性があるように見えるけれど、多分それはこの舞台がそういう風に彼女を切り取ったからなんだろうという気がする。
なかなかメアリーがブレない分、エリザベスはブレブレに見え、そしてエリザベスの葛藤と優柔不断とずるさがこの舞台のテーマであるように見えてしまう。
「メアリー・ステュアート」というタイトルを持ちつつ、この舞台の主役はエリザベス1世だったんじゃなかろうか。
そう考えてみると、フランス大使がやけに目立つブルーの衣装だったことを横に置くと、メアリーも男性陣も乳母たちもみなが黒い衣装を着ているなか、エリザベスだけはベージュというかグレーというか、とにかく白っぽいけれど白ではない衣装を通している。明るい色味ではないけれど、周りがみな沈んでいるのでやはり目立つし存在感を放つ。髪型だって、メアリを演じる宮沢りえが潔くショートカットであるのに比べると鬘で時代を表しているし、特徴的だ。
エリザベスに視線が集まるようになっている、とも言える。
あと、この二人の争いが、蝙蝠よろしく二人の間を行き来するレスター伯の取り合いのように見えているのも何だか損をしているなと思う。
狐と狸の化かし合いだったのか、本気だったのか、実はレスター伯が一番の曲者だったのか、騙されてその気にさせられていただけなのか、エリザベス1世の寵臣ではあったのだろうけどメアリーに寝返っていたのかいないのか、本当によく分からない。
よく分からないけれど、何だか二人の立ち位置が安っぽく見えてしまったのも本当で、執着の争いだったのかなという気がしなくもない。
地獄だったか奴隷だったか、対照的な立ち位置にある二人の女性が自分のことをいずれも「最低」の場所にいると思っているというところが一番印象に残った。
蹴落とされもしているけど曲がりなりにも女王でしょ、国のトップでしょ、なりたくてなったのではないかもしれないけど! と言いたくなりつつ、彼女たちの本音でもあったのだろうなという気もする。
何だかよく分からないけれど、恐らく「新しい解釈」の物語だったのだと思う。
スリーコールで、最後にはスタンディングオーベイションになっていた。
重厚な舞台だった。
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