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2026.05.10

「トランス」を見る

KOKAMI@network vol.21「トランス」
作・演出 鴻上尚史
出演 風間俊介/岡本玲/伊礼彼方
観劇日 2026年5月9日(土曜日)午後1時開演
劇場 本多劇場
上演時間 2時間
料金 9500円

 ロビーでは、パンフレットの他、第三舞台時代からの作品の戯曲やDVD、鴻上尚史の著作などが販売されていた。

 ネタバレありの感想は以下に。

 サードステージの公式Webサイト内、「トランス」のページはこちら。

 トランスは結構見ていて、多分、鴻上尚史演出の舞台は全て見ているのではなかろうか。「ごあいさつ」には、「今まで、僕自身の演出としては、5回上演していて、・・・」と書いてあった。記憶によると&探したところ、以下の4回は確認できた。今回の上演が5回目という意味だろうか?

初演 1993年 小須田康人、長野里美、松重豊
   1996年 古田新太、つみきみほ、手塚とおる
   2005年 高橋一生、すほうれいこ、瀬川亮
         松本紀保、みのすけ、猪野学

 初演の、小須田康人、長野里美、松重豊のバージョンがやはり印象に残っている。
 そして、その後の公演にも色濃く影響を与えていると思う。
 スタンダードかつ決定版、というイメージが強い。役者さんを変えてのその後の上演は、何というか「バージョン違い」「更新版」という感じがする。要するに、初演への思い入れが強い、ということだ。

 それはそれとして、3人芝居だし、世界が揺れる物語なので、出演者が変わるだけでかなり雰囲気も変わったと思う。
 2005年のYoungバージョンとElderバージョンの交互上演のときも、この二つの上演から受けるイメージはかなり違っていた記憶だ。
 そして「知名度」ということもあるだろうけれど、この3人の役者さんの並びが配役順でないところも少しばかり意味深である。舞台上で、役が持つ役割や重さや、そんなものが上演のたびにバランスを変えていたということかと思う。

 今回は、風間俊介、岡本玲、伊礼彼方の3人だ。
 伊礼彼方は、「(玉置玲央は)よく(2024年版の)朝日に出ようと思ったな」とどこかで感嘆していたけど、自分だって鴻上尚史演出作品に出ているじゃないか、と思った。トランスだって、相当に大変な筈だ。
 岡本玲は舞台で拝見するのは多分初めてだ。声の低さがいいと思う。
 そして、3人が最初に揃ったとき、あら、と思った。鴻上尚史演出の舞台では、概ね大雑把に言ってヒロインの衣装は赤い(と思う)。岡本玲演じる礼子は赤いベストを着ていたし、伊礼彼方演じる三蔵のシャツは赤い花柄だ。
 ヒロイン二人バージョンかしら、と明後日なことを考えた。

 そうすると、風間俊介演じる雅人は両手に花である。ちょっと違う。
 風間俊介は舞台での姿と映像での姿があまり変わらないかも、と思う。変な言い方になるけれど、テレビで見た人がそこにいる、という感じ。
 そして、滑舌もいいし台詞も聞きやすいけれど、何故か、やはりキャリアを映像で始めた役者さん、という感じがする。どうしてだろう、よく分からない。

 びっくりするくらい演出は初演版を踏襲していたような気がする。
 このシーンあったわ、この台詞もあったわ、このシーンはこのテンションだったわ、と次々と思う。ダンスシーンもあるわ、このシーンで流れる曲はやっぱりこの曲なのね、というところもあった。
 逆に更新された箇所が印象に残っていない中、唯一「変えたのね」と思ったのは、礼子の台詞だ。何回か「医者は私よ」という台詞が加わっていた、ような気がする。
 ラストシーンに向けて伏線が必要だと思ったのね、それだけ初演の時点よりも「分かりやすさが」が求められていると感じているのね、と印象に残っている。

 トランスは特に「このまま終えちゃってもいいのに、最後の最後でひっくり返して混乱を呼ぶ」造りの芝居だと思う。
 紅谷先生がずっと先生であっても恐らくは成立するところ(成立してもテーマは変わるかも知れないけれど)、最後に「不確かさ」を強調して、一転、ぐらぐらと世界を根底から揺るがして、正解を出さずに終わる。
 その分かりにくさは、そのまま提出すると伝わりにくい、と判断されたんだなと思う。

 そういう風に感じたのは、多分、「違う。その**はあなたの幻想なの」と、「医者」の薬がくるくると変わって「そのとき医者を演じている登場人物にとっての真実」が語られて行くシーンで、客席から笑いが起きていたからだ。
 いや、ここは笑うところじゃないよね? とそのたびに思ってしまった。
 世界が揺るがされた不安を、今のこの客席は笑いで誤魔化さないと受け止められない。それって、結構な重い現実なのではなかろうか。
 危うく「え?!」と声を出して驚くところだった。

 そういえばこの辺りのシーン、朝日に似ているな。

 あともう一つ、どうして時代が更新されないんだろう? と思った。「朝日」のルービックキューブは更新されたけれど、「トランス」は新興宗教で「おかえりなさい」と迎えられたり、雅人がなりきる「天皇」のしゃべり方は昭和天皇を彷彿とさせたり、携帯電話もスマホも登場しなかったりしている。
 どうしてだろうと思って、なるほど、現代に持ってきたらトランスの世界は成立しないというか、別の進展を辿るのだなと思いついた。
 スマホを持っていたら礼子は雅人の家を訪ねないし、今の学校はもしかして屋上に施錠しているんじゃないかという気がする。天皇に「人ではない」時期があったからこそのしゃべり方があり、様々な事件がありつつも宗教は多分今の方が遠いところにある。
 きっついなー、と思う。

 これからの30年をこの「トランス」をベースに乗り切れたら、それは普遍になるということな気がする。
 がんばれ「トランス」と、そう思った。

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