2026.02.15

「クロード・モネ ― 風景への問いかけ」に行く

 2026年2月13日、アーティゾン美術館で2025年2月7日から5月24日まで開催されている「クロード・モネ ― 風景への問いかけ」に行って来た。
 この展覧会のチケットは期日指定で予約が必要である。ただ、私が購入した平日限定期限付き早割チケットは、入場が4月7日までの平日のみであるものの、平日であれば期日指定は必要ないという優れものである。
 それならば忘れないうちに早めに行って来ましょうと思い、開会して1週間目に出かけて行った。

 美術館入口に到着したのが18時前で、すでに「18時」のチケットを持つ人の待ち行列ができていた。
 平日ではありつつ夜だし、やはり「モネ」であるし、なかなかの混雑振りである。凄い。
 荷物をコインロッカーに預け、電子チケットを提示して入場した。

 この展覧会は、オルセー美術館から来日した41点を中心に、モネと同世代の画家や関連のあった画家、浮世絵やガレのガラス作品まで全体で140点前後の作品が展示されているらしい。
 そして、名前のとおり、モネの作品が中心であり、最大数(だったと思う)ところが嬉しい。何だか得した気分である。モネ祭だ。
 モネ自身の写真や、ジヴェルニーの庭の写真なども展示されていて、動画もあったりして、モネは最近まで生きていた人なのだなと思う。

 この展覧会のポスターには「モネ 没後100年」の文字もあり、モネは大正時代の最後まで生きていたんだな、と思ったりした。結構、最近だなと思う。
 そして、真っ白の三つ揃いに身を包んで歩くモネの動画を見て、そういえばモネは割と珍しいことに生前に名声を得てそこそこの暮らしをしていた人だったなと思う。
 ゴッホとかフェルメールとか「生きている間はとんでもなく不遇」というイメージが画家という職業にあって、何だか腑に落ちない気もしている。

 アーティゾン美術館って初めて聞く名だな、新しくできたのかな? と思っていて、到着して「石橋財団」の文字を見てやっと「ブリジストオン美術館か!」と気がついた。気付くのが遅すぎる。
 建物の建て替えに合わせ、名称も変えたそうだ。昨年にリニューアルオープンしたらしい。
 そういえば建て替え前のブリジストン美術館には一度か二度しか行ったことがないなぁと思った。

 チケットがスマホになったからか、最近、写真撮影OKの美術展が増えたような気がする。
 今回のモネ展も原則的に写真撮影okで、いくつかの作品のみ写真撮影禁止マークがついていた。もっともそのマークが小さくて地味なので、気付かずに撮影している方も多かったと思う。そのたびに美術館スタッフの方が上品に止めに入っていた。流石の接客である。
 それはともかく、私も旅行のときなど写真を異様な枚数を撮りまくり、同行者に「レンズ越しじゃなくてちゃんと自分の目で見て!」と言われるタイプであるけれど、それにしても、美術展来場者の方々の写真への執着が凄い。
 眺めていると、全作品を3枚ずつ撮っている方もいらしてびっくりだ。

 結果、絵の前にはぽっかりと空間があり、適度な距離を置いて写真を撮ろうとする人が団子状態になる、というのがデフォルトになっていた。
 私は基本的に絵は離れたところから全体を見たいと思っているのでいいけれど、たまに絵に近付いて筆遣いを見たいなと思ったときなどは、最大限の気遣いが必要である。
 写真撮影の邪魔にならないよう、短時間で見て、素早くフレームアウトしなければならない。
 何だかなと思う。
 だから写真撮影禁止の絵が非常に待ち遠しい。「写真撮影の邪魔にならない」よう気をつける必要がないからだ。

 そんな感じで、写真撮影に熱心な人を見ていて「どうなの、それ」とずっと思っていた。彼ら彼女らは撮った写真をどうするんでしょう? 謎だ。
 そして、いいアングルで写真を撮ろうとするから、人の列の進みが遅い。滞留時間が長い。写真撮影を禁止したら、もっとさくさくと見て回れるような気がする。
 好きに見ればいいという気持ちと、周りに気を配ろうよという気持ちと、お腹空いたんだけどなという気持ちと、絵を見に来たんでしょ! 写真を撮りに来た訳じゃないでしょ!」という気持ちがごちゃごちゃして、なかなか整理できなかった。困る。
 というか、絵を写真に撮って嬉しいのか? 疑問だ。欲しいなら画集を買えばいいのでは? と思ってしまう。

 それはともかく、かなりの数のモネ作品gが集まっているので、自分がイメージする「モネっぽい」とは別のテイストの絵も多くてなかなか興味深い。
 色使いも沈んだ淡い色合いでまとめた絵も多くあれば、モネっぽい緑や水色を封印した祝祭の絵など、特に印象に残った。
 モネはスケッチ旅行にたびたび出ていて、それは「今までみたことのない景色を探す」という神聖性のあるというか、何らかの儀式のようなものかと思っていたら、そうではないと書いてあって驚いた。
 要するにモネは、観光旅行のついでに絵を描いていたのだ。絵を描くついでに観光をしたのかも知れないけれど、これまでの眉唾話を信じることに内容だ、と訴えたらしい。
 そういう手もあるのね、と感心した。

 南仏っぽい海辺の避暑地の風景が描かれているっぽい「トルーヴィル、ロシュ・ノワールのホテル」や、パリのお祭りの様子が描写される「パリ、モントルグイユ街」など、珍しい感じの作品が目白押しである。
 風車とチューリップ畑というお上りさんそのものの観光名所も描いているし、ロンドンのテムズ川にかかる橋やルアン大聖堂の連作、ヴェネツィアの夕景まで、絵はがきにありそうな絵まで描いていて、ちょっと可笑しい。可笑しくて楽しい。

 たくさんの絵の中から1枚選んでいいよと言われたら、「パリ、モントルグイユ街」が欲しい。フランスの三色旗が道の両側のアパルトマンから突き出されて風に揺れ、その下を大勢の人が歩いている。何とも華やかな絵である。
 次点として、「かささぎ」も欲しい。こちらは全く逆で、何と言うか「田舎の雪の日」みたいな絵である。タイトルのとおり「かささぎ」も1羽描かれているけれど、柵の上で羽を休めているだけで、特に丁寧に描かれている訳でもない、ように見える。雪に落ちる影を薄いブルーやピンク、紫で表現しているところがポイントらしいけれど、離れて眺める分にはそこまで色は感じない。その地味な感じが良かった。

 地味で良いと言えば、庭での昼食の様子(まだ誰も食べていなくてこれから三々五々参加者が集まって来る)を描いた絵も目立っていた。この絵はとにかく大きい。今回出品された中で一番大きなサイズの絵だったのではないかと思う。
 そして、お昼ごはんがやけに質素なのだ。これから供されるのかも知れないけれど、フルーツとパンと飲み物しかない。せっかくなら豪勢な昼食を描けばいいのにと余計なことを考えたりした。

 あと、選ばないけど気に入っていたのは、モネの自画像である。それほど大きくないキャンバスに余白を大きく残し、真ん中にグリーンを基調とした色で自身の胸から上の肖像画描かれている。
 その描かれている顔の表情が何だか可愛らしくて、恐らくは性狷介であったろうに、自分を随分好々爺風に描いたのだなと微笑ましかった。
 今回の美術展で私が唯一写真を撮った絵である。

 最後に、インスタレーションの作品展示があった。
 真っ暗な部屋の壁四面に、ジヴェルニーの庭で撮影したという花や池の写真、モネが映っている動画を組み合わせた作品である。
 ここで赤い花を持ってくるところがいいですね、と思う。睡蓮でないところが良い。今回の美術展では睡蓮が描かれた作品は3〜4点だったし、違う花をクローズアップするのはなかなか楽しい。それが赤だったので、若干、どぎつい感じもあったけれど、そこは水の写真や、白黒というセピア寄りの古い動画を組み合わせていることでバランスが取れていたと思う。

 そういえば、この美術展は建物の6階と5階で開催されていて、6階は無音、5階は音楽が流れていたと思う。
 そういう工夫もきっと何か意味があるのだろう。音声ガイドを借りていたら解説されていたんだろうか。
 工夫といえば、今回の美術展では、各章の最初にある説明が非常に丁寧だった。丁寧かつ大量過ぎて、半分くらいしか読まずにスルーしてしまった。申し訳ない。この説明だけでも写真に撮って家で読み返そうかと思ったりもしたけど、ま、いっか、と思った。
 写真を撮影している人は結構多かったと思う。

 19時過ぎに美術展を出て、ミュージアムショップ2カ所でお買い物をして建物を出たら20時前だった。
 買い物に時間を掛けすぎである。それだけ混雑していたとも言える。

 行って良かった。気がつけば職場でのもやもやも消えていた。

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2025.12.08

「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」に行く

 2025年12月8日、国立新美術館で2025年9月17日から12月15日まで開催されている「ブルガリ カレイドス 色彩・文化・技巧」に行って来た。
 期日指定チケットだったし、絵画とジュエリーだったらどう考えてもジュエリーの方が近くで見たいし、遠くから大勢で見るものでもない。
 さらに、この展覧会は写真撮影が許されているから、一つ一つの作品の前で立ち止まる時間も長くなるだろう。
 しかも、会期末まであと1週間である。

 という訳で、戦々恐々としながら平日16時のチケットを確保して行ってみたら、思いのほか空いていて驚いた。多少の待ち時間はあるものの、一つ一つの作品を色々な角度からじっくり見ることができたし、写真もかなりの枚数を撮ってきた。
 大満喫してきたと言っていいと思う。

 とはいえ、こちらはブルガリなどとは縁がない。
 何なら、名前は知っているものの、何屋さんなのか知らなったくらいである。この美術展に行って初めて、ジュエリーが主戦場かつ唯一のテリトリーだと知った。
 手広く商売を拡大していないことは、個人的に非常に好感度が高い。

 ポスターを見ていたので、エメラルドを多用しているブランドなのかと思っていた。
 実際は、ジュエリーの多色使いを始め、色相環の考え方を最初に取り入れたブランドであるらしい。
 創始者のブルガリはギリシャ人で、ローマに移住してジュエリーショップを始めたらしい。最初は銀細工、そのうち貴石を使うよう手を広げていったようだ。

 会場はもう、キラキラしている。
 銀やプラチナよりも金が多く、最初の展示では、「金とダイヤモンド」「金とサファイヤ」といった1種類だけの石を使ったジュエリーが多い。
 それも、ネックレスとブレスレットと指輪、という感じで同じデザインのセットものが多く飾られている。
 大きなレンズを付けたカメラを持参して撮影されている方もいて、あのカメラで撮ったら石の中まで撮影できそうだよと思ったりした。

 ただ、私の好みの問題かも知れないけれど、ルビーはピンクがかった石が多く、サファイヤは青というよりは薄紫に近いような色の石が多くて、いやいやもっと濃い色の石を使いましょうよ! と勝手に思ったりしていた。
 ネックレスなど、ペンダントではなく、幅10cmくらいに渡って石が並んでいて、この大きさの石を揃えるのは相当大変ですよね、時価総額おいくらですか、と思うけれど、やっぱり、石の色は重要だと思う。
 ダイヤモンドはそもそも色の善し悪しとかさらに分かりにくいし、エメラルドが「あらこれ綺麗」と思う石が多かったように思う。

 直径2cmくらいもありそうなルビーなどを見ると、やはりじーっと眺めてしまう。
 たくさん見ているうちに、うちにある直径2mmくらいの石もそう悪い石ではないのでは? と思えたのは収穫だった。
 と思っていて、今、何となくブルガリの公式オンラインショップを見たら、もの凄く巨大ではない普通と言えなくもない無理してがんばれば普通と言えるかもしれないデザインのジュエリーが軽く7桁を超えていて、美術展に出ていたジュエリーたちはとんでもないお値段なんだろうなと目が遠くなってしまった。

 印象に残ったのは、エナメルの蛇たちである。
 エナメルだから色彩は自由自在、目に貴石をはめ込み、「ウォッチ」と書いてあるのに文字盤が見当たらずに??? と思っていたら、映像で蛇の頭の部分が蓋になっていて開き、そこに文字盤が埋め込まれているのだと分かった。
 うーん。何と言うかシンボルとしては分かるけど、この腕時計を嵌める人がいるのか? いたとしても「社交界」というどこか分からない場所にしかいないんじゃなかろうか、などと思う。

 貴石から半貴石もデザインに取り込まれるようになると、さらにジュエリーたちがカラフルになる。
 いくつもの種類の半貴石(シトリンやトルコ石、ラピスラズリ、アメジストなどは覚えている)をびっしりと並べたブレスレットなどを見ると、ほーっと、ため息をつきたくなる。重そう。
 もっと重いため息をつきたくなったのは、カラーサファイアのみを並べたネックレスだ。とんでもない代物である。

 ジュエリーに加えて、動画やインスタレーションも展示に盛り込まれていて、それも楽しい。
 当たり前ではあるけれど、私が撮った写真などより全く以て美しく光り輝き正しく色が再現されていて美しい。
 「ララ・ファヴァレット《レベル5》」は、部屋の中に、車の清掃に使うブラシのようなものが、様々な色と形と配置で並べられており、回転によって大きく膨らんだり隣と触れそうになったり、おとなしく細くなったりをランダムに繰り返している。
 これが近寄ってじっと立っているとついうっかり吸い込まれそうになる。
 不思議な感じだ。

 あるいは、多分名称は「クロマティックサークル」だと思うのだけれど、床に設えられた円の中央に立つと6種類の動画からランダムに目の前に展開されるというインスタレーションもあった。
 その動画は、ブルガリのジュエリーを万華鏡のように映し出す内容で、結構な至近距離で展開して大迫力である。切り替わる場面では、思わず身を引いたりしてしまった。
 誰かが円の中に立たないと動画が始まらないので、他の方が立ってくださるところを後ろからこっそり見るくらいでちょうど良かった。

 また、Echoと名付けられたインスタレーションは、水の底に何か(よく分からなかった)が沈んでいて、その水を動かしたり泡立たせたりし、それを上からカメラで撮って壁面一面に映し出していた。
 水って不思議だし、色も不思議である。
 何か凄い。

 この美術展は、カタログと絵はがき等以外のスーベニアがなく、それも潔いと思う。
 最終盤に行ったからか、1枚500円という強気の値段設定の絵はがきも6種類のうちほとんどが売り切れていて、購入できずに残念だったようなほっとしたような、そんな感じがした。
 そういえば、場内の設えが扇形の連なりという常にない形だったからか平面図のようなものは用意されている一方で、出展品一覧もなかったと思う。

 とにかく目の保養になった。
 そして、目の保養、と思うくらいが私にはちょうどいいと思った。

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2025.10.19

「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行く

 2025年10月17日、東京都美術館で2025年9月12日から12月21日まで開催されている「ゴッホ展 家族がつないだ画家の夢」に行って来た。
 ゴッホ展は、期間中すべての休祝日と12月中は日時指定が必要とされている。早めの平日であればそれほど混雑しないのではないかと思い、ちょうどお昼時に入館できるように行ったところ、とんでもない。普通に混雑していた。
 入館待ちはなかったけれど、チケット購入の列が結構長く伸びていた。事前に購入しておく方が良さそうである。

 「第1章 ファン・ゴッホ家のコレクションからファン・ゴッホ美術館へ」では、もはや記憶も朧だけれど、サイトや作品リストを見るに、この第1章では絵画の展示はなく、ゴッホと弟夫婦、その子供の関係やそれぞれの人となり、弟一家のゴッホ作品との関わり等の解説、といった雰囲気の展示だったようだ。
 ゴッホの弟のテオが、ゴッホの死後半年で病のため亡くなっていたなんて知らなかったよ、と思った。
 そして、テオの妻であるヨーという女性が、もの凄く有能で驚いた。権謀術数に長けた、経営能力に優れた女性だったらしい。ゴッホ作品の今の人気は彼女の功績に負うところ大である。

 そして、ゴッホ美術館を作った(建物も中味も)テオ夫妻の息子であるフィンセント(ゴッホから名前を貰ったらしい、ミドルネームはウィレム)もまた、先見の明に満ちた人だったらしい。
 ヨーの女傑振りが際立つものの、「現代に繋いだ」という意味ではこの息子の功績も母親に勝るとも劣らないと感じる。

 「第2章 フィンセントとテオ、ファン・ゴッホ兄弟のコレクション」では、画商でもあった兄弟が集めた絵画が展示されている。
 同時代の画家の作品もあって、ゴーギャンやマネの絵も展示されていた。
 商売のために買ったなら売らなくては意味がない。手元に残しておいたのか、売れなかったのか。手元に残しておいたのだとすると、それは研究のためか欲しかったからか、どちらだろう。「画商」であり続けたテオならともかく、「画家」になったゴッホにそれだけの余裕があったのかしら? と思う、

 ゴッホが日本の浮世絵から影響を受けたという話は有名で、今回のゴッホ展にも何点かが出展されていた。
 葛飾北斎の絵があったら凄かったのに! 見られなかったのが残念である。
 渓斎英泉の「夜の楼」がトップにあって、私の中では渓斎英泉はかなり葛飾北斎と近いイメージがあるので、おぉ! と思う。同時に、心の中で、楼は「Teahouse」だとちょっとイメージが違うんじゃないかしらとツッコミを入れた。実際のところはよく判らない。
 歌川国貞の浮世絵も2枚あり、同時代の浮世絵をリアルタイムで入手していたのかな? とも思った。

 「第3章 フィンセント・ファン・ゴッホの絵画と素描」は、最もゴッホ作品が集中している展示である。
 この「ゴッホ展」は、全体を見終わってみると、意外と地味な構成だと思う。
 一番有名な作品が「画家としての自画像」ではなかろうか。
 そのゴッホの作品を、ゴッホが書いた手紙と組み合わせて展示することで、手紙の宛先であるテオやヨー、妹との関係をイメージさせ、絵の気分のようなものを上手く想像させている。それが面白い。
 興味深く見ることができて、うっかりじっくり見て回ってしまった。

 「画家としての自画像」は割と目にすることの多い絵だと思う。
 その自画像をゴッホ自身が気に入っていなかったとあって、そうなのかーと思う。でも描き直したり潰したりはしなかったのね、と思う。
 絵として気に入らないというより、自分の顔というか容姿が気に入っていなかったんじゃないかなと思う。
 正直なところ、ハンサムでも醜男でもない、普通の容姿なのでは? というか、ゴッホの自画像を見てゴッホ自身の美醜について考えたことはなかったけれど、「気に入ってない」という前提で見ると、ゴッホは37歳で亡くなっているからこの自画像も37歳より若い筈で、そう思ってみると若々しさは感じられないわ、と思った。ゴッホの苦労と苦悩が老けさせてしまったのね、でもそれを偽って描くことはしなかったのね、という感じだ。

 ミレーの絵を模写というのか、翻案というのか、した絵が何枚かあって、ゴッホはミレーの絵が好きだったのね、と思えばいいのか、たまたま来日した絵の中に複数含まれているだけで全体としては少ないのか、でもやっぱり模写した絵自体が少ないのだからミレーの絵に惹かれていたのは事実なのかしらと余計なことを考える。
 ミレーの絵に比べると、かなり画面全体が明るく描かれている。本物をゴッホは見ているのかしら、それとも画集等々で見たのかしらと気になる。

 出展されていたゴッホの絵の中では、稲穂の絵が印象に残った。
 一面の稲穂、一面の緑の絵である。
 何というか、一面の麦畑とか一面の田んぼではなく、一面の稲穂の絵だ。
 そして稲穂なのに緑である。稲穂といえば黄色なのでは? とステレオタイプなことを考えた。

 「第4章 ヨー・ファン・ゴッホ= ボンゲルが売却した絵画」で展示されていた絵画は3点、そしてその絵画を売った記録(帳簿)である。
 ガイドでは、ゴッホの絵を収集するのと同時に適時に適切な相手に売ることによってゴッホの絵の価値を高めていったというヨーの戦略が湛えられていた。その最たるものが、ロンドンのナショナルギャラリーへの「ひまわり」の売却だそうだ。
 ヨーという女性は、本当に戦略に長けていたのだなと思う。

 「第5章 コレクションの充実 作品収集」では、ゴッホの甥であるウィレムが設立したゴッホ財団、ゴッホ美術館において収集された、ゴッホの作品やゴッホと関連のある画家の絵画、ゴッホの版画やポスターなどの紙に描かれた作品などが展示されていた。
 正直に言うと、何故このコーナーを最後に持ってきた? と思った。
 時系列では確かに最後になるけれど、盛り上がりというか、ゴッホ展を見に来たら最後はゴッホで締めたかったなという感じがする。

 もちろんこの後に、イマーシブ・コーナーが設けられていて、ちょっと酔いそうな映像が部屋の壁一面に映写されていた。
 ここだけは写真(動画)撮影OKで、スマホで動画を撮っている人がたくさんいた。
 ひまわりやアーモンドの花の絵など、今回出展されていない絵も多く採り上げられている。
 アーモンドの花といえば、この絵は、甥っ子の誕生を祝して弟のテオに贈られた絵だそうだ。初めて知った。
 ちなみに、私のあやふやな記憶では、アムステルダムのゴッホ美術館に行ったとき、この絵が入ってすぐのところに展示されていて、桜の絵だと思ったら友人に「アーモンドの花だよ」とツッコまれたことがある。懐かしい。

 我ながら珍しいことに、グッズ売り場で思わず色々と購入してしまった。
 疲れたけど楽しかった。

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2025.03.10

「マイセンコレクション展」に行く

 2025年3月、千葉県松戸市にある戸定歴史館で2025年2月1日から3月9日まで開催されていた祝 松戸市人口50万人到達 マイセンコレクション展に行って来た。
 松戸市は、令和4年度に実業家である土屋亮平氏よりマイセン磁器コレクション152点の寄贈を受け、今回そのうちの38点を公開したという。
 混雑を覚悟して最終日に行ったところ、ゆっくり見て写真も撮ることができた。

 コレクションは、マイセンの設立時期に製作されたものから、現代のものまで、その歴史を辿ることもできるラインアップだそうだ。
 解説もしっかりあったし、絵皿、大きな壺、ディナーセットや猿のオーケルトラのフィギュア、かなり古いブルーオニオンのお皿や、千夜一夜物語をモチーフにしたセットまで、かなり楽しめた。
 定期的に他のコレクションも公開されたらいいなと思う。

マイセンマイセン

マイセンマイセン

マイセンマイセン

マイセンマイセン

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2025.02.09

「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」に行く

美術館 2025年2月、東京都庭園美術館で2024年11月30日から2025年2月16日まで開催されている「そこに光が降りてくる 青木野枝/三嶋りつ惠」に行って来た。
 お二方ともこれまで全く存じ上げなくて申し訳ない。友人に紹介いただき、チケットを譲っていただいて、行くことができた。有り難い。
 門から庭園美術館の建物に向かって歩いている途中、見終わったらしい小学生くらいの女の子とお母さんのお二人とすれ違ったとき、「綺麗だったね〜」と言い合っていらして、これは楽しみだ、と思った。


 フライヤーによると「本展は、現代美術の第一線で活躍を続ける二人の作家、青木野枝と三嶋りつ惠が、当館の各所に作品を配置し、新たな視点でアール・デコの装飾空間を照らし出す企画です。」ということだった。
 旧朝香宮邸という立地と建物、内装を活かし切った企画である。


 元々、旧朝香宮邸には、ルネ・ラリックの作品が玄関に飾られていたり、各部屋の暖炉や照明などに鉄が使われていたりする。
 主に鉄で作品製作をする青木野枝氏と、無色透明のベネチアングラスの作品を製作する三島りつ惠氏のお二方の美術展を開催するに最適の場所なんじゃないかとさえ思った。
 実際、東京都庭園美術館ならでは、東京都庭園美術館だからこその作品、展示で、この場所を含めての作品だったと思う。
 とにかく、素敵だ。


 「鉄は透明な金属」というのはよく分からないけれど、鉄の黒さとそこに嵌められた赤いガラスの組み合わせが素敵である。
 「可愛い!」と声が上がっている一角があって何だろうと思って覗いたら、浴室に鉄と石鹸で製作された作品が展示されており、本当に可愛らしい設えになっていた。


 お二人のインタビューや製作風景の動画も上映されており、興味深い。
 また、「製作ノート」や、完成した作品をご自身がスケッチしたものなども展示されていて、「この向きが正面だったのね!」等と思って楽しく見た。


 新館の庭園への扉には「作品を探してみましょう」といった内容の貼り紙があり、「いや、こんな広いところで見つからないでしょ」と思って見回したら、3人くらいの方が木を見上げていて、私にも見つけることができた。
 お庭に誰もいなかったら見つけられなかったと思う。
 曇り空になっていたのが惜しい。


 美しく華やかで静謐な美術展であり、空間だった。
 行く機会(チケットも)をくれた友人に大感謝である。


作品作品


作品作品


作品作品


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作品作品


作品作品/p>


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2024.11.04

「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」に行く

 2024年11月、東京都美術館で2024年9月19日から12月1日まで開催されている「田中一村展 奄美の光 魂の絵画」に行って来た。
 週末及び会期終盤のみ時間指定制となっており、事前予約して週末のお昼過ぎに行ったところ、当日券売り場に列ができていた。
 入場待ちはないものの、会場内は結構な混雑振りで特に入口には人だかりができており、スタッフの方が「先に進んでいただけると比較的ゆっくりとご覧いただけます」的なアナウンスをしていた。

 実のところ、田中一村という画家の名前は、3ヶ月くらい前まで全く知らなかった。
 以前に職場でご一緒した方と飲み会をした際に、奄美大島に旅行した話だったからか、趣味の話だったからか、田中一村という画家の話がでたときにも、まず「ご存命の方?」と聞いてしまったくらいだ。
 スマホで画像を見せていただいたときも、強烈な絵を描く画家さんだなー、という小学生のような感想しか浮かばなかった。

 国立西洋美術館に行った際に、東京都美術館でこの田中一村展が開催されていると知り、これも何かのご縁だろうし行ってみようと早速1週間後には出かけたという次第だ。
 我ながら、珍しく積極的である。

 生前にスポットが当たることはなく(とはいえ、これだけの回顧展が開催できるだけの作品と業績と資料が残っている訳ですが)、亡くなった後に支援者たちが3日間の個展を開催するところから始まり、こうして「大回顧展」が開催されるまでに評価が高まった、ということのようだ。
 しかし、そもそも子供の頃から「神童」として有名だったようで、数えで8歳の歳に描いた絵も展示されていた。
 ちょうど私の後ろにいた小学生くらいの男の子が「8歳だ」「9歳だ」と読み上げていたのが可笑しい。
 絵にも「八童」などと入っており、プロデュースに長けた大人が書かせて絵の売りにしていたんだろうなー、と余計なことを考える。

 よく分かっていないながら、子供の頃の絵はきちんと「お手本」があり、その「描き方」に則って描かれた絵なのではないかという気がした。
 説明に「南画」という言葉がよく出てきていて、「うーん、意味が分からん」と思ってみていた。帰宅してネット検索したら、中国の流派のひとつで、水墨や淡彩で、多くは山水を柔らかな感じに描くことが特徴だという。
 そういう感じだ。

 東京芸術大学に入学したものの2ヶ月くらいで退学し、その後すぐ家族を亡くし、しばらく「空白の時代」とされていたけれど、近年、20代に製作された屏風やふすま絵などが発見されているという。
 支援者がいて、支援者からの発注や紹介に基づいて製作していたということらしい。
 それは個人蔵が多いだろうし、詳細が不明になることもあるだろうなと思う。

 その後、千葉に転居した辺りからまたその画業が伝わっており、青龍展に「白い花」という絵が柳一村名義で入選し、その後で田中一村の雅号を用い始めている。
 この「白い花」はかなりカラフルな画面で、青緑っぽい色をバックに一面に白い花が咲いている。それまでの「南画」とは全く異なる印象である。

 また、小さな写真から大きめの肖像画を描き起こすことも「仕事」として行っていたという。
 好きな絵だけ描いていては食べていけない。農業をしているとはいえそれだけでも食べていけなかったということだと思う。その肖像画がもの凄く精密で、これならほぼ写真なのでは? という感じだった。小さな写真でははっきりしない箇所(肩章の模様)なども何を当たったのかくっきりと描かれている。
 これは、描いて貰った人(モデルになった人ではなく頼んだ人)は有り難かったろうなと思う。

 その肖像画の技術は50歳になって単身移住した奄美大島でのご近所づきあいで発揮され、島の人に受け入れられるきっかけのひとつになったそうだ。
 芸は身を助く、という奴である。その「芸」が規格外な訳だけれども、「良かったね」と親戚のおばさんみたいな気持ちになる。
 奄美大島では染色工として働いて生活費を貯め、ある程度貯まると絵を描くことに専念するという生活を送っていたそうだ。

 この絵画展のシンボルのようになっている「奄美の海に蘇鉄とアダン」「初夏の海に赤翡翠」「アダンの海辺」「不喰芋と蘇鉄」などの絵は、もちろん奄美大島で描かれたものである。
 大柄なインパクトのある、多分「唯一無二」の絵画たちである。
 信奉するに近いファンがいらっしゃることも納得だなと思った。初めて拝見したと思う。行って良かった。「田中一村」という画家を教えてくださった方々に感謝である。

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2024.10.27

「モネ 睡蓮のとき」に行く

 2024年10月、国立西洋美術館で2024年10月5日から2025年2月11日まで開催されている「モネ 睡蓮のとき」に行って来た。
 時間指定制ではなかったものの、夜間開館日の18時半くらいに行ったところ、並ばずに入場することができた。実は外から見たときに庭に行列ができていて「まさか!」と思ったけれど、その待ち行列は企画展限定のミュージアムショップへ入店するためのものだった。外から見ただけで引き返さずに良かったと思う。

 今年は美術展にあまり足を運んでおらず、3月以来、半年振りである。
 もう少し頻繁に足を運びたいと思う。

 昨年の同じくらいの時期に上野の森美術館で開催されていた「モネ 連作の情景」展は「100% モネ」がキャッチフレーズになっていたと思う。
 今回の「モネ 睡蓮のとき」も、モネの作品のみ展示されている。
 流行なのか。モネ人気が常にも増して高まっているのか。あるいは画家ひとりをクローズアップした美術展が常態化してきているのか。あまり美術展に行かない私にはよく分からなかった。
 でも嬉しい。

 今回もモネの晩年、つまりは「連作」にスポットが当てられていたように思う。
 スポットを当てつつ、今回の美術展では、モネの描く絵の変遷を追うように構成されていた。
 また、同じ主題の絵を何枚かずつ集めていたのが楽しかった。

 「1 セーヌ川から睡蓮の池へ」では、章のタイトルにもしてあるセーヌ川や、ロンドンのチャーリング・クロス橋など、モネが旅していた時分の絵が多い。ジヴェルニーにたどり着く前の絵達である。
 チャーリング・クロス橋の何枚かの絵の中に、単色で比較的鮮明に描かれた絵があり、何だか格好良かった。
 最終的には煙だけでその存在が描かれる機関車の姿が比較的鮮明に描かれている。

 この章では、連作ではない(と言っていいと思う)の睡蓮も展示されていた。
 ジヴェルニーの庭で睡蓮が描かれ始めた初期には、睡蓮の絵にも画面の上部の端とはいえ池の縁が描かれ、睡蓮の池は風景っぽく描かれている。その池が、次第に画面の全てを占めるようになり、周りの景色は水面に映り込むだけになり、平面的装飾的になって行く。
 睡蓮の池に夕日が映り込んだ(のだと思う)1枚があり、近くで見ているときには分からなかったけれど、かなり引いて見るとその太陽の光の赤さがより引き立って見えて良かった。

 「2 水と花々の装飾」では、睡蓮以外の花の絵がメインになっている。
 中には「元々のアイデアでは他の花も描かれていたけれど、最終的に睡蓮だけになった絵」も含まれていて、何というか、モネの意識が「睡蓮を描くなら睡蓮に集中!」みたいになって行く過程が面白いと思う。
 壁一面を睡蓮の絵で埋め尽くした連作も、当初の案では上部に藤の花の絵をぐるっと配置する予定だったという。
 その藤の花に紫っぽさがなくて、でも藤の花で、良かった。

 「3 大装飾画への道」のお部屋だけは、写真撮影可になっていて、シャッター音が鳴り響いていた。
 モネは生前に大装飾画関連の絵を売ることはせずにほとんど手元に置いていたそうですが、唯一、松方幸次郎氏に売ったそうです。その絵が(多分)行方不明になり、半分以上が滑落した状態で見つかり、出典されていました。
 何とも痛々しい状態だった、

 睡蓮の絵の中でも、大きめ(2m四方くらい?)の絵が3枚、曲線を描いた壁に並べて掛けられている面が爽快だった。
 「睡蓮に囲まれたような」「その場に立ったような」という雰囲気が少しだけ味わえる。
 オランジュリー美術館にぜひ行ってみたいと思ってしまう。
 絵の雰囲気は3枚でかなり違っていても、睡蓮が描かれた大きな絵が真っ白い壁に同じ高さ、同じ重さで飾られているというのは、何とも贅沢な光景だったと思う。

 「4 交響する色彩」という章では、モネの庭の太鼓橋のような橋や、しだれ柳、ばらの小道やばらの庭から見た家が数枚ずつ展示されていた。
 モネは厳密に同じ場所、同じ角度から、日を変え時間を変え、つまりは光の状態を変えながら何枚も絵を描いていたそうだ。
 中には、白内障を患って色彩が混濁していたときに描いた絵も含まれている。
 何と言うか、この章の絵の印象を一言で言うと「赤」である」
 その赤さが凄かった。

 大装飾画の習作も含まれていたためか、今回、出典された絵は余白が目立っていたような気がする。
 本当に少ない色の絵の具、少ない筆の運びで描かれている絵はもちろん、わざとなのかどうなのか、絵の橋に白い余白がある絵が結構目立っていたような気がする。
 どうしてだろう。不思議だ。

 混雑していたけれど、それでも絵と自分との間に誰もおらず、絵と人が重なることなく見ることができる瞬間はどの絵にも必ずあったと思う。
 楽しかった。
 行って良かった。

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2024.03.09

「マティス 自由なフォルム」展に行く

 2024年3月7日、国立新美術館で2024年2月14日から5月27日まで開催されている「マティス 自由なフォルム」に行って来た。
 平日に行った甲斐があって、時間指定制ではなかったけれど、かなりゆったりめに見ることができた。
 また、3日後、NHK「日曜美術館」で「マティス 色彩の冒険 南仏・タヒチへの旅」が放映される。その前にというのもタイミングが良かったのだと思う

 「色彩の道」という最初のセクションでは、「マティス」と聞いて浮かべるのとは違うイメージの絵画が多かったと思う。
 何というか、「その前」のフェルメールみたいな感じといえばいいのか、「らしさ」を獲得する前、時代が求めていたというその時代に普通だった技法で描いた絵という感じがする。
 それでも「マティス夫人の肖像」など反対色で彩られており、「フォービズム」の走りらしい。
 「フォービズム」は「野獣派」などと訳されているそうで、うーん、別に「野獣」という感じはしないけどなぁと思う。むしろ、柔らかい感じすらある。
 その時代に与えたインパクトは野獣級、という意味だと思えばいいのかも知れない。
 そうして、少しずつ色彩が明るく鮮やかになって行く。

 マティスは自らの「アトリエ」を愛していたらしい。この美術展でも一つのセクションを構成している。
 自分の好みのものをコレクションし、実際に絵に描き込んでもいる。
 その「コレクション」していた物と、そのコレクションが描き込まれた絵が並んで展示されていて楽しい。
 肘掛け椅子は、流石に食卓の椅子ではないにしてもそれほど強烈な変わった椅子ではないけれど、マティスの手にかかると画面にはみ出すほどの「椅子が主役」の絵になり、こちらこそ強烈な色彩で描かれている。

 買った物だけでなく、マティスは自身が作った彫像もアトリエに保管していたらしい。
 絵画も彫像もシリーズ物というのか、同じテーマでいくつもの作品を作っていたようで、同じタイトルの作品が二つ三つと並べて展示されているのを見るのが面白い。
 どんどんデフォルメされていったり、ところどころに飾られているアトリエ内部やマティス自身が写されたモノクロ写真の中から、目の前にある彫像を探すのも楽しい。

 そういえば、途中にマティスと彼のモデルを務め後年には助手にもなったリディア・デレクトルスカヤの二人の写真があった。
 マティスというと、ミュージアムショップにも並んでいた「ジヴェルニーの食卓(原田マハ著)」のイメージが強く、あの小説にも登場していたリディアという女性と同一人物かしらなどと思ったりした。

 「舞台装置から大型装飾へ」というセクションでは、「ナイチンゲール歌」というバレエの映像が流れていた。
 マティスは、舞台装置の依頼も受けていて、「ナイチンゲールの歌」というバレエでは衣装も手がけたという。
 衣装の中でも「ナイチンゲール」の衣装は鳥の頭が付いていて、かなりユーモラスである。踊っている姿はさらに楽しい。
 横13mを超えるバーンズ財団の装飾壁画も引き受けていたそうで、その下絵のパターンが次々と現れる動画が壁に映し出されていた。同時に、そのうちのいくつかの下絵は元の大きさで展示されていて、これも楽しい展示の方法だと思う。
 色が付いたりモノクロだったり、ポーズが少しずつ変わったり、試作を重ねている様子が窺える。計算もしつつ、実際に「手を動かして試してみる」タイプの画家だったのかなと思う。

 タペストリの原画や、実際に織られたタペストリも展示されていて、「パペーテ タヒチ」と題されたブルーの地にグレーで海の生き物が浮かび上がるようなタペストリがちょっと欲しくなった。
 その前に「パペーテ オーストラリア」(だったと思う)と題された下絵も描かれていて、しかし技術的な問題でタペストリにはならなかったなどという解説を読むと、ぜひそちらの下絵も見てみたいと思う。

 展覧会のタイトルにもなっている「自由なフォルム」というセクションに入ると、「マティス」と聞いてイメージする強烈な色の切り絵の世界が広がる。
 おぉ! これこそがマティスだよ! と思わせる、切り絵の数々だ。
 特に青を使って人や波を表現した切り絵は、「ザ・マティス」という感じがする。
 何となく切り絵はそのものずばりの形に切り抜いていると思っていたので、ピースを組み合わせるように貼り合わせて形を作り、その重ね方で濃淡やでこぼこもできていると分かったときには、大げさに言うと衝撃だった。

 このセクション以降は写真撮影が可とされている。
 そうなるとやはり「花と果実」のインパクトは強烈だ。
 幅の違う5枚のキャンバスに描かれていて、白地に明快な色の切り絵が規則的に並んでいて、いかにも南仏という感じがする。開放的で温かくて穏やかだ。くっきりとして、南国リゾート風でもある。
 その絵が縦4m、横8mで広がっている。この絵を発注した人は、本当に自宅に飾ることがあったのかぜひ知りたいところである。

 最後のセクションは、マティスの遺作ともいうべきヴァンス礼拝堂がテーマだった。
 壁面に描かれたタイル絵のやステンドグラス、司祭たちが着る制服、そもそも外観も内装もマティスがデザインし、指示したらしい。
 その礼拝堂内部が再現されていて、ステンドグラスを通して入ってくる光が動くところまで見ることができる。
 いつか現地に行ってみたいと思う。
 そういえばシャガールの絵をステンドグラスにした南仏の教会に行ってみたいと思っていたことを思い出した。せめて教会の名前くらい思い出すところから始めなくては、と思った。

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2023.12.09

「モネ 連作の情景」に行く

 2023年12月8日、上野の森美術館で2023年10月20日から2024年1月28日まで開催されている「モネ 連作の情景」に行って来た。
 キャッチコピー「100%モネ」のとおり、本当にモネの作品のみで構成されている美術展だった。
 大抵は、「同時代の画家の作品」とか「**が影響を受けた画家の作品」「**が影響を与えた画家の作品」等々が同時に展示されているところ、である。
 凄い。

 日時指定制で、13時40分くらいに入ったときは全く行列はなかったけれど、15時近くに出てきたときには10人以上20人未満くらいの列ができていた。
 時間によって、混雑具合が異なるようだ。
 ミュージアムショップは別会場で、美術展を見た後、チケットを見せて入ることができる。こちらでも入場制限を行っていて、概ね20〜30分待ちになっていたと思う。

 モネ展では、入口を入ったところの美術展タイトルは写真撮影可で、モネの絵の中に入ったような写真を撮ることができる、のだと思う。
 次に続く、床面に睡蓮の池が投影されて歩くと波紋が広がるような映像を見ることができるインスタレーションも写真撮影可だった。
 あと、最後の「睡蓮と時ヴェルニーの庭」と名付けられた展示室も「薔薇の中の家」という作品をのぞき撮影可だった。よく分からないけれど、貸出元の意向なのかなと思う。

 作品リストを見ると、今回の美術展は「100%モネ」だけあって、特定の美術館の作品をテーマを決めてドンと貸してもらう形ではなく、あちこちの美術館からモネの作品を借りてきて開催されているようだ。
 もの凄い情熱でもの凄い労力と時間をかけたのだろうなと、全くよく分からないのに一瞬遠い目になってしまった。

 モネの絵は時代順に展示されていた。
 それは、描いた場所別に展示されているというのと同じことだ。
 「第1章 印象は以前のモネ」は、要するにサロンに挑戦し続けていた頃のモネということになる。
 「昼食」という、モネの家族を描いた大きな絵も、サロンに落選した絵だそうだ。サロンに入選しなくなったことで、モネたちは「印象派展」を開催するようになるのだから、ある意味、転機の一つとなった絵ということになる。

 「後に妻になるカミーユと息子のジャン」という説明に今ひとつ腑に落ちないものを感じる。
 原田マハの「ジヴェルニーの食卓」という小説がとても印象深く、そこに登場するモネは成功して目を病みつつあるモネで、最初の妻のカミーユのことよりも、二番目の妻のアリスの方に重点が置かれている。
 アリスの連れ子のブランシュがもう一人の主な登場人物で、彼女の亡くなった夫がモネの長男のジャンである。
 この子が! と訳の分からない感慨を抱く。

 印象は以前のモネの描く風景画は、勝手な私のイメージだとセザンヌ風というイメージだ。
 もちろん、水辺を多く描いているので水の青や水辺の緑の明るい色が印象的な絵もありつつ、何というか、重厚な感じの絵が多いような気がする。サロンに入選していたということは、当時の流行の絵を描いていただろうから、こういう絵が流行っていたんだろうなと思う。
 後の「印象派」時代の絵とは雰囲気が違う。

 その「第2章 印象派の画家、モネ」の展示室では、同じ場所を同じ角度から違う角度から何枚も描いている様子が強調されている。
 中に、外で絵を描いていたモネが愛用していたらしい「アトリエ舟」を描いた絵もあった。屋根と壁があって、水の上ならどこにでも行けるから、屋外で絵を描くときに都合が良かったらしい。
 この絵を描くときにはアトリエ舟には乗れないわね、と思う。

 連作ではないものの、そのときの「印象」を絵にしているのだから、同じモチーフを繰り返すことに不思議はない。というか、同じモチーフだからこそ、時間や気象や心持ちによる「印象」の差が際立つのだと思う。
 この頃から、「連作」とまでは言わずとも、すでに「同じ場所で同じモチーフを何枚も描くことを繰り返しているらしい。
 そして、「アトリエ舟」「セーヌ河岸」「橋から見た」等々、水辺の登場頻度が高い。

 あと、割と絵に人が描かれていないことが多い中、「ヴェトゥイユの春」という絵には、小さく母と子供(多分男の子)の姿が小さく描き込まれていて印象的だった。
 やはり、この母と子は、「昼食」に描かれていた母と子だろうか。

 「第3章 テーマへの集中」では、何組もの「同じ場所をほぼ同じ場所から描いた絵」が展示されている。
 繰り返しがより際立つ。
 そう展示しているということもあるけれど、そういう風に描いていなければ「際立たせる」こともできない筈だ。
 「ラ・マンヌポルト(エトルタ)」と「エトルタのラ・マンヌポルト」など、タイトルの付け方も対照的だし、ほぼ同じ場所から同じ岩を描いていて、片方は縦長でもう片方は横長にキャンバスを使っている。
 対にすることを目論んでいるようには感じられなかったし、結果としてそうなったということかも知れない。

 第4章は「連作の画家、モネ」のタイトルで、タイトルどおり、「正しく連作」が何組か、時間や気象を変えて描かれた絵が展示されている。
 ジヴェルニーの積みわら、クルーズ渓谷、ウロータールー橋などだ。
 そして、ぼんやりと明るい陽の光の中に対象がくっきりあるいはぼんやりと浮かぶように描かれている。
 所蔵を見ると、あちこちの美術館から集められていて、実物を目にするともはや学芸員の方の執念が漂っているような気すらしてくる。

 そういえば、昔ピアノを習っていたとき「ウォーターローの戦い」という曲を練習したけれど、あれは、この「ウォータールー橋」があるのと同じ場所が舞台だったんだろうか。
 モネが「ウォータールー橋」はロンドンにある橋のようなので、そもそもよくある地名なのかしらと思ったりもした。

 「チャリングクロス橋」の絵が1枚だけあって、大阪会場ではもう1枚、連作の絵が展示されるようだ。
 この絵が、朝日なのか、何かの反射光なのか、水面が1点光っている感じがとても綺麗だった。
 「印象 日の出」よりも、こちらの方がより光を感じられて好きだった。
 この会場で展示された絵の中から1枚だけあげると言われたら、この絵を選びたい。

 最後が第5章で、「睡蓮」とジヴェルニーの庭 と題されている。
 この前の展示室にあった積みわらもジヴェルニーの景色だったけれど、ここにある絵は全てジヴェルニーを描いた絵である。
 そして、ここの睡蓮の絵が3枚あった。
 中でも「睡蓮の池」というどの睡蓮の絵にも使えそうな名前の、全体的に黄色っぽい色彩の睡蓮の絵がとても珍しく感じた。
 そして、大きい。

 「睡蓮の池」は「睡蓮の池の片隅」と「睡蓮」という濃いめの色彩の睡蓮に挟まれて展示されており、より一層、画面の明るさが引き立っているようにも際立っているようにも感じた。
 あとでミュージアムショップで絵はがきを見ていたときに「こんな睡蓮は見てない!」と思った作品が何点かあって「見落とした・・・」と凹んだけれど、どうやら、大阪では東京に出展されていない睡蓮の絵を見ることができるようだった。
 その代わり、「睡蓮の池の片隅」は東京のみの出展である。両方見たい。

 全75点の「全部モネ」を満喫した。

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2023.11.05

「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」に行く

 2023年11月3日、国立近代美術館で2023年10月6日から12月3日まで開催されている「生誕120年 棟方志功展 メイキング・オブ・ムナカタ」に行って来た。
 3連休の初日かつ「文化の日」で混雑するだろうと思い夕方16時半くらいに行ったところ、ゆったりと見ることができた。
 一部を除き写真撮影が許可されており、それほど待つことなく写真を撮ることができるくらいである。良かった。

 今年、国立近代美術館のガウディ展に行った際に、この棟方志功展が開催されることを知り、ぜひ行きたいと考えて早々にチケットは購入していた。
 とはいえ、棟方志功について考えてみると、特に知っていることがない。眼鏡をかけてもじゃもじゃ頭の風貌と、おおらかかつ豊満な楊貴妃の版画のイメージがあるくらいである。
 さらに言うと、私は棟方志功と山下清と芹沢銈介の区別があんまりついていない気がする。
 我ながら、かなり駄目な感じだ。

 棟方志功は自身の版画を「板画」と称していたそうだ。
 油絵も描いていたことや、日本画を「倭(やまと)画」と称し多くの作品を残していることを始め、民藝運動と関わりが深いこと、そもそも柳宗悦との関わりは(何かの)美術展に出品しようとして大きさが規定を超えて展示を拒否されようとしていたところに柳宗悦の助けが入ったことがきっかけだったこと、商業デザインも多く手がけていること、外国に何度も出かけていることなど、初めて知ることばかりだった。

 展示は「Ⅰ 東京の青森人」「Ⅱ 暮らし・信仰・風土−富山・福光」「Ⅲ 東京/青森の国際人」「Ⅳ 生き続けるムナカタ・イメージ」の4部構成で、そこにプロローグが加わっている。
 油絵を目指し、そこから板画に移る。文字(文章)と絵を組み合わせた作品を多く作成する。戦中の物資不足で彫るための板が手に入りにくくなり、肉筆画を手がけたり、小さな板に彫ったりすることが多くなる。
 最初は、白地に黒い線で表していたが、次第に、黒地に白く彫った線で表すことにより「彫った線」を後に残すことができるようになる。
 挿絵も多く手がけているし、商業デザインも気軽に引き受けていたらしい。
 戦後の復興期、建設ラッシュの中で大柄な作品も多く手がけるようになる。
 海外でも、ヴェネチア・ヴィエンナーレでの受賞などなど、高く評価されている。

 とにかく意外な感じがする。
 何というか、生前から評価され、縦横無尽に活躍した人だったんだなぁと思う。どうも画家の方々は生前は苦労し、死後に評価された人ばっかりという勝手なイメージから抜け出せない。

 作品の印象は、まずは宗教を題材にした作品が多いことが意外だった。神様仏様曼荼羅イエス・キリストに日本武尊などなど、かなり多くの作品が神様の誰かとか仏様の誰かとかを題材にしている。
 かつ、連作というのか、1枚に一人を描いてその全員を並べて展示したり、表装して掛け軸にしたり屏風にしたり、大柄な作品に仕立てていることが多い。
 これは、そうして「一つ」にしてしまえば大きさ制限や点数制限なく出展できるという現実的な理由もあったらしい。

 そもそも、それぞれの作品についている「**の柵」という言い方は、「巡礼のお遍路さんが寺々に納めるお札のことで、一点一点の作品を生涯のお札として納めていく、その想いをこの字に込めている」ものであるらしい。
 信心深い人だったのか、でも信心深いだけだったらこんなに広範囲の神様を描くことはないような気もするし、特定の宗教を信仰しているというよりは、日々の生活の中で八百万の神を意識しているというか、自然にその場その場に合った「神様」に沿う感じの人だったのかなぁと思う。

 一方で、非常に幾何学的な作品が多いなぁとも思った。
 一言で言うと、左右対称が好きなんだなぁということだ。
 複数の絵を組み合わせた作品では、概ね、左右対称になっていたのではなかろうか。それは表装にまで及んでいるから、柳宗悦の趣味なのかも知れないけれど、とにかく「バランス」を保とうとしているように感じられる。

 もちろん、光徳寺にあるというふすま絵「華厳松」のように全く左右対称ではない作品もあるけれど、そもそも並べた襖を1枚の画面として扱っているというだけのことのように思う。
 ちなみにこの「華厳松」の裏側はふすま1枚1枚を一つの画面として使っていて、やはり「並べ方」に意を用いているように見えて、何となく楽しくなった。

 また、棟方志功は裏彩色の技法を多く用いていたそうで、板画の色が淡く穏やかなのはその技法の賜でもあるように思う。
 1枚の板から、モノトーンだけの絵にしたり、裏彩色でカラフルにしたり、彫り直しというか彫り足ししてまた刷ったりということもあったらしい。
 確かに、同じ意匠の板画で背景の色が異なっているものを、掛け軸にして3枚並べたものがあったと思う。タイトルや絵面を覚えていないのに、黄色と緑と青の3色だったような・・・、と数と色しか覚えていないところが間抜けである。

 文字と絵の組み合わせ、文字だけの作品もありつつ、その「文字」が日本語だけでなく英語のものまであったのもちょっと驚いた。
 何故、英語? と思う。
 海外旅行に行った際の印象や思い出を彫ったということなのか、そもそも英語で語られた詩が好きだったということなのか、とにかく意外な組み合わせだった。

 棟方志功が使っていた眼鏡や彫刻刀が展示されていたり、講演の音声が流されていたり、NHKが取材した映像があったり、ほぼほぼトレードマークとも言えるようなカメラを真正面から見た満面の笑みの写真があったりする。
 そもそも、棟方志功は自画像をたくさん作って(描いて)いるし、自伝のような書籍も複数出版している。
 「自分」にももの凄く率直なというか、真っ直ぐな興味を持っていた人なんだろうなと思う。アピール好きなのかどうかまでは分からない。全くないということはあり得ないけれど、さて、どうなんだろう。

 珍しく1時間半近くかけて楽しんだ。

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