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2004.11.07

ペルー旅行記1日目

2004年9月17日(金曜日)

 日暮里駅のスカイライナー改札で、12時少し前に友人と待ち合わせした。
 彼女は今朝買ってきたというリュックを背負って、大きめのスーツケースを転がしている。
 去年のケニア旅行で空港宅配サービスのあまりの楽さ加減を知り、スーツケースを成田空港に送っていたので、私はマチュピチュ一泊用の赤いリュックで出発である。

 空港ロビーでアメリカ合衆国でのトランジットに備えてスーツケースの鍵を開け、ベルトを掛け直した。
 旅行社のカウンターで航空券等を受け取り、そのままデルタ航空のカウンターに向かう。
 ツアーでもチェックインは個人で行うようになったと聞いていた。早めに行けばある程度席を選べるかもしれないと13時過ぎ(集合時刻は13時30分)に空港に着くようにしたものの、搭乗券はすでに発券されていた。
 旅行社からは機内預入の荷物はアトランタで一度受け取るように(スルーにしないように)指示を受けたけれど、カウンターのお姉さんはあっさりと「お客様の場合はトランジットの時間も短いですのでリマまで預けてしまった方が良いと思います。」と言う。「ロスバゲの心配はないでしょうか。」と聞くと、「リマまで行く荷物は成田でコンテナに詰めてしまいますので、問題ありません。」という返事だ。スルーで預けてしまうことにした。

 出国審査が混雑していたら困ると思い、早めにゲートに向かった。しかし、9月の祝日を控えているとはいえ、この日は金曜日である。思ったよりも出国審査は空いていた。
 ゲートに行く前に、ここだけは混雑していた免税店で乳液と日焼け止めクリームを買う。小さめのボトルを買って持って行こうと決めていたのだ。この乳液が、乾燥した機内でかなり役に立った。化粧水をスプレーするよりも保湿性は高いようだ。

 15時30分発のデルタ航空DL56便は定刻に離陸し、アトランタに向かった。
 今年1月に日本-アトランタ間には最新機種が導入され、シートは3-3-3になっている。またパーソナルTVもついている。

 離陸してすぐに機内食が出た。
 チキンorフィッシュorパスタと言われてフィッシュを選んだら、供されたのはうなぎだった。Fishと言われて、一体誰がうなぎが出てくると想像できようか。
 メニューはウナギとホタテ丼、サーモンのサラダ、茶そば、パン、パインのケーキである。感動するほどは美味しくなかったし、機内食の連続で人間ブロイラーになりたくなかったので、ご飯は半分くらい残し、パンとケーキはパスする。
 海外旅行で飛行機に乗ったときの習慣で、自分の腕時計を現地時間に合わせる。アトランタは日本時間マイナス13時間。真夜中の4時にご飯を食べている計算になる。(以下はアトランタ時間で表記)

 機内食は到着地の時刻に合わせて出されるそうだ。夕食を食べ終わって3時間くらいで朝食が出てきた。デニッシュ、オレンジジュース、カップケーキ、ブルーベリーヨーグルトというメニューだ。
 朝食後、現地時間に合わせて活動しようと、暇つぶしと練習を兼ねて折り紙を始めた。
 旅行社にウルバンバの民家での昼食をアレンジしてもらったので、お土産代わりにくす玉を折って持参するつもりである。まずは練習用にひとつ折ってみたところ、組み立て終わるまでに30分くらいかかってしまった。

 折り紙が不思議だったのか、隣に座っていたスペイン語スピーカーのお兄さんがくす玉を指さして「それを見せてくれ。」と言う。後で思いついて、飛行機を降りるときにこのくす玉をプレゼントした。
 もうひとつくす玉のパーツを12個作り、あとは組み立てれば完成というところで作業を終了する。組み立てるときに中に飴を入れる計画である。

 眠気には勝てずに2〜3時間寝て(ヘッドレストがあると空気枕は却ってじゃまになることが判った。乾燥予防にアイマスクとマスクをしていたから、周りから見るとかなり妙だったに違いない)、目が覚めた13時頃に昼食が出た。
 チキンorシュリンプでチキンを選んだら焼きそばだった。それにグレープフルーツのサラダ、フルーツ、パンがつく。朝食のときのコーヒーも薄かったけどグリーンティーもやっぱり薄くて、デルタ航空で飲むホットドリンクは紅茶がベターだということが判明した。

 定刻の10分前、14時50分にアトランタに着陸した。折り紙に悪戦苦闘したせいか、飛行時間12時間は意外と短く感じた。
 単なるトランジットでもアメリカ合衆国では入国が義務づけられる。おまけに入国審査でかなり待たされると聞いていたけれど、各列に10人くらいずつ並んでいただけで、スムーズに通過できた。
 セキュリティチェックも3列あり、二人ずつ並んでいるだけでこちらも問題なく通過でき、リマ行きの便の離陸の1時間前にはゲートも確認できた。

 アトランタ空港はだだっ広いだけで、少なくともデルタ航空が離着陸するターミナルはには免税店・売店の類が少ない。Coca Coraの本拠地らしくそのショップが目立つくらいで、時間をつぶすこともできない。それなのに、ミネラルウォーターを買うために右往左往してしまった。

 アメリカ合衆国では入国審査はあるけれど出国審査がない。出国カードをゲート手前のカウンターで取ってもらってくださいという旅行社の指示に従うべく探したけれど、それらしきカウンターがどこにもない。
 ゲートのカウンターにパスポートを持って行くと、「何故こんなものを持ってくるわけ?」という顔をしつつ係員のお姉さんが出国カードを外してくれた。
 観察したところでは、搭乗口でボーディングパスとパスポートを見せたときに出国カードを外しているようだった。

 アトランタを定刻の16時43分に離陸したDL335便は一路リマに向かった。アトランタから見るとリマはマイナス1時間だ。(以下はペルー時間で表記)
 この飛行機のシートは2-3-2で、DL55便よりも小さい飛行機だけれど、ほぼ満席だった。こちらはパーソナルTVがついていない。
 機内の空気の乾燥に負けたらしく喉が痛かったので、トローチをなめてマスクをし、離陸してすぐ寝てしまった。
 18時くらいに夕食が出て、その後もぼーっとしているうちに定刻の22時18分にリマに到着した。
 タラップを降りてバスでターミナルまで移動する。外に出ると、思ったほど寒くない。湿度も高くないように感じて、このときは「意外と過ごしやすいな」と思った。

 ターミナルは工事中のようで、プレハブの建物にバスが横付けされた。建物の中はディズニーランドのようにうねうねと人の列が続いている。ブースは10個くらい開けてあるものの、さばききれずに結構な人数が並んでいる。入国審査のブースにたどり着くまで30分以上かかった。

 待ち時間は長かったものの、入国審査自体はとても簡単でフレンドリーだった。
 しげしげとおじさんがパスポートの写真と私の顔を見比べているので(5年パスポートだからそんなに顔だって変わっていないのに!)、「Same Same」とパスポートと自分の顔を指さして言ってみたら、ニヤリと笑って「Face to Face」などとおっしゃり、ポンとスタンプを押してくれた。

 入国審査にかなり時間がかかったにも関わらず、ターンテーブルにはまだ荷物が出てきていなかった。
 ここで初めて周りに結構たくさん日本人がいることに気がついた。みなブラジル旅行社のツアーの人たちらしい。友人と「あんなに大勢集まるツアーもあるのに、どうして私たちは二人だけなんだろう。」と呟く。
 彼らと私たちの荷物は同じコンテナに入っているだろうからきっと同時に荷物が出てくるはずだ、出てこなかったら彼らに便乗してクレームをつけようとせこい計算までしたけれど、無事にスーツケースが出てきた。途中、開けられた様子もないようだ。
 着陸してからここまでで1時間くらいかかったと思う。

 税関は運試しだった。一人ずつスイッチを押して、グリーンのランプならノーチェック、赤いランプなら問答無用でスーツケースを開けさせられる。列の二人前にいた白人の年配の女性が見事赤ランプを引き当て、私たちは無事に通過することができた。

 空港の外は本当に真夜中なのかと疑いたくなるほど人で溢れていた。
 ツアー会社の人、知り合いの出迎えに来た人、客引きと思しき人。出口付近は何重もの人垣である。
 その中でもひときわ高く掲げられた黄色い看板はとても目立っていて、リマでお世話になるペンション・カンツータの早内さん(息子さん)と会うことができた。
 空港からペンション・カンツータまで車で15〜20分、その間に色々と予備知識を与えてくれる。

 リマは安全な地域と危険地域が離れているけれど、クスコでは2〜3ブロックでがらりと変化するので、街歩きをする前にはガイドさんに確認した方がいいこと。
 以前に5年間で200%のインフレがあり、ペルーの人は自国通貨のソルを信じていないので、お給料をもらうとすべてドルに替えるのが習慣になっていること。
 従ってかなりドルが流通していること。
 リマにはペルーの総人口の1/3に当たる800万人が暮らしていること。
 リマは街が急に大きくなったのでその分汚くなったこと。
 フジモリ大統領が通貨を適正に評価したら1/4000の通貨切り下げになったこと。
 フジモリ大統領が選挙で負けたのは激しいインフレを抑えたことを知らない若い世代が彼に投票しなかったからであること。
 ペンション・カンツータがあるのは安全な地域で、近くにスーパーやショッピングセンター、小さな遊園地もあること。

 正直に言って、フジモリ大統領への評価が高いことが意外だった。
 同時に、車に乗っていても身体に絡みつくような湿気と冷気を感じた。リマでは湿度が100%になることもあるけれど、砂漠地帯に位置しているため雨は絶対に降らないそうだ。

 ペンション・カンツータでは、女主人である早内さん(空港に来てくれた早内さんのお母さん)が迎えてくれた。
 ペンションの看板もなく、併設しているお土産物屋である「ポコ・ア・ポコ」の看板もなく、一見、普通の家のようである。
 塀が高く門には柵もあるから普通の家とも違うのかも知れないけれど、お隣だって似たようなものだ。

 部屋に案内され、荷物を置いてダイニングに行くと、早速コカ茶を振る舞ってくれた。冷たい湿気に震えていた身体に有り難い飲み物である。思っていたよりクセもなく、中国緑茶風の味で飲みやすい。
 お茶請けにしょっぱいバナナチップス(意外と美味である)と甘いサツマイモチップスもいただく。

 あまりよく覚えていないけれど、空港からの車中で私たちは「小腹が空いた」という話をしていたらしい。そしてまた、それをしっかり聞かれていたらしい。
 「大抵の人は機内食の連続でお腹が苦しいと言うのに、お腹が空いていると言った人は初めてだ。」とおっしゃりつつ(かなり恥ずかしかった)、オムライスを作ってくださった。箸休めにと柴漬けも出てくる。こんな夜中なのに申し訳ないけれど、遠慮なく有り難くいただく。ついでに、明日のクスコへの移動に備えてバファリンも飲む。
 3Lという巨大なペットボトルから注いでもらったインカコーラは、甘さを覚悟していたせいか思ったよりもさっぱりしていて飲みやすかった。

 私たちが盛大に飲み食いしたせいか、ペンション・カンツータで飼われている猫や犬が出て来た。
 白い大きな猫が芸をすると言うので見せてもらったら、右手(というか右前足)をスプーンのように上手く使って、縦長の缶から掬ってキャットフードを食べている。確かにこのままキャットフードのCMになりそうな絵面だ。

 0時30分くらいに部屋に引き取り、シャワーを浴びて荷物を整理する。
 「4時出発、3時30分に部屋をノックします。」と念を押されたので、3時に目覚まし時計をセットする。髪が濡れたままじゃ風邪をひくかも、と思いつつ、暖房を強めにかけてお布団に入った。

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