« 「旅」を読み始める | トップページ | 虫除けスプレーをリサイクル(?)する »

2004.11.14

ペルー旅行記2日目

2004年9月18日(土曜日)

 3時に起きて荷物を詰め替え、何とか3時半までには出発できる状態になった。それにしても眠い。
 ダイニングテーブルの上に私たちの朝ごはんのお弁当が用意されていた。

 4時前にペンション・カンツータを出発し、国内線の搭乗手続きをしてもらう。国内線はガイドの資格を持っていればチェックインの代行ができるけれど、国際線はガイドさんでもカウンターのあるエリアには入れないそうだ。
 リマからクスコに向かう飛行機は左側の方が眺めが良いそうで、左側の席を押さえてもらった。
 チェックイン後、ドルからソルに両替した。「ソルを使うことはあまりない。少しずつ替えた方が良い。」というアドバイスに従い、50ドルを両替したら165ソレスになった。

 カウンターではゲートはまだ決まっていないと言われたけれど、セキュリティチェックを抜けた目の前の14番ゲートに表示が出ていた。とりあえず一安心である。お土産物屋さんやカフェスタンドも開いている。
 待合室のベンチでお弁当を広げると、おにぎり3つ(おかかとしゃけとこぶ)、柴漬け、ゆで卵、オレンジ半分、マフィンとミネラルウォーターが入っていた。ゆで卵の黄身が白くて、ケニアの白っぽいオムレツを思い出す。

 ランペルー25便は定刻の6時より少しだけ遅れて離陸した。
 1時間くらいのフライトなのに、エッグサンドとフルーツの機内食が出た。朝ごはんのお弁当でお腹がいっぱいだったのでフルーツ(パパイヤ、スイカ、葡萄)だけ食べる。
 窓の外には雪山が見える。朝日に向かって飛んでいるので逆光になってしまい、目で見ている綺麗な雪山を写真に撮るのは難しい。
 窓の外の景色が雪山の青っぽい紫色と白のツートンカラーから茶色に変わってきたなと思ったら、もう飛行機は着陸態勢だ。そこがクスコの空港だった。

 クスコ空港のターンテーブルはやけに回転のスピードが速い。おかげで一巡目はスーツケースを取り損ねた。その側では4人組のおじさん達がフォルクローレを演奏してCDも売っている。買っている人は見当たらない。
 空港の建物から出てすぐに、これから二日間お世話になるガイドの響子さんに発見してもらえた。

 まず、ペルー国内での手配をしてもらっているNAO TOURのオフィスに向かう。
 この時期はアンデス山中で焼き畑を行っていて、その煙がクスコにも流れてきているそうだ。そのため有視界飛行のクスコ空港ではこのところ飛行機が遅れ気味で、時間どおりに着いたのはラッキーだという。
 そう言われてみると、標高3370mで空気が薄い分強烈に青くていい筈の空が、何となく薄紫に霞んでいる。

 NAO TOURのオフィスは、看板も表札もなく、地図を頼りに探したら絶対に辿り着けない外観をしていた。泥棒に狙われないようにするため、わざと一見して会社だと判らないようにしているという
 社長の直子さんに迎えてもらい、本式のコカ茶をご馳走になった。乾燥したコカの葉をひとつかみカップに入れ、お湯を注いで飲む。

 直子さんに「ダイアモックスは飲んでる?」と聞かれた。友人も私も、二人とも持参していない。ダイアモックスは万一のために響子さんが用意してくれるようだ。今のところ、特に空気の薄さや息苦しさは感じない。
 「今日のウルバンバの民家での昼食は、よそ行きじゃない普通の日の普通のごはんを出してくれるように言ってあるからね」と直子さんが言う。今日お邪魔するのは直子さんのお友達の家だそうだ。
 「目印か何かないんですか? 壁の色とか。」「アドベの色だよ。」といった、響子さんと直子さんの打ち合わせが落ち着いたところで、ピサックに向けて出発した。
 ワゴン車にドライバーのダニエルさんと響子さん、私たち二人という贅沢な布陣である。

 クスコは盆地に拓けた街なので、どこに行くにもまずはその山を越えなくてはいけない。坂道を登り、サン・クリストバル教会前で車がストップした。教会には入らず、ここから一望できるクスコの街を眺め、深呼吸する。
 教会の外壁には扉が切ってある。扉や窓が二重になっているのは重要な建物の証だと教えてもらった。
 フォト・ストップで停まる車が目当てなのか、ミネラルウォータなどを売るワゴンが出ている。どこからかリャマをつれて民族衣装を着た子供達が集まってくる。

 この教会の周辺は特にユーカリの木が多かった。ユーカリの木は木工の材料になったり油をたくさん含んでいるので燃料になったりして使いでがあり、また栽培も簡単なので、元々はペルーにはなかった植物だけれどあっという間に増えたそうだ。
 でもいいことばかりではなく、ユーカリの木は土地から根こそぎ養分を奪ってしまうので、ユーカリの木を伐採した後はほとんど植物が育たない。今はユーカリの木を制限しようとしているけれど、使いでがあるという要素は大きく、なかなか規制も思うように行っていないそうだ。

 ピサックへの道筋はクスコ近郊の遺跡を巡る道筋でもあった。サクサイワマンの遺跡が見えてくる。
 赤や青のやけに派手な衣装を着て旗などを手にした人々が広場いっぱいに広がってマスゲームのようなことをしている。尋ねてみたら、学校の生徒が学芸会の練習をしている、という返事だった。インティライミを真似たお祭りを学校行事として行っているらしい。衣装も着ているし、本番の会場でやっているわけだから、きっとリハーサルだろう。
 遺跡の中での学芸会を許す太っ腹さに唖然とする。

 山を越えて小川沿いの道を走り始めた辺りから、何となく胸苦しい気がし始めた。空気が薄いとは思わないし、頭痛もないけれど、何となく心臓が苦しい気がする。心拍数も多くなっているように感じる。
 腹式呼吸だ、深呼吸だ、とやたらと大きく呼吸していたら、車が停まった。

 道の反対側を見るとリャマやアルパカがいて、民族衣装を着て織物を織っている女の人が何人もいた。
 柵の中に入ると、少年がリャマたちの餌になる草を手渡してくれる。それをリャマたちの鼻先に持って行くと、何頭も寄ってきてムシャムシャと食べる。あれがリャマ、あれがアルパカ、あれがビクーニャ、と教えてもらう。アルパカやビクーニャ、子どもリャマに草をあげたくなる。
 ワラスという聞き慣れない動物や、リャマとアルパカの一代雑種もいる。
 ビクーニャが可愛い。なでるとその毛並みが本当に柔らかくて気持ちよい。毛足が短くて「これじゃあ、高くなるわけですね。」と言ったら、毛足がどうこうというよりも、本当に生息数が少ないらしい。

 さんざんビクーニャたちと遊んだ後、スタッフのおじさんから染料について説明してもらった。もちろん全部スペイン語だから、響子さんが通訳してくれる。
 この施設では昔ながらの方法で糸を紡ぎ、染め、編んだり織ったりしている。染めにも植物と昆虫しか使わない。染料となる植物の見本が置いてあり、お湯をぐつぐつ沸かして染めの実演もしてくれる。
 うちわサボテンについた白っぽい黴のようなものはコチニールという虫で、赤い色はこの虫をすりつぶしたもので染めているそうだ。ダニエルがすりつぶして見せてくれる。確かに赤ワインの色だ。
 その他にも色々な草や虫を見せてもらったけど、私が憶えているのはコチニールだけなのが情けない。

 その後、併設のお店を見る。大きな織物やバッグ、セーターやショールなどが所狭しと並べられている。
 そのうち、大きなベビーアルパカのショールに一目惚れした。これ、欲しい。暖かそうだ。
 アルパカの毛の色そのものは生成りかグレーだ。せっかくだから自然の色がいいかと思ったけれど、お店のお姉さんは生成やグレーのショールを指差してみせると首を振る。

 お姉さんのお薦めに従い、散々迷った末にラベンダー色のショールを購入した。
 いきなりこんな大きな(65ドル)買い物をするつもりはなかったので、現金はあちこちに分散させたままだ。目の前で切ってくれそうだったし、カードを使う。
 カードの伝票にある「MICHELL Y CIA SA」というのがお店の名前らしい。お値段も良いけれど品物もとても良い。照明を落とし、日光にも当てないようにして商品を陳列しており、とても良心的だと響子さんも言っていた。

 そのまま小川沿いの道を進む。その川は灌漑用水も兼ねているそうだ。でも小川らしくあくまでも蛇行して澄んだ水音を立てている。
 ダニエル曰く、ペルー人はあまり自然を加工することは好きではなくて、出来るだけあるがままに利用することを心がけているそうだ。心がけているというよりも自然にそうなるらしい。

 しばらく行くとピサックの遺跡が山の上の方に見えてきた。残念ながら薄曇りで山の稜線はそれほどくっきりとは見えない。それでも、この時期としては比較的視界が良い方らしい。
 旅行社からもらった日程表にはピサックの市場と遺跡に行くと書いてあったけれど、実際はピサックの遺跡には行かないようだ。この妙な胸苦しさを抱えて1時間の登り道は辛すぎるので、「行く?」と聞かれたら断ったと思うけど、少し残念である。

 その代わり、車を道ばたで停めてもらってピサックの遺跡をしばし眺めた。その位置からだと遺跡全体がコンドルを象っているように見える。
 すぐ近くのアンデネス(段々畑)は、山すその形に沿って二つのカーブを描いている。その形は女性のバストを表していて、大地と豊穣の神であるパチャママを象徴しているそうだ。カーブを描いたアンデネスは非常に珍しいらしい。

 遺跡の麓(といっても結構上がったところ)にあるピサックの村に到着した。
 村をぶらつく前に、広場に面したカフェで、1ソルを払ってお手洗いを借りる。実はショールを買ったお店がとても寒く冷えていて、その頃からお手洗いに行きたかったので少しほっとする。トイレ自体もとても清潔だった。

 カフェから出ると響子さんがとうもろこし(付け合わせに必ずチーズがついている)を買って食べていて、味見させてもらった。ゆでたての粒の大きなトウモロコシは、大味だけど美味しい。
 そのままぶらぶらと歩き始める。
 この日は土曜日だったのでお店はあまり開いていない。観光客向けに毎日開くようになりつつあるとはいえ、やはりメインは火曜、木曜、日曜なのだ。それでもところどころ開いているお店を冷やかして歩く。
 セーターを売っているお店や織物を売っているお店、ケーナなどの民族楽器の専門店もあるし、銀のアクセサリが並ぶお店もある。ペルーっぽい織物の布で作ったペットボトルホルダーが目立つ。

 お土産物屋さんが並んでいる通りは、道も石畳で舗装され、建物も白く塗られてコロニアル風とでもいった感じになっている。一方で、ちょっと細い路地を覗くと、塀は土を塗り固めたそのままという感じだし、道も土のまま舗装されていなくて、そのギャップがちょっと激しい。

 カボチャの実を乾かして中身を抜き、外側にパチャパパとパチャママの彫り物をしたマラカス(中に残った種が音を鳴らす)が大きな籠にたくさん入って売っている。元々が「実」だから色々な形があって、お店のおじさんが次々と見せてくれる。
 友人と一緒に覗いているうちに自分も欲しくなって、最初に発見した友人は買わず、結局私だけが購入した。
 
 パチャパパとパチャママのコンビも何組かあって、おじさんが「笛を吹いている方がパチャパパ」と教えてくれる。
 彫り物が細かくて綺麗なのをいくつか選んでそれでも迷っていたところ、ふと見たら笛を吹いていないパチャパパがいる。「どうしてこいつは笛を吹いていないの?」と聞いてもらったら、おじさんはあっさりと「ナマケモノだからだ。」とおっしゃる。
 そう言われたら買わずばなるまいと、笛を吹いていないパチャパパと、対になったパチャママを選んだ。

 値段交渉も響子さんに頼り切りである。見ていると大体「負けて。」「○○ソレス。」「○○ソレスまでなら負けるって言っているよ。」とういくらいのやりとりをしているようだ。交渉の結果、二つセットで50ソレスになった。
 お釣りをもらったら、響子さんが「見せて。」と言う。1ソル硬貨のニセモノが出回っていて、全体的に黄色っぽいものがニセモノだという。私には見分けられそうにない。
 また、偽札も出回っていて、数字部分のホログラムがないものは偽札、表面についているスパンコールを剥がしてみて下が白いままになっているお札は本物という話だった。

 路地から少し入った奥に、パンを焼いている窯があった。その横にはクイが山ほどいて、クイクイと鳴いている。
 「クイってクイって鳴くからクイって名前になったのかな。」などと冗談半分に友人と話していたら、本当に鳴き声がその名前の由来らしい。
 見ていると、普通にペットになりそうなつぶらな瞳のハム太郎のような外見をしていて可愛い。しかし、彼らはみな食用なのだ。

 このパン屋さんで響子さんがパンを買って味見させてくれた。ナンのようなパンにタマネギとチーズとあと何か具を入れて包んである。適度に塩気があって美味しい。
 あちこち冷やかしながら歩いているうちに雨が降ってきた。もう雨期に入りつつあるのかも知れない。
 最初に車を降りた広場の一角はお土産物屋さんが集まってテント村のようになっており、ビニルの軒が出ていて雨に濡れずに済む。うろうろするうちにチェスセットを見つけた。
 駒の意匠がインカ帝国軍対スペイン軍になっていてなかなか面白い。お店によって、くっきりと鮮やかなペイントを施していたり、渋く彫ったままの色にしてあったりする。隣の店、隣の店と見比べているうちにはぐれていたらしく、「あー、見つけた!」と言われた。一人になっていたことにすら気がついていなかったので、逆に発見されて驚いた。

 雨も本降りになってきたので、ピサックの市場は切り上げてウルバンバに向かった。
 今日はウルバンバの民家での昼食をアレンジしてもらっている。その約束の時間もあるのだ。
 慌ててリュックから折り紙を取り出し、くす玉の形に仕上げる。中に黒飴を入れて、マルガリータさん一家へのお土産のつもりだ。

 ウルバンバの街の中心にある大きなガソリンスタンドを過ぎ、今日宿泊するソル・イ・ルナホテルの横を通り過ぎ、街から出た辺りで響子さんが「ここだ!」と叫んだ。道から少し奥まったところに何軒かのアドベの家が集まって建っている。
 そこが今日お邪魔するマルガリータさんの家だった。マルガリータさんが外まで出てきて迎えてくれる。

 アドベ(日干し煉瓦)の見た目は赤茶色で乾いていて暖かそうだけれど、中に入るとシンとしている。
 クイが家の中で飼われていて、その餌になる草が床に撒かれ、クイが必死で食べている音がしている。私たちが座っている椅子も、実はクイの家になっている。足下をクイが走り回っていて、踏んじゃいそうで怖い。
 マルガリータさんは竈で調理している。家の壁には鍋やフライパンがかかっている。クロスのかかったテーブルについてお招ばれだ。マルガリータさんの家族と一緒に食べるものだと思っていたけれど、マルガリータさんも5歳くらいの女の子達もこちらには寄ってこなくてそれがちょっと寂しい。

 お米(だと思うけど別の穀物だったかも知れない)のスープと豆のソースがかかったご飯、チチャ酒をご馳走になる。
 ご飯は材料の素直な味がして美味しい。辛いソースのような漬け物のような韓国のコチュジャンのような味噌があって、それをスープに溶かしたら、これがとんでもなく辛い。
 思わず本気で「辛いっ!」と叫んだら、マルガリータさんと大きな目をした女の子達、雨が降ってきて家の中に入ってきた旦那さんや男の子達にも笑われてしまった。
 マルガリータさんに「そんなに辛い物ばかり食べちゃだめ。」と言われる。

 チチャ酒は物凄く酸味が強い。いかにも「ただいま発酵中」という感じである。
 私たちは小さなコップに味見程度にもらっただけだけど、ダニエルは1リットルは入りそうなコップで一気飲みしている。おいおい、車を運転するんだぞ、と思っていると、響子さんもダニエルにそう言ったらしい。響子さんは、「これはまだ作りかけだからノンアルコールだって言ってる。」と苦笑いしていた。

 ピサックからウルバンバまでの道沿いの家々では棒の先に赤いビニルをつけたものを軒先に立てていた。それは「チチャ酒があります」という印だそうだ。小売り目的で作っているのではなく自家用だけれど、言えば分けてもらえるらしい。
 そういえば、マルガリータさんの家にはこの印が出ていなかったから、もしかすると作りかけだからノンアルコールというのは本当だったのかも知れない。

 ペルーでは昼食がメインで夕食はごく軽いそうだけれど、それにしてもかなりたくさんのご馳走で、食べきれずに残してしまった。申し訳ない。
 セロリの香りがする葉っぱに直接お湯を注いで飲むハーブティが美味しい。香りはそっくりだけどセロリとは葉っぱの形が全く違う別の植物らしい。胃腸にいいお茶だそうだ。

 最後にくす玉のお土産を渡す。一度崩してあめ玉を取り出し、もう一度作り直して渡す。早速ほおばった女の子のほっぺが膨らんで可愛い。
 男の子が興味ありげにのぞき込んで、くす玉の角の数を数えている。もしかしたら算数で立体図形を勉強しているところなのかも知れない。いかにも利発そうな顔立ちの男の子だった。
 みんなと握手してから、お暇する。

 マルガリータさんの家からソル・イ・ルナホテルまでは車で10分くらいだったと思う。
 チェックインしたのが14時半くらいで、「夕ご飯は何時にする?」と聞かれ、お昼も遅かったので20時にしてもらう。
 ホテル周辺には何もないので、ウルバンバの街に行くならフロントでシクロを呼んでもらって、ついでに値段交渉もしてもらうといい、と教えてもらった。

 ホテルの部屋はコテージになっていて、庭にはお花が溢れていて可愛い。
 コテージの中も、スイッチカバーやランプ、タオル掛けや浴室の壁などに「ラ・マミータ」のセラミックが使われていて、可愛らしい雰囲気である。
 写真を撮ろう、昨日はお洗濯できなかったから二日分の洗濯をしようと思っていたところ、ホテルに到着した辺りから物凄い頭痛が始まった。人生で初めてくらいの強烈な頭痛だ。

 その頭痛の頭で触ったせいか、ホテルの部屋のセーフティボックスが上手く施錠できず、ドアは開いているのに鍵がかかった状態のまま動かせなくなってしまった。どうしようかと途方に暮れていると、タイミング良く響子さんから「大丈夫ですか?」と電話が入る。
 「何ていいタイミングなんでしょう! ごめんなさい、セーフティボックスを壊しました。」と申告して部屋に来てもらう。ホテルのスタッフを呼んでもらったら、最初に来たおじさんだけでは直らず、二人目のおじさんがやっと直してくれた。

 セーフティボックスも無事に修理された。
 頭痛は酷くなる一方だ。
 バファリンを飲んで、そのままベッドに倒れ込んで爆睡する。旅行社からの案内に「昼間はできるだけ起きて散歩したりして動きましょう」と書いてあったことはすっかり忘れていた。
 目覚ましをかける余裕もなく、何となくトイレに起き出したのが19時だった。外は薄暗くて、友人も隣のベッドで寝ていて、「今は朝かしら」などとボケたことを考えながら再びベッドに潜り込む。

 次に起きたのは20時に電話がかかって来たからだ。
 ベルが鳴っていることは夢うつつに聞いていたけれど、出る前に切れてしまった。「8時だ!」「今の電話はきっと彼女だよ。」と二人で大騒ぎして起き出し、慌ててホテルのレストランに向かう。
 そういえば、あれほど酷かった頭痛は綺麗に治っている。
 響子さんに、あれから爆睡してしまったことを伝え、平謝りする。本当に申し訳ない。

 レストランは真ん中に大きな暖炉があって、赤々と火が燃えていた。木のテーブルで、なかなか洒落た雰囲気である。
 夕食は前菜・メイン・デザートをそれぞれ3品ずつくらいから選べるプリフィクス形式だった。
 「このホテルのご飯が一番美味しいと思う。」と響子さん一押しなだけあって、とても美味しい。使われている食器も盛りつけもかなり洒落ている。
 私はキヌアのスープ(卵、香菜、チーズ入り)、湖にいる白身魚のフライ、レモンムースにコカ茶で締めた。
 高地に来たばかりで、しかも頭痛で寝込んでいたのでアルコールは自粛し、ガス入りのお水をもらう。

 響子さんと3人、色々とおしゃべりしながらゆっくり食事して、22時くらいに部屋に戻った。
 シャワーを浴びて、洗濯して、少しのんびりしたらもう0時半である。5時間以上も昼寝をしたのにかなりの眠気を感じて、あっという間に眠ってしまった。

 ペルー旅行記1日目<-  ->ペルー旅行記3日目

|

« 「旅」を読み始める | トップページ | 虫除けスプレーをリサイクル(?)する »

旅行・地域」カテゴリの記事

*200409ペルーの始末」カテゴリの記事

コメント

黒田さま、コメントありがとうございます

 そして、過分なお褒めの言葉をいただいて恐縮です。
 今年の4月にNAO TOURさんの手配でペルーを旅行されたんですね。直子さんはお元気だったでしょうか。
 きっと9月に旅行した私とは違ったペルーをご覧になったんでしょうね。
 どうぞ、そのお話もお聞かせください。
 それから、無駄に長い旅行記でごめんなさい。どうぞごゆっくりお読みください。楽しんでいただけるなら幸いです。

投稿: 姫林檎 | 2006.07.06 07:09

始めまして
06年4月にペルーを訪ねました。黒田と申します。
ナオツアーさんのお世話になり、ペンションカンツータ ソルイルナ ホテルサウセ リベルタドール サンクチュアリロッジを利用して10日間の一人旅を楽しみました。クスコから聖の谷を専用車で往復し、雄大な自然美を堪能して来ました。
あなたの手に取るように楽しい旅行記を読み、嬉しく、懐かしくなり、コメントを書いてみる気になりました。
突然のご無礼をお許しください。
宇和島在住の64歳になる男です。
アズサさんの旅行記を読み、参考にさせていただき計画を立てました。
ペルー関連にリンクされているたくさんの旅行記を出発前に参考にさせていただきました。
旅を終えてから読み返すと、また違った視点から色々と教えられます。ソルイルナのあのロッジへの道沿いに咲いていた白い花、紫の花の素晴らしかったこと、マチュピチュでは曇っていて見れなかった星空が、ウルバンバではとてもきれいに輝いてくれました。
大きな暖炉のレストランで食べたものはもう思い出せません。
マチュピチュ山に登って、疲れ果てて、ひこずっていた足をホテルのスパでマッサージをしてもらいましたが、リマを出るまでビッコを引いていました。あなたの旅行記を全部読んでからコメントすればよかったのに、あなたの素晴らしい文章に引き込まれて、なにか話しかけずにおれなくなりました。Peru memoryのアズサ様にもお礼のメールを送ろうと思いつつ、のびのびになっています。
あの方は世界中を廻られているようなので、レベルもラベルも違いすぎるのが、ついつい、躊躇になってしまっています。
とりあえず、あなたの旅行記に出会って、共感して喜んでいる男がいることをお知らせしておきます。
ご健康と良き旅の続きますように願っています。

投稿: 黒田勝也 | 2006.07.04 22:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ペルー旅行記2日目:

« 「旅」を読み始める | トップページ | 虫除けスプレーをリサイクル(?)する »