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2005.01.31

オーロラツアーに申し込む

 ついさっき、旅行社のWebサイトからフィンランドのサーリセルカに行く5日間のオーロラツアーに申し込んだ。
 ついでに、オプショナルツアーについて、パンフレット記載以外に申し込めるのか、現地で主催する会社はどこか、問い合わせを投げた。
 結構大きな金額の買い物なのに、申し込んでから1時間半、全く音沙汰ないのはどうかと思う。Webサイトから申込をした場合、システムから自動で「受け付けました」のメールが来ることが多いのに。
 あまりに心配だったので、Webサイトから予約確認を行った。とりあえず受け付けられていることが判って一安心した。

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2005.01.30

買った靴が届く

 オーロラを見に行こうと思い立ってから、本やあちこちのサイトやツアーのパンフレットを色々と読んだ。
 寒さへの不安を察してか、どの媒体でも「服装アドバイス」が大抵イラスト入りで載っている。
 そして、どの「服装アドバイス」でも強調されていたのが「靴はしっかりしたものを準備すること」だった。

 で、NORTH FACEのサイトで靴を買ってしまった。
 2004年9月のペルー旅行で、マチュピチュ山頂からの下山途中に雨に降られ、私が背負っていた全員プレゼントで当たったリュックは中にまで水がしみ込んでしまった。でも、友人のNORTH FACEのリュックには全く水が入り込まず荷物は無事だった。
 それ以来、NORTH FACEというブランドへの信頼は不動のものとなったのである。

 それでも、買うモノは靴である。履いてみなければ話にならない。
 本当はサイトではチェックするだけのつもりだったのだけれど、売り切れがだいぶ出始めていることに焦りを感じ、つい実物を見たり履いたりしないまま買うという暴挙に出てしまった。

 その靴が今日届いた。
 靴下を2枚重ねた上にその靴を履き、数分家の中を歩いてみた感じでは大丈夫そうである。
 マイナス32度まで対応可という素晴らしい靴である。きっとこれさえあれば、旅行中の私の足下は万全であるに違いない。
 出発までに、ちゃんと履き慣らしておこう。

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2005.01.28

1000アクセス達成!

 今年になって、ココログのプランをプラスに変更し、アクセス解析が可能になった。
 今日の午後9時台に、どなたかが今年に入ってからの1000アクセス目を踏んでくださったことが判った。
 カウンターもないので、ご本人は何もご存じないことだとは思うけど。
 何だか嬉しい。

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2005.01.27

サーリセルカ行きを決定する

 私が唐突に「ノルウェーで沿岸急行船も魅力的!」と心惑わされたために行き先が揺れたオーロラ旅行は、初志貫徹してサーリセルカに行くことに決定した。
 何社かのツアーを比較して、「寒い地で安さを追求すると酷い目に遭いそう」という友人の名言もあり、とりあえず第一希望のツアー会社も決めた。空席状況も確認した。今のところ大丈夫そうだ。
 早速予約しようとして、ハタ、と止まった。
 彼女のパスポート番号が判らないと予約できない。そういえば、これからパスポートを探すって言っていた気がする。
 早く見つけてね、と言っておこう。
 

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2005.01.26

「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見る

 昨日、恵比寿ガーデンシネマで「モーターサイクル・ダイアリーズ」を見てきた。
 昨年末くらいからココログで「ペルー」を検索するとかならずヒットしていたこの映画がずっと気になっていたのだ。
 感想はこちら。

 この映画で主人公二人が歩いていたペルーは、緑が濃くて、空の青さが強烈で、そして、(上手く言えないのだけれど)そこで暮らす人々が困窮している国だった。私が旅行したペルーとは違うペルーがここにもあった。

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2005.01.23

「世界一周”食材の旅”トマトの不思議大紀行」を見る

 日本テレビで午後3時から放送された、「世界一周”食材の旅”トマトの不思議大紀行」を見た。
 読売新聞朝刊の試写室欄では「トマトの故郷は、アンデス産幕の高原地帯と言われる。しかし、今もそこに自生する野生種は、直径8ミリの緑色の実で食用ではない。ー以下略ー」と紹介されていた。
 記憶が今ひとつ定かではないのだけれど、テレビでこの番組を宣伝していて、そのときに「トマトの原産国であるペルーを訪ねる」ということも言っていたと思う。
 どんなペルーが映るのだろうと、楽しみに見た。

 番組のサイトはこちら。

 番組を見た感想は以下に。

続きを読む "「世界一周”食材の旅”トマトの不思議大紀行」を見る"

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2005.01.19

「魅惑のオーロラ 完全観賞ガイドブック」を購入する

 「フィンランドのサーリセルカまでは13時間で到着する」ことを教えてくれたこの本は、気がついたら店頭で見なくなっていて、その後やっぱり購入しようと思ってもなかなか巡り会えなかった。
 今日、たまたま寄った本屋さんで発見し、もちろん購入してきた。
 この本を読むまでは(正確には、本屋さんの店先でパラパラとめくるまでは)、「オーロラを見に行くならカナダのイエローナイフ」と信じていた。それがこの本を読んだ途端に「オーロラを見に行くなら北欧にしよう」と考え始めた。この本を読まなかったら本気でオーロラを見に行こうなんて思わなかったに違いない。
 じっくり研究しようと思う。

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2005.01.15

オーロラツアーのパンフレットが届く(その2)

 帰宅したら、日本旅行から北欧オーロラツアーのパンフレットが届いていた。
 資料請求した時点ではサーリセルカ直行5日間最安値(私調べ)に惹かれて請求したパンフレットだが、クラブツーリズムにより最安値を更新された今ではやけに高く感じてしまう。
 このパンフレットでも「ロフォーテン諸島」という言葉を探したが、残念ながらやっぱり8日間のコースしかなかった。

 友人からは阪神航空のパンフレットを取り寄せたけれども今いち高い、というメールが入っている。
 阪神航空はリーズナブルで観光満載のツアーを組み、最少催行人数が多くて薄利多売というイメージがあったのだけれど、必ずしもどのツアーにも当てはまるわけではないらしい。

 サーリセルカにそれほどホテルのバリエーションがあるわけもなく、大体どのツアーでも往復はフィンエアーが指定だし、添乗員はつかない。現地係員が日本語OKだったり英語のみだったりはしているが、どうもそれと値段は関係ないような感じである。値段の差がどこから生じているのか、どうしてもパンフレットから読み取れない。
 決め手に欠けていて、困ってしまう。

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2005.01.14

オーロラツアーのパンフレットが届く

 帰宅したら、クラブツーリズム株式会社から「オーロラ物語」というパンフレットが届いていた。
 サーリセルカ直行5日間最安値(私調べ)に惹かれて請求したパンフレットだが、まず最初に「ロフォーテン諸島」という言葉を探してしまった現金な私である。残念ながら8日間のコースしかなかった。流石に年度末に8日間の旅行は無理である。

 友人には、フィンツアーのノルウェー5日間コースを提案し、パンフレットの画像を送った。メール送信に失敗したようで送り直したのだけれど、今度は無事に届いているだろうか。

 それにしても、クラブツーリズムと近畿日本ツーリストは一体どういう関係にあるのだろう???

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2005.01.13

資料請求メールの返事が来る

 IACEトラベルから、資料請求メールへの返事が来た。
 オーロラツアーについては、期間限定のものなのでパンフレットには掲載していないのだそうだ。
 納得。

 それを考えると、北欧を専門とする旅行社とはいえ、フィンツアーのツアー内容とパンフレットの充実ぶりには目を見張るものがある。

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2005.01.12

オーロラツアーのパンフレットが届き始める

 一昨日に資料請求したフィンツアーとIACEトラベルからパンフレットが届いた。
 NOEからは、昨日のうちに、資料請求したツアーはインターネット上だけの販売であること、予約は現段階で可能であるという連絡をメールでもらっている。
 出遅れているぞ、日本旅行!

 しかし、IACEトラベルから送られてきたパンフレットには、何故かオーロラツアーが1本も載っていなかった。資料請求の方法を間違えたのかと送信したメールを確認したけれど、そういうわけでもないらしい。
 北欧とオーロラツアーのパンフレットを送ってもらえるよう再度メールを送っておいた。

 そういうわけで、現在のところ、私の中ではフィンツアーが一歩リードである。
 何冊もパンフレットを送ってもらったのだが、私の目は「神秘のオーロラと沿岸急行船で行く絶景のロフォーテン諸島 絵になる港間にスヴォルバー滞在5日間」「オーロラ絶景のロフォーテン諸島・伝統のロルブー宿泊体験 海辺に建つ伝統のロルブー滞在5日間」という2つのツアーに釘付けになった。これまで散々「サーリセルカ・サーリセルカ」「日本から一番近いヨーロッパ フィンランド」と騒いでいたのに、あっという間にノルウェー派に転向である。
 少し、調べてみようと思う。

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2005.01.11

オーロラツアーの資料請求をする その2

 帰宅したら、クラブツーリズム株式会社から「旅の友」が届いていた。
 10年以上前に近畿日本ツーリストの国内バスツアーに参加して以来、毎月律儀に送られて来るツアー案内の冊子である。
 しかし、これを書こうとして気がついたのだけれど、一体いつの間に発行元が「近畿日本ツーリスト」から「クラブツーリズム」に変わったのだろうか?

 何はともあれオーロラツアーを探したら、サーリセルカ5日間のツアーも載っていた。
 狙っている出発日で比較すると、今までに見つけた最安値のツアーより、さらに8000円近く安い。15〜16万円のツアーで8000円の差はかなり大きい。
 灯台もと暗しとはこのことだ。
 早速、パンフレットの送付をお願いした。
 ツアーに含まれる内容やオプショナルツアーについて、さらに詳細に比較してみようと思う。

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「旅」2005年2月号を購入する

 新潮社の「旅」2005年2月号を購入した。
 今月号のメインの特集は「カニ、フグ、カキ」だけれど、私の目当てはどちらかと言うと「今年こそシルクロードへ」と「チュニジア サハラの砂の海を往く」という、表紙の左下でひっそりと存在を主張している2本の特集である。
 シルクロードにサハラ砂漠!
 楽しんで読もうと思う。

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2005.01.10

オーロラツアーの資料請求をする

 フィンツアー・IACEトラベル・NOE・日本旅行に、オーロラツアーの資料請求をした。
 今考えている5日間という日程では、ツアーといっても「航空券+ホテル+朝食+(空港からホテルの往復)のみ」という、スケルトンツアーがほとんどのようだ。特徴の出しようがない日程であるし、「オーロラ」という目的ははっきりしているし、今回はツアーでいいのではないかと考えている。
 内容に差がないのなら安く行きたいのが人情である。
 各社のWebページを見れば詳しい情報が載っているのだけれど、特にツアー本体の内容と料金、オプショナルツアーの内容と料金などなども含めて比較検討するには、紙媒体の方が断然使い勝手が良いような気がするのである。

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2005.01.09

マチュピチュ遺跡の写真をアップする

 マイフォトにマチュピチュ遺跡で撮った写真をアップした。
 400枚以上撮った中から(一応)厳選して30枚を選んだ。
 以前にプリントした30枚をベースに選んだのだけれど、何度も見直したり見比べたりしている内に、どれが自分の気に入った写真なのか判らなくなってきてしまった。
 写真を選んだ後も、ファイル容量を小さくしたり、思ったとおりに写真を並べることができずにアルバムを何度も作り直したり、説明文(というよりも、私の覚え書きだけれども)を書いたり、半日仕事になってしまった。

 アップした写真はこちら。どうぞ、見てやってください。
 
 

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2005.01.06

ペルー旅行記10・11日目

2004年9月26日(日曜日)〜27日(月曜日)

 ペルー旅行の10日目に入った0時10分、デルタ航空DL274便は定刻どおりにリマ空港を飛び立った。
 こうして私のペルー滞在は終わった。

 ペルー滞在は終わったけれど、ペルー旅行はこの後も何だかんだと長時間続く。
 これまで機内ではほとんど眠れたことがなかった私も、昨日は朝が早かったし、アイマスクとマスクと耳栓があり、ビーチサンダルに履き替えて足元を楽にすれば結構眠れることが判った。
 うっかり旅行社からもらったアメリカ入国カードをスーツケースに入れたままにしてしまった。仕方なく機内で入国カードをもらう。リマからアトランタに向かう飛行機の中で日本語版の入国カードがあってちょっと驚いた。

 アトランタには定刻どおりに到着したものの、入国審査に物凄く時間がかかった。
 往路でのアメリカ合衆国入国が割りとスムーズだったし、トランジットに2時間ちょっとあったから心配していなかったけれど、あまりにも列が進まないので段々焦ってくる。
 今思えば、南米から到着する便が集中する時間帯で長期滞在の人が多く、指紋採取や写真撮影が多かったために時間がかかったていたのだろう。しかし、並んでいるときはそんなことを想像している余裕はない。
 何とか1時間くらいで入国審査の列を抜けることができたときはほっとした。
 係員のお兄さんに「あなたはなぜUnited Statesに来たんだ?」と聞かれ、自分でもかなり憎憎しげに「Just Transit.」と答えてしまった。

 アトランタ空港はかなり広い割に、全くお買い物のしがいがない空港である。
 それでも免税店に入ってみたら、行きには見つけられなかったクリニークの化粧品が見つかった。成田空港の免税店よりもずっと安いことにショックを受けつつ、余らせたドルで基礎化粧品を買い足した。
 そういえば、出国カードをどこで誰に渡せばいいのか、最後まで判らないままだった。

 DL55便で飛んだアトランタから成田も、似たような感じで過ごしていたと思う。
 日付変更線を超えたことも気がつかないまま、ひたすら寝ているか、映画を見ているかして、時間を潰す。
 成田空港到着後、いくつかのお土産を取り出してから宅配サービスでスーツケースを自宅に送り、スカイライナーのチケットを慌てて買って飛び乗った。

 無事、帰宅した。

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ペルー旅行記9日目

2004年9月25日(土曜日)

 朝6時前に降りていくと、昨日の夕食のときにお給仕をしてくれたペルー人のお姉さんが待ち構えていて、朝ごはんを出してくれた。
 ごはんとお味噌汁とお漬物があったことは覚えている。とにかく、完全な和食の朝ごはんだ。

 ナスカの地上絵ツアーの迎えの車が来ているはずだけれど、ペンション全体が静まりかえっていて人の気配がない。私たちは玄関の開け方を知らないから外の様子を見ることもできない。
 そのままぼーっとソファに座っていたら、朝ごはんを作ってくれた彼女が心配してくれたようだ。いつの間にか現れた早内さん(旦那さん)に玄関から外へ押し出されると、昨日の市内観光のときに乗った車が待っていた。

 道はそれほど混雑していなくて、すぐ空港に到着した。
 すると、ドライバーさんが「あそこのカウンターに行け。」と指差す。「チケットを持っていない。」と完全にブロークンな英語と身振り手振りで訴えたら、「行けば大丈夫、NAO TOURだと言いなさい。」と言われる。
 頭の中をクエスチョンマークが飛び交ったまま、ランチリ航空のカウンターに行き、「NAO TOURから予約が入っています。私は○○××です。」と言うと、カウンターのお兄さんは「OK,OK」という軽いノリで手元のリストと差し出したパスポートを確認し、ボーディングパスを手渡してくれた。

 でも、行きのボーディングパスだけ? 帰りは? 遊覧飛行のチケットは? と頭の中をクエスチョンマークが飛び交ったまま、ドライバーのおじさんのところに戻ると、「空港税を払え。」と言われ、空港税を払い終わると「セキュリティチェックに行け。」と言われる。
 セキュリティチェックに向かったら、もう後はゲートしか残っていない。
 慌てて「イカに到着したらどうすればいいの?」と英語で聞いたけれど、私の英語がブロークンすぎるのか、おじさんの英語も実はブロークンなのか、全く通じない。このままおじさんと別れたら、それ以降どうすればいいか全く判らないままになってしまう。こちらも必死である。

 そんなやりとりを何度か繰り返した後で、おじさんがいきなり持っていた携帯電話をこちらに向けてくれた。
 とりあえず「もしもし。」と言って出てみると、電話の相手は早内さん(息子さん)だった。安心して日本語で「今は空港にいて、行きのボーディングパスだけ渡されたんですが、この後はどうしたらいいんですか?」と聞いてみる。「もうそこからツアーだから、そのまま指定された飛行機に乗れば、イカの空港には迎えの人がいるから大丈夫。」という返事だ。
 釈然としないながらも、他にどうすることもできず、そのままゲートに向かった。

 ボーディングパスにゲート番号が書いてあったけれど、指定されたゲートには何の表示も出ていない。
 微妙に不安を抱えたまま出来るだけゲートに近い椅子に座って待っていると、いつの間にかゲートのドアが開き、何となく人が集まり出した。人の流れに沿って付いて行き、ボーディングパスを見せるとあっさりと半券を返してくれたので、そのゲートで正しかったことが判った。

 自由席のプロペラ機の機内にはちらほらと日本人の姿もあって何となく安心した。
 イカの空港に到着し、その飛行機に乗った全員がお兄さんに集められて事務所前まで連れて行かれ、ようやく、そもそもリマ−イカ間を飛んだこの飛行機がツアーのチャーター機であったことが判った。

 「地球の歩き方」によると概ね半分はナスカにすぐに飛び半分はイカ市内観光に行くとか、ナスカの地上絵遊覧飛行に参加した人のホームページを見ると日本人だけ集められてまずTBSの世界遺産のビデオを見せられるとか書いてあったけれど、今回はどちらにも該当しなかったらしい。
 お兄さんが事務手続きを終了すると、そのまま全員がバスに乗るように促された。

 バスが出発すると、「涼しいうちにまずオアシスに行きます。」というアナウンスがあった。
 イカの町は砂漠のど真ん中という感じで、道路の両側も白っぽい黄色っぽい砂で、道路上に風に吹かれた砂が薄く舞っている。早朝出発のために着ていたコートが完全に邪魔なくらいの暑さだ。

 オアシスに到着すると、15分間の自由行動になった。
 池があって、何艘かのボートが浮かんでいる。
 その周りにやしの木が植わっていて、お土産物の屋台が何軒か出ていて、すぐそばまで迫っている砂丘で何人かがそり遊びやサーフィンのようなことをしている。
 それで全てだ。
 サンドバギーみたいな車が何台も停まっていて、サンド・スキーをするにはこの車で砂丘の上まで連れて行ってもらうんだなと思ったものの、遊ぶには時間が足りない。のんびり池を半周して戻ると、ちょうど時間だった。

 次に、小さい博物館に向かった。
 ガイドさんが「自分は参加しているみなさんに公平なサービスをしたいので、説明はしない。」とおっしゃる。要するに、ツアー参加者には彼が話す英語を解すだけのヒアリング力がないと判断されたらしい。
 館内は、土器と布がメインなのは天野博物館と一緒だけれど、こちらはもうちょっとカラフルだ。
 「地球の歩き方」の説明によると、ナスカ地方に開けた文化は土器も布もカラフルなのが特徴のひとつである。

 そして、天野博物館になくてイカ博物館にあった最大のものは「ミイラ」だった。
 砂漠地帯であるこの辺りは乾燥していて、そのためミイラが着衣も含めてかなり良い状態で残っているそうだ。
 ひざを抱えた少女のミイラが一番有名かもしれない。
 興味深くはあったけれど、ミイラの展示室はシンと冷たくて寒い印象である。早々に出て、織物の展示室に戻った。

 見学が終わると、博物館の裏に促された。
 何だろうと思いつつ後について階段を上ると、ナスカの地上絵のミニチュアを見ることができるようになっていた。何十分の(何百分の?)一かに縮小し、配置や向きなどを再現してある。
 なるほど、こういう風に見えるのね、と予習・復習させることを目的に作られているようだ。
 今から思えばここで写真を撮っておけば良かったけれど、「この後で本物を見るんだし」と思って写真は撮らなかった。
 実際は、あんなにくっきりはっきりとは見えないし、大きすぎて全体像を見ることもできない。惜しいことをした。

 昼食は、ホテルのレストランでのビュッフェだった。
 食後すぐにセスナに乗るなら控えめにしておかないと酔うだろうなと思いつつ、色々とお皿に盛ってしまう。
 オープンエアのレストランで、中庭にあるプールも見えて、なかなか気持ちよい。
 しかし、次の予定にいつ進むのかが判らないというのは意外と落ち着かないものだ。何人かずつ、先にセスナ遊覧飛行に向かう人たちもいて、さらに落ち着かない。
 とりあえず、酔い止めの薬をここで飲んだ。

 コカ茶を飲みつつ旅行メモを書いていたら、やっと残っていた全員がガイドのお兄さんに集められ、バスで空港に戻ることになった。
 四人グループの日本人の女の子たちは小型のセスナ、残りの11人が少し大きめのセスナに振り分けられる。
 このセスナは自由席で、何となく早い者勝ちという風情だ。全員が窓際に座れるだけの余裕はない。何とか窓際の席に滑り込んだ。

 ガムを噛んでいると酔わないという話を聞いたので、ガムを噛みつつ、セスナに揺られる。
 しばらくは一路ナスカ上空を目指して飛んでいるだけなのに、それでも結構揺れる。30分くらいでナスカの地上絵上空に到達した。
 パイロットのおじさんが「ウチュウジン」と叫んでいる。「ミギガワ、ツバサノシタ、ツバサノシタ、ウチュウジン。」といった感じで、日本語で教えてくれる。同じことをスペイン語でも叫んでいるようだ。
 このツアーは英語ツアーのはずなのにと思っていると、並びの席にいた女の子が「英語でも案内して!」と叫んだ。何度も彼女が訴えて、やっとパイロットのおじさんに通じたらしい。「判った、スペイン語と英語と日本語で案内するよ。」と言って、その後は3ヶ国語で案内してくれるようになった。

 最初に見えた「宇宙人」は山肌に斜めに描かれていた。それ以外に見た地上絵は平らなところに描かれているようだ。パンアメリカン・ハイウエイも見える。ミラドールもかなり小さく見える。
 宇宙人の他に名指しで見せてくれたのは、ハチドリとサルと手と木と直線くらいだったと思う。
 イカからナスカまでの片道の飛行時間よりも、ナスカの地上絵遊覧をしていた時間の方がはるかに短かったと思う。ちょっと悔しい。

 確かに、地上に、飛行機に乗らなければ全体像見えない絵が描かれていて、消えかけた世界遺産にも登録されたその絵を見ている、意外とくっきりと見える、石をどけただけの白い線が今も残っている。
 それは凄いことだ。
 でも、正直に言ってあまり感動はしなかった。
 「あー、見えた!」「どこどこ?」「多分、これだ。」の繰り返しで、見えて判読というか判別できたのは嬉しいものの、「感動」という感じではなかったように思う。

 そんなあっけない気分のまま、セスナ酔いになることもなく、無事にイカの空港に戻って来た。
 お土産物屋ではインカクロスのペンダントやナスカの地上絵生写真が売っていてちょっと魅かれつつ、結局何も買わずに「さあ、飛行機に乗って。」の声でリマに戻った。
 イカの空港は、建物は木造だし、ゲートやセキュリティチェックもない。飛行機を降りてそのまま滑走路を歩いて建物にたどり着く感じである。
 それなのに、屋台を小さくしたようなカウンターがあり、空港税を支払わされたのが何となく釈然としなかった。

 リマに戻ると朝のおじさんが迎えに来てくれていた。
 ちょっとほっとして、おじさんの車でペンション・カンツータに戻った。多分、17時過ぎだったと思う。夕食を食べ、シャワーを浴び、荷物整理をするくらいの時間の余裕は十分にある。
 今日の夜中にリマを発ち、ペルーともお別れだ。 

 イカはかなり埃っぽかったのでまずシャワーを浴びて大体の荷造りをし、夕食前に「ポコ・ア・ポコ」でのお買い物に突入した。とにかくペルー中のおみやげ物が揃っていて、お買い物のしがいがある。
 2階は主に衣料品である。早内さん(奥さん)が製作したアルパカのガーゼ織りのストールやマフラーを始めとして、その他にもセーター、帽子、手袋、インカっぽい文様のバンダナもあったし、ネクタイもある。子供服もある。

 1階は民芸品っぽいものが多い。
 印象に残っているものでは、織り途中の布を道具ごと壁飾りにしたものや、ナスカの地上絵の生写真、ピーナツチョコレート(ピーナツはペルー原産で「職場のお土産にどうぞ」というポップがついていた。)、秋田さんご推奨のピスコ、イカ・ワイン、ペンション・カンツータで作ったらしい焼き物もある。
 お塩も売っていたし、ケーナなどの楽器もあったし、リャマのぬいぐるみ、ペルー産のコーヒー豆もあった。

 私は2階のアルパカのガーゼ織りに夢中になってしまった。
 古代のペルーの染物・織物を再現したもので、お土産を買うことにほとんど興味はないけれど、こういうものに私は果てしなく弱い。
 あっという間に時間がたち、それでも大体何を買うかが決まった辺りで、夕食に呼ばれた。

 夕食が完全手作りの和食だったことは確かだけれど、メニューがどうしても思い出せない。
 あんかけの野菜を載せたラーメンが出たのは覚えている。
 それから、前日に私が「天野博物館のお姉さんがヒラメがイチ押しだと言っていた。」と口を滑らせたためか、白身のお魚のお刺身があった。気を使わせてしまって申し訳なかったけれど、コリコリしていて美味しかった。

 夕食をあまりにもゆっくりいただき過ぎてしまったらしい。恐らく同じ飛行機で帰るのだろう日本人の団体を載せた観光バスが横付けされたのをしおに席を立ち、慌ててお土産の会計をしてもらい、急いで部屋に戻って最後の荷造りをする。
 パジャマ代わりにしていたTシャツなどを捨てたので、お土産も全てスーツケースに納まった。
 荷造りを終えて下に降りて行くと、そのまま車に押し込まれた。そういえば、ツアーの方々もすでに姿を消している。
 早内さんご一家にちゃんと挨拶もできなかったのが心残りだ。

 空港に向かう途中で、入国時に返された入国カードの半券の話になる。「地球の歩き方」にも「出国時に必要なので絶対に失くすな」と書いてあるけれど、失くしてしまっても5ドル(だったと思う)で再発行してもらえるそうだ。
 失くさないように注意するのは当然のこととして、再発行してもらえるならそういう風に書いておいてくれればいいのに、と思う。

 リマの空港では、国際線のカウンターがある一角にはガイドさんも入ることができない。自分達でチェックインをすることになる。秋田さん曰く「上から暖かく見守っていますから。」ということだ。
 カウンターの一角は吹き抜けになっていて、カウンターの上あたりから見下ろせるようになっているらしい。ペルー到着時も含めて4回目のリマ空港なのに、そんなことは全く覚えていなかった。

 カウンターまでは長蛇の列で、まずスーツケースをセキュリティチェックにかける。ここで友人が呼ばれてスーツケースを開けられた。どうもクスコでどこかの大学の先生が言っていたことは正確な情報で、荷物の中にお酒が入っていると必ず開けられるらしい。

 友人がスーツケースの検査に行っている間にチェックインの順番が来てしまったので、彼女のパスポートとチケットを預かって二人分のチェックインをした。
 カウンターのお姉さんは、こちらが何も言わないうちに席を決め、ボーディングパスを発券してくれる。
 「セキュリティの質問は英語でいい?」と聞かれ、確か日本語でも良かったはずだと「できたら日本語で。」とお願いしたら「ちょっと待ってて。」という返事だった。日本語をしゃべる係員の人はやはり少ないらしい。
 その間に彼女の荷物チェックも終了し、荷物を預け入れる。こちらが何も言わないうちに、アトランタではスルーで預け入れが終了する。帰国するだけなんだから、荷物の到着が多少遅れても構わない。
 荷物チェックはやはりお酒が目当てだったらしく、「お酒を持っているか?」と聞かれ、スーツケースを開けたら一目散にお酒を探ったらしい。瓶を取り出して「ピスコ?」と聞かれたので「そう。」と答えたと笑っていた。

 チェックインは無事に終了し、セキュリティチェックに向かう辺りに移動して待っていてくれた秋田さんにご挨拶し、お礼代わりにミルキーを手渡した。
 秋田さんは「周りの人の視線が痛い。」と言っていたけれど、もしかしたらガイドさんも出入できないエリアから荷物を手渡したりするのはいけないことだったのかもしれない。

 セキュリティチェックを抜けると、そこは工事中のエリアだった。ベニヤ板でふさがれて通路が狭くなっている。
 一度サテライト辺りまで行ったものの、そこの免税店は小さかったので、セキュリティチェック近くのお店まで戻った。秋田さんお勧めのピスコやワインがあったら買おうと思って探したけれど、残念ながら見つからなかった。
 その代わり、ピスコが入ったボンボンが売っていて、1箱40個入りだったので「これはちょうど良い!」と職場土産用に購入した。

 このチョコレートは物凄く酒臭かった。リュックに入れておいたらリュックからお酒の匂いが漂い出てくるくらいお酒臭い。
 空港の免税店はドルで値段が表示されていたけれど、ソルで買い物したいと頼んだら換算してくれた。
 ペルーの通貨はドルに戻すこともできたけど、大きな金額でもなかったので、「また来る」という気持ちを込めて、そのまま持ち帰ることにした。。

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2005.01.03

「正月パスの旅」の教訓を噛みしめる

 「正月パスの旅」の始末記である。

 ちなみに、旅の行程はこんな感じである。
8:58上野発 はやて7号
12:04八戸着
12:16八戸発 スーパー白鳥7号
13:15青森着
13:50青森発 リゾートしらかみ2号
19:00秋田着
19:29秋田発 こまち226号(東京行きの最終新幹線)
23:30上野着

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2005.01.02

無事、帰宅する

 2005年1月2日になってから、正月パスの旅を終えて無事に帰宅した。
 自宅の最寄り駅を2005年1月1日の7時59分に出発し、自宅の最寄り駅に着いたのが翌0時21分という、なかなかハードな旅だった。
 実際にその16時間余りの間に何をしていたのかと言えば、ほぼ電車の座席に座っていただけなのだが、それでもやっぱり疲れてしまった。
 なかなか思い通りには行かなかったけれども、なかなか面白かった。
 来年も実行するかと聞かれたら、「しばらく考えさせてください」と答えると思うけれども。

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