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2005.05.11

ケニア旅行記2日目

2003年9月14日(日曜日)

 現地時間4時10分にドバイに到着した。飛行時間は9時間20分だった。両方とも新しい空港だからか、雰囲気が関空と似ている気がする。もちろんドバイ空港の方が「キンキラキン度」は極めて高い。
 ドバイ空港で不思議だったのは、金属探知機で引っかかったことだ。羽田でも関空でも鳴らなかったし、もちろん今まで旅行していて警告音が鳴ったのは初めてだ。

 警告音を鳴らした私の姿を見た瞬間、空港係員のいかにも軍人さんぽいお兄さんは、一言「靴を脱いで」と指示した。
 どうしてこんなところで靴下にならなくちゃいけないんだと思いつつ靴を脱いで通り直したら、確かにブザーは鳴らなかった。靴はもちろんバッグと同じようにX線検査を通される。見回すと、他にも靴を脱がせられている人が結構たくさんいた。

 ドバイ空港のセキュリティチェックを抜けたところで、ツアーメンバー17名が初めて全員集合した。
 若いご夫婦が2組、年輩のご夫婦が3組、女性同士の2人組、男性同士の2人組、一人参加の3人である。
 添乗員さんから簡単なガイダンスがあった。
 マサイ・マラでのバルーン・サファリは全員が希望しているけれども、今のところ全員分を同じ日程で押さえられていなくて調整中だという。
 その他、ケニアの空港では1万円くらいをケニア・シリングに両替しておけばいいでしょう、ケニアのお土産は木彫りの動物やマサイの布やコーヒー・紅茶が良いでしょう、などなどの説明があった。

 ドバイではトランジットのために3時間ほど時間があった。集合は7時45分と告げられる。
 Duty Free Shopは意外と狭く、そんなに時間を潰せない。
 お土産物売り場にラクダの置物や香水入れや段通の絨毯があり、金製品売り場は通路のド真ん中の一番いい場所でキラキラと(というかギラギラと)光っていた。

 ナイロビ行きの飛行機には、バスに乗りタラップで搭乗した。早朝なのに暑い上に湿度も高い。
 ドバイからナイロビまで、エミレーツ航空719便で5時間弱のフライトである。現地時間12時5分にナイロビのケニヤッタ空港に到着した。
 ナイロビの空港で100ドルを両替したら7500シリングになった。

 空港からナイロビ市内のホテルまでは、4台のサファリカーに分乗して移動した。パンフレットには「最大でも1台に6人」とあったから、車を3台にする手もあったのに良心的である。
 ここに来ているドライバーさん達とは、マサイ・マラに行くまでずっと一緒だという。
 たまたま私が乗った車のドライバーさんが4人のリーダーらしく、添乗員さんがしきりと「あなたが他3人のドライバーをコントロールして」と繰り返し強調している。こういったこともその場その場で添乗員さんが仕切らなくてはいけないのだから大変だ。

 ナイロビ・セレナ・ホテルは、ナイロビの繁華街から外れた静かな場所にあった。外観は少し寂れたリゾートホテルだけれど、内装は濃い色調の木目がベースで落ち着いた感じである。
 まずはホテルのレストランで昼食を取った。添乗員さんが飲み物(大抵、ビール・グラスワイン・生ジュース・コーラ類があった)を紹介して注文も取ってくれる。ミネラルウォーターは500ミリリットル入りのものが一人1本配られる。
 マンゴジュース(250シリング)を頼んだらねっとりしていて美味しかった。
 最初にサーブされたトマトスープ以外はビュッフェ式で、カレーがなかなか美味しかった。

 その後、20〜30分ほど荷物整理も兼ねて部屋で休憩を取った後、空港でもらったサファリハットを早速かぶって、15時にナイロビ市内観光に出発した。
 半袖Tシャツの上に長袖シャツを羽織って、日陰ならちょうどいいくらい。日向に出ると半袖Tシャツで十分、というくらいの気候である。
 ラッシュアワーにはまだ早いのにナイロビ市内の道路は渋滞していた。何かと思ったらセンターラインを手作業で塗り替えていたせいらしい。

P9140012ジラフセンター 最初の観光場所は「ジラフセンター」である。
 絶滅寸前のロスチャイルドキリンを保護している場所だそうで、遠くに何頭かいるのが見える。ジラフセンターには現在、雄が一頭と雌が何頭かと子供がいて、子供がある程度大きくなると、このツアーでも訪れるナクル湖国立公園などで野生に返しているそうだ。
 こういう説明は添乗員さんが係の人から聞き取って通訳してくれる。

 ジラフセンターの一角に見張り台というか見晴台の建物があって、寄ってきたキリンに餌をあげることができる。係の人がバケツを叩いて呼んでも、キリン達はなかなか寄ってこない。
 ようやく8歳のローラという雌キリンがやって来た。餌をあげると、舌が黒くて長くてざらざらしていて驚いた。手をべろべろ舐められて、唾液が糸を引いている。思わず地上にあった水道で手を洗ってしまった。
 その地上では、何故かイボイノシシと亀まで飼われている。

 キリンの餌やりを堪能した後、「カレン・ブリクセン博物館」へ向かった。
 途中で見た「ジャカランダ」は五分咲きなのか散りかけなのか、とにかく半分くらい花がついていた。確かにこの花が満開になったら綺麗だろうな、と思う。

P9140015カレン・ブリクセン博物館 「アフリカの日々」はカレン・ブリクセンがケニアでコーヒー農場を経営していた頃の思い出を綴った本だ。
 「愛と哀しみの果て」というタイトルで映画になっていて、この博物館には実際に彼女が住んでいた家と使っていた道具と映画で使った道具が渾然一体となって並べられている。
 専属のガイドさんがいて、添乗員さんが彼の説明を通訳してくれる。

 本人の肖像画が部屋の壁にかけられていて、「黒柳徹子と鈴木その子を足して2で割った感じ」に見えた。ツアーの人にそう言ったら大受けしていたから、この感想はかなり的確だと思う。
 カレン・ブリクセンの名誉のために付け加えると、写真も飾ってあって、そちらは肖像画よりも数段美人だった。
 小雨に降られながら、戸外に残されているコーヒー豆を焙煎する機械などを見学する。途中でドライバーさんが枇杷だったかプラムだったかの実を取ってくれる。かじってみたら結構美味しかった。

 17時半にホテルに戻った。
 添乗員さんから「治安が良くないのでホテルの外には出ないでください」と注意がある。
 夕食まで時間があったので、少しだけホテルの中を探検した。と言っても、小さなお土産物屋さんがあったり、プールがあったり、プールサイド・バーがあったりする程度である。そのうち本格的に雨が降ってきたので、早々に切り上げて部屋で休息した。

 部屋に戻り、一人の気楽さで荷物を大開帳していたら、ホテルの人がベッドメーキングに来てかなり慌ててしまった。
 24時間以上着続けているTシャツを洗濯しようとして、バスルームに殺虫剤が置いてあることに気が付いた。結構、虫がいるのだろう。部屋に備え付けの灰皿の上で蚊取り線香をたく。

 夕食は19時半からで、全員でひとつのテーブルに着いた。
 レタスのポタージュがまずサーブされ、前菜はビュッフェ形式。メインはビーフ・ポーク・フィッシュから選ぶことができる。
 ビーフを選んだら、えらく大きくて固いステーキだった。ハーブソルトが効いていて美味しいけれど、いかんせん固い。今回はフィッシュが正解だったらしい、とテーブルで近くに座った人たちと結論した。
 移動の疲れが出ているのか、赤ワイン1杯で結構回っているのを感じる。

 21時過ぎに部屋に戻り、バスタブがあるホテルはナイロビのみと聞いていたので、ラベンダーオイルをたらしてゆっくりお風呂に入った。お風呂もシャワーも熱いお湯がたっぷりと出る。
 お風呂から出た後、バスローブを着たままお布団にも入らないで2時過ぎまで寝てしまった。明日は6時15分にはモーニングコールがある。 風邪をひかないように気をつけねばと思う。

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2005年5月31日画像追加

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