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2005.05.14

ケニア旅行記4日目

2003年9月16日(火曜日)

 5時45分にモーニングコールが鳴る前、5時半にお隣で目覚まし時計が鳴った音で目が覚めた。支度をして、6時過ぎにテラスへ行く。朝食はモーニングサファリ後になるので、セルフサービスになっているコーヒーとホットミルクでカフェオレを作り、とりあえず暖まる。
 長袖Tシャツの上に長袖シャツを羽織っただけの格好だと少し肌寒い。

 ロッジの入口まで行ってみると、キリマンジャロが見えていた。やった!
 朝夕は見えることが多いとガイドブックにあったけれど、昨日の夕方は全く見られなかったから嬉しい。
 日の出前の赤く染まりつつある空にうすむらさきのシルエットで浮かぶキリマンジャロ山は、その山裾までくっきり判る。
 日が昇るにつれて、キリマンジャロ山も空も、色と表情を少しずつ変えて行く。

 日の出とキリマンジャロ山を堪能した後、ゲートまで来てくれたサファリカーに乗り込んだ。6時半からモーニングサファリだ。
 走り出してすぐ、サファリカーが停車した。シマウマとヌーはもうちょっとだけ見飽きたよ、と思っていたら、ドライバーさんが「キリマンジャロをバックに写真が撮れる」と日本語で言ったのか英語で言ったのか、指さして教えてくれる。もちろん慌てて写真を撮る。
 すでに、キリマンジャロは雲の中に隠れようとしていた。

 シマウマは草の上部のやわらかいところを食べ、ヌーは下の方の少し固いところを食べる。だから、大移動のときはシマウマが先に立って草を食べながら歩き、その後をヌーがついていく形になるそうだ。

P9160186四頭のライオン 他のロッジを通り抜ける道には何故かヒヒが集団でいた。まだお母さんのお乳を飲んでいる子供のヒヒは、その子だけ色が黒っぽくて小さくて可愛い。
 大人の象の身体の下にすっぽり入るくらいの大きさの子象は大体1歳くらいだそうだ。それくらいの子象を連れたファミリーがサファリカーのすぐ前を横切る。
 雌ライオン3頭に雄ライオン1頭のライオンの群れ(?)がサファリカーのすぐ前を横切る。
 遠くの水辺にカバが歩いているのが見える。
 2時間のサファリはあっという間だった。

 手だけ洗って、すぐに朝食を食べる。具を選べて目の前で焼いてくれるオムレツがここにもある。オニオン・ハム・チーズ・トマトを入れて焼いてもらう。やっぱり卵が白っぽいけれど美味しい。
 パンケーキにメイプルシロップをかけ、ヨーグルトを食べる。

 10時半にウォーキング・サファリに出発した。添乗員さんも加わって、参加者は11名だ。マサイ族のレオナルドが案内兼護衛役で、ロッジを出て国立公園を抜け、マサイランドまで歩く。
 ロッジのすぐ近くでライオンが狩りをしたらしく、上空を禿鷹が舞っている。「あれは獲物が下にあるときの飛び方だ」とレオナルドが教えてくれる。

P9160195キリマンジャロの雪解け水 ロッジのすぐそばを川が流れている。その川の源はキリマンジャロ山の雪解け水だそうだ。触ってみると結構冷たい。触った後で「動物の糞とかがあるから、川の水は綺麗じゃない」と言われ、時すでに遅しだ。

 川岸はもちろん、あちこちに色々な鳥がいる。レオナルドは鳥の名前を教えてくれようとするけれど、私が持っていた本は大半が動物で鳥はほんの少ししか載っていない。
 「動物の方が好きなのか?」と聞かれて困ってしまう。確かに鳥を見るよりは動物を見たときの方が嬉しいけれど、よくよく考えてみれば、動物だってそれほど好きな訳ではないし、そこまで考えて本を購入した訳でもない。。

 のんびり歩きながら、リスやブッシュベイビー(木の上の巣の影にいて、「そう言われれば何かがいる気がする」という程度だったけれど)、こうもりが木から木へ飛び移るところを見た。
 確かに黄色い翼が見えたけれど、こうもりは夜行性ではないのだろうか?
 のんびり歩きすぎたせいか、私たちを追い越したマサイの2人組はあっという間に遠く離れて行ってしまう。

 途中でマサイの女の人に行き会う。もっとも私は言われるまで女の人だとは判らなかった。
 添乗員さんがレオナルドに交渉し、レオナルドが彼女に交渉してくれて、みんなで写真を撮らせてもらう。みんなに囲まれて彼女はちょっと恥ずかしそうにしていた。
 遠くの木の上にはマサイの子どもが二人並んで座っていた。何をしていたんだろう?

 日本語の「シマウマ」という音は、スワヒリ語で「止まれ」という意味だそうだ。日本人と一緒に歩くとしょっちゅう「止まれ」と言われることになって、つい硬直してしまうらしい。それでマサイの人々は日本語の「シマウマ」を一番最初に覚えるそうだ。
 添乗員さんにもらった「かんたんスワヒリ語」というプリントを見ると、発音としては「シマウマ」というよりも「シママ」に近いようだ。

 歩きながら、象の足跡(私の靴の倍はあった)、ライオンやシマウマ、ハイエナの足跡も教えてもらう。
 足跡が残っていることからも判るように、サバンナというのは要するに砂地である。歩きにくい上にほこりっぽい。靴とズボンの裾は砂埃だらけになっている。
 すぐそこでミニ竜巻が起きたりする。

 歩きにくいところを歩いたせいか、ケニアに来て初めて大汗をかいてしまった。レオナルドにも「汗かいているね」とわざわざ指摘されたくらいだから、相当目立っていたようだ。そう言われて見てみると、レオナルドは全く汗をかいていない。

 少し離れたところにあるマサイ・ヴィレッジを教えてもらい(牛糞で家を作って、茨の草で垣根を作って、ライオンなどの肉食獣から守っている)、片道4〜8kmと、教えてくれた人によってかなり距離の開きがあったウォーキング・サファリは終了した。
 ゴール地点でクーラーボックスに入ったビールをもらい、マサイの槍を持たせてもらう。武器だから当たり前だけれど、かなり重かった。

 何となくロッジに戻る車に乗る前に飲みきらないといけないような気がして、瓶ビールを一気飲みする。
 ランクルでロッジまで送ってもらったところ、この車がかなり揺れて、一気にビールが回った。
 お昼は大人しくアルコールはやめて、パッションフルーツジュースを頼んだ。ビュッフェスタイルの昼食で、ナイロビのセレナホテルにもあって気に入っていたカレーとフルーツを山ほど食べた。

 汗をかいて、アルコール飲んで、お腹もいっぱいになったら、お風呂に入るしかない。
 この旅行で湯船につかれるのもここが最後だ。食休みしてからお風呂にのんびりつかった。
 でも、ただのんびりするだけじゃなくて、洗濯もしてしまうところが貧乏性かもしれない。

 16時に集合し、アンボセリ国立公園で最後のサファリに出掛けた。
 ドライバーのアイザックと「どんな動物を見ていないの?」という話になって、「チータとバッファロー」と添乗員さんが答えたら、象の水浴びをみているうちに本当にバッファローが登場した。やっぱり迫力がある。岩みたいだ。
 象が水浴びをしていた辺りを今度はカバが歩いている。その手前では象の親子がまるで会話をしているように見える。

 添乗員さんが「アイザックが一番日本語が得意だから、聞きたいことがあったら今のうちに聞いておいて」と言う。ずっと気になっていた「バオバブの木」のことを聞くと、あっさり「見られない」という返事が返ってきた。「え?」と聞き返すと、「今回のコースでは見られない。もっと北の方。ツァボとかに行けば見られる」という話だった。
 「地球の歩き方」にだって、バオバブがケニアの一部でしか見られないなんて書いてなかったのに! とショックを受けていたら、「また来ればいい」とアイザックに言われてしまった。

 オブザベーション・ヒルへ向かう途中、トキ(とは言っても、「ニッポニア・ニッポン」とは姿形からして全く違う)を見る。クロトキという名前のとおり真っ黒だ。
 オブザベーション・ヒルはアンボセリ国立公園で唯一人間が自分の足で歩いていい場所である。サファリカーを降りると、丁度、水浴びをしてきたらしく、身体の下半分を黒く染めた象が歩いて行くのが見えた。
 階段もついているし、10分くらいで頂上に到着した。

 この丘は火山の噴火でできた丘らしい。
 一面の緑だったアンボセリが一面のサバンナになってしまったのは、国立公園を狭くしたことで象の人口密度が上がり、土地が象の食欲に敵わなかったことと、地盤沈下によって地面に塩が上がってきて植物が育たなくなってしまったことが理由だそうだ。

 オブザベーション・ヒルからの眺めは、ほとんど地平線で地球が丸く見えて、ただもう「広い!」「丸い!」以外に感想が浮かばない。
 夕暮れどきに見られることが多いというキリマンジャロは見られなかったけれど、全員でキリマンジャロが見える筈の方向をバックに集合写真を撮った。

 かなり遅れて丘を降りて行くと、みんなが双眼鏡を覗いて一方向を見ていた。どうしたのかと思ったら、ドライバーのモンディアがはるか遠くにチータを見つけたらしい。双眼鏡で見てもライオンと見分けがつかないと言っていたけれど、やっぱり双眼鏡を持って来れば良かった、と後悔した。
 その間、私は「動物を見つけるにはいい目が必要だ」とか、「チータはマサイ・マラでなら見られるかもしれない」「ヒョウはチータよりもさらに見ることが難しい」などとドライバーさんとおしゃべりしていた。

 「いい目」と言えば、アイザックが「自分の目も悪くなってきた」などという。あれだけの動物を見つけながら! と思って、何の気なしに「どうして?」と聞いてみたら、少し困った挙げ句に「歳を取ったから」という返事があった。いや、そんな老人には見えないよ、と思って「いくつ?」と聞いたら「還暦」という答えが返ってくる。一瞬絶句した。
 事実なのか? そもそも、アイザックは「還暦」の意味を正しく理解しているのだろうか? どう見ても60歳には見えないアイザックである。

P9160243アンボセリの夕陽 チータ探しに時間を取られた分、帰りは4台とも物凄いスピードで飛ばした。添乗員さんがいくら「ポレポレ」と言ってもお構いなしだ。
 それでも少しだけサファリカーを停めてもらい、真っ赤な夕陽を撮ったところでカメラの電池が切れた。まだ200枚くらいしか撮っていないのに、とちょっと先行きに不安を感じる。

 ロッジに戻って絵はがきを選んだりしていたら、あっという間に夕食の時間になった。
 夕食はサラダブッフェ、セロリとブルーチーズのスープ、ペンネのトマトソース、ラムチョップ、デザートというメニューだ。スープとメインは選ぶことができた。ラムを選んだので、飲み物は赤ワインにした。
 このラムがまたとんでもなく固いお肉で、ケニアではチキンかフィッシュというのが正しい選択なのかも知れないと思う。

 明日はアンボセリを出発するので、もう一度、夕食後にロッジのお土産物屋さんに行った。
 レーヨンの黄色い布にマサイの人を描いた布が売っているのを発見した。ちょっとどこかの洞窟の壁に描いてあるような感じの柄だ。軽いし、二つ折りにしてパレオにできそうな大きさ、いい感じだったので購入した。32ドルだ。
 すでにお馴染みになっている「TUSKER BEER」のポロシャツも惹かれたけれど、Mサイズが1枚しかなかったので諦める。こちらはまたどこかで買う機会もあるだろう。

 21時半過ぎに部屋に戻ってお風呂に入ろうとしたら、ぬるま湯にしかならなかった。午後にお風呂に入ってしまったので、お湯がたまりきっていないのだろう。この温度のお湯に入ったら却って風邪をひくと思い、シャワーに変更する。
 その後、日記を書き、絵はがきを書き(フロントに預ければ投函して貰える)、明日の出発に備えて荷造りをし、大忙しだった。

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2005年5月31日画像追加

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