« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »

2006.01.29

アイスランド旅行記9・10日目

2005年8月21日(日曜日)・22日(月曜日)

 レイキャビクのケフラヴィク空港を発着する便は早朝と夕方以降に集中している。
 したがって、アイスランド最終日のこの日は、4時モーニングコール、4時30分から朝食を食べることができ(レイキャビクのホテルは早朝出発の人々のためにかなり早くから朝食が食べられるところが多いようだ)、5時ホテル出発というスケジュールだ。
 すぐにバスに乗るのだから朝食は控えめにしようと思った筈が、シリアル、スクランブルエッグ、焼きトマト、ストロベリーヨーグルト、コーヒーとかなりしっかりと食べた。

 私がバス一番乗りだった。せっかくなので、一番前の席に座る。
 ちょうどドライバーのグンメさんがいたので、昨日作ったくす玉を差し上げる。「お子さんに」と言って二つ渡したら、珍しくくしゃっと表情を崩していた。きっと子煩悩なお父さんなんだろう。
 
 空港に向かうバスの中から月を見ることができた。
 もう明るくなっていたから薄くぼんやりとした月だけれど、アイスランドに来て肉眼で月を見られたのはこのときが最初で最後だ。何だか嬉しい。

 空港に着くとロビーは割と混雑していた。
 それでもツアー一行のチェックイン手続きが30分もかからずに終わる。
 ただ、何故か、私だけ思いの外時間がかかった。スルーで成田まで荷物を預けるから、ロンドンー成田間の航空券もまとめて渡したのに「航空券をよこせ。」と言われたし、「渡したよ。これだよ。」と言うと隣のお姉さんに何やら相談しているし、それでも再び「ロンドンー成田間の航空券がない。」と言われてしまう。
 ちょうど隣のカウンターでチェックイン手続きのお手伝いをしていた添乗員さんに再度説明してもらったり、何だかバタバタとしてしまった。

 グンメさんは私たちと荷物を降ろすとバスとともに去って行った一方、ガイドさんはチェックインまで手伝ってくれた。その合間を縫って、日本から持って行ったけれど封を切らなかった飴をお礼代わりに差し上げる。
 こう言っては何だけれど、私が持って帰っても仕方がない。日本の味をちょこっとだけでも感じていただけるならその方が良いに決まっている。

 ガイドさんに別れを告げ、セキュリティチェックを通る。目の前に、到着時に両替をした銀行があり、行列ができていた。ここで両替と、お買い物をしたときの税の払戻しを受けることができる。
 アイスランド・クローナもそれほど残っているわけではないし、免税店ではREFUND VOUCHERでそのままお買い物ができるという話だったので、免税店で使い切ることに決める。

 とは言っても、それほど欲しい物があるわけではない。
 友人へのお土産に、ホームパーティをするときに持って行こうと「BRENNIVIN」という、じゃがいもから作られているというアイスランド版焼酎を買う。500mlのプラスティックボトル入り(590クローナ)があり、お土産にちょうどいいサイズだ。
 「ICY」というアイスランド産のお酒もあって、こちらの方がクセがなく飲みやすいという話だけれど、大きい瓶しかなかったのが残念だ。
 ビール好きの友人にビールを考えていたけれど、6本パックしか売っておらず「ばら売りはしません」と張り紙がしてある。持ってみたらかなりの重さだったので諦めた。

 まだアイスランド・クローナが余っていたので、ブルーラグーンのバスソルトを購入した。5回分が箱に入っていて、1805クローナだ。うろ覚えだけれど、ブルーラグーンで買うよりも若干安かったと思う。
 もっとも、1回の買い物で4000クローナ以上になれば税金払戻しの対象になるし、物価が高いアイスランドでは割とすぐ4000クローナに届いてしまうから、そこまで考えれば同じくらいの値段だったかも知れない。

 7時15分にゲート集合で、搭乗手続きも済ませて狭い待合室に入ったところで、7時45分離陸予定のFI450便は45分遅れになります、とアナウンスがあった(らしい)。待合室は椅子もなく狭かったので、カードをもらってロビーに戻り、椅子に座って待つ。
 もう飛ぶべき飛行機は全て離陸し、ロビーはがらんとしている。隣のゲートでは次の離陸予定が16:00と表示されている。免税品店も閉まり、開いているのはカフェだけだ。

 8時15分くらいに離陸予定の表示が9時に変わり、同時に「技術的な問題で遅れている。9時前に離陸することはない。」というアナウンスが流れた(らしい)。
 8時45分には、それまで「ESTIMATED 9:00」だった表示が「NEXT INFO 10:00」というさらに不穏な表示に変わり、同時にカフェに食べ物と飲み物を用意した、というアナウンスが流れた(ようだ)。

 ぞろぞろとカフェに向かう人の流れに付いて行くと、延々と無人の通路を歩き、セキュリティチェックを抜けたところのカフェにまで戻ってしまった。
 無人の出国審査のブースも逆流し、「いったい今どこにいることになるのだろう」とふと疑問を覚えつつ出国審査できょろきょろしていた私に警備員らしいおじさんがにこやかに自動ドアを示してくれたから問題ないに違いない。
 サンドイッチとジュースをもらい、ゲート近くまで戻って食べた。サンドイッチはショーケースの何種類かの中から選ぶことができる。ツアーの方と適当に分け合って食べたら、どれも結構美味しかった。

 9時40分くらいに、ゲートの表示が「COMPLETED 10:00」に変わった。
 かなりピリピリしていた添乗員さんに(ロンドンでのトランジットに4時間しかないのに、この時点で2時間以上遅れていたのだから仕方がない)、「10時離陸みたいですよ。ぎりぎりトランジット間に合うでしょう。」と言うと、添乗員さんは微妙に不安そうな表情をしている。
 聞いてみると、ヒースロー空港ではアイスランド航空が到着するターミナルとブリティッシュ・エアウエイズが出発するターミナルが離れていて、人間は走って間に合わせることができたとしても荷物の積み替えが間に合わないかも知れないと言う。

 結局、10時近くなって搭乗が開始され、離陸したのは10時30分くらいだった。
 飛行機に乗り込んでみると、ツアー一行の中で私とあとご夫婦一組が、ビジネスクラスにアップグレードされていた。「通路側にして」と頼んだだけだし、アップグレードされたという説明もなかったし、理由は謎だ。
 カウンターのお姉さんがそんな親切なことをしてくれていたとはつゆ知らず、「何だか頼りないな」なんて思っていて、申し訳なかった。

 離陸前のアナウンスでは、コンピュータの故障によるエンジントラブルが理由で離陸が遅れた、と言っていた(と思う)。乗り物に呪われた旅なんだろうか。
 「飛行機が遅れたって添乗員さんが何とかしてくれるわ」とのんびり構えていたつもりが、実は結構緊張していたらしい。離陸後すぐに爆睡し、軽食をもらい損ねた。せっかくビジネスクラスにアップグレードしてもらっていたのに、惜しいことをした。

 ヒースロー空港に到着し、添乗員さんが全員分をまとめてチェックインしてくれる。
 何だかやけに時間がかかっている。30分以上もかかっただろうか。
 チェックインを終えた添乗員さんの説明によると、
1.ケータリング会社のストライキが継続しているため、機内食は提供されない。
2.機内食の代わりに航空会社から5ポンドの金券が配られる。その金券で各自食べ物を確保してもらいたい。
3.(ロンドン時間)15時45分出発予定のBA007便は16時15分出発に変更されたので、16時にゲートに集合してもらいたい。
 ということだった。

 アイスランドにいる間は、水道水が美味しく飲めた。毎晩、中国茶のティーバッグと水道水を500mlのペットボトルに詰めてお茶を作り、次の朝にティーバッグを取り出して持ち歩いていた。その習慣で今も鞄にはアイスランドの水道水を詰めたペットボトルが入っている。
 飲み物くらいは出るだろうという予測と、いざとなればアイスランドのお水があるという計算から飲み物はパスし、配られた金券を使って、サンドイッチと小さいパウンドケーキを購入した。これで1000円を超えると思うとかなりいいお値段だ。

 それから、職場のお土産にクッキーを買った。行きのトランジットの際に当たりをつけておいて正解だ。
 いつもは海外旅行に出ると化粧品を買いだめするけれど、ケフラヴィク空港で買ったお酒が重くてバッグが肩に食い込んでいる。特に何もしていないけれど、飛行機の遅れで疲労感も濃い。化粧品の購入は見送った。

 集合時間より早めにゲートに行って搭乗したら、機内はほぼ満席だった。
 しかし、なかなか離陸しない。
 アナウンスによると、燃料の補給待ちをしているらしい。燃料が補給されていないからかエアコンが効いておらず、機内の温度がどんどん上がる。サンドイッチが傷むんじゃないかと心配になる暑さだ。
 結局、BA007便が離陸したのは、定刻から1時間30分遅れの、17時15分だった。

 離陸してすぐ、ボックスが配られた。機内食が全く出ないわけではないらしい。
 ボックスには、チーズとオニオンのロールサンド、タルト、スナック(トロピカルフルーツ味)、ミネラルウォーターが入っている。
 着陸1時間前にも同じようなボックスが配られるという話だ。

 機内での12時間はかなりヒマだった。「ミリオンダラー・ベイビー」を2回も見てしまったほどだ。
 ヒースロー空港で買ったサンドイッチとケーキは、あの待ち時間の機内の暑さが怖くて食べられなかった。乗り込んですぐに食べ始めていた方々の決断は正しい。
 
 着陸1時間前に配られたボックスの中身は、トマトとチーズのサンドイッチ、ブルーベリーマフィン、オレンジジュースだった。コールドドリンクは出ないけれど、ホットドリンクはサーブされる。コーヒーをもらい、サンドイッチはパスしてブルーベリーマフィンだけ食べる。
 ボックスが配られた前後に添乗員さんが回ってきて、成田空港に着いたら流れ解散だと説明があった。ツアーには割と地方の方が多かったから、乗り継ぎ便や電車の手配等々があるのだろう。

 成田空港には定刻から1時間15分遅れの(日本時間)8月22日12時20分に到着した。
 空港から電話を入れたら、「ここ10日くらい飛行機事故が多かったのよ。無事に飛んで良かったじゃない。」と母に言われて驚いた。
 あまりにも重いお酒とバスソルト、気温30度の日本では絶対に必要のないダウンコートなどをスーツケースに詰め込んで自宅に送る手配をし、アイスランド旅行は終わった。

 アイスランド旅行記8日目<-

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.22

アイスランド旅行記8日目を書く

 2005年8月13日から22日までの10日間、アイスランドに旅行した。

 8月20日は、アイスランドの首都レイキャビクに戻ってきた。市内観光をした後は、ブルーラグーンで旅の疲れを癒し(って、疲れていないけど)、明日の長時間フライトに備えた。
 食べたかったソフトクリームも食べられたし、アイスランド最後の夕食も美味しくて満足である。
 あとは帰るだけなのだけれど、その「帰るだけ」の筈が色々あったところが、アイスランドの侮れないところである。そのお話はまた後日。

| | コメント (2)

アイスランド旅行記8日目

2005年8月20日(土曜日)

 7時からかなりたっぷりと朝食を食べ、8時30分にホテルを出発した。
 昨日の夜はかなりの大雨だった。今朝は厚く雲に覆われつつも何とか雨は落ちていない。
 ここまでバスの席は前・中央・後ろに三分割され、ツアーメンバーも三分割されて、毎日「このグループの人たちはこの位置」というのが決まっていたけれど、今日は自由席だそうだ。

 途中、クヴェラゲルシの村を通り、レイキャビクに向かう。
 クヴェラゲルシは地熱帯に属し、アイスランド全体の1/4の温室が集まっている農耕地域である。ヨーロッパで初めてのバナナ栽培も行っているという。ただしそのバナナは、小さいサイズの火を通して食べるモンキーバナナだ。
 「だからスーパーで買ったバナナチップスがアイスランド産だったのね。お土産にもっと買おうかしら。」とおっしゃる方がいらしてなるほどと思う。

 レイキャビク市内に到着する前、雲の中にエーシャ山が見えた。
 ガイドさんによると、アイスランドのサンタクロースは何故か13人いて、両親とともにこのエーシャ山に住んでいるそうだ。クリスマスが近づくと1日に一人ずつ山から下りてきて、クリスマスイブに全員揃う。クリスマスを13人全員で過ごした後、今度はまた1日に一人ずつ山に帰って行くという。
 最初のサンタクロースが山から降りてくる日から最後のサンタクロースが山に帰る日までが「アイスランドのクリスマス」である。

 9時過ぎにレイキャビク市内に到着した。
 アイスランドを1周して戻ってきた目には、とても大きな都市に見える。レイキャビクの人口が18万人で、アイスランド第2の都市であるアクレリの人口は15000人だから、それも当たり前かも知れない。
 レイキャビクは世界最北に位置する首都である。(そういえば、世界最南に位置する首都はどこなんだろう?)
 政治的には、東西冷戦終結の契機となった、アメリカ合衆国レーガン大統領とソビエト連邦ゴルバチョフ大統領が会談を行った場所として知られている、と思う。会談の場所にレイキャビクが選ばれたのは、アイスランドがワシントンD.C.とモスクワからほぼ等距離にあるからだ。

ヘウジーハウス その会談が行われたというヘウジーハウスに向かった。
 海辺に建てられているやけに普通の家だ。塀も門もなく、流石にドアは開いていなかいものの、窓から室内の様子を見て取ることができる。「こんな無防備なところでいいのか。」「でも、1986年当時は周りに建物は全くなくて、却って警備はしやすかったのでは。」などという声が聞こえる。
 窓からシャンデリアや燭台や絵が見えて、それなりに飾られつつも、決して豪奢な感じではないところが好ましい。

チョルトニン湖 その後、レイキャビクの中心地に移動した。
 今日はレイキャビク・マラソンの日で、市内中心部はあちこちが通行止めになり、走る気満々の人々で溢れている。気楽な仮装レースもあるのか、童話のお姫様のようなドレスを着た女性も見かける。応援のための青い風船やぱちぱち音を立てるおもちゃも配られている。
 たくさんの鳥が群れていたチョルトニン湖のほとりにある市庁舎には、残念ながら入ることができなかった。

 街中で普通の建物と並んでいる国会議事堂や、アイスランド建国の父ヨウン・シグルズソンの銅像、元は監獄だったという首相ハウスなどを眺めつつゆっくりと歩く。
 この辺りは政治の中心であると同時に商業の中心でもあって、メインストリートが通っている。普段は夜も早いらしいけれど、今日はカルチャーナイトで、普段は閉まってしまうお店も夜通し開いていたりして、とても賑やかになるそうだ。

 散策後はバスに戻り、レイキャビクの街を一望できるペルトランに向かった。
 ペルトランは熱湯貯蔵タンクの集まりだ。そのタンクが建っている様があまりにも不格好でかつ街のどこからでも見えてしまったことから、そのタンクの上に半球状のガラス・ドームを乗せて、レストランや会議室、サガ博物館などを据えたという。レストランはタンクのてっぺんにあり、1時間に1回転する展望レストランになっている。
 「ペルトラン」はアイスランド語で真珠という意味だそうだ。

 ペルトランではガラスドームの周りに作られた展望台に出ることができた。風が強く、流石に寒い。
 レイキャビクの街が一望でき、さらに反対側には国内空港があって飛行機の離発着を見ることができる。
 緑が多く、赤い屋根の可愛らしい家がたくさんあり、遠くにハットルグリムスキルキャ教会も見える。

 眺望を堪能してドームに戻るとそこはカフェになっていた。暖かい。
 男の人3人が集まって何やら図面のようなものを広げて打ち合わせをし、その横で小さな姉妹がジュースを飲んでいるテーブルがあった。彼女たちがあまりにも可愛かったので、誰がお父さんなんだろうと思いつつ声をかけ、一人ずつ写真を撮らせてもらった。
 アイスランドの子ども達は大抵彼女のようにクリームブロンドの髪をしていて、大人になるにつれて段々髪の色が濃くなるそうだ。
 それにしても可愛い姉妹だった。

 ペルトラン1階にあるサガ博物館にも惹かれたけれど、トータル30分強の持ち時間しかなかったので諦め、代わりに英語版のパンフレット(500クローナ)を購入した。パラパラとめくると、使われていた道具類の展示と、人形で当時の情景を再現した展示とがメインのようだ。
 短時間で果敢に見学された方がいらして、「ちょっとおどろおどろしい感じだったわ。」とおっしゃっていた。

ハットルグリムスキルキャ教会 11時くらいに、ペルトランから見えたハットルグリムスキルキャ教会に戻った。
 市内中心部の通行規制のためか、アイスランドに来てほとんど初めて渋滞を見た。どんどん中心部に入れなくなっているらしく、バスを教会の駐車場に残し、あとはランチまで歩いて見学しましょうということになった。
 教会には地上70mの高さに有料の展望台があり、エレベーターで上がることができる。上がりたい人はどうぞと20分くらいの自由時間になった。

セラミックのお店 ペルトランで眺望は堪能したので教会の展望台はパスし、教会とその前に建つレイブル・エリクソンの銅像とを写真に撮ろうと、カメラのファインダーに全景が入るところまで、教会からまっすぐ伸びる道路を後ろに下がった。
 そうやって歩いていたら、ハンドメイドのセラミックのお店があった。道路からちょっと引っ込んだところにあり、看板が出ている。「LISTVINAHUS」という名前だ。
 店構えがなかなか可愛らしかったので、お香立てにしようと小さなロウソク立て(1450クローナ)を一つ買い、お店の写真を撮らせてもらった。お店の奥は仕事場になっており、まだ焼いていない器などがたくさん並べられ、ろくろも置いてある。そこでバナナを食べていたおじさんが全て作っているそうだ。

 そろそろ集合時間だとお店を出たところで、ばったりツアーの方々が歩いているところに出くわした。
 慌てて「まだ集合時間じゃないですよね?」と聞くと、カルチャーナイトの準備中だった教会は見学できず、展望台にも上れなかったので、早めに次の目的地に向かうことになったらしい。教会に一歩も入らなかった私は捜されていたようだ。申し訳ないことをしてしまった。

 そのままお昼を食べる中華料理屋さん「上海」まで行き、ランチタイムまで30分強の自由時間になった。ちょうどそのレストランが面した道路がレイキャビクの繁華街で、お店が並んでいる。
 教会の方に少し戻り、「THE HANDKNITTING ASSOCIATION OF ICELAND」という、半地下の少し入りにくい感じのお店に入り、散々悩んだ末、マフラーを2本(1本2900クローナ)を購入した。アイスランドの伝統的な編み方・デザインではないけれど、単色でゆったりと編まれていて使いやすそうだ。

 集合時間ジャストに「上海」に到着すると、すでにみなさん席に着き食事が始まろうとしていた。
 昼食のメニューは以下のとおりだった。久々の炊いた白米とおしょうゆ味、お茶が嬉しい。
  牛肉と卵のスープ
  レタスと白菜のそぼろあんかけ
  チキンの黒こしょう焼き
  海老とブロッコリーのオイスターソース炒め
  ご飯
  フルーツ
  中国茶

 食事を終えてレストランを出ようとしたら、いきなり雨が降り出した。少し待ったけれど止みそうもなかったので、みな次々とレインコートを着込んで歩き出す。突然の雨にも慣れたものだ。
 レイキャビク・マラソンは正午スタートだったらしい。選手の人たちは冷えてしまわなかっただろうか。

 教会の駐車場で待っていたバスでガイドさんとはお別れした。
 溶岩台地の道を走ること1時間弱、ブルーラグーンに到着した。バスタオルなどを借り(正確には添乗員さんが借りてみんなに配ってくれ)、更衣室に向かう。
 ここのロッカーキーはなかなか複雑で、ロッカーの扉を閉めると、一番近いスイッチボードのようなところにロッカーナンバーが表示される。そのナンバーが点滅している間にスイッチボードにリストバンドになったキーをかざすとロッカーの扉がロックされる。開けるときは逆の手順だ。

 また、ブルーラグーンは大きな露天風呂だけれど、水着着用、その水着に着替える前にシャワーを浴びて備え付けの石けんで体と髪を洗わなければならない。流石にシャワーブースを開けて点検するわけではないけれど、更衣室に係員が常駐している。
 なかなか厳格だ。

 ブルーラグーンは、もの凄く広い。更衣室から出てウッドデッキのようなところからすぐ湯船(というか露天風呂)になっている。サンダルなどは置いておくところがないので必要ありません、という添乗員さんの説明がよく判る。
 更衣室近くはちょっとぬるめで概ね奥の方が熱いお湯になっているようだ。
 WaterProofの写ルンですを手首に引っかけて、まずは大きく一周する。写真を撮ったり撮っていただいたり、美容にいいらしい泥を容器からすくって顔中に塗りたくったり、打たせ湯に打たれたりする。
 サウナよりも温泉だ。

 ブルーラグーンの底は美容用の泥と同じようにぬるぬるしていたり、溶岩そのものなのかゴツゴツした岩状だったりする。足を取られてこけそうになった。
 すぐ横に溶岩が積み上げられて遊歩道のようなものが作られている。湯船からも直接行けるし、見学の人(というか、洋服を着ている人)もどこからか来られるらしく歩いている。私も水着のままで上がってみたら、なーんにもないところで少し高くなっているため、風が吹き付けてあっという間に冷えてしまった。
 いわゆる「ブルーラグーン」の外にもミルキーブルーのお湯の池が広がっており、何だか不思議な風景だった

 2時間の持ち時間のうち、30分を過ぎる頃にはツアーの方々ほとんどの姿が見えなくなった。私一人、1時間以上もうろうろボンヤリとお湯に浸かる。
 それだけ長くお湯に浸かったおかげか、上がってもかなりポカポカしていた。そのポカポカしたところで、ソフトクリームを食べる。
 昨日、ゲイシールでソフトクリームを食べていた方が「美味しいよ。」とおっしゃっていて、流石にゲイシールで写真を撮るべく寒風の中で粘っていた直後は食べる気がしなかった。お風呂上がりなら大丈夫だ。
 普通サイズでも私の握り拳くらいの大きさがあり、ミルク味であまり甘くなくてさっぱりして美味しかった。

 ブルーラグーンのギフトショップも見たら、いかんせん高い。
 バスソルト1回分が770クローナもする。1500円のバスソルトなんてとんでもない。その他のローションやクリームなどは推して知るべしである。
 アクレリのお土産物屋さんでもブルーラグーン製品が売られていて、そちらの方がお安かったのではないだろうか。バスソルト1回分が700クローナで買えたような記憶がある。
 また、空港でもブルーラグーン製品は販売されていた。

 ブルーラグーンから今日の宿であるグランドホテルに直行し、17時にチェックインした。アイスランドに到着した日に泊まったホテルだ。もう明日には帰国なのだということをひしひしと感じる。
 前回泊まったときはツインベッドルーム、今回は一人で泊まるには無駄に広いダブルルームだった。
 テーブルの上にチョコレートの箱が置いてあって、添乗員さんに尋ねたら、レイキャビクの旅行社がバス故障のお詫びとして配ったものだという。

 後で聞いた話だと、今日はカルチャーナイトのためレイキャビク中のホテルが満室で、このホテルでも通常はノースモーキングルームにしている部屋も今日だけはスモーキングOKにしてあったらしい。
 そのため、テーブルのチョコレートの箱の横に灰皿が置いてあり、これまで出番のなかったお香をたいてリラックスした。

 夕食は19時からだ。徒歩15分のスーパーマーケットに出かけようと思ったら、お部屋の確認等々に回ってくるはずの添乗員さんがなかなか現れない。明日の出発は5時とかなり早いから、あちこちで捕まっているのだろう。
 ホテルの部屋にお湯を沸かすポットがあったので、持って行ったティーバッグでお茶をいれ、折り紙でくす玉を折った。ドライバーのグンメさんにはお子さんが二人いるという話だったので、二つ作ってお礼代わりに差し上げようという心づもりである。

鯨のカルパッチョ アイスランド最後の夕食のメニューはこんな感じである。これにアイスランド・ビール(600クローナ)をいただいた。
  前菜 クジラのカルパッチョ
  メイン 鮭とオオカミウオのソテー
  デザート フルーツケーキ コーヒー
 グランドホテルのメインダイニングは、アイスランドでも屈指のレストランだそうだ。ツアーのみなさんも、今日はいつものツーリスト・スタイルではなくドレスアップしている方が多かった。私もワンピースなど着る。
 オオカミウオは、途中のスーパーで薫製を買った方がいらした。お裾分けをいただいて食べたときにはちょっとクセの強いお魚かと思ったけれど、素直で淡泊な白身魚でおしょうゆで食べたらとても美味しかった。

 食事後、何人かの方がカルチャーナイト見物に出かけていらっしゃったけれど、私は明日の朝が早いのと、行きはいいとして、帰りがタクシーにしろ歩くにしろ、アイスランドの治安がいいとは言っても一人では不安だったので、お部屋で過ごすことにした。
 そういうことなら、ブルーラグーンで散々お湯につかったとはいえ、さらに温泉気分を満喫しようとバスタブにお湯を張り、硫黄臭いアイスランド版の温泉を心ゆくまで堪能した。

 明日は4時にモーニングコール、4時30分から朝食が食べられて、5時にはホテルを出発する。
 まずは荷造りをやっつけてしまおうと奮闘していた23時頃、バンッバンッという音が聞こえた。
 実はこれまでオーロラはもちろんのこと、星空すら拝めていない。最後のチャンスだとカーテンを全開にしていたので、窓の外に花火が上がっているのが見えた。
 カルチャーナイトで花火が上がるとは聞いていたものの、街の中心部の方角だという話で、部屋からは見えないものと諦めていた。それがかなり遠いけれどばっちり正面に見える。

 残ったメディアの限りを使って、アイスランドの花火を動画で撮影した。
 ふいに花火が途切れ、よくよく外を見ると、大雨が降り出していた。カルチャーナイトに繰り出していた人々は大丈夫だったろうか。
 星空とは出会えないまま諦めて多少でも眠ることにして、目覚まし時計を3時30分にセットした。

 アイスランド旅行記7日目<-  ->アイスランド旅行記9・10日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.19

アイスランド旅行記7日目

2005年8月19日(金曜日)

 5時半に目が覚めた。カーテンを開けると、外は雲一つない晴天だ。
 アイスランドのホテルは、少なくとも私が泊まった範囲では遮光カーテンのみで、レースのカーテンはついていないことが多い。アクレリのホテルの部屋は中庭を挟んで反対側もお部屋だったので、カーテンを全開するにはちょっと勇気がいる。でも、カーテンを閉めると部屋は真っ暗になってしまう。

アクレリの街 地下1階のレストランは、時間になるまでエレベーターは停まらないし階段もない。
 少し早めにロビーに降りたので、外に出て散歩をした。コートを着ていないので寒く、本当にホテル周辺を少し歩いただけだ。でも、空気も清々しく、青空に海が光って気持ちよい。
 アクレリはフィヨルド沿いの街で、ホテルから1分も歩けば海なのに、潮の匂いがしない。
 ロビーにあったパソコンを触ってみたところ、インターネットもストレスのない早さだし、日本語表示も大丈夫だ。メールチェックをしたらDMと迷惑メールしか届いておらず、笑ってしまう。

 ホテルを8時に出発し、東海岸に入ってからずっと見え隠れしていたフィヨルドとも別れ、U字谷の底を進む。青空と緑の大地、山の上の方には雪も残り、のどかだ。羊がいたり、雁がいたり、干し草をまとめた固まりがあったり、山あり谷ありで飽きずに眺めていられる。
 9時15分くらいに、ヴァルマフリーズの街で内陸ハイランド地方に突入する前最後のトイレ休憩となった。実はそこのお店はドライバーのグンメさんのおじさんのお店だったそうだ。
 観光案内所もあり、アイスランドの各地方を紹介する冊子をいくつかもらった。

 この街で1号線を離れ、10時前に未舗装道路に入った。
 アイスランドでは、地図上で未舗装道路には道路ナンバーの頭にFがついているそうだ。その未舗装道路に入っても、しばらくは緑の中を走る。
 もの凄く揺れるのではないかと覚悟していたから、思っていたほどではない。「洗濯板の上を走っているようだ」とおっしゃるツアーの方もいらしたけど、私としてはもっとガタゴトという刺激が欲しいところだ。
 30分も走らないうちに周りの景色から緑が消え、代わりに道の両側それぞれに遠く氷河が見え始めた。
 お天気が良くて本当に良かったと思う。

 私がこのツアーを選んだ最大の理由は、ギャウでも間欠泉でもブルーラグーンでもなく、この内陸ハイランド地方に行けるという点にあった。だから、私の中では今日がこのツアーのピークでありハイライトである。
 このツアーでは、ホフスヨークトル氷河とラングヨークトル氷河の間を抜けるキョルル・ルートをバスで縦断する。車の運転が得意なわけでもなく、2台以上の車に分散できるほどアイスランド好きを集めることもできない私には、もっとも簡単に内陸ハイランド地方に入り込む方法がこのツアーだ。
 今日、晴天に恵まれれば、これまでの荒天は全て許せる気分にもなる。

 10時30分過ぎ、水力発電のために造られたフロンドラン湖の展望台でフォト・ストップした。
 バスの中は日差しがさんさんと降りそそいで暑いくらいだけれど、外に出ると流石に風が冷たい。
 湖面は黒く光っていて、とても眩しい。その向こうに(推定)ホフスヨークトル氷河が見える。湖の水の黒と、氷河の白と、空の青さと、それぞれが強烈な明るさを競っている。

 遠くに見え隠れする氷河と、その手前の荒涼とした大地のコントラストを眺めていると、どんどん氷河が大きく近くなって来た。
 結構なスピードで飛ばしていた未舗装道路をそこだけはゆっくりと曲がり、クベラベトリルのキャンプ場に到着した。ここでボックスランチである。
 メニューは、ハムと豆のサラダのサンドイッチ、ハムとトマトとキュウリと卵のサンドイッチ、マフィン、リンゴ、ヨーグルト、ジュース、コーヒー・紅茶である。

クベラベトリル このキャンプ場は地熱帯にあるそうで、温泉が湧き出ている。ちょっとした地獄谷の風景だ。そこから流れ出した川は温泉の成分で底が白くなり、湯気をあげて流れている。
 だからきっと他よりも暖かい筈だ。しかし、そろそろ空は朝のピーカンから雲も出始め、風は相変わらず強く、日陰に入るとかなり寒い。
 遠く氷河はまだくっきりと見える。キャンプ場周辺は緑が広がっていて、そのコントラストも綺麗だ。

 キャンプ場のロッジの脇に湯船があり、近くの川から水を引いてきて熱い温泉を埋めて入浴できるようになっていた。ロッジにはウッドデッキがついており、何だろう?と思って近づいたら湯船に浸かっている人がいて驚いた。
 また、一昨日、旧国道1号線を抜ける直前の農家にもあった、芝土でできた家がキャンプ場にぽつんと建っていた。

 曇り始めた空の下、できればグトルフォスの滝までお天気が続いて欲しいと祈りつつ、バスに揺られる。
 途中、内陸ハイランド地方に入ってから初めて、動物を見かけた。すぐに逃げてしまったけれど、多分キツネだと思う。茶色で、何だか可哀想なくらいに痩せていた。
 他にも動物がいないかと目をこらしていたら、マウンテンバイクで走っている3人を見かけた。この寒さと風の中、ガタガタのうえに坂が多いこのルートを自転車は辛すぎる。

右側の氷河 1時間くらい走ると、右手にかなり大きく氷河の先端が見えてきた。ひとつの湖に2カ所から氷河が落ちているのが見える。ラングヨークトル氷河が流れ落ちることで作り出されたクヴィタバートン湖だ。ここでフォト・ストップである。
 個人管理されているお手洗いも設置され、今日は幸運にも使用することができた。今回のツアーではすでに青空トイレは体験済みとはいえ、こんな何もない平らなところでは隠れようがない。閉まっていることも多いそうだから、やはりラッキーだ。

後退した氷河 クヴィタバートン湖は、以前は2カ所とも直接に氷河が落ちていたために氷塊が浮かんでいたそうだ。今は向かって左側の氷河が後退してしまったため、湖には何も浮かんでいない。静かな湖だ。
 ここを過ぎると氷河ともお別れだと言われ、みんな食い入るように見たり、写真を撮ったりしていた。
 クヴィタバートン湖がこれから行くグトルフォスの滝の源である。

 そこから30分も走らないうちに周りの様子が変わり始め、岩っぽいごつごつした感じから少しずつ砂っぽい感じになった。未舗装道路もあと少しだと思うと名残惜しい。
 そんなことを思っているうちに、ふいに地面が平らになり、バスの走りがスムーズになった。未舗装道路を抜けたのだ。

 15時半にグトルフォスの滝に到着した。
 滝の上にある駐車場からは、ラングヨークトル氷河を遠く望むことができた。本当の本当に、これが氷河の見納めである。
 じーっと目をこらしたり写真を撮ったりしていたら、すっかりツアーの方々から遅れてしまった。
 歩いて行くと、大きく手を振って呼ばれた。
 グトルフォスの滝に虹がかかっている!

 これまで滝に到着したときには常に曇天か雨天で、「虹がかかる滝」を見られないままに来た。それがあるから、よけいに嬉しい。
 それも「黄金の滝にかかる虹」である。今も決して青空が広がっているわけではないけれど、雲の間から射す太陽の光がある。しばらくぼーっと眺める。
 何だかもう満足だぞと思っていたら、添乗員さんに「ぜひこの先も見てください。」と言われた。展望台のようになったところからさらに滝に沿って遊歩道が伸びている。滝近くではほとんど雨のような水しぶきを浴びることになるけれど、グトルフォスの滝は、この先さらに落ち込んでいて、その様子が迫力ものだ。

グトルフォスの滝 レインコートを着込み、水しぶきを浴びつつ滝の落ち口まで行った。
 滝の上に出てしまえばそれほど水しぶきはかからない。
 そこまで行くと、グトルフォスの滝が二段構えになっていることが判る。そしてその二段目の落ち方の方がよりが深く激しい。落ちた先では、滝とは直角の向きに川が流れて行く。
 氷河を水源とする滝の水は白く濁っていて、それがさらに迫力を増している。

 この滝を水力発電所にしようとした外国資本の構想も、それに反対し、発電所をどうしても作るというのならこの滝から身を投げると主張した少女シーグリーズルの気持ちも、両方判るような気がした。
 このシーグリーズルの像(石にレリーフが埋め込まれている)が、滝を見渡せる位置に立っていた。

 グトルフォスの滝から15分くらい車で走るとゲイシール(間欠泉)があった。
 ゲイシールは、英語で間欠泉を意味する「gayser」の語源にもなっている。ただし、今はゲイシールは活動を停止していて、1日に2〜3回、5〜10mほど吹き上げることがある程度だという。

ストロックル その代わり、すぐそばにある「ストロックル」という間欠泉は、10〜15分間隔で30mくらいまで吹き上げていてなかなか迫力がある。
 こういう大きく吹き上げる間欠泉だけでなく、その他の間欠泉にもすべて名前がついていて、名前が彫られた石が間欠泉のそばに置かれている。

 間欠泉は、水がゆれて盛り上がったりへこんだりする。それが何度か繰り返され、まん丸く盛り上がった直後にバーッと熱湯を吹き上げる。正しく何分おきというわけではなく、何回か続けて吹き上げたり、丸く盛り上がったのにそのまますーっと沈んで肩すかしを食わされたりする。
 既に16時30分を過ぎていたし、空は完全に雲に覆われてかなり冷え込んでいる。
 ツアーの方々がお土産物屋さんに次々と向かう中、私は「吹き上がった瞬間の写真」を撮りたくて、何度も何度も失敗し、手がかじかみながらも集合時間ぎりぎりまで粘った。

 元々の旅程では、今日の宿はレイキャビクの予定だった。しかし、出発前、セルフォスの街に変更なったと連絡が入っている。セルフォスの町までゲイシールから1時間くらいだ。
 ガイドさんによれば、レイキャビクでは明日、カルチャー・ナイトが開催されるそうだ。
 レイキャビク・マラソンが行われたり、歩行者天国になってお店なども夜遅くまで開いていたり、花火が上がったり、それはそれは賑やかになるらしい。レイキャビクでは年越しと並ぶ大イベントだという。
 それでホテルのダブル・ブッキングも起こったのだろうと納得した。

 ホテル・セルフォスは、4階建てで、シースルーのエレベーターがあったりして近代的な感じの新しいホテルだった。
 ホテルはちょうど川の合流地点に建っており、くじ引きの結果、その川に面した眺めの良い部屋が当たった。嬉しい。
 久しぶりにバスタブのあるお部屋で、ゆっくりアイスランド版自家温泉が楽しめる。

 19時からの夕食のメニューはこんな感じである。これに白ワイン(700クローナ)をいただいた。
  前菜 クリームベジタブルスープ
  メイン マスとハドックのソテー ライス添え
  デザート チョコレートムース コーヒー

 ツアーに今日がお誕生日の方がいらっしゃって、食事の最後にバースデーケーキが運ばれた。アイスランドではバースデーケーキにはろうそくではなく花火を立てるらしい。もちろん、吹いたくらいでは火は消えない。
 そのケーキを切り分けて、みんなでお裾分けをいただいた。メレンゲにチョコチップを混ぜ込んで焼いたようなケーキだった。

セルフォスの夜景 夕食を食べ始めた頃から、とうとう雨が降り出した。雨に滲む川の夜景がとても綺麗だ。
 部屋の窓からはぎりぎりで教会も見ることができた。細くしか開かない窓から無理に手を伸ばして写真を撮る。
 そんなことをしていたら、すっかり遅くなってしまった。
 バスタブに硫黄の匂いのお湯を張り、ゆっくりと温泉気分を楽しんでから就寝した。

 アイスランド旅行記6日目<-  ->アイスランド旅行記8日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.18

「伊藤英明「王の道」を行く! インカ帝国の魂(仮)」を見る(予定)

 インターネットで「伊藤英明「王の道」を行く! インカ帝国の魂(仮)」という番組が放送されることを発見した。
 番組のホームページを見てみたら、「インカ帝国滅亡後も「王の道」が残ったのは何故か」をテーマに、伊藤英明がペルーに今も残る「王の道」をたどって旅をする、という内容のようである。
 制作発表を伝えるニュースによると、マチュピチュはもちろんのこと、標高6336mのアウサンガテ山に馬で登ったり、女の子が初めて髪を切る儀式に参加して「第二のお父さん」になったり、かなり濃い旅だったらしい。
 放映日は出かける予定なので、忘れずにビデオをセットしようと思う。

2006年1月28日(土曜日) 午後2時から
TBS「伊藤英明「王の道」を行く! インカ帝国の魂(仮)」

| | コメント (0)

2006.01.09

アイスランド旅行記6日目

2005年8月18日(木曜日)


 この日はミーヴァトン湖周辺の見どころを回り、泊まったホテルに戻ってきてランチ、湖の南端を回り、ゴザフォスの滝を経由してアクレリまでという行程だ。9時にホテルを出発する。
 バスの中にもミーヴァトン湖名物(?)の蚊がたくさん入り込んでいる。何故かみな窓ガラスにひっついて車内を飛び回るようなことはない。ガイドさんから「この虫は油分をたくさん含んでいるので潰すと窓ガラスが汚れてしまい取れなくなる。窓ガラスを叩いて潰さないように。刺したりはせずに無害だから。」と注意された。
 バスにはたくさん入り込んでいるのにホテルの中にはほとんどいなかったのが不思議だ。


 まずは、クラフラの地熱発電所を見渡せる場所でフォト・ストップとなった。アイスランドでは水力発電が主だけれど、地熱発電も行われている。地下2000mから吹き上がる350度の蒸気をパイプラインで集め、その蒸気を利用して発電しているそうだ。
 茶色い地面にパイプラインが張り巡らされ、あちこちから蒸気がもくもくと上がっている。前近代的なのか近未来的なのか、微妙な眺めである。


 地熱発電所からすぐのところに、ヴィーティーの丘があった。火山の爆発によりできたクレーターに青緑色の綺麗な水がたまっている。
 しかし、その綺麗な色にも関わらず、ヴィーティーというのは「地獄の丘」という意味だそうだ。


 ミーヴァトン湖周辺は見どころが固まっている。その次に訪れたレイルニュークルまでバスに乗って10分もかからなかった。
 駐車場をスタートし、苔が生え始めた溶岩台地を抜けて目の前に見えている丘を一周する散策コースだ。昨日の雨で土の道は結構ぬかるんでいる。


池 丘の手前に広がる溶岩台地に小さく亀裂が走っている。私がまたげる程度のその亀裂も「ギャウ」の一部だ。
 丘の山肌は茶色くて、そこから白い蒸気が上がっているのが見える。火山活動が続いているらしい。
 30分くらい歩いたところで、地獄谷のような池に到着した。青みがかった白に濁ったその池からは、もうもうと湯気が立ち上っている。硫黄の匂いも強烈だ。


 池から先は真っ黒な溶岩台地が広がる中を遊歩道に沿って歩いた。
 苔が生えている岩を選んで触ってみるとかなり温かい。
 硫黄分なのか、黒い溶岩台地に白っぽい黄色っぽい何かが付着しているのが目につく。
 丘のてっぺんに到着すると、茶色っぽい土の色と溶岩台地の黒と、そこから立ち上る白い湯気と、苔の緑と荒涼とした景色を見渡すことができた。
 
地獄谷 ミーヴァトン湖周辺は、アイスランドでも火山活動や地熱活動が活発なところで、「火の国」を実感させるスポットが集中している。
 次に向かったナウマスカルドは、アイスランド版の地獄谷のようなところだった。
 グレーの底なし沼では、沸き上がる硫黄によってお湯がブクブクと丸く盛り上がっては消えている。こんなところに落ちたくない。
 何カ所かケルンのように岩が積まれ、そこから白い噴煙が上がり風にたなびいていた。ただでさえ周辺は硫黄臭いのに、そのケルンに近づくとさらに強烈な硫黄の匂いに包まれる。


ギャオ ミーヴァトン湖を見渡せる場所でフォト・ストップをした後、グリヨッタギャオに向かった。
 平原に一筋盛り上がっている「ギャオ」が走っている。これまた私がまたげる程度の幅の亀裂である。下は5mくらいの深さに見える。落ちることができる程度の隙間があいているのがちょっと怖い。
 添乗員さんにギャウをまたいだ写真を撮ってもらっている間、目の横がひくひくしてしまった。


 ここが珍しいのはその亀裂の中というか下に洞窟があり、天然の地下温泉が沸いていることだ。
 潜りこんでみると、ブルーグリーンの透明なお湯から湯気が上がっている。
 20年くらい前まではお湯に浸かれたけれど、その頃に火山活動が活発化し、一時は湯の温度が80度近くまで上がっという。
 今は50度くらいまで下がったものの入浴は禁止されている。とはいうものの、そのような看板などは一切立っていない。
 お湯に手で触ってみたら、足湯としてなら大丈夫なんじゃないかという感じだった。もう少し時間があったら試してみたかったなぁと思う。


 ここまで巡ったところで、ホテル・レイニフリズに戻り、昼食になった。メニューは以下のとおりである。
  メイン ハドック(鱈の一種)とカワマスのソテー
  デザート パンケーキ コーヒー
 このホテルでは、食事の際にミーヴァトンの地熱で蒸した蒸しパンが出る。茶色っぽい黒っぽい色をしていて、独特の何とも言えない風味がある。ホテルの売店でも売っていて、日本に買って帰るかかなり迷ったけれど、日持ちがよく判らなかったので見送った。


 午後の観光は、ミーヴァトン湖の風景としてはもっとも有名だろうプセウド・クレーター群を見ながらの散策から始まった。
 朝から天気が良くなかった上に、午後には風が出て体感温度がかなり下がった。長袖Tシャツの上に半袖Tシャツを着込み、その上からシャツを羽織ってコートを着てもまだ寒い。手袋が必要だ。
 このプセウド・クレーター群周辺は珍しく「散策路以外立ち入り禁止」で、見晴台まで作られていた。このクレーターが水蒸気爆発により土地が持ち上げられて作られたということと関係あるのだろうか。


 これでミーヴァトン湖周辺観光は終了し、バスはゴザフォスの滝に向かった。20分も走らないうちに到着する。
 滝に近い方の駐車場でバスを降り、滝の落ち口に向かう。ガイドさんに「帰りは滝から続く川沿いの散策路を戻り、少し遠めの駐車場まで歩いてください、そちらにはお手洗い等もあります。」と案内される。


 ゴザフォスの滝は、高さ14mで、横に翼を広げたような形をしている。
 ガイドさんは「この高さが14mしかない大したことのない滝が有名になったのは、アイスランドがキリスト教を国教と定めたときにヴァイキングの神像を投げ入れた、という伝説があったからです。」と言う。けれど、私には、姿が良いせいか、昨日見たデティフォスの滝に遜色のない迫力があるように感じられる。


橋 滝から続く散策路は、ピンクと紫の小さな花が一面に咲いていたり、滝から続く川が崖下を流れているのを眺めることができたり、駐車場の手前には「果たして何回流されたのだろう」というような橋がかかっていたりして、なかなか楽しかった。


 ゴザフォスの滝から1時間くらいフィヨルドに沿ってバスは走り、17時前にアクレリの街に到着した。
 このツアーはいわゆるお土産物屋さんに寄ることがないので、ガイドさんには、アイスランド第2の都市であるアクレリには早めに着いて、お買い物や街歩きを楽しんでもらいたいという気持ちがあったようだ。
 ホテル到着前に、アクレリの街を簡単にバスで案内してくれる。フィヨルドに沿って埋め立てた空港があり、大きな教会があり、博物館があり、植物園が広がり、その先には天然温泉プールもある。
 旧市街には可愛いデザインの家が並んでいる。アイスランドでは100年以上遡ると芝土の家になってしまうので、今残っている家はどんなに古くても100年前くらいのものだという。


 アクレリの宿はホテル・ケアである。
 このツアー中、シングルルームになったのはこのホテルだけだった。流石に「手狭」という感じがする。スーツケースを広げると足の踏み場もない。
 狭いところに逼塞しているのも何なので、早速散歩に出た。


 ホテルの前にはサブウエイ(久々に見かけるファーストフード!)があった。
 そちら方面ではなく、ホテル横の階段を上がると教会に出る。植物園に向かってさらに坂を登る。振り返るとアクレリの街が一望だ。
 もうちょっと全景が見えないかと細い小道を入ったら、その道はそのままジグザグに下り、旧市街まで続いていた。途中でランニングをしているお兄さん達とすれ違ったから、どこかのクラブチームのトレーニングコースになっているのかも知れない。
 旧市街にある観光案内所に入った。何しろ寒い。フリーで配られている地図やパンフレットを集める。
 バックパッカーの人たちが集まって、宿の予約をしたり、明日の移動手段を相談したりしていた。


 あまりにも寒いので本屋さんとお土産物屋さんにも立ち寄った。
 本屋さんで、アイスランドの自然を集めたようなCD-ROMがあれば買おうか、写真集があれば買おうか、ヴァイキングの絵本があれば買おうかと探す。しかし、本は全般的にかなりお高い。いくらだったのかは覚えていないなりに、ちょっと躊躇する値段だったことは覚えている。それに、絵本は何故か絵が可愛くなくて怖い。
 どうもお買い物をしようとしてやっぱり諦めた、なんてことを繰り返している気がする。


ビール 19時からの夕食メニューは以下のとおりだった。
  前菜 マッシュルームスープ
  メイン ラムステーキ
  デザート アップルパイ コーヒー
 アイスランドで一番メジャーだと思われるVIKINGというビールはアクレリで製造されている。そうと聞いて、飲み物にはもちろんビール(590クローナ)を頼んだ。生ビールではなかったのが残念だ。


 夕食後にシャワーを浴びて部屋でぼーっとしていたら、22時過ぎにいきなり「パンッ」みたいな音がした。窓を開けてみると、何だかやけに低いところに慎ましくあがる花火が見えた。アイスランドでは各家庭で打ち上げ花火を上げてしまうそうだから、この花火も「私家版」だったのかも知れない。
 ホテルのすぐ裏の教会では、15分おきに鐘を鳴らしている。これじゃあ眠れないよと思ったけれど、23時ちょうどの鐘までしか覚えていない。きっとすぐに眠りに落ちてしまったのだろう。


 アイスランド旅行記5日目<-  ->アイスランド旅行記7日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006.01.07

双眼鏡が届く

 昨年末に、友人の結婚式に行って来た。
 それほどたくさんの結婚式にお招きいただいているわけではないのだけれど、それにしても、最近の引き出物はカタログ式であることが多いように思う。
 昨年のうちに早速ページをめくって楽しみ、悩んだ末に双眼鏡を選んだ。

 その双眼鏡が今日届いた。
 いつかまたサファリに行くときには活躍するだろう。
 まだ予定は全く立っていないのだけれど、次に旅行するときには絶対持って行こうと思う。それならば、次の旅行先は景色がいいところがいいな、などと考えたりしている。
 とても楽しみである。

| | コメント (0)

2006.01.06

「旅-旅という名の女性誌」2006年2月号を購入する

 新潮社の「旅-旅という名の女性誌」2006年2月号を購入した。
 発売日は1月7日なのだけれど、6日の昼に並んでいなかったこの雑誌が夕方には平積みにされていた。職場と本屋が近いと便利である。
 今月号のメインは「古都から未来都市へ こんなバンコク、知ってました?」という特集だ。
 メイン特集の惹句に「私」が入っていないのは、リニューアル第4弾にして初めてかも知れない。

 バンコクは子どもの頃に1回行ったきりである。そのときの記憶は「水上マーケットと派手なお寺と黄色いお坊さん」に尽きるところがあるのだけれど、テレビや雑誌で最近特集されるところのバンコクは「気軽に行ける、エステとお買い物の街」か「カオサン」かの両極のイメージがある。
 「旅」で特集されているバンコクはどんなバンコクなのだろう。

 横山秀夫の連載小説「ノース ライト」も、乃南アサの「中国の六つの赤」という紀行文も、今月号が最終回だ。
 来月号の特集はフィレンツェである。
 2006年3月号を買うかどうか、かなり迷っている。

| | コメント (0)

2006.01.03

アイスランド旅行記に写真を追加する

 アイスランド旅行記の4日目と5日目に写真を追加した。
 何だかとても肩の凝る作業である。

アイスランド旅行記4日目はこちら
アイスランド旅行記5日目はこちら

| | コメント (0)

2006.01.02

アイスランド旅行記5日目

 2005年8月17日(水曜日)

 何故か5時半に目が覚めた。外を見るといいお天気で、今日は日差しがかなり強そうである。
 7時過ぎに朝食を食べにレストランに行くと、もうお散歩をして来た方がいらして、ホテルから歩いて5分くらいのラーガルフリョート湖に行くと景色がとても綺麗だと教えてもらった。今日は出発もゆっくりになって時間がある。朝食後、散歩に出た。

 湖畔に出ると、アイスランド・ポニーが2頭飼われていた。
 湖があって、小屋があって、空は青くて、ポニーがのんびりと緑の草を食んでいる。まるで絵に描いたような牧歌的な風景が広がっていた。
 何故かポニーが寄って来た。木の棒と針金だけで作られた柵では少々心許なく、動物が余り得意でない私はつい逃げ腰になる。

 9時にホテルを出発し、1時間くらい走ると、バスはガタガタ道に乗り入れた。
 今日行く筈だったアスキャ山は、途中の道がヨークルスアゥ・アゥフョットウム川の増水のために通行止めになってしまい、行くことができない。
 その代わり、モズルダル周辺の山岳道路(旧国道1号線)を通って、デティフォスの滝(ここは当初から今日訪れる予定だった)に向かい、そこからアウスヒルギ渓谷、フーサヴィークの街に寄ってから、今日の宿泊地であるミーヴァトンまでという行程に変更になっている。

 この山岳道路周辺の景色は、アスキャ山へ向かう道の風景に近いという。
 フォト・ストップをした場所は標高が500mくらい。もの凄い強風で、手がかじかみ、とても寒い。ここは森林限界を超えており、「不毛の溶岩地帯」といった眺めが広がっている。
 少し歩いて登るとさらに眺めの良い見晴台があるという標識が出ていたけれど、あまりの寒さに断念した。

 旧国道1号線は昔から使われていた道に沿って作られている。だから、旧1号線沿いには、昔、荒天でも道を失わないようにと作られたケルンが今も残っている。
 そして、現1号線は、道路工事の技術に発達に伴って、旧1号線のように「通りやすい道を通る」のではなく、山を削ったりトンネルを通したり橋を渡したりして「早く走れる道」に作り替えられつつあり、「毎年長さが短くなって行くから覚えるのが大変」とガイドさんが笑っていた。

農場 この山岳道路を抜ける直前、11時過ぎに標高468mというアイスランドで最も高地にあるモズルダルの農場でトイレ休憩を取った。この農場にはトイレの他に教会やお土産物屋さんが併設されている。
 その後、バスは一路デティフォスの滝に向かった。
 途中、大粒の雨が降り出してどうなることかと思ったけれど、12時過ぎに到着したときには何とか小降りになっていた。

デティフォス デティフォスの滝はヨーロッパ最大と言われ、高さは44mある。例えばスコウガフォスの滝よりも高低差はないけれど、幅100mに渡ってヴァトナ氷河を水源とする水が毎秒200t流れ落ちている。
 どうもこの「流れ落ちる水量」が滝の大小を決める要素らしい。

 駐車場から岩がごつごつした道を歩くこと数分で、デティフォスの滝を見渡せる展望台に着いた。
 ここだけはウッドデッキのように作られ、柵も設けられているけれど、ここからさらに歩くこと数分で滝の落ち口に近づくことができる場所があった。そこには全く柵も道も存在しない。
 ちょうど反対側の岸に向けて風が吹いており、これだけ大量の水が流れ落ちていてもほとんど水しぶきがかかることはない。
 嬉しくなって、本当にぎりぎりのところまで滝の落ち口に近づき、下をのぞき込む。
 落ちる水ももちろん迫力があるけれど、その滝に流れ込んでくる川も、グレーに濁った勢いの良い水が波立ち、ちょっと怖かった。

湧水 今日のお昼ごはんはボックスランチである。
 メニューは、チーズとキュウリのサンドイッチ、サーモンとレタスのサンドイッチ、チキンピラフ、ジュース、オレンジ、コーヒー、紅茶などなどだ。
 お昼ごはんは、デティフォスの滝の下流にある、ハプラキルフォスという小さな滝や湧き水があるのかそこだけ濃いグリーンに見える水溜まりなど、広大な渓谷をパノラマで見ることができる高台の広場のようなところで食べた。すでに13時を回って、お腹はかなり空いている。
 ただ、見晴らしが良いということは風をまともに受けるということでもある。折悪しく降り出した雨にも祟られ、とても寒いお昼ごはんになった。

 次に向かったのは、ヨークルスアゥルグリュ国立公園の中心をなすアウスビルギ渓谷である。
 この渓谷は馬蹄形をしており、高さ100mくらいの崖に囲まれている。その中央に玄武岩の大きな一枚岩があり、そのおかげで、一番奥にある見晴台から叫ぶと「こだま」を楽しむことができる。
 また、これだけ高い崖に囲まれているために渓谷の中は風がほとんど吹かず、珍しいことに森が形成されている。アイスランドでは、各家庭の庭木以外の木を見ることはかなり珍しい。

馬蹄形 遊歩道に沿って進むと、まずは池のような湖ようなところに到着した。水回りの崖は苔が生えており、ウッドデッキも設えられていてなかなか気持ちがよい。この池には鴨らしき鳥までいる。
 そこから少し登ったところに見晴台が作られていた。作られているというよりは、崖のくぼみが見晴らし台になりそうなので、そこまで行ける道をつけてみました、という感じだ。
 その見晴台に立つと、この渓谷の全体を見渡すことができる。もちろん「やっほー」と叫んでこだまも試した。
 駐車場に戻る遊歩道の両脇にはブルーベリーがたくさんなっていた。

 バスはさらに北上し、チョールネス半島に足を伸ばした。
 途中、海沿いの展望台でフォト・ストップを取る。海の向こうに見える島(か半島か)の一部に雨が降っていることが判る。黒い雲から落ちるグレーの雨、その雨の向こうに青空が透けて見えたりするのが面白い。
 雨が降る中ではあったけれど、バスの窓から北極圏にあるというグリムスエイ島を望むこともできた。ちなみに、アイスランドという国の中で北極圏にかかっているのはこのグリムスエイ島だけである。

 チョールネス半島を一周し、その付け根にあるフーサヴィークの街で一休みとなった。
 この街はホエールウォッチングの拠点として知られているけれど、残念ながら今回は街中の散策のみである。バスが停まった駐車場の目の前にホエールウォッチングに行く船の乗り場があったのに残念だ。それともこの荒天では船は出ないだろうか。
 割と強い雨の中、小さくて可愛い教会の内部をちょこっとだけ拝見し、お土産物屋に立ち寄った。

 雨が降っているときでも風が強いために傘はほとんど役に立たず、私は大抵ポンチョで歩いていた。
 お店に入ったり写真を撮ろうとしているうちに、アイスランドの家にはほとんど軒がないことに気がついた。例えばお店の入り口でポンチョを脱ぎ着したり、ちょっと雨宿りをして写真を撮ったり、ということができない。
 夏の間にたくさんの太陽を浴びるために、少しでも日を遮る物は作らないのだろうか。

 17時過ぎ、今日の宿泊地であるミーヴァトンに向けて出発した。
 湯気の出ている池など雨越しの景色を楽しんでいるうちに、ミーヴァトンのレイニフリズ・ホテルに到着した。
 バスを降りると、思ったよりも虫(蚊)が少ない。ミーヴァトンは「虫(蚊)の湖」という意味だし、小さくてじゃまっけな虫が多いけれど、蚊柱が立つほどではないように思う。

 お部屋で少し休憩し、虫除けスプレーの性能を試すつもりで、夕食前にちょっとだけ表に出た。
 だめだ。集まってくる。
 マチュピチュの蚊には威力を発揮した手製かつ特製の虫除けスプレーも、ミーヴァトンの虫には敵わないらしい。慌てて退散する。 

 夕食は19時からだった。メニューは以下のとおりである。
  前菜 薫製マスのサラダ
  メイン チキンのカレーソース ライス添え
  デザート ルバーブのパイ コーヒー

 レストランの入り口に小さなバーカウンターがあり、そこに生ビールのタップらしきものが見えた。ビール好きのツアーの方と一緒に、添乗員さんに飲み物を聞かれたときに「生ビール!」と元気よく伝える。
 果たして生ビールをいただけたのかどうかは謎だけれど、アイスランドに来て初めて泡のあるビールを飲めたことは確かだ。
 このビールは500クローナだった。

 このホテルのレストランは盛りつけもとても綺麗だった。
 「おぉ! アイスランドに来て初めて、みんなのお皿が同じ向きに置かれている!」と失礼なことで騒いでいたら、添乗員さんに一言「四つ星ホテルですから。」と言われてしまった。
 四つ星ホテルでこんなに騒いではいけません、ということだろう。申し訳ない。

 アイスランドで出されるコーヒーは概ね濃い。紅茶はお湯だけ出てきてティーバッグを選ぶケースが多いので、大抵コーヒーを選ぶようになった。
 その濃いコーヒーに、デザートにたっぷり添えられた生クリームを少し溶かしたら、まろやかになって美味しかった。

ホテル 食後にツアーの方とおしゃべりしていて、ホテルのお部屋の作りなど、一人参加の全員が同じわけではないことが判った。例えば、その方のお部屋はダブルルームで、私は何故かシングルベッドが縦に並んでいる角部屋だ。
 この「シングルベッドが縦に並んでいる」話は非常にウケた。なかなか信じてもらえずにデジカメで撮った写真をお見せしたところ、今度は「部屋の写真を撮っている!」と大笑いされる。

 ところで、角部屋でかつ2面が窓であるそのお部屋は、当然のことながら見晴らしが良い。
 このホテルの裏手は教会とお墓とキャンプサイトになっていて光源も少なく、空がばっちり見える。
 ここでオーロラが出ればいいのにと時々窓の外を覗いたけれど、残念ながら雲がかかっていて、オーロラどころか星さえ見ることはできなかった。

 アイスランド旅行記4日目<-  ->アイスランド旅行記6日目

2006年1月3日写真追加

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年12月 | トップページ | 2006年2月 »