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2007.02.26

「OZ magazine」2007.03.12号を購入する

 2007年2月26日発売の「OZ magazine」の特集が「女をあげるひとり旅」だったので、つい購入してしまった。

 特に「女をあげる」ことは希望していないのだけれど、「ひとり旅」はかなり気になるテーマである。以前に比べればまだいいとは思うけれど、やっぱりひとり旅というのはなかなか勇気がいる。現実問題としてホテルは高くなるし、旅館はそもそも一人客は相手にされなかったりもする。
 「こういう特集に頼って一人旅っていうのもね」とは思うけれど、でも気になるものは気になるのだ。

 行き先としては、「金沢」「倉敷」「京都」「奈良」「伊勢志摩」「石垣島」「長崎」というラインアップだった。修学旅行も含めれば、前4カ所は行ったことがあって、後ろ3カ所は行ったことがない。
 ページをざっとめくっただけだけれど、かなり「ごはん」と「お買い物」に力が入っているように見受けられた。
 お買い物はともかくとして、ひとり旅に出かけるに際して「ごはん」というのはやはり解決すべき大きなテーマなんだなと納得した。私は一人にかなり抵抗がない方だと思うけれど、それでもいざというときに「一人でも入りやすい」お店を知っているというのはかなり心強いことだ。

 ところで、スターツ出版株式会社の公式Webサイトにある「媒体紹介」のページを見てみたところ、「OZ」のコアターゲットは20代の女性なのだそうだ。
 先にこのページを見ていたら、買うのをかなり躊躇したに違いない。

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2007.02.25

「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」を見る

 今日の16時05分からフジテレビ系列で放映された「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」を見た。ちゃんと覚えていて、見られて、良かったと思う。

 遊牧民の一家の8才のナラという女の子を永作博美が訪ねる。
 彼女は、怪我をした父や病を持つ母を助けて働くことに忙しく、兄や姉が通った村の学校に通っていない。夏と冬に学校の休みを利用し、学校に通えない子ども達のための移動教室が開かれている。これはモンゴルの制度としてあるもののようだ。
 秋の、冬の支度に忙しい一家とナラを訪ね、最初は恥ずかしがっていたナラも段々慣れてきて教科書を見せてくれる。「学校に通いたい」「将来は医者になりたい」と夢を語る。
 でも、永作博美が帰国する日、強風のために一家の家畜が全て逃げ出してしまう。これは一家の生活の根幹を揺るがす事態だ。足に痛みの残る父とナラは家畜を探しに行く。

 そして、移動教室のやってくる冬に、再び永作博美はナラを訪ねる。
 秋に例年より早く訪れた冬を避けて引っ越していたナラの一家を捜すことがまず大変だったようだ。
 そして、トラックの故障で一日遅れでやってきた移動教室のゲルの組み立てをみんなで手伝い、1日目の授業を終えるのを見届け、永作博美は帰国する。
 今日でお別れだという永作博美に、ナラがくれた紙にはモンゴル語で「友達」と書いてあった。

 今年のお正月に永作博美が絵馬に「ナラが本を読めるようになりますように」と書いたところまでを1時間強の番組で伝えているから、内容はかなり盛りだくさんだ。

 モンゴルでは小学校5年、中学校4年、高校2年の11年間が義務教育だということもこの番組で初めて知ったし、モンゴル文字が全部で35文字だということも初めて知ったし、移動教室の存在も初めて知った。
 夏のモンゴルは空が低くて広くて緑の草原がどこまでも続く爽やかな風景が広がっていたけれど、冬のモンゴルは寒風が吹きつける零下の世界だった。

 ナラが素手で仕事をしているときには自分も素手でいた永作博美がとてもいい印象だった。
 彼女が涙を流す気持ちも判った。
 でも、涙ではない方法で伝えられるものがあるんじゃないかと思った。
 そういう意味で、番組の最後に、学校に行きたいのに行けない子どもも学校に行けるけれど行きたくない子どももどちらも不幸だという意味のナレーションが流れたときに、(変な言い方になるけれども)ちょっとほっとした。

 だけれど、この番組の取材を受けたことは、ナラと彼女の一家にどんな影響があったのだろう。
 何となく気になる。

 フジテレビ(CX)で2月22日(木曜日)26時40分から30分のメイキング番組が放映されたのだそうだ。
 まだまだ、今日の番組で語られていないことがたくさんあるような印象を受けたので、そちらもぜひ見てみたかった。

2007年2月25日(日曜日)16時05分から
フジテレビ「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」
番組ホームページはこちら。

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2007.02.24

熊野古道旅行同窓会が開かれる

 昨日、美々卯 新宿店で行われた、2006年のGWに行った熊野古道旅行のミニ同窓会に行って来た。
 ミニということで、参加者は添乗員さんを入れて4名だ。
 事前に「旅ネタを持って集まること!」という指令があり、モンゴルとアイスランドの旅行写真を持って行った。

 私はツアーに参加されていたお二人とは実に10ヶ月振りだったのだけれど、そんなに久しぶりだとは思えないくらい、たくさんのお話が出て楽しかった。
 写真もたくさん見せていただいたし、もちろん熊野古道の話に始まって、砂漠が哭く話、香港で酔っぱらった海老を食べる話、直島の話、タクシー代をぼられなかった話、放浪の話、金平糖のような紅葉の写真、マラソンの話、ニュージーランドの遊覧飛行の話、オレンジジュース代のお釣りをもらえなかった話、高山病の話、スープのようなソースのようなサラダの話、”その地のしきたり”の話、ファルーカの話、パンダの話、もちろん旅の話が多かったのだけれど、3人が舞台好きだったのでロンドン・ミュージカルの話から劇団四季やその他の舞台の話がわっと広がったりして、それも楽しかった。
 ついつい話を聞く方に意識が行って、ふと気がつくと手元のうどんすきが減っていなかったりした。もちろん、美味しかった。

 それにしても、みなさん多趣味だし多芸だ。仕事も含め、全てに丁寧かつパワフル。
 日頃の自分の怠惰な生活振りを思い返してしみじみと反省してしまった。

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2007.02.19

「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」を見る(予定)

 今日の読売新聞夕刊で、2007年2月25日(日曜日)の午後4時5分からフジテレビで放映される「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」という番組が紹介されていた。

 モンゴルの草原に、夏と冬に2週間ずつだけ開かれる移動学校があり、その移動学校が来る期間だけ学校に通うことのできる子どもたちがいる。
 永作博美が、その移動学校に通う子どもの一人であるナラという少女を、秋と冬の二度に渡って訪ねる番組のようだ。

 そういえば、2006年夏に行ったモンゴル旅行で、ツアーの方が、乗馬コーチをしてくれた男の子達にボールペンをプレゼントしようとしたら、「学校に行っているのはこいつだから、こいつにあげてくれ」とみんなが一人の少年を示したと言っていたことを思い出した。
 番組ホームページでも、数年に及ぶ雪害や干ばつで家畜を失った遊牧民たちがウランバートルに押し寄せ、経済的な理由から義務教育を受けられない子どもたちが増加している、草原に暮らす遊牧民たちも子どもたちが重要な働き手となっているため仕事が忙しくて学校に行けない子どもたちが数多くいると紹介されている。

 忘れずに見ようと思う。

2007年2月25日(日曜日)午後4時5分〜午後5時15分
フジテレビ「学校に行きたい~極寒モンゴルの移動教室~」
フジテレビの公式Webサイト内、番組についてのページはこちら

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2007.02.18

「映像散歩 屋久島」を見る(予定)

 今日の深夜、日付としては明日になってしまってからだけれど、NHK総合で「映像散歩 屋久島」という番組が放映される。
 それ以上の情報は全くない。NHKの公式Webサイトに行って番組表を確認してみても、ジャンルとして「ドキュメンタリー/教養>歴史・紀行」であるという以上の情報がないのだ。しかし、放映時間が120分であることは判る。
 どんな番組かは判らないのだけれど、気になる。
 流石に起きているだけの気合いはないので、ビデオ録画しておこうと思う。

2007年2月19日(月曜日)午前1時27分から
NHK総合「映像散歩 屋久島」

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2007.02.15

旅する人のアペリティフ「第24回 旅がうるおう本選び」を読む

 asahi.comで連載されている「旅する人のアペリティフ」というコーナーの「第24回 旅がうるおう本選び」を読んだ。

 「その土地に行ったからこそ、より楽しめる本だってある。」ということで、アイザック・ディネーセンの「アフリカの日々」が語られていたのが何だか嬉しかった。
 「サバンナの風を受け木々の音を聞きながら読むと、本の内容も、それから自分が今いる場所も、相乗効果でますます深みが出てくる。 」と紹介されている。
 私は「アフリカの日々」は出発前に読み、村上春樹の「海辺のカフカ」を持参し、帰国後に伊集院静の「アフリカの王」を読んだ。この記事を読んで、「アフリカのの日々」こそを持参して読むという手があったか、と思った。

 私が読んだ記事はこちら。

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2007.02.12

モンゴル旅行記4日目

2006年8月15日(火曜日)

 旅も後半に入るこの頃になると、旅の何日目なのか、今日が何曜日なのか判らなくなって来る。
 ツァガンスム滞在が本格的に始まり、乗馬も始まった。
 この日から3日間は、概ね、10時過ぎから13時くらいまで乗馬、お昼ごはんを食べて、暑い時間帯は休憩し、16時くらいから再び乗馬、というスケジュールだった。

 前日に、8時30分くらいに朝食と案内されていた。
 ずーっと温泉に入り、星を眺めていたせいで寝るのがだいぶ遅かったけれど、6時前には目が覚めた。寒い。
 同じゲルになった方がモンゴルに何度も来たことがある薪に火を付ける達人で、ツーリストキャンプの人が来る前にストーブをつけてくださったおかげで人心地がついた。

早朝のヤク ゲルが暖まった7時頃に起き出して外に出てみたら、霜が降りていた。驚く。温度計を持って来た方がいて、4度だと教えてくださった。
 ヤクの大集団がツーリストキャンプの柵の中にまで入ってきていて、もっと驚いた。
 帰国後に知ったところによると、ヤクはとても珍しく、そんなに獰猛な動物ではないらしい。このときはそんなことは知らなかったので、遠巻きに「こっちに突進してきたらどうしよう」などという心配が先に立っていた。

 朝食は、パンとライス、ポタージュっぽい感じのスープだった。
 その他にテーブルに出ていたお茶漬けの素やキムチは添乗員さんが持ってきてくれたものらしい。彼のスーツケースの半分はこうした食材で占められていたそうだ。
 朝食のとき、添乗員さんとガイドさんから「乗馬経験者で、自分で自由に走らせたい人は自己責任で乗る旨のサインをしてもらいたいという要請がキャンプ長さんから来ている。」という話があった。2年連続でこのツーリストキャンプに来たという方が「去年はそんなことは言われなかったと思う。」とおっしゃっていたので、色々と難しいことがあるんだろうなと思った。

 集合時間前にガイドさんが各ゲルを回って、チャップス(すね当て、とでもいうのか・・・)をつけてくれた。私のいたゲルで初心者は私だけ、ガイドさんのお世話になったのも私だけだ。
 靴の上からつけて、ふくらはぎの辺りはかなりきつく締められた。

 10時には準備万端整ってツーリストキャンプの真ん中辺りにある四阿のようなスペースに全員が集まった。しかし、馬が集まっていないようで始まる様子がない。そういえば、添乗員さんの案内も「10時から10時30分くらいの間に乗馬をスタートします。」とアバウトだった。
 ヘルメットとチャップスはほぼお揃い(ご自分の乗馬靴をお持ちの方もいた)、帽子を被ったりサングラスをしたり首にスカーフを巻いたり日焼け対策も万全だ。その完璧な日焼け対策が見た目に怪しかったので、ちょうどそこにいたキャンプ長さんに頼んでツアー全員の集合写真を撮ってもらう。
 やけに気軽に構えてやけに気軽にシャッターを押すので「大丈夫なのか???」と不安になったけれど、綺麗に撮れていて一安心だ。添乗員さんとガイドさんがいなかったのが残念だ。

 10時30分くらいに乗馬が始まった。「乗馬は初めて」という人が半分くらいいる。
 これは勢いしかないと、真っ先に手を挙げて馬に乗せてもらう。カナダで1時間くらいの乗馬体験をしたときは、まず馬に乗るのが大変で、股関節が痙りそうになったけれど、モンゴルの馬は背が低いのかずっと楽に乗ることができた。
 乗ったはいいものの、さて、そこでどうしたらいいのやらさっぱり判らない。鐙に足を入れ、とりあえず姿勢良くと言い聞かせて座っていたら、ベテランの方に「静止画としては完璧だね。」と笑われた。直径10mくらいの円を描くようにゆっくり引っ張ってもらう。

 静止画だけでも「コイツは危ない」ということが判るようで、みんなが代わる代わる同じように乗って歩いている間、ベテランの男性お二人がレクチャーをしてくださった。
 曰く、姿勢は良く、背筋は伸ばす。かかとが下がるように鐙に足を入れる。手綱は輪になった2本をまとめて左手で持ち、輪の中に手を通してはいけない。鐙は土踏まずではなくもっと前の方で踏む。体とかかとが地面と垂直の線上にあるようにする。視線は下ではなく前方を見る。

 初心者全員の試乗が終わり、荷物は遊牧民の少年コーチ陣に持ってもらい、もう一人「乗馬は初めて」という女の子と2人で手招きされて馬に乗せられ、引き綱を引かれ、あっという間に出発になった。
 まだ何も教わっていないような気がするけれど、いいのか。

 いいも悪いもなく、とにかく出発である。
 のんびり歩いている分には何の問題もない。ゆったりとした気分になれる。蠅のような小さな虫が顔の周りをブンブン飛んで邪魔なのが唯一の問題点だ。
 でも、少し速足になると(もちろん、馬は引き綱を引いているコーチの指示に従っていて、私は乗っているだけである)、体は弾み、弾むとお尻を鞍に打ち付けるような感じになり、とにかく痛い。
 周りの人を見てみると、体はみな弾んでいるけれど、痛そうにしている人は見当たらない。一体、何が違うのか。

クラゲ雲 馬に乗っている間は手ぶらだから写真も撮っていない。何回目の乗馬でどの辺りに行ったのか、そのとき周りはどんな風景だったのか、かなり記憶が曖昧だ。
 この日は快晴で、午前中の乗馬ではのんびりてくてくと歩き、緑の広がる平らなところで休憩して引き返したと思う。
 帰りはずっと速歩で引っ張られ、「お尻が痛いからゆっくりにしてー」と心の中で叫びながら馬の背で揺られ、弾み、一番乗りでツーリストキャンプに戻って来た。

 なかなか後続が帰って来ず、一緒に引っ張られていた初乗馬の女の子と二人で感想など言い合ってのんびりしていると、ガイドさんが素晴らしいスピードで馬を飛ばして帰ってきた。
 声をかけると、「怪我をした人がいる。」とだけ言い、ここまで乗ってきたバスで再び走り去ってしまった。怪我をした方をバスで迎えに行ったようだ。

 お一人が口の中を切る怪我をされていた。
 ツアーメンバーに看護師さんがお二人いらっしゃるのが心強い。添乗員さんが救急セットを持ってきて、まずは消毒をしているようだ。イソジンという薬が、うがい薬にもなるし、口の中も含めて消毒も可能な万能薬であることを初めて知った。
 なかなか血が止まらず、傷口に馬の毛が触ってしまったためか熱を持っているという。午後は、鎮痛剤と化膿止めを飲んで、ずっと眠っていらした。

 旅行社から送られてきた旅程表に各ツーリストキャンプの電話番号が書いてないことには気付いていたものの、このときに初めて、ツァガンスムのツーリストキャンプには電話が通じていないことを意識した。
 近くにいるお医者さんに来てもらったものの、医療器具やお薬などが揃っておらず、ウランバートルに戻って治療することを勧められたようだ。
 ウランバートルに電話をかけるため、添乗員さんが、カラコルムの街までバスで出かけて行った。

 16時頃から、午後の乗馬が始まった。
 四阿で出発を待っていると、ドライバーさんがやってきた。一生懸命話しかけてくれるけれど、モンゴル語が判らない私には何を言われているのか判らない。指さし会話帳を開こうとすると「ない。」とそこだけは日本語で言われてしまう。
 ガイドさんに、「気をつけて。」と言っているのだと教えてもらう。昨日覚えたばかりのモンゴル語で「ツゲール・ツゲール」と答える。でも、ちょっと不安にもなっていたので、「ゆっくり」は「オダーン」と言えばいいと教えてもらった。

林の中で休憩 午前中に乗せてもらった馬では私の体重を支えきれなかったらしく(泣)、別の馬に乗せてもらうことになった。もっとも、鞍の色が違うなというくらいで、色が同じ馬だと見分けはつかない。馬が変わったためか、コーチも交代だ。午前中にお世話になったコーチはこの後見かけなかったような気がする。
 ガイドさんと乗馬コーチ陣(特にリーダー格の大学生の男の子)が慎重になったようで、丘の方にゆっくりと向かい、少し上った林のようなところで休憩になった。

 「指さし会話帳」を使って新コーチに名前や年齢を尋ねてみても、聞き慣れない音なのでなかなか返事を聞き取ることができない。年齢も「私より若いんだ!」と驚いたのは覚えているけれど、あんなに何回も繰り返してもらったのに覚えていなくて申し訳ない。
 「足を突っ張りすぎている」とベテランの方に指摘を受け、足の位置はあそこじゃないと鐙に届かないと首を傾げていたら、一緒に引っ張ってもらっていた方が「鐙の位置が低すぎるんじゃない?」と教えてくださった。なるほど、そういえば乗る前に鐙の位置を調整をした覚えがない。
 ガイドさんに頼んでコーチに調整して貰った。確かに乗りやすくなったようだ。

ボーズ 18時30分くらいにツーリストキャンプに戻り、故障していた温泉が修理されるのを1時間くらい待ち、温泉で汗を流した。といっても、空気が乾燥しているせいかほとんど汗はかかない。
 20時30分くらいから始まった夕食のメインディッシュはボーズだ。肉まんのような小龍包のようなモンゴル料理である。美味しい。「地球の歩き方」で見て、ぜひ食べてみたかったので嬉しかった。スイカも甘い。

 男性陣は昨日も飲んでいたらしい。この日は10人くらいで宴会になった。
 怪我をされた方は、明朝5時にツァガンスムを出発してその日のうちにウランバートルの病院で応急処置を受け、できるだけ早い飛行機で帰国することになったそうだ。ウランバートルに付きそう添乗員さんの壮行会も兼ねて、という名目である。
 チンギス・ハンという名前のウォッカをコーラで割ってご馳走になった。ウォッカもコーラも、ここのレストランゲルで買ったものらしい。
 女性陣は12時くらいに引き上げたけれど、宴会はさらに続いたようだった。

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