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2007.03.29

プロフィール写真を変える(新宿御苑)

 2006年9月1日以来、プロフィール写真はずっとモンゴルのブルドのキャンプで日の出前に撮ったキャンプ入口とモンゴル国旗と上空に浮かぶ小さな月の写真にしていた。

 昨日(2007年3月28日)、新宿御苑にお花見に行った。(そのときの感想というかメモはこちら。)ソメイヨシノを始めとする桜を目当てに出かけ、オオシマザクラもしだれ桜ももちろんソメイヨシノも綺麗で風情があったのだけれど、1本の木から濃いピンクや白やそのグラデーションの花を咲かせているゲンペイモモという木があまりにも印象に残ったので、春らしくプロフィール写真に採用することにした。

 この写真に写っている花は、すべて1本の木に咲いている花である。
 不思議だ。

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2007.03.26

映画「モンゴリアン・ピンポン」の公開を知る

 2005年に中国(内モンゴル)で製作された「モンゴリアン・ピンポン」という映画が、2007年4月に渋谷のシアターイメージフォーラムで公開されるそうだ。

 「シネマトゥデイ」というサイトにあったストーリー紹介によると、以下のようなお話らしい。

*****
 モンゴルの大平原に住む少年ビリグ(フルツァビリグ)は、水くみに行った川で白い球を見つける。それが何なのか大人たちに聞いても誰も分からなかったが、ある日、その球が中国の国技「卓球」で使うものだと知る。大事な球をなくした国は困っているだろうと考えた彼は、球を国に返すため、友だち二人と一緒に北京へ向かう。
*****

 映画は普段あまり見ないのだけれど、ちょっと見てみたいと思った。

 私が読んだ記事はこちら。
 「モンゴリアン・ピンポン」の公式Webサイトはこちら。

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2007.03.17

「地球の歩き方 中米」を購入する

 今のところ、次に海外旅行で行きたいところとしては、グアテマラ・チュニジア・ヨルダンが私の中のベスト3である。

 そのうち、グアテマラが含まれている「地球の歩き方 中米」の2007〜2008年版(改訂第7版)が2007年3月23日発行で発売されたので、昨日早速購入した。
 早速というか、発行日より購入日の方が早い。

 昨日は新宿のサラダニースでブイヤベースを食べる会が開催され(美味しかった!)、一番乗りでお店に到着してしまった私は待つ間にぱらぱらとグアテマラのページを読んでみた。
 グアテマラに行きたいと思った最初のきっかけは「OZ(樹なつみ作)」という漫画だ。ティカル遺跡が物語後半の主要な舞台になっている。
 「上と外(恩田陸著)」という小説でも、ティカル遺跡だけではないマヤ文明について語られていて、行ってみたいと思った。

 地球の歩き方を見て、もちろんティカル遺跡に行きたいのだけれど、その他、アティトラン湖周辺の村々で織られ着られている織物もぜひ見てみたい、欲しいと思った。
 友人が羊の毛を紡ぐところから自分で取り組む織物をやっていることもあって、全く知識はないながら、「織物」に興味がある。

 そういうわけでグアテマラはぜひ行きたい国の一つなのだけれど、気のせいか、グアテマラツアーを実施する旅行社が減っている。前にパンフレットなどで見かけていいなと思っていたツアーが最近のパンフレットには載っていない。困る。
 一体どうしてなのだろう。

 ブイヤベースを食べる会では、京都のお土産に落雁をいただき、香港(だったと思う。台湾だったかも)のお土産のお裾分けでFortune Cookieをいただいた。
 日帰りで行って来たのだそうだ。その日の朝に思い立ったら京都というのもやってみたい旅行のひとつだし、新装された台湾の故宮博物院も行ってみたいところのひとつである。

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2007.03.11

モンゴル旅行記5日目

2006年8月16日(水曜日)

 ウランバートルの病院の診療時間や帰国便のスケジュールを考え、怪我をされた方と添乗員さんは早朝5時に、私たちの荷物をここまで運んできてくれた車で出発する予定だった。
 ところが、4時に起き出して待ち構えているところに添乗員さんがやってきて、ドライバーさんが昨夜から近くの村に行ったまま帰って来ていないと言う。この時間まで帰って来ないということは、酔いつぶれているに違いない。私たちを運んでくれたバスのドライバーさんが連れ戻しに行き、出発は彼らが戻り次第ということになった。
 もし、本当に酔いつぶれていてとても運転ができそうにないときは、奥カラコルムでホームステイをしているツアーから車とドライバーを借りてくる、ということだ。奥カラコルムまで行くとなると往復4時間近くかかってしまうという。

 そんなのあり? と思ったし、それは顔に出てしまっていたらしい。
 同じゲルの方に「無理して朝早く出発するよりも、ゆっくり休んで体力を回復してから出かけられるから、却って良かったね。」と言われ、確かにそのとおりだ、私がイライラしたり怒ったりするようなことじゃなかったと反省した。

 お隣のゲルの前で始まったラジオ体操に混ぜてもらう。
 乗馬で普段使わない筋肉を使っているので、ミシミシいう体にラジオ体操はなかなか気持ちが良い。久しぶりだし、しかも音楽がないとなると、ところどころ記憶が怪しいのはご愛敬だ。
 8時30分頃から朝食だ。今朝は目玉焼きだ。

 10時くらいには三々五々、四阿に乗馬のために人が集まり始めた。一方、車が帰ってくる気配がない。
 添乗員さんが「ドライバーに出すべき指示はガイドからキャンプ長に伝えてもらい、キャンプ長からドライバーに言ってもらうよう手配したので、みなさんは乗馬の準備ができしだいガイドと出発してください。」と言う。このツーリストキャンプには今現在、日本語とモンゴル語の両方が判る人はガイドさんしかいないのだ。
 「えー、みんなで見送ろうよ。」「大事をとった方がいいんじゃないですか。」「乗馬もいいけど、あそこに見える丘まで散歩したいなぁ。」などと口々に言われ、添乗員さんは苦笑いしている。
 結局、馬の準備が整わなかったこともあり、乗馬出発は11時になった。

 10時30分近くなってバスと荷物車が帰還し、すぐさま怪我をされた方と添乗員さんはウランバートルに向けて出発した。
 出発の直前、モンゴル語の旅の指さし会話帳(市販の大きい詳しい版のもの)を2冊お持ちだった方が、1冊を添乗員さんに貸していた。私たちが、この本がウランバートルまでの道行きでとてもとても役立ったと知るのは翌日の夜遅くになってからだ。
 添乗員さんは「早ければ明日の夜にここに戻ります。もしかしたら、明後日の夜にブルドで合流することになるかも知れません。」と言って出発した。

少女とアイラグ 午前中の乗馬では、コーチの少年達のうちの一人の家にお邪魔することになった。彼の家はお父さんが亡くなって、コーチの少年が一家の大黒柱だ。
 お母さんが、家の真ん中に置かれた缶になみなみと入っているアイラグ(馬乳酒)を振る舞ってくれる。また、一昨日ご馳走になった、バターのような生クリームのような乳製品もご馳走になる。
 ゲルの中は、再び折り紙教室になった。一家は確か5人だけれど、いつの間にか子ども達が大勢集まってきて折り紙教室に参加している。
 ゲルの外では、生まれたばかりの仔馬を見せて貰ったりもしていたらしい。見逃したのが残念だ。

 この3回目の乗馬で、すでに私のお尻はかなりすりむけ、ヒリヒリしていた。見るのも恐ろしかったので帰国するまで見なかったけれど、この頃には真っ赤になっていたに違いない。
 ツアーの中には、競技スポーツとしての自転車用パッドを持参されている方などもいて、やっぱり事前準備が肝心だと痛感した。

 14時に牛とポテトを炒めたお昼ごはんを食べ、四阿でおしゃべりしたりしていたら、あっという間に午後の乗馬の時間になった。お天気が怪しくなっていて、ガイドさんから雨具の用意をするようにと指示がある。
 チャップスをしているし、乗馬中に雨に降られたら迅速にレインウエアを着られるとも思えない。上下セパレートになったレインウエアのパンツの方は予め履き、上着(ポンチョ)を荷物に入れ、雨に降られたときのことを考えてカメラは持たないことにした。

 まずツーリストキャンプの近くにあるオボーに向かった。
 途中の草原は、眺めている分には小川の流れる普通の緑濃い草原だけれど、馬が歩くと地面が揺れる。湿地帯のようで、馬が歩くとそこから水がしみ出し、水の上に乗って浮かんでいる土が揺れる感じだ。何だか酔いそうである。
 途中、水深30cmもないくらいの小川を渡るとき、ついでに馬たちに水も飲ませた。首をぐっと伸ばして水面に口をつけて飲むので、手綱を引っ張られ、うっかりしているとそのまま落ちそうだ。

 オボーは丘の上にあり、かなり大きかった。中に入れるようになっている。
 「この辺りでは一番大切なオボーです。」というガイドさんの案内に、みんなで3周回り、1周につき一つの石を積んで祈る。
 ガイドさんに続いてオボーに入ったら、そこに馬の頭があって息を呑んだ。まだ新しい。まるで生きているかのようだ。茶色の毛並みも綺麗だし、目も濁っていない。不思議なことに蠅もたかっていない。
 ガイドさんによると、全ての馬が死んだときにそうするわけではなく、家族のように特別にかわいがって大切にしていた馬が死んでしまったときに、こうしてオボーに納めるそうだ。
 何だか厳粛な気持ちになった。

 次の目的地であるオゴタイ・ハンの宮殿跡に到着した頃には、何だかぐったりしてしまっていた。
 午前中に自覚したお尻の痛みがどんどん酷くなっていたことと、レインウエアのパンツを履いたために通気性が悪くて暑さを感じるようになっていたこと、あと昨夜からの寝不足が祟っていたらしい。
 宮殿跡は、土を重ねて作ったような壁か塀のようなものがあって、その外壁部が2〜3mの高さで残っているだけだ。壁といっても厚みは3m近くある。
 その壁の上の眺めのいい一角に座ってぼーっとしていると、風が吹き抜けて行って気持ちよかった。

 宮殿跡でぼーっとしてかなり元気回復したけれど、お尻の痛みは回復しない。
 帰り道も再び湿地帯を戻ったので、流石に馬を走らせることはできず、のんびり歩きだ。それをいいことに、お尻を鞍にぶつけなくて済むよう、何とか馬上で立てないかと鐙を踏ん張ってがんばっていたら、ガイドさんに「立ち乗りがしたいですか?」と聞かれてしまい、慌てて否定した。
 向上心故の取り組みではないとも言えない。

 しかも、がんばって無理して立っていたせいで、ツーリストキャンプに到着して馬から降りたら、足がプルプルと震えていた。ただ立っているだけなのに、全く私の意思とは関係なく、足全体がプルプルと震えているのがズボンの上からも判る。日頃の運動不足が身にしみる。
 「大地にぺたっとつけていれば治る」と教えてもらい、しばらく足を投げ出して座っていた。何だか温かい感じがした。

10000トゥグルグ ゲルに戻り、モンゴル紙幣の写真を撮ったりしていたら、すっかり温泉に遅れてしまった。
 これは10000トゥグルグ紙幣で、チンギス・ハンの肖像が描かれている。
 100トゥグルグ以下の紙幣に描かれているのはスフバートルの肖像だ。この二人が今のモンゴルの英雄で、だから二人ともスフバートル広場に銅像が建てられているのだろう。
 そういえば、モンゴルでは1回もモンゴルの硬貨を使うことはなかったし、見かけることもなかったように思う。

 温泉に入りに行く途中、乗馬コーチの少年達がキャンプの働き手に変身し、薪を作っているところに出会った。木を二人用のこぎりで適当な長さに切り、それを鉈で割っている。
 ゲルに配られる分だけでは足りなかったり、湿って火がつきにくかったりすることもある。モンゴルのベテランの方に教えてもらい、私たちはここに薪集めに来ては少し余分にゲルに持って行き、ストーブの周りに広げて確保するついでに乾かしていた。
 でも、薪作りをしているところに出会ったのは初めてだ。
 温泉は後回しにして、ちょっとだけのこぎりを引かせてもらう。「お手伝いをした」と言いたいところだけれど、これははっきりと「仕事の邪魔をした」と言うべきだろう。

モンゴルビール 夕食は、ツォイワンと呼ばれる麺だった。「地球の歩き方」の説明によると、”「焼き肉ウドン」としたいが、現実は「油蒸焼き肉ウドン」といったところだろう。”ということだ。でも、この記述から受けるイメージほど脂っこくなかったと思う。小麦で作られた麺は太さ5〜8mmくらいで、長さはそんなに長くない。というよりも、切れてしまう。
 周りの方に「とうとう本性を現して来ましたね。」と冷やかされつつ頼んだビールとこの焼き肉ウドンがとても合って美味しかった。

 ツアーの方のお一人が、夕食前くらいから体調を崩されて、38度を超える熱を出してしまった。昨日のお医者様に診てもらったら「疲労でしょう」という診断だったという。
 看護師さんお二人も様子を見てくださり、ご本人も体温計や非常食としてのお粥、お薬も使い慣れたものを持参されているということで、翌朝には回復されていた。本当によかった。ガイドさんもほっとしたことだろう。

 食事のときに、ガイドさんから、この近くにオイルマッサージをする人がいるけれどいかがですか、という話があった。45分で15ドルだそうだ。
 紆余曲折の末、お二人が挑戦された。
 マッサージ師は大柄な女性で、彼女がベッドに片膝をついて力を込めてマッサージをしようとしたら、そのベッドの底が抜け、マッサージを受けていた方はそのままストンと落ちてしまったらしい。そんなマンガのようなことがあるなんてと思ったけれど、見ていた方が「本当にマンガみたいに落ちていた。」と証言していた。
 オイルと蜂蜜を使ったマッサージはうっとりと快適だったそうだけれど、ベッドを壊すだけの力を込めていたせいか、翌日には「もみ返しが出たみたい。」とおっしゃっていた。

ピンクの夕焼け レストランゲルで食後ものんびりしていたら、ガイドさんから、一昨日ツァガンスムに来る途中で寄らせていただいたゲルのお父さんが作ったチェスの駒を一つ3ドルでいかがですか、という話があった。モンゴルバージョンのチェスの駒は五つあって、馬と羊とらくだの3種類ある。
 そのときには、もうゲルに戻った方もいらしたので、きっとみんな欲しがるだろうから全員が揃ったところでジャンケンをしましょう、という話になった。
 モンゴルでは、曇っていた方が朝焼けも夕焼けが綺麗な色に染まるように思う。この日も雲がピンクに染まってとても綺麗だった。

 夕食後、このツーリストキャンプに、ガイドとドライバーと乗馬ガイド二人の5人で旅している日本人旅行者がいらした。デールを着ていたので最初は日本人だとは気がつかなかった彼らと、いつの間にか、レストランゲルで大写真撮影大会になった。
 さらにその後、彼らのゲルに何人かでお邪魔して、飲み会に参加させてもらった。何故だかやけに乗馬コーチの男の子に気に入られてしまい、「こんなにモテるんだったら、モンゴルに移住しようかな」というくらい「モテる」気分を味わった。
 私よりもさらに積極的に気に入られていたツアーの女の子は、お酒も強いらしく、指さし会話帳でコミュニケーションを取りつつクイクイいっている。「そろそろ帰ろうか。」という声に対して彼女が「どこに?」と答え、大笑いになった。

 そんなこんなで、この日も就寝は0時近かった。
 昼間から夕方にかけての曇り空が一転して星が瞬き、流れ星を三つ見られたのが嬉しい。

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2007.03.10

録画した「世界遺産 オルホン渓谷の文化的景観(モンゴル)」を見る

 TBS系列で毎週日曜日午後11時30分から放映されている「世界遺産」というシンプルな名前の番組で2007年3月4日に「オルホン渓谷の文化的景観(モンゴル)」が取り上げられていた。午後10時からの「世界ウルルン滞在記」に続けて録画しておいたものを見た。

 「オルホン渓谷の文化的景観」はモンゴル単独として2004年に初めて登録された世界文化遺産だ。
 番組ではナーダムの様子から、騎馬の話になり、モンゴル帝国の話に進む。
 そして、現在のモンゴルのほぼ中央を流れるオルホン川流域に過去の痕跡が集中する場所が世界分遺産登録の対象となっているという説明があり、ウイグルの都の跡があり、漢字と突厥文字が両方刻まれた突厥時代の石碑があり、廃墟となったカラコルムの都から建材を調達して作られたエルデニゾーなどが紹介されていた。

 ウイグルの都の跡が映ったときに、その壁の作りの感じが、2006年8月にモンゴル旅行した際に見たオゴタイ・ハンの宮殿跡の壁の感じと似ていて、何だかちょっと嬉しかった。
 時代はずれている筈だから、ある程度、完成した工事方法だったのかも知れないと思った。

 ところで、エルデニゾーも世界文化遺産に含まれているのだろうか。実際に訪れたエルデニゾーで、「世界遺産」の印というか標識というか、そういったものを見た記憶がないのだ。
 ちなみに、番組でエルデニゾーは本当に草原のど真ん中にぽつねんとあるように映されていたけれど、実際はカラコルムの街に隣接している。本当にテレビというのは撮し方・見せ方で、見る方の印象を変えることができてしまうのだと、こういうときに実感する。

 「世界遺産」の公式Webサイト内「オルホン渓谷の文化的景観(モンゴル)」のページはこちら。

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2007.03.09

録画した世界ウルルン滞在記「子羊も生まれる!冬のモンゴルに …風間俊介が出会った~」を見る

 TBS系列で2007年3月4日(日曜日)に放映された、世界ウルルン滞在記「子羊も生まれる!冬のモンゴルに …風間俊介が出会った~」を見た。

 ツァガンサル(モンゴルのお正月)前の1週間、風間俊介が遊牧民の一家にホームステイして一緒に暮らすという内容だった。
 一家の暮らすゲルはウランバートルから車で1時間くらいということだった。今年のモンゴルは記録的な暖冬で、雪もあまり積もっていない。一家のお母さんは「暑いくらいよ」と言っていたけれど、それでもマイナス10度や20度くらいにはなっている。

 川に飲み水にする氷を切り出しに行ったり、馬房を掃除したり、子羊の世話をしたり(生まれて3日目くらいまでは、寒さに負けないよう家族が暮らすゲルに入れて育てる)、裏山に薪となる木を切り出しに行ったり、お正月料理のボーズを作ったりする。
 お母さんの知り合いの息子だという10才のジャガくんという男の子が一緒に暮らしており、その男の子が本当に風間俊介になついているのが可愛い。一緒に寝ようと言ってOKがもらえると凄く嬉しそうにしている。(彼が寝るときに着ていたTシャツには日本語が書かれているのが不思議だ。)
 でも、彼が何ということもなく運ぶ木を風間俊介は転げ落ちるようにして運んでいる。明るく可愛いだけではない、力強い働く少年なのだ。
 しかも彼はモンゴル競馬の騎手でもあって、ゲルにはいくつもメダルが飾られている。ホームステイの期間中、優勝したレースでは「馬の力を温存して最後にさすつもりだった」と言い本当に最後、鼻の差で勝つ。もう1回あったレースで6位になると本当に悔しそうで、風間俊介が話しかけても口をへの字にし、なかなか答えようとしない。「将来は調教師になりたい。空気の悪い街で働こうとは思わない。車よりも馬の方がずっと凄い」と言う。

 別れの前には一家が揃って「お正月までいられないの?」「あと10日くらいいられないの?」と言う。すっかり一家に溶け込んで、「ありがとう」が日本語でもモンゴル語でもたくさん口にされていて、何だかとてもいい感じだった。
 彼のキャラクターももちろんあるのだろうけれど、ホームステイもいいなと思わされた。

 バックナンバーが見られる番組のホームページはこちら。

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2007.03.05

モンゴル旅行同窓会その2が開かれる

 2007年3月4日(日曜日)に、JR御徒町駅近くのベトナム料理 ドンナイで、2006年8月に行ったモンゴル旅行のツアー同窓会が開催された。
 ツアー参加者のうち東京近辺在住7名のうち6名が集まったから、かなりの参加率だ。

 ツアーの方でお一人、この年末年始に再びモンゴルに行って今度はホームステイをされてきた方がいて、彼女のモンゴル旅行報告会でもある。
 たくさんの写真を見せてもらい、「雪がないね」「デールの袖が長くなっているのは男性用だ」「寒くないの?」「お手洗いはどうしたの?」「この写真は罰ゲームで2人でゲルの男の子にぶら下がっているところ」などなど、もっとたくさんの旅話を聞いた。
 2月にカンボジアに旅行された方もいて、アンコールワットの写真がやはり素晴らしかった。「遺跡はどんどん崩れてきていて、行くなら今のうちだと思う」「世界各国からたくさんの観光客が来ていた」というお話も聞く。
 みなさんの次の旅計画もそれぞれバラエティに富んでいて、やっぱり私も旅行に行きたいなと思ったことだった。

 ベトナム料理 ドンナイは私が推薦した。
 みなさんが生春巻きを気に入って一人1本半ずつ食べたり、お店のカードをもらったり、気に入ってもらえたみたいで嬉しかった。

 次回は、ネパール・・・ではなく、ネパール料理屋さんで集合の予定だ。

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2007.03.04

世界ウルルン滞在記「子羊も生まれる!冬のモンゴルに …風間俊介が出会った~」を見る(予定)

 TBS系列で放映されている「世界ウルルン滞在記」という番組の今日(2007年3月4日)のテーマは「子羊も生まれる!冬のモンゴルに …風間俊介が出会った~」だそうだ。

 番組ホームページを見たところ、風間俊介が冬のモンゴルで遊牧民のゲルにホームステイし、モンゴルのお正月である「ツァガンサル」を体験するという内容のようだ。
 出かける予定なので、忘れずにビデオをセットしようと思う。

2007年3月4日(日曜日)午後10時から
TBS系列 世界ウルルン滞在記
「世界ウルルン滞在記」の公式Webサイトはこちら。

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