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2007.04.29

「旅をする木」を読む

 今月の始めに「劇的リーディング~旅する編~」を聴きに行ってからずっと気になっていた、「旅をする木(星野道夫著)文春文庫」を読んだ。

 「劇的リーディング」ではアラスカの海で鯨に出合った「もうひとつの時間」という掌編の、さらにその一部分が朗読されていた。
 また、「アラスカに住みたくて写真家になった」ということが本の最初に書かれていたので、何となく「旅をする木」という本にはアラスカのことだけが書かれているのだろうと想像したのだけれど、実は意外と、ガラパゴス諸島でコロンビアのカメラマンと共に写真を撮ったこと、デュッセルドルフで講演をした後でザルツブルクで過ごしたこと、ペンシルバニア州でアーミッシュの村に出かけたこと、日本で写真展を開いたことなどを書いた掌編も含まれている。

 そして、クィーンシャーロット島で朽ち果てつつあるトーテンポールを探し当てた掌編「トーテムポールを捜して」もこの本に収録されていた。
 気になっていた一編なので、順番に読むことはせず、他の部分を全て読んでから最後にこの「トーテムポールを捜して」を読んだ。

 正直に言うと、少なくとも私は、わずか文庫6ページ分のこの文章を読んだだけで「よし、クィーンシャーロット島に行ってみよう」と決心することはないだろうと思った。
 アラスカの大きな自然とそこに暮らす人との関わりを書いた他の掌編の印象が断然強くて、その中でこの一編は暗い緑色に沈んでいる感じだ。

 ただ、星野道夫が書くアラスカは、ツアーで簡単に行けそうな場所ではない。「アラスカに行く」ということ自体が、結構な冒険のように思うのに、そこから先も命の危険と隣り合わせで飛行したり、船で何日もかかったり、何年も暮らしてやっと幸運に巡り会えて出会うことができたり、とても「特別な」時間と場所のように感じられる。
 それに比べると、例えばガラパゴス諸島やクィーンシャーロット島は、がんばれば何とか行けるし、星野道夫が出会ったものに出会えるかもしれない、ような気がする。ポイントはここかも、と思った。

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2007.04.28

モンゴル旅行記6日目

2006年8月17日(木曜日)


 今日がツァガンスム滞在最後の日だ。明日の朝にはカラコルム経由ブルドに向けて出発である。
 いつもは寒くて朝目が覚めるけれど、今日はよっぽど疲れていたのか、6時過ぎにキャンプの人がストーブの火をつけに来てくれるまでぐっすり眠った。
 昨日は雲も出て少しどんよりしたお天気だったのが一転、今日は快晴だ。


 8時半、朝食にパンとジャムとご飯とスープをいただいた。パンをスープに浮き実のようにして食べると美味しい。10時前から羊の解体が始まり、もちろん見に行く。
 乗馬コーチもしてくれていた男の子が二人、ナイフ1本で、皮を剥ぐところから始めてほとんど鼻歌まじりに解体して行く。


 見始めた頃、キャンプ長さんが「見ないで。」というような感じで手を振っていて、羊の解体は見たり写真に撮ったりしたらいけないのかしらと様子を見に来たガイドさんに聞くと「そんなことはない。」と言う。
 後になってツアーの方から、女性は見るとよくないと言われているらしいと教えてもらった。彼女は「見るとお嫁に行けなくなるとかだったらイヤだなぁ。」と言っていた。実際の所、見てはいけないとされている理由はよく判らなかった。


 何だかんだ言っても、こういったものを見ていられるのは女性だ。男性陣は、見に来た方も少し写真を撮って引き上げてしまい、最初から最後まで見ていたのは女性ばかりだった。
 その熱心な(?)様子を見て、ガイドさんも、10〜11時くらいに乗馬に出発といういつものスケジュールを変更し、「今日は羊の解体が終わってから乗馬に出発しましょう。」と言ってくれた。


羊の解体1 じーっと見て、かつ紙芝居ができそうなくらいに写真も撮り続けた。動画も録った。確か私も見始めた頃は「うわぁ。」などと言っていた筈だけれど、好奇心の方が勝った。
 皮をきれいに開くと、ナイフで腱を切り、「ボキッ」と音をたてて足の関節をあっさり折ってしまう。
 剥いだ皮は背中の部分だけ肉とついているようで、そのまま敷物のようにして羊のお腹を上向きにして脂肪層を裂く。
 とてもこの大きさの羊のお腹に納まっていたとは思えない大きさの内臓がベロンと出てくる。外に出た途端に膨張したようにも見える。私の内臓もこんな風に押し込められているのかしらと、妙なことを考える。


羊の解体2 内臓を取り出すと、お腹の中にたまっている血をどんぶりで汲み出し、お釜のようなものに溜める。
 内臓はスーパーのビニル袋に収められ、シェフの女の子が、食べる分と何かの餌になるように草原に撒く分とに分けていたようだ。
 話には聞いていた通り、本当に大地に血の1滴もこぼれていない。


羊の解体3 血を汲み出し終わると、骨と肉を切り分けた。
 最後に片方の男の子が後ろ足を持ち上げ、何やら作業をする。何をやっているのかよく判らなかった。皮と脂肪層とがついていた部分を切り離したのだろうか。
 ちょっと前まで元気に生きていた羊だし、見たとおりに真っ赤だし、羊の顔はずっと見えていたし、今日の夕食に今解体されている羊が供されることも判っていて尚、不思議とグロテスクという感じはしなかった。
 羊の解体は、ツーリストキャンプの柵の外側すぐのところで行われていた。近くには車が駐められているのが何ともアンバランスな感じである。何とか車が入らないように写真を撮ろうとしたけれど、考えてみれば車の横でナイフ一本で羊を捌いているのが現実なのだ。


 柵の向こうには緑の草原が広がり、源泉のオボーも見えていた。
 逆に言うと、それ以外に何もない(ように見える)ところを、明るい桃色のデールを着た女性が歩いて行った。
 年配の女性だったという記憶があって写真のタイトルも「草原のおばあさん」としたけれど、考えてみれば彼女が遠く離れたところを向こうに歩いていくのを見ただけだ。どうして「おばあさん」だと思ったのだろう?


 羊の解体が一段落し、予定より1時間遅れの11時に乗馬に出発した。
 今日の乗馬は少し長めの予定で、お昼ごはんもバスで運んで来てもらうことになっている。
 ツアー参加者のお一人(看護師さん)が、添乗員さんが置いて行った救急袋から応急処置に使えるものを選び出し、その他手持ちに余裕のある人から薬等をいくつか集め、救急ナップザックを作ってくださった。その心配りと用心、実際の手配に脱帽した。


 ガイドさんに「一人で乗ってみますか。」と言われ、私が返事をする前にガイドさんから乗馬コーチに指示が飛んだらしく、引き綱用の縄も一緒に持たせられた。初一人乗馬だ。
 私が乗せてもらった馬はお利口で、特に何もしなくても、とりあえず他の馬にくっついて歩いてくれる。ただし「歩いてくれる」のであって、強く言うと馬が走ると教えてもらったかけ声「ちょっ!」を繰り返しても一向にスピードアップする気配がない。
 それなのに、ベテランの方が自分の馬に「ちょっ!」と声をかけて疾走すると、声につられたか馬につられたか、つかの間、私が乗っている馬の足取りも速くなる。


 まず向かったのは小高い丘で、上の方は雑木林のようになっていた。
 坂道に差し掛かった辺りで、乗馬コーチに「引き綱をよこせ」と身振りで指示された。かなり急な坂だったし、私が一人で乗っていたら馬を登らせることはできなかったろう。
 登っている途中、別の乗馬コーチの男の子から何やら投げられた。隣を歩いていたツアーの女性の手元にもあったので(彼女にはちゃんと手渡したらしいのが小憎らしい)聞いてみると、「ラベンダーじゃない?」ということだ。
 「もう1回ちょうだい」と身振りで頼むと、彼は馬に乗ったまま上体を下に伸ばし、ラベンダーを摘み取ってくれた。バランス感覚と筋力の賜だろう。
 このときもらったラベンダーは、ツァガンスムに来る途中でもらったカモミールと一緒に「地球の歩き方」に挟んで押し花にした。


 雑木林の入口についた辺りで、一休みした。
 割とすぐ到着したように思ったら、出発から1時間くらいたっている。ヘルメットを脱ぐと汗だくだ。
 振り返ると、今やってきた草原が見え、その向こうに丘が見える。お花もちらほらと咲いている。もう少し早かったらお花畑状態だったろう。


休憩中 水分補給をしたり、景色を眺めたり、写真を撮ったりして休憩していたら、乗馬コーチのリーダーの男の子が「上に行くぞ」と指示を出したらしい。ぞろぞろと立ち上がり、雑木林を抜け、半分岩場のような狭いところを登る。結構急な坂で、1時間強の乗馬でバテバテの私にはかなりきつい。
 「先に行ってください。」と元気な方に道を譲ってゆっくりゆっくり歩く。


濃紫の実 坂を登ると少し開けた場所に出た。石の上などで座って休めるくらいの広さがある。振り返ると、雑木林越しに景色が見えてとても綺麗だ。
 ここまで上がって来た理由は、景色ではなく、この辺りに食べられる実がなっている木がたくさんあるかららしい。ブルーベリーのような濃紫の7〜8mmくらいの実や、同じくらいのサイズで薄緑色の実などが食べられるようだ。
 乗馬コーチの男の子達がせっせと摘んで渡してくれる。甘酸っぱくて美味しい。紫の実は少し渋みがあって、どちらかというと緑色の実の方が好みの味だ。


 ふと気がつくと、周りではこの紫の実を潰して果汁にし、フェイスペインティングが始まっていた。乗馬コーチの男の子達が面白がって始め、ツアーの方々も面白がって乗ったらしい。
 後で、「果汁を塗ったところはつるつるになった気がする。美容にもいい実だったのかも。」と言う人がいた。本当だろうか?
 指を2本ずつ付けたり離したり、右手で2拍子左手で3拍子の指揮をしてみたり、肘から手首までの腕の内側をぺたっとつけてみたり、何だかそういう遊びが流行る。やって見せると「自分もできる!」とばかりに同じことをやって見せてくれる。私が親指を手首の内側につけて見せるとマネしようとしてできず、悔しそうにしているのが可笑しい。
 稲穂のような草を取って来て、掌を上に向けて小指同士をくっつけそこに乗せる。手を交互に前後に動かすと、その草も一緒になって動く。「おぉ!」と思わず声が出た。ついでにTシャツの首筋からこの草でくすぐったら、教えてくれた乗馬コーチのリーダーは逃げ出してしまった。


 馬をつないだ場所に戻ると、何だか人数が増えていた。乗馬コーチ達の家族なのか友達なのか、男の子達が集まって来たらしい。
 お腹も空いてきたし、糖分補給に飴を配る。かなり余ったのでどうしようかと見回していたら、リーダーの男の子が「渡せ」と身振りで示す。袋ごと手渡したら、昨日お邪魔したゲルのうちの子に渡していた。年少で一家の大黒柱になっている彼を、他の男の子達はとても可愛がっているように見える。


お昼ご飯 ここでお昼を食べる予定が、なかなかバスがやってこない。
 こちらから迎えに行くべく出発したら、割とすぐにシェフの女の子達とお昼ごはんを載せた黄色いバスと行き会った。
 日差しを避けてバスの中でいただいたお昼ご飯のメニューは、ピロシキ、ふかしたジャガイモ、ゆで卵だった。ピロシキが美味しい。
 持ち歩いていたペットボトルには、プーアール茶を入れてあった。乗馬コーチの子に「飲んでみる?」と示すと受け取る。一口飲んで、顔を思いっきりしかめていた。好みの味ではなかったらしい。


 バスの窓から下を見ると、車の影に敷物をしいて、乗馬コーチの子らがかったるそうに寝転んでいた。そういえば、彼らの中で煙草を吸うのはこのリーダーだけだ。
 せっかくなので、真上から激写した。


 乗馬コーチの中で一番年少の男の子がバスのステップから顔を覗かせ、私の方を見て一言叫んで逃げて行った。
 ガイドさんに「何?」と聞くと、モンゴルで有名な、しかし年配の女優さんの名前の一部をもじって、ツァガン(白、という意味)・・・、と言ったらしい。
 うーん、私とその女優さんが似てるということだったのかしら。喜ぶべきか悲しむべきか、複雑な気分だ。
 でも、あんまり近寄って来てくれなかった彼が声をかけてくれたのが嬉しかった。


 そのまま来た道を引き返し、キャンプに帰ったのは16時前だった。そこで、ガイドさんが「休憩が多かったし、(元々の予定ではここで乗馬は終了だけれど)もう1回行きましょう。」と声をかけてくれる。
 でも、人間はともかく馬には休憩が必要だ。17時くらいに集まってください、1時間半くらい乗りましょう、ということになった。
 ガイドさんには、特に乗馬経験者の方々に思いっきり馬を走らせてもらいたいという気持ちもあったようだ。


大地でお昼寝 1時間くらいで出発だし、何となく四阿に集まってぐだぐだ休憩する。
 メディアから直接プリントできる写真用のコンパクトなプリンタを持って来た方がいらして、男の子たちに写真を選ばせ、その場でプリントアウトして渡してもの凄く喜ばれていた。ご本人も「これだけ喜んでもらえるから、重くても持って来ようと思うんだよね。」とおっしゃる。
 そのうち、みんなして四阿の屋根が作る日陰に次々と寝ころび、大お昼寝大会になった。並んで寝ころぶ女性陣を見て、ツアーのお一人(もちろん男性)は「マグロの水揚げだ。」とおっしゃっていた。全く失礼な話である。


 ところで、ツアーの他の方、特に女性は日焼け対策が万全だった。首筋を守ってくれるひれ付きの帽子をヘルメットの下に被ったり、スカーフで首筋を覆ったり、服の襟を立てたりしている。
 そんな中、同じゲルになった方の腕を見たら真っ赤になっていた。
 聞けば七分袖のシャツ一枚で乗馬をした結果らしい。手袋をしているので、手首からひじの少し手前まで、火傷寸前に見える。
 アロエ入り化粧水と顔用パック(小さく固まっていて、水分を広げると顔の形に広がるもの)を提供したら、「自分の首筋も見てごらん。」と言われた。慌てて鏡を見たら、真っ赤になっている。半袖Tシャツに長袖のシャツを羽織っていたけれど、Tシャツの襟ぐりは結構深いし、長袖シャツも上の方は開けていたから、首筋が完全に無防備だったらしい。
 今さら遅いと思いつつ、慌てて首筋にも日焼け止めを塗りたくった。


 ツアーの方が持って来たビデオカメラをガイドさんに託して、みんなの乗馬姿を録ってもらうことになったらしい。四阿で三々五々集合しているときにも、ガイドさんはビデオ撮影の練習をしていた。
 乗馬コーチの男の子達が水くみに出かけた戻りを待って、18時に乗馬に出発した。
 車の轍でできた道沿いにのんびり歩く。私が乗った馬は私がけしかけたくらいでは走ってくれないし、お尻は痛いし、のんびり歩くのがいいペースだ。
 腰からお尻にかけてカバーする革製のおむつみたいな形をしたガードを借りたけれど、見た目ほど楽ではない。確かにお尻の痛みは軽減されるけれど、サイズの問題なのか、逆に腿に角が当たって痛い。なかなか上手く行かないものだ。


 ガイドさんは馬に乗り、疾走し、かつ片手でビデオを構えて撮っている。
 格好いい!
 この格好いいガイドさんの勇姿がビデオにも写真にも残っていないのが、とてもとても残念だ。


 このときのビデオは、帰国後にDVDに焼いていただいた。流石に走りながら録っているらしい部分は上下動があって見ているうちに酔ってくる。
 自分が馬に乗って動いている姿はこのとき初めて見たけれど、なかなかがんばっていた(笑)。途中で馬具が緩くなって締め直してもらったりしているところも映っていて、やっぱりどこか変なところに力を入れて乗っていたんだろうなと思う。


最後の休憩 少し丘を上って、眺めのいいところで休憩を取った。馬は草を食べ始め、人間はあちこちで記念撮影大会だ。
 乗馬ガイドの男の子達はデジカメに慣れていて、私が液晶をオフにしておくと、手真似で「ここを映せ」と要求する。写真を撮ってくれるつもりらしい。
 仁王立ちになってポーズを取ったら、「ちゃんと足を閉じて立て」とこれまた手真似で怒られた。


 丘の上だし、遮る物は何もない。かなり遠くまで見渡せる。
 体育座りでぼーっと眺めていたら、被っていたヘルメットがコンという音をたてた。何だか判らずにそのままぼーっとしていると、またコンっという音がする。
 やっとヘルメットに小石をぶつけられているのだと悟り、辺りをきょろきょろと見回すと、リーダーの男の子と目が合った。イタズラの主は彼らしい。
 捕まえてやろうと追いかけたら、あっという間に逃げられた。彼らの足に敵う筈もないが、悔しい。


 19時30分くらいにツーリストキャンプに帰り着いた。ちょうどキャンプ長さんがホルホグを作っている。
 ガンガンたき火を燃やし、その真ん中に羊肉と野菜と焼いた石を入れたミルク缶を置いて蒸し焼きにしている。
 缶は何度もホルホグを作ってきたのか、真っ黒だ。


 ホルホグが焼き上がったら夕ごはんである。
 ツーリストキャンプからすぐの丘の上に、どう見ても作りかけの、でも何になるのかさっぱり見当がつかないコンクリート製の建物が見える。
 夕食前の時間を利用して、あそこからならツーリストキャンプの全景が見えるだろうし、そもそも、一体あの建物は何なのか見に行こうと、3人で上って行く。


 近づいてもそのコンクリートの建物が何なのかは判らなかった。
 ちょうどたどり着いた頃に、乗馬コーチの男の子の一人が馬で通りかかった。これから家に帰るところらしい。
 彼と仲良くしていたツアーの方が「お土産を持ってくるからここにいて!」と彼に言い含め、ダッシュでツーリストキャンプに戻って行った。男の子達にお土産を渡している方は多くて、Tシャツをあげたという方もいたし、乗馬のときに使っていたリュックをあげたという方もいらした。


 彼女たちが戻って来るのを待っていたら、近所に住んでいるらしい女の子たちが顔を出した。このコンクリート製作りかけの建物は、彼女たちの遊び場になっているようだ。
 窓から顔だけ出している女の子はシャイなのか、なかなか姿を見せてくれない。「お願い、出てきて!」と日本語で言っていたら、乗馬コーチの彼に伝わったらしい。彼が声をかけると、やっと顔を見せてくれ、それで二人揃った窓辺の写真を撮ることができた。


 ツーリストキャンプから呼ぶ声が聞こえた。やっと夕ごはんになるらしい。お腹はもうぺこぺこだ。
 さっきキャンプ長さんが作っていたホルホグのミルク缶がレストランゲルに運ばれてくる。ミルク缶を開けると、いい匂いがする。みんなでのぞき込むと、お肉と野菜と石が詰め込まれている。
 ミルク缶の中の石は当然熱くなっていて、この石を持っていると健康になるという。
 少し冷めた石をガイドさんに渡してもらい、でも「熱い、熱い。」と左右の掌でポンポン渡し合うようにして健康を願った。
 この石は羊肉の脂も吸っているのか、熱いだけではなくツルツルしていて、手もツルツルになった。


 今日がツァガンスム最後の夜ということで、ガイドさんの提案でみんなで乾杯をすることになった。アルヒというモンゴル・ウォッカで乾杯だ。
 小さなコップに生(き)のまま注がれたアルヒは強烈で、「トクトーイ!(モンゴル語で「乾杯」の意)」と言ったか言わなかったか、一口飲んでむせてしまった。とにかく「強烈なお酒」という印象が残っている。
 後でガイドブックを見たら、アルコール度数が38度だそうだ。キツイ筈である。
 ちなみに、このツーリストキャンプでビールを頼むと2000Tだ。


ホルホグ ホルホグは、できたてほやほやを食べているからか、羊特有の匂いもあまりない。骨付きの肉を手でもってかぶりついた。少し脂がきついものの、美味しい。
 そして、お肉よりも美味しいと思ったのは一緒に焼かれていた野菜だ。ジャガイモが肉汁をたっぷり吸い込んでいて、塩気がちょうど良くて、バクバク食べる。前の席に座っていた方に「僕にどうぞって勧めてくれるのかと思ったら食べちゃった。」と言われてしまったくらい、一人で食べまくっていたらしい。
 そういえば、モンゴルにいる間ほとんど気にならなかったの蠅が、このときだけはブンブン飛び回っていた。


馬の駒 夕食後、昨日ガイドさんから見せてもらった、このツーリストキャンプに来る途中でお邪魔したゲルのお父さんが作った人形争奪のジャンケン大会が開催された。
 馬1頭とラクダ1頭、羊が3頭である。
 きっとみんな欲しがるだろうと希望者を募ったらちょうど5人だった。3ドルは高いと思った方が多かったのかも知れない。
 私はもちろん元気よく手を挙げ、何故か強運が発揮されてジャンケン大会で勝利することができた。もちろん、馬を選ばせてもらう。嬉しい。


 お腹がいっぱいになったところで、22時過ぎに温泉に入った。
 夕ごはんを食べ始めるのが少し遅くて、ゆっくりたくさん食べて食べ終わるのも遅かった分、この日のお湯はぬるくなってしまい、少し寒い。これで入り納めなので名残を惜しみつつ、しかし何だか風邪をひきそうな気がして早めにあがった。


 荷造りなど明日出発の準備をしていたら、何となくツーリストキャンプ全体がざわざわしてきた。
 何かと思ったら、添乗員さんがウランバートルからトンボ帰りで戻って来たらしい。まさか私たちがツァガンスムにいるうちに合流できるとは思っていなかったので驚いた。
 みんなで集まり、「ウランバートルとんぼ帰り」の話を聞く。怪我をされた方はウランバートルで病院に行き、一番早い飛行機で帰国できることになったそうで、まずは一安心だ。


 私たちはそこまで聞いて引き上げたけれど、その後、添乗員さんとガイドさんのゲルでは「お帰りなさい」の宴会が続いたらしい。
 宴会が終わった後も、それぞれの経過を情報交換していたのか、彼らのゲルからはかなり遅くまで話し声が聞こえていた。


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2007年5月4日一部追記

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2007.04.27

旅行談義に花を咲かせる その8

 お久しぶりの友人と会い、目黒のネフェルティティ東京というエジプト料理のレストランでごはんを食べた。
 ちなみに、このレストランは、ホームページから受ける印象よりもずっと庶民的な感じだった。水曜と金曜の夜はコースだけと言われたのだけれど、どうもそれはベリーダンスのショー(ダンサーが1人、各テーブルを回って踊ってくれる)があるためらしい。
 挑戦はしなかったけれど、ヘナという入れ墨みたいなものも「3日くらいで消えます」ということで、やってもらえるようだった。

 何の気なしに「最近、凝っているものは何か」と尋ねたら、彼女の答えは「お城」だった。
 きっかけは、江戸東京博物館で開催されていた「江戸城」の特別展なのだそうだ。この特別展を見た後で実際に皇居を歩いて一周し、すっかりハマってしまったのだという。
 このGWにも、盛岡の盛岡城と仙台の青葉城に行くのだと言っていた。今は公園になっているお城が多いけれど、判って見るとそこはやっぱり「公園」ではなくて「お城」なのだそうだ。

 仙台に行くと聞き、そういえば東北出身の彼女に「どうしてガイドブックは東北で一冊なの!?」と訴えたら、あっさりと「だって、それで十分だもん。」と言われてしまった。
 東北地方の季節に関係ない(例えば、弘前の桜とかお祭りを数えずに)観光地を挙げてごらんと言われて私が出せた答えは、これから行こうとしている「立石寺」の他は、確か「恐山」「角館の武家屋敷」「小岩井農場」「五能線」「磐梯山と五色沼」「遠野」「会津若松城」だけだった。
 このうち、「恐山」と「小岩井農場」と「五能線」は却下されてしまったので、彼女のお眼鏡にかなったのは5ヶ所だけだ。彼女にとって、「自然」は普段の生活の中で見慣れているものであって、「わざわざ観光として見に行く」ものではないのだと言う。
 その基準を適用すると、後になって私が思いつけた「蔵王」「平泉」「十和田湖」「奥入瀬」「白神山地」「松島」のうち、生き残れるのは「平泉」だけになってしまうではないか。

 それはともかく、「ガイドブックを買うよりもインターネットで情報を探してプリントアウトして持って行った方がいいんじゃない?」というアドバイスを頂き、GWに備えて彼女がプリントアウトした情報の中から、仙台駅構内に牛タン屋さんが集まった一角と、お寿司屋さんが集まった一角があることを教えてもらった。
 それから、立石寺では是が非でも「たまこんにゃく」を食べるべきなのだそうだ。
 なるほど、いざというときにはその手があるらしい。いいことを教えてもらった。

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2007.04.24

山寺ゆきの宿と足を手配する その1

 立石寺は別名「山寺」といわれるだけのことがあって、石段を1時間くらい上らないと辿り着けないらしい。
 だからこそ、なけなしの体力があるうちに行っておこうという発想にもなったのだけれど、そもそも日頃から運動不足どころか運動皆無の私に「体力」などというものがある筈もなく、その日の宿は絶対に温泉にして筋肉痛を癒さねばと考えていた。

 立石寺に近い温泉といえば、山寺駅のあるJR仙山線沿いに、秋保温泉、作並温泉と「仙台の奥座敷」と呼ばれる温泉が並んでいる。
 山寺にも一軒宿の温泉があったのだけれど、平成12年に廃湯になってしまったのだそうだ。残念である。
 楽天やじゃらんなどの宿泊予約サイトを検索してみたら意外と埋まり始めていて、もっと余裕で選び放題だと思っていたので焦ってしまった。

 慌ててツアーパンフレットなどを集め、友人に希望を打診したところ「温泉に入れれば」「空いているところで」というおおらかな返事をもらえたので、お値打ち&お手軽なツアーに狙いを定めて予約してしまおうと目論んだ。
 ところが、お昼、休憩時間、終業後と何度予約センターに電話しても「ナビダイヤルでおつなぎします」という台詞の後に話中音が鳴るだけでつながらない。びっくりしてしまった。駆け込みでゴールデンウィークの旅行を手配している人が多いのだろうか?
 意地になって受付終了時刻の2分前に電話したらやっとつながり、意中の日程で宿が空いていると言われ、そのまま予約を入れてしまった。

 いつものことなのだけれど、予約を入れてから宿の評判などをインターネットで確認し、宿泊予約サイトを何となく検索してみたら気のせいか昨日よりも空きが増えているような印象で、これは早まったのじゃないか、このまま予約を確定させていいものかと考え始めたりしている。
 困ったものだ。

 困ったものだといえば、ガイドブックでも困っている。
 立石寺(山寺)は、山形県にある。でも、仙山線沿いの秋保温泉も作並温泉も宮城県仙台市に位置する。2日目は仙台でお昼ご飯を食べて帰ろうと思っているので仙台駅周辺の情報も欲しい。私の中で仙台は「お寿司と牛タンが美味しい街」なのである。
 これらの情報を全てカバーしていることを条件に探すと、「東北」6県全体の情報を集めたガイドブックになってしまうのだ。それではガイドブック全体の中で私が必要とする情報はほんの少しだけになってしまい、何だか損をしている気分になって(実際問題として、必要のない情報を重い思いをして持って行くのは、石段を上ることを考えてもできれば避けたい)、なかなか購入意欲が湧かないのだ。
 もうちょっと探してみよう。

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2007.04.21

特別展「聖地・巡礼−自分探しの旅へ −」の開催を知る

 2007年3月15日から6月15日まで、大阪の国立民族学博物館で、特別展「聖地・巡礼−自分探しの旅へ −」が開催されていることを知った。開館30周年記念の特別展だそうだ。

 展示の中心は、フランスから北スペインを横断して1350kmを歩く、サンチャゴ・デ・コンポステラ巡礼を記録した映像だそうだ。
 合わせて、聖地ルルド(ってどこなんだろう)、四国巡礼、霊場恐山などの「巡礼」「聖地」を映像や写真や物で体感するというコンセプトなのだそうだ。
 実は「自分探しの旅」というコンセプトはあまり好みではないし、自分が「巡礼」することもないように思うのだけれど、何故だか「たくさんの人が歩く」道には何となく興味がある。
 行ってみたいけれど、大阪はちょっと遠い。東京でも開催してくれればいいのにと思った。
  
 国立民族学博物館の公式Webサイトはこちら。

 「東京でも開催してくれればいいのに」と思って国立民族学博物館のサイトをうろうろしてみたのだけれど、このサイトはトップに(恐らくはモンゴルの)ゲル内部の写真を使っているところでまず好感度が高い。
 そして、「雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展」の巡回展を、東京渋谷のたばこと塩の博物館で、2007年4月21日から5月20日まで開催しているという案内にたどり着いた。
 関連講座が巡回展初日の今日午後2時から開催されるという情報にたどり着いたのが、とても我が家からでは間に合わない時間だったのが悔しい。国立民族学博物館名誉教授でもある山本紀夫氏のお話が聞けたのだそうだ。
 でも、たばこと塩の博物館のエントランスホールで開催されているというこの写真展にはぜひ行こうと思う。ちなみに、入場料は100円である。

 国立民族学博物館の公式Webサイト内、「雲の上で暮らす アンデス・ヒマラヤ・チベット 山本紀夫写真展」のページはこちら。
 たばこと塩の博物館の公式Webサイトはこちら。

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2007.04.19

山寺行きの計画を始める

 ここのところ、とにかく国内でも海外でも短期間でも、とにかく旅行に行きたくなっていた。
 10日ほど前に、とうとう「どこかに旅行に行きたい病」が本格的に発症し、友人にゴールデンウィーク後の実施を打診してみた。そのとき示した案は以下のとおりだ。

1 新装開店した故宮博物院に行く。
2 ダムの底に沈む川原湯温泉に行く。
3 立石寺で足腰の衰えを感じてから作並か秋保の温泉で癒される。
4 釧路湿原を歩く(ツアーに参加)

 我ながら支離滅裂なラインアップだけれど、実は2と3の発想の元は同じで、JRの駅で手に入れた「ローカル線の旅」というパンフレットである。

 その後、友人とやりとりしつつ、川原湯温泉にわたらせ渓谷鉄道をつなげられるか検討したり、仙台どまりのやまびこ号に最大30%OFFで乗れることが判明したりした結果、「3 立石寺で足腰の衰えを感じてから作並か秋保の温泉で癒される。」が採用されることになった。

 往復の足と宿泊場所を決め、それから何よりも1時間は登るという石段に耐えられるだけの体力を身につけなければ。
 実は来月の宿泊予約であっても、週末はかなり埋まり始めていることが判明し、少し焦っている。

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2007.04.18

「旅フェア2007」の開催を知る

 一昨日、世界遺産検定に申し込んだときにメルマガの購読も申し込んであった。
 早速、今日「世界遺産検定メールマガジン「マイスターへの道」」が送られて来て、その中に「旅フェア2007」開催の案内があった。

 「旅フェア」は、国内旅行をテーマにしていて、観光関連の企業など100以上が出展しているのだそうだ。「旅行博」の国内版という感じだろうか。今までこのような催しの存在を知らなかった。
 今年は明後日(2007年4月20日)から3日間に渡って幕張メッセで開催されるのだそうだ。
 入場料は、大人が500円で、高校生以下は無料である。

 公式サイトを見てみたら、今年の冬に行こうとして果たせなかったオホーツクの流氷も展示されているのだそうだ。
 行ってみたいけれど、今週末というのはちょっと急すぎる。迷ってしまう。

 旅フェアの公式Webサイトはこちら。

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2007.04.16

2007年6月度世界遺産検定に申し込む

 特定非営利活動法人世界遺産アカデミーが主催する、世界遺産検定についフラフラと申し込んだ。
 2007年4月27日まで申し込みを受け付けているのは、6月17日(日曜日)に実施される初級試験で、試験の点数によって「ブロンズ」または「シルバー」の級が認定されるという仕組みなのだそうだ。受験料は5250円である。

 詳細は、特定非営利活動法人世界遺産アカデミーのサイトへ。
 
 試験まであとちょうど2ヶ月なのだけれど、全く何の準備もしていない。
 私は試験勉強をするときに、参考書などを読んだりノートを作ったりするよりも(余裕と計画性があればそうするのだけれど)問題集を何度も繰り返してやるタイプなので、とりあえず世界遺産検定2007公式出題解説&問題集を購入した。自慢にはならないけれど、まだ1ページも読んでいない。

 ゆるゆると気楽にお勉強して、受験してみようと思う。

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2007.04.13

「僕は見習いナチュラリスト」を購入する

 本屋さんで「僕は見習いナチュラリスト アフリカ野生王国編(加藤直邦)情報センター出版局」という本を見つけた。帯に坂本龍一の言葉が載せられていて、もしかするとそうかなと思ってパラパラと見てみたら、やはり、数年前にケニアのマサイ・マラにあるムパタ・サファリ・クラブというロッジにいらっしゃった加藤直邦さんの著作だった。
 私が2003年9月にケニアに行ったときにはお目にかかれなかったのだけれど、ケニア旅行の前には加藤さんのサイトを見て、「バルーン・サファリに行くときには相当厚着をする必要があるのだな」ということをチェックしたのを覚えている。

 パラパラとめくって見たら、動物の写真も載っていて楽しそうだったので、ついそのまま購入してしまった。
 ゆっくり読もうと思う。

 加藤さんは今は南米にいらっしゃるそうだ。
 この本のタイトルが「野生の王国編」だから、次は「アマゾン・ジャングル編」になるのだろうか。

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2007.04.12

「OZ magazine」2007.04.23号を購入する

 鎌倉を特集している、2007年4月9日発売の「OZ magazine」がいいよという話を友人に聞き、購入してしまった。特集の正式名称は、「「丁寧」があちこちに。暮らすように歩く鎌倉」である。

 そういえば、鎌倉なんて行こうと思えばいつでも行ける距離なのに、もう何年行っていないだろう。
 友人の結婚式に横浜まで行ったときに、ついでに一泊し、翌日に北鎌倉をぶらぶらして来て以来だ。

 また鎌倉に行ってボンヤリ歩いてみたいと思った。

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2007.04.11

QRコードを設置する

 2007年4月5日から、ココログの携帯閲覧サービス(β版)がスタートし、携帯電話から読むことができるようになったのだそうだ。
 ココログからこのお知らせがあるまで、実は携帯電話から見られなかいことも知らなかった。

 QRコード(実は、これもどんな役割をするものだか、さっぱり判っていない)も設置できるということだったので、サイドバーに設置してみた。

 (よく判らないけれど)どうぞご利用ください。

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2007.04.07

「地球の歩き方 チュニジア」を購入する

 今のところ、次に海外旅行で行きたいところとしては、グアテマラ・チュニジア・ヨルダンが私の中のベスト3である。

 「地球の歩き方 チュニジア」は前にも購入して、旅行社のパンフレットに載っているコースと照らし合わせてイメージトレーニング(?)をしていたのだけれど、新しい版が出ていることに気がついて、つい行く予定もないのに買い換えてしまった。
 本当は「地球の歩き方 ヨルダン・シリア・レバノン」も欲しいのだけれど、2004年6月に出た「2004〜2005年版」はどの本屋に行っても売ってないし、どのサイトで見ても在庫切れになっている。しかも、次の版の出版予定も「2007年9月以降」とされているだけで未定である。レバノンの情勢を考えると無理もないとは思うけれども、ないとなると欲しくなるのが人情だ。
 「Lonely Planet Jordan」も考えたけれど、私の英語力と集中力で読んでみようと思う筈もなく、購入しただけに終わりそうだったのでこれは断念した。

 とりあえず、チュニジア編を熟読しよう。

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