« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »

2007.05.31

世界遺産検定2007の受験票が届く

 今日、世界遺産検定2007の受験票が届いた。

 試験開始の30分前に集合、遅刻しての途中入室は認めるけど途中退室は認めない、教室内ではペットボトルの飲み物やアメ、ガムも含めて飲食禁止、などなど、意外と厳格な注意事項が並んでいて驚いた。

 さて、試験まであと3週間もない。
 真面目に勉強しよう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.05.29

「タビリエ 日光・奥鬼怒」を購入する

 ひょんなことから東武鉄道の株主優待切符をいただいた。
 そうなったら、実は記憶にも残っていない子どもの頃に行ったきりの日光に行くしかない。この優待切符の有効期限は来月いっぱいである。

 というわけで、山寺から帰ってきたばかりなのだけれど、日光の支度を開始である。
 とりあえず、友人が持っていて仙台で大活躍していたタビリエ・シリーズの「タビリエ 日光・奥鬼怒」を衝動買いしてしまった。

 華厳の滝も見てみたいし、日光東照宮は外せない。湯葉も食べたいし、温泉にも入りたい。家族は「中禅寺湖で泊まればいいじゃない」などと人を迷わせる。
 実はゆっくり考えている余裕もない。とっとと宿と足は確定させようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.28

録画した素敵な宇宙船地球号「世界遺産の光と影 Vol.7 ~熊野古道のジレンマ~」を見る

 2007年5月27日にテレビ朝日系列で放映された「素敵な地球線宇宙号」という番組の「世界遺産の光と影 Vol.7」を録画しておいて、今日になって見た。

 「林業用としても使われている熊野古道が世界遺産に登録されたことにより、利用制限がかかり、間伐、伐採、植林といった人の手入れのサイクルが止まってしまいかねず、「文化的景観」が保たれなくなるかも知れない」という番組だと思っていたので、番組の始めの頃の総論というか概括のような部分が少し長く感じた。

 でも、去年、熊野古道を歩いたときに行かなかった、伊勢神宮から熊野に向かう伊勢路の風景や、那智大社に向かう大門坂をゆっくり映像で見られたのが嬉しい。
 平安時代の熊野詣での人々は今の姿の熊野を見ていたわけではないこと、今の「美林」の姿は江戸時代以降林業が盛んになり人の手によって創られてきたこと、古道も「林業の道」として守られてきたこと、世界遺産登録に当たって古道周辺の山を所有する林業家の方々の同意は得ていないこと、同意を得ていないのに古道の左右50mは緩衝地帯として木を切るにも許可が必要になったこと、人手がなくさらに世界遺産登録で手をかけられなくなって山崩れが何度も起きていること、山を育てるには間伐がどうしても必要なこと、「間伐」を行うツアーを開催し始めていることなど、とても興味深い内容だった。

 林業家の方は「観光客のための世界遺産登録ならいらない」とおっしゃり、世界遺産登録で活性化を図ろうとした観光業の方は「お金を落としていってくれない」と嘆く。「歩くのにお土産を買うと荷物になる」という気持ちは、観光客として歩いた私にもよく判る。

 正解は多分なくて、でも、きっと解答は少しずつたくさんあるに違いない、という気がした。

 ところで、間伐ツアーに参加しているのは、少なくとも画面に映った方はみな女性だったのがさもありなんという感じだった。

 ちなみに、番組中で誰も答えられなかった「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産登録理由だけれど、「世界遺産検定2007 公式出題解説&問題集」によると、以下のとおりである。

 主な遺産価値
・神仏習合をあらわす文化的景観
・日本の宗教文化の見本
・日本の他の神社建築へ影響を与えた建造物群

 適用された世界遺産登録基準
2 時代を超え、建築・技術・都市計画及び景観の発展に大きな影響を与えたもの。
3 現存する、あるいは消滅した文化的伝統・文明に関する独特な証拠を示すもの。
4 重要な様式の建築物、人類の歴史上、重要な発展段階を示す景観の見本。
6 普遍的な重要性を持つ出来事、現存の伝統・思想・信仰や芸術的、文化的所産に関係するもの。

2007年5月27日(日曜日)23時30分から
テレビ朝日系列 素敵な地球線宇宙号
「素敵な地球線宇宙号」の公式Webサイトはこちら。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007.05.27

山寺ゆきから帰る

 山寺ゆき(山寺旅行と言うよりも似つかわしい感じがする)から帰ってきた。
 2005年の初島、2006年の修善寺と同様に、今回も「旅行に行ってきた」というよりも、「美味しいものを食べて、温泉に入ってきた」という感じだ。
 それとあと一つ、今回は「よく歩いて」というのを足してもいいと思う。

 1日目は山形新幹線で山形まで行き、仙山線で山寺に向かい、そこでお昼ご飯。山寺をのんびり歩いて(でも、階段をずっと降りて来た後はふくらはぎが私の意思とは関係なくプルプル震えていた)、さらに仙山線で作並に移動して温泉泊。
 2日目は仙山線で仙台まで移動し、かまぼこ手焼き体験をして焼きたてを食べてから、牛タンのお昼ご飯、そのまま仙台の繁華街をぶらぶらして駅まで戻りずんだでお茶、お土産を買って、仙台始発のMAXで6時前に東京に戻ってきた。
 満喫してきた。

 仙台駅でお土産に買った喜久水庵「喜久福」という大福の賞味期限が明日だった。これは風味が落ちないうちに食べなければならぬと思い、今、絶対に太ると確信しつつお茶をしたところだ。
 美味である。
 ずんだの餡で生クリームを包んでいる「ずんだ生クリーム大福」と、こしあんで抹茶クリームを包んでいる「抹茶生クリーム大福」の2種類3つずつ(税込み630円)を買ってきたのだけれど、甘さ控えめの「ずんだ生クリーム大福」の方が好みだということで、母と一致した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

山寺旅行記2日目(引っ越しました)

*****

 

 山寺旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

 

*****

 

1日目 2007年5月26日(土曜日)

 

2年目 2007年5月27日(日曜日)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.26

山寺旅行記1日目(引っ越しました)

*****

 

 山寺旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

 

*****

 

1日目 2007年5月26日(土曜日)

 

2年目 2007年5月27日(日曜日)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.25

山寺ゆきの宿と足を手配する その4

 今日、友人から「新幹線、上野に停まるよね?」という確認のメールが届いた。

 東北・山形新幹線は全て東京の次は上野に停まるのだと信じ、友人にも「上野から乗ると思う」と宣言していた私は、???と思いつつ、えきねっとに行って調べてみた。
 停まらない。

 慌てて、友人に返信メールを出した。

 この間会った友人に「新幹線の座席って一時期固定されていましたよね?」と聞いて「確かにそういう時期もあったけど、それって凄く昔のことよ。」と返されたのだった。
 無知と思い込みはオソロシイ。
 確認メールをくれた友人に大感謝! だ。

 明日から一泊二日で山寺&仙台に行って来る。
 仙台ではかまぼこ工場で「手焼き体験」をする予定。その予約も済んだ。友人お勧め&ご紹介の牛タンを食べるのも楽しみだ。
 ずっと「雨」だった明日の天気予報も、今日になって一転晴れに変わり、これまた晴れ女の友人に感謝! である。

 さて、大した荷物にはならない筈だけど、これから荷造りをしよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.24

素敵な宇宙船地球号「世界遺産の光と影 Vol.7 ~熊野古道のジレンマ~」を見る(予定)

 テレビ朝日系列で放映されている「素敵な地球線宇宙号」という番組では、2007年5月27日に「世界遺産の光と影 Vol.7」として「熊野古道のジレンマ」を取り上げるのだそうだ。

 ナレーター兼「熊野古道を歩く」出演者が緒方拳だというのもよい。

 林業用としても使われている熊野古道が世界遺産に登録されたことにより、利用制限がかかり、間伐、伐採、植林といった人の手入れのサイクルが止まってしまいかねないのだという。このサイクルが止まってしまえば、「文化的景観」が保たれなくなるのは理の当然だ。

 世界遺産検定のお勉強に問題集をナナメに眺めているだけでも、「世界遺産条約」の特に「真正性」という考え方は西洋向きというのか、石の文化が中心であるヨーロッパ的な考え方なのだなということは伝わってくる。
 もちろん、そのヨーロッパでも、住民投票で決まった橋の建設が景観を損なうとして危機遺産登録の理由となったりしているから、一方的な視点からだけ考えるのはよくないし、一概には言えないのだけれど、それにしても、少なくとも熊野の美林は人の手が入ってこそ保たれるものだろうにという気はする。
 放送日には出かける予定なので、忘れずにビデオをセットしようと思う。

2007年5月27日(日曜日)23時30分から
テレビ朝日系列 素敵な地球線宇宙号
「素敵な地球線宇宙号」の公式Webサイトはこちら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.22

「地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々」を購入する

 今日、「D15 地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々 2007〜2008」を本屋さんで見つけて購入した。

 地球の歩き方ホームページにある「地球の歩き方」の改訂予定をチェックしたときには、2007年5月21日発行予定になっていたのに、昨日、何軒かの本屋を回ったけれど発見できなかった。
 都心の本屋だし、それが数件回った全てにないとなると、発行自体が遅れたのじゃないかと思っていたのだけれど、購入した本をぱらぱらとめくったところで理由が判明した、ように思った。
 正誤表が挟み込まれているのだ。
 普通に本屋に売っている本で正誤表が挟んであるのを見たのは初めてのような気がする。
 絶対にすぐに失くす自信があるので、早速、本文の方に訂正を書き入れておいた。

 こうしてガイドブックを手にして写真を眺めて紹介を読んでいると、全く旅行の目途は立っていないのだけれどやっぱり行きたくなってしまう。

 ところで、この「地球の歩き方 シルクロードと中央アジアの国々」はかなり薄めだ。262ページで1,974円である。
 「地球の歩き方」シリーズでは、ページ数と値段は比例していないような気がする。
 やはり、多く売れる地域のガイドブックは厚いのでページ割りにすると安くなり、あまり数が売れない地域のガイドブックは薄くてページ割りにすると割高になるんだろうか、とつまらないことを考えてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.20

「アヒルと鴨のコインロッカー」を読む

 山寺へ行く準備に、このところ宮城県や山形県の観光情報をインターネットで検索している。
 それで判ったのだけれど、もう少し前なら仙台青葉祭りに遭遇できるし、少し後なら山形でさくらんぼ狩りが始まる。何というか、どうも「端境期」に行こうとしているような気がする。
 怒濤のような混雑もなく、季節もよく、晴れ女の友人も一緒だ。これはこれでいいかなと思うことにした。

 それで、宮城県、特に仙台の情報を検索しているとよく「アヒルと鴨のコインロッカー」の情報にぶつかる。作者が仙台在住であること、この小説の舞台が仙台であること、まもなく映画が公開されるのだけれど仙台で先行公開されることなどがその理由である。
 つられて、つい「アヒルと鴨のコインロッカー(伊坂幸太郎)」創元推理文庫を購入し、読んでみた。
 少し前に映画化された「陽気なギャングが地球を回す(伊坂幸太郎著)」祥伝社文庫は読んでいて、それが面白かったというのも理由のひとつだ。
 そうしたら、「陽気なギャングが地球を回す」に出ていた「祥子さん」が「アヒルと鴨のコインロッカー」にも出ていて、さりげなく小さくスピンオフっぽくなっていることが判って嬉しかった。
 創元推理文庫に入っていて、確かにミステリなのだけれど、どちらかというと切ないくらいの恋愛小説のようにも読めた。映画も見てみたい。

 そんなわけで楽しく読書したのだけれど、そもそもの目的である「仙台を身近に感じる」ためには余り効果がなかったかもしれない。
 例えば「青葉城」が出てくるとか、地名が出てくるとか、特徴的な何かが描かれているわけではないのだ。この小説の主人公は「日常」を送っているのだから、当たり前と言えば当たり前である。
 仙台が舞台になっているということも、、小説の最後の最後になって一回だけ「仙台」という単語が出てきて確信を持てる。もっとも、今、確認しようと思って探しても見つからなかったから、これは私の記憶違いという可能性も高い。
 それとも、仙台在住の人には一発でピンと来る仕掛けが施されているのだろうか。

 いずれにしても楽しい本だった。
 仙台に行こうとしていなかったら読まなかったかも知れない。特をした気分だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

検索窓を設置する

 ここのところ、こんなことばっかりやっているような気がしつつ、再び検索窓を変更してみた。サイドバーのプロフィールの下に設置してある。
 今回は、サイト内検索専用の、ブログパーツガーデンで紹介されていたものだ。

 考えてみたら、ここのブログでwww全体を検索する必要は(恐らく)全くないし、高速だし、サイドバーにすっきり納まるし、当面はこれで行こうと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.17

「地球の歩き方」の発行予定をチェックする

 7月上旬にクィーンシャーロット島に行こうと狙っていたツアーがあったのだけれど、一昨日、そのツアー行程のド真ん中に仕事の予定が入ってしまい、あえなくポシャってしまった。
 何の根拠もなく、その1週間に仕事の予定が全く入らない可能性の方がはるかに低かったというのにすっかり行けるつもりでいたので、何だかブルーになってしまった。

 それでも海外脱出したい。
 地球の歩き方ホームページで「地球の歩き方」の改訂予定をチェックしたら、気になる3冊が見つかった。

 地球の歩き方 D15 シルクロードと中央アジアの国々 2007年5月21日発行予定
 地球の歩き方 D07 西安・敦煌・ウルムチ 2007年6月11日発行予定
 地球の歩き方 E04 ヨルダン/シリア/レバノン 2007年8月発行予定

 「シルクロードと中央アジアの国々」は、確か2〜3日前にチェックしたときは「2007年5月18日発行予定」だったと思う。この小刻みな遅れがちょっと心配だ。
 「ヨルダン/シリア/レバノン」は、2004年6月以降新刊が出ておらず、しかも現在では店頭にもどこにもない。レバノン情勢が落ち着くまでは新刊は出ないのかしら、この地域の日本語のガイドブックはないのかしらと心配していた。発行されるようで嬉しい。
 秋になって少し涼しくなったらヨルダンへ行けと私に言っているのかと思ってしまう。

 ところで、「アイスランド」の発行予定はまだない。
 アイスランドよりもずっと観光客の少なそうな国や地域のガイドブックはあるのに、本当に不思議だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.16

60000アクセス達成!

 アクセス解析を見ていて、今日(2007年5月16日)の午後10時台にどなたかが60000アクセス目を踏んでくださったことが判った。

 右サイドバーの一番下にこっそりアクセスカウンターを設置してあるので、もしかしてご本人も気づかれただろうか。でもこっそりすぎて、アクセスカウンターの存在にすら気がついていない可能性の方が高いような気もする。

 それにしても、60000アクセス目が私自身じゃなくて良かった。

 いずれにしても、遊びに来ていただいて、読んでいただいて、ありがとうございます。

 ちなみに、これまでの経過は以下のとおりである。
 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 20000アクセス 2005年11月16日
 30000アクセス 2006年3月30日
 40000アクセス 2006年8月1日
 50000アクセス 2006年11月22日
 60000アクセス 2007年5月16日

 50000アクセスから60000まで、半年近くかかってしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.10

世界遺産検定2007公式問題集に取り組む

 特定非営利活動法人世界遺産アカデミーが主催する世界遺産検定に申し込んだし、世界遺産検定2007公式出題解説&問題集も購入した。
 受験料と問題集代分くらいは勉強しなければと、主に通勤電車の中で問題集に取り組み、ナナメ読みながらやっと最後までひととおりやってみるところまで漕ぎ着けた。

 それで、判ったことは、以下の4点である。
1 日本の世界遺産についての問題が多いので、日本を集中的に勉強した方が効率が良さそうだ。
2 2005年に、世界遺産の登録基準が改定された。
3 私は世界遺産についてほとんど何も知らない。
  (ちゃんと計算したわけではないけど、正解率は40%そこそこだと思う。)
4 「山川 世界史小辞典」が欲しい。

 特に2は結構重要で、この基準改定により「文化遺産」「自然遺産」「複合遺産」という区分けがなくなり、全10か条の登録基準となった。
 新基準は2007年夏の世界遺産委員会から適用され、今年の問題は改定前の基準で出題される。来年以降に勉強を始めた方が、混乱しないで済んだかもしれない。

 それはともかくとして、試験当日まであと1ヶ月と少しある。
 できれば試験までに、あと2巡くらいはこの問題集を活用したいものだ。

 詳細は、特定非営利活動法人世界遺産アカデミーのサイトへ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.09

山寺ゆきの宿と足を手配する その3

 昨夜、宿泊するホテルに駅からの送迎について問い合わせのメールを出したところ、今日、早速お返事がいただけた。早い!

 送迎は随時(予約が入るごとに)行っていること、直前の電話でお願いしても大丈夫なこと、最寄り駅からホテルまでは徒歩で40分(!)かかるのでお勧めできないこと、最寄り駅にはタクシーが常駐していないことなどを教えていただいた。
 送迎のお世話になります、ということで決まりだ。

 ついでに、事前に連絡した方がよいことがないか尋ねたところ、アレルギーなどどうしても食べられないものがあったら教えてください、ということだった。
 私は「できれば避けたい食べ物」はたくさんあるのだけれど(例えば、牡蛎・椎茸・生のセロリ)、「どうしても食べられないもの」は多分ない、と思う。
 明日にでも友人に確認して連絡しようと思う。

 今日は、その他に、山寺の観光マップをインターネットで探してダウンロードしたり、使いそうな時間帯の仙山線の時刻表をチェックしたりしていた。
 その結果、普通電車と快速電車でそれほど時間の違いはないことと、ほぼ1時間に1本の電車があることが判明した。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007.05.08

検索窓を設置する

 2006年末に、このブログのサイドバーにYahoo!の検索窓を設置した。
 何となく気分を変えたくなって、ブログ記事のトップにGoogleの検索窓を設置してみた。
 本文にHTMLを書くと、<br>のタグなしでも、普通に改行すると表示結果も改行されてしまう。そのことに気がつくまで、散々、試行錯誤してしまった。

 どちらが使いやすいだろう。
 多分、私の使用頻度が誰より高いと思うので、しばらく使ってみてどちらの検索窓にするか決めようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.07

「インカ・マヤ・アステカ展」の開催を知る

 2007年7月14日から9月24日まで、上野の国立科学博物館で、「インカ・マヤ・アステカ展」が開催されることを知った。

 2007年6月にNHK衛星ハイビジョンで、7月にNHK総合で「失われた文明」と題して関連する番組が放送され、それを受けて特別展が開催されるという流れのようだ。
 マチュピチュで発掘された金の腕輪も出展されるという。マチュピチュ博物館には行っていない(というか、ペルーを旅行した2004年当時は存在すら知らなかった)から、ペルーで見られなかった品々を見られるのは嬉しい。

 また、マヤ文明ではティカル遺跡とカラクムル遺跡(こちらはどこにあるのかもよく知らない。今度、調べてみよう)に焦点を当て、ティカル遺跡のピラミッド正面に据えられた石碑も来るという。
 前からティカル遺跡にぜひ行きたいと思っていたので、そうと知ったらやはり見ておかねばという気持ちになる。

 夏休み期間中ということできっと混雑すると思うけれど、でもぜひ行ってみたい。
  
 「インカ・マヤ・アステカ展」の公式Webサイトはこちら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.06

モンゴル旅行記の入口を作る

キャンプ ここはモンゴル旅行記への入口である。
 山寺に行く前にモンゴル旅行記を書き終わりたくて超特急で書いた。しかも今回はあまりメモも取っておらず、写真も少なく、ふっと「そういえばこんなこともあった!」と書き足したりしている。
 しばらく書き足したり直したりするかも知れないけれど、とりあえず枠としては完成である。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。

1日目 2006年8月12日 羽田(関空乗り換え) -> ウランバートル(泊)

2日目 2006年8月13日 ウランバートル -> 騎馬イベント -> ホスタイ(泊)

3日目 2006年8月14日 ホスタイ -> ツァガンスム(泊)

4日目 2006年8月15日 ツァガンスム滞在

5日目 2006年8月16日 ツァガンスム滞在

6日目 2006年8月17日 ツァガンスム滞在

7日目 2006年8月18日 ツァガンスム -> カラコルム -> ブルド(泊)

8・9日目2006年8月19・20日 ブルド -> ウランバートル -> 羽田

 

その国の旅を終えて 100の質問 (モンゴル編)

持ち物リスト (モンゴル編)

2006年8月 モンゴルの写真

| | コメント (0) | トラックバック (0)

モンゴル旅行記8・9日目

2006年8月19日(土曜日)

 モンゴル最後の朝は早かった。
 6時30分から朝食と言われて、それに間に合うように起き出す。雲は多いけれど雨はすっかりあがっている。朝焼けもないし、きっといいお天気になるに違いない。
 朝食の用意ができるまでの間、ツーリストキャンプの中を散歩する。
 ちょうど「黎明」という感じの空に風にはためくモンゴル国旗、頭上高くに三日月というポイントを見つけ、写真を撮る。どうしても高いところにある三日月を入れたくて、私の姿勢はどんどん低くなる。
 普段は使わないビューファインダーも使って、地面すれすれから撮影した。

 そうこうしているうちに、みなさん起き出して来た。
 前にモンゴルに来たときにもこのツーリストキャンプに泊まったという方が、遠くに見える三角形の山を指さして、あれがモンゴルの中心だと教えてくださる。
 バヤン・ゴビは砂漠の飛び地だそうだけれど、あの山はその砂漠のさらに向こうにあるように見える。

 7時頃になった朝食は、ジュース、パンとバターとジャム、目玉焼きとソーセージという「洋風」のメニューだった。何だか懐かしい感じがする。
 朝食後に荷物を出したところ、大八車のようなものに荷物を載せて運ぶのに手間取っていたようだ。
 そういえば、扉が開いているゲルの写真は撮ったけれど、「これぞゲルの扉」という細かくて華やかな模様が描かれた扉がちゃんと写ったゲルの写真を撮っていないことに気がつき、しっかりカメラに納めた。

給油中 出発したのは8時前だったと思う。
 走り始めて割とすぐ、バスが給油のために停まった。
 行きにもどこかでガソリンスタンドに停まったけれど、そのときには写真を撮らなかったと思い出し、みなさんがバスで大人しく待っていらっしゃる中一人で外に出て写真を撮った。
 空も真っ青で、ガソリン臭いけれど、でも気持ちがいい。

 そこから2時間弱、バスは爆走した。
 そして、車内の私たちは爆睡した。起きている人なんてほとんどいなかったと思う。

ラジオ体操 10時くらいにトイレ休憩を取ってもらった。
 といっても、もちろん青空トイレだ。隠れやすいように、土地に起伏がある辺りをドライバーさんが探してくれる。
 そこで、「今朝はやっていない!」という声が上がって、本日のラジオ体操が始まった。私は参加しなかったけれど、変な姿勢で爆睡していた分、青空と草原の間で伸びをするだけでも気持ちがいい。
 ウランバートルに向かう道がこんなに真っ直ぐに伸びている。

 ここからさらに4時間弱、バスはウランバートルに向けて爆走した。
 もちろん、車内の私たちは爆睡だ。
 ウランバートルの街が近づくと道路が混み始め、空気が何となくどよんとし始める。道路沿いに看板が現れ、やがてどんどん増えてくる。
 6日ぶりにウランバートルに戻ってきた。ツァガンスムから戻ると、そのわやわやがやがやした感じに何だか慣れない。同じ国にいる感じがしない。

 のろのろ運転で進み、ノミンデパートの上の方にある中華料理のレストランでお昼ごはんを食べ始めたときには14時を回っていた。遅めのお昼ごはんに慣れたとはいえ、やはりお腹はぺこぺこだ。
 もうメニューも覚えていないけれど、ごく普通の中華料理だった。
 周りには、騎馬イベント以来の「同じ飛行機で来た別のツアーの方」のテーブルがある。全員が揃っているわけではないのは、ウランバートル近くに滞在していた方々はもう食べ終わって次の行程に移っているからだろう。

 ゆっくりお昼ごはんを食べ、ここでウランバートルにいるお友達と約束しているという方がツアーから離脱された。添乗員さんもそちらについて行き、残った私たちはそのまま5階に降りてお土産探しだ。
 私は、結局、ガイドさんにお勧めしてもらったCDとジャケットが気に入ったCDを2枚(両方で32ドル)購入した。
 モンゴルの詳しい地図やフェルト製品、ゲルのミニチュアやカシミア製品などなどを購入されている方が多かったと思う。

チョコの箱 ノミンデパート1階のスーパーマーケットに移動した。
 ここでの人気商品は、チョコレートとアイラグだ。
 ペットボトルのような緑色の容器に入ったアイラグにはかなり惹かれたし、購入した方も多かった。しかし、2リットルくらい入りそうなそのペットボトルでは、家では飲まない私には多すぎる。

 チョコレートの箱にはゲルの絵が描いてあって、「職場に持って行くのはこれしかない」とほぼ全員の頭に浮かんだに違いない。中にいくつ入っているのかどこを探しても書いてなかったので余裕を見て2箱買い、その他に、いつの間にか戻ってきた添乗員さんに「アイラグを蒸溜して作ったお酒です。」と教えてもらった紙パック入りのお酒を購入した。
 締めて7ドルだ。このスーパーではドルも使えた。ただし、おつりはトゥグルグである。

 この「アイラグを蒸溜して作ったお酒」のことを、添乗員さんは「馬乳酒を蒸溜して作ったお酒です。」と言い、ガイドさんは「牛乳から作ったお酒を蒸溜したものです。」と説明していた。
 多分、「アイラグ」は「乳製品から作ったお酒」という意味で、でも日本人にとっては「アイラグ」イコール「馬乳酒」というイメージが強い。その辺りから生まれた齟齬ではないかと思う。
 いずれにしても、今回購入した「シミンアルヒ」はモンゴルの伝統的で強烈なお酒である。

 次に、ツァガンスムに行く前に立ち寄った雑貨屋っぽいスーパーに向かった。
 ここで、2cmくらいの岩塩の固まりが10個くらい入ったものを四つ購入した。締めて800Tだ。この岩塩、白いものとピンクのものがある。この色の違いがどこから来ているのかは謎だ。
 このスーパーでは、他に、キャビアの缶詰を買う人あり、朝食によく出されていた粉末の甘いミルクコーヒーを買う人あり、奥様から頼まれたとかで馬油を買う方もいらっしゃった。

 これでフリータイムは終了し、デイユースのホテルに向かった。私たちのツアー一行はフラワーホテルである。
 このホテルは日系のホテルで、大浴場もある。ぜひ体験してみたかったけれど、ホテル到着が17時で、17時30分には民族音楽コンサートに行くためホテル入り口に集合では間に合いそうもない。
 部屋のシャワーをひねったら熱いお湯が出たので、そのまま超特急でシャワーを浴び、着替えて、結構ぎりぎりの時間に集合することができた。

踊り 民族音楽コンサートは、18時くらいに集まった。
 今度こそ、「同じ飛行機で来た」ツアーの人々が全員集合して、ほぼ貸し切り状態だったと思う。
 1時間くらいのこのコンサートでは、踊りやホーミー、馬頭琴の演奏、アクロバットのような曲芸まで色々な演し物が次々と演じられた。壁に英語と(推定)モンゴル語で説明がスライドのように映し出される。
 見終わって、ホーミーも馬頭琴の演奏も、やっぱり草原で聴きたかったなと思った。

 コンサートの後、そのままレストランに行って夕食になった。
 レストランには(多分、珍しいことに)英語で看板が出ていた。「この名前、どういう意味なんだろう?」と騒いでいたら、添乗員さんが「遊牧民という意味です。」と教えてくれたことは覚えているから、多分、店名は「Modern Momads」だったと思う。
 メニューは、グリーンサラダ、スープ(ポタージュのような感じ)、お肉の煮込み(牛だったかラムだったかすら覚えていない・・・)に付け合わせは紫キャベツの酢漬けとジャガイモとにんじん、何かのパイ(これも、生クリームたっぷりの見た目に反して、酸味のあるフィリングで美味しかったことは覚えている。しかし、それしか覚えていない)だった。

 お料理は量もたっぷりで美味しかったけれど、いかんせん、私たちのテーブルは疲労度が高く空気がどんよりしている。
 他のツアーの方々が「乾杯!」と賑やかだったり、集合写真を撮ったりして華やかな雰囲気なのとは随分と落差がある。
 「この差は何なんだろうね。」「年齢差じゃないよね。」「ウランバートルからの移動距離の差か?」「ムードメーカーのお二人が離脱しているからだよ。」と様々に分析がなされたけれど、深く頷かされたのは「我々のツアーは、一昨日ツァガンスムで乾杯したときに終わったんですよ。」という意見だった。

 そんな訳で、黙々と食べていた私たちのテーブルは食べ終わるのも早かった。写真の撮影日時をチェックしたら、最初のグリーンサラダとデザートのパイの間が30分しかあいていない。相当のスピードで食べたことになる。
 だから、添乗員さんが「お店からのプレゼントで、羊の骨の駒4つを投げて全部表だった方にドリンク一杯差し上げます。」と現れたときには、食べ終わっている人があらかただったようにも思う。
 12人がチャレンジして成功したのは最初に投げた女の子1人だけだった。素晴らしい!

 旅行社から送られてくるアンケートとは別に、ガイドさんに特化したアンケートが配られ、夕食時に回収された。
 今回お世話になったガイドさんも、ガイド業をやっているのは夏の間だけで、冬に故郷に戻ってそちらの仕事が軌道に乗れば来年はガイドはやらないかもしれないと言う。その辺のこともあって、「いいガイド」さんをきちんと評価して継続してやってもらおうという意図があるという話だった。

 20時30分くらいにホテルに戻り、私はそのままホテル内にあったカシミア製品のショップ「GOBI CORPORATION」に行ってみた。
 セーターやショール、マフラーなどを見る。工場から直接仕入れているようでお買い得、もらったチラシに名前と住所(だったと思う)を書くと更に5%引きになる。その代わり返品はできませんと店内に日本語の案内が貼ってあったように記憶している。

 同じツアーの方も何人かいらっしゃって、お聞きしたところでは「同じ系列のショップが最初に泊まったコンチネンタル・ホテルにもあり、そちらの方が品揃えがお洒落だった」とのことだった。
 確かに、色は豊富だけれどオーソドックスなデザインのものが多かったかもしれない。
 職場に着て行くには却って好都合だと思い、ここでダークグレーの少し編み込みの入ったセーターと明るめのグレーのマフラーを購入した。両方で79ドルだった。

 荷物を整理して、22時にロビーに集合しなくてはならない。
 慌てて部屋に戻り、荷造りを開始しようとしたら、窓の外がオレンジに染まっていることに気がついた。窓を開けてみると、燃えるような夕焼けが広がっている。
 もちろんカメラを持ち出してきて、しばし、窓から乗り出すようにして写真を撮る。
 何だか得した気分だ。

 私の「得した気分」は気分として、それで荷造りが進むわけではない。結局、時間ぎりぎりまでかかって何とかキャリーケースのファスナーを閉め、ロビーに行くことができた。
 添乗員さんは手続きその他のために先に空港に向かっている。そのためか、ブレーキが利かない荷物車のブレーキがさらに利かなくなったのか、空港までは人と荷物を1台のバスに無理矢理詰め込んで行った。

 なかなか空港のカウンターが開かず、荷物の預け入れまでしばし待つ。チェックインは先に来ていた添乗員さんが済ませてくれていたようだ。
 空港までのバスの中で航空券を集めたのにどうしてチェックインができるんだ? と思って聞いたら「私たちはできるんです。」とのお答えだった。
 JALはツアーであっても個人でチェックインをさせていたと思ったけれど、チャーター便の場合はまた別の仕組みなんだろう。

 ガイドさんに別れを告げてセキュリティチェックに向かう。
 これが2列あるのになかなか進まない。前の方にいた別のツアーの添乗員さんから、「封の開いた液体は機内持ち込みできないのでここで没収されます。」という注意が飛ぶ。来るときにはロンドンの事件は影響なかったけれど、ここに来てセキュリティが厳しくなったらしい。
 勿体ないので封を開けてしまったミネラルウォーターはその場で飲み切る。このペットボトルは、太陽や森の形が浮き出る可愛いデザインで持って帰りたかったけれど、空っぽのペットボトルを持って帰りたいと伝えるのも面倒そうなので諦め、封を開けていないペットボトルをセキュリティチェックのお姉さんに渡してX線を通してもらう。

 こうして私は難なく通り抜けたけれど、他の方々は何だか大変だったらしい。私のすぐ後ろに並んでいた方は、ペットボトルの封を開けていなかったのにカバンに入れたままX線の機械に通したせいか没収されたそうだし、もう一方の列では封が開いているいないに関わらず、液体はお酒も含めて全て問答無用で没収されてしまったそうだ。
 同じツアーの方も何人か、昼間スーパーで買ったアイラグを没収されてしまった、こんなやり方はフェアじゃないと怒っていらっしゃった。
 私は手荷物が重くなるのが嫌で、買ったお酒はジップロックに二重に入れてキャリーケースに入れて預けてしまったのでこちらも無事で、何だか申し訳ない感じだった。

 

2006年8月20日(日曜日)
 ウランバートル発0時25分のJAL8872便(チャーター便)は、私が爆睡している間に離陸し、機内食サービスも終了し、5時に羽田空港に到着した。
 建物の中でクーラーが効いているのに、じわっと暑い。
 モノレールに乗るため、国内線ターミナルまでバスで移動する。外に出たら、まるでサウナにいるような暑さと湿度にグッタリした。
 モンゴルが懐かしい。

 モンゴル旅行記7日目<-

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.05

モンゴル旅行記7日目

2006年8月18日(金曜日)

雀 前夜に「7時半朝食、9時出発」と言い渡され、7時頃に起き出した。この時間ではもう陽も昇っていてまぶしいくらいだ。
 名残惜しく、ツーリストキャンプ内で咲いていたウメバチソウや、柵の外遠くに見えるヤクや、四阿の屋根に並んでいた(推定)雀の写真を撮って、キャンプ内をうろうろする。朝の冷たい空気が気持ちよい。
 そういえば、ツァガンスムで霜が降りていたのは、最初に泊まった日の翌朝だけだった。

 朝食を食べ始めた8時30分頃にはお腹はぺこぺこだった。
 朝一番では青空も見えていた空は、何だかどんよりとした色になってきた。
 ヤクがいた草原には、仔馬もいる馬の群れが遊牧民の少年に統率されて現れている。

 昨夜添乗員さんから聞いたときには半信半疑だったけれど、荷物を積んでいる車のブレーキが利かないという話は本当らしい。
 「貴重品をスーツケースなどに入れて荷物車に預けている人は、この車はどうなるか判らないので取り出しておいてください。」と言われる。そんなことをしていたのは私だけだったらしく、添乗員さんに荷物を降ろしてもらって一人で荷物を開く羽目になった。間抜けすぎだ。

 このツーリストキャンプにこんなに人がいたのねというくらい大勢のスタッフが出てきてくれる。女の子たちはお揃いのスカイブルーのジャンパーを着ていて可愛い。乗馬コーチの男の子達の顔も見える。
 みんなでツーリストキャンプ入口で記念撮影をした。すると、隣にいた乗馬コーチの男の子が何か言っている。ガイドさんが「虫がいるからじっとしていてくださいと言っています。」と言うので、大人しく彼らが髪から何やら取ってくれるのを待つ。
 また何か言われて意味が判らなくてじっとしていると、またもガイドさんが「こっちを見てくださいと言っています。」と言う。虫なんて見たくないよと思いつつそちらに視線を向けたら、乗馬コーチの男の子が嬉しそうに笑って白髪を示した。
 「いいんだよ、そんなもの発見しなくても! もう!」と拳を振り上げるマネをする。
 彼らが何をしようとしているのか知っていただろうに「直訳」してくれていたガイドさんもガイドさんだ。

 バスは10時30分くらいにツァガンスムのツーリストキャンプを出発した。
 来るときはもう少し時間がかかったような気がするけれど、2時間くらいでカラコルムの街に戻った。そのまますぐ近くにあるツーリストキャンプで昼食だ。

 このツーリストキャンプはかなり大きいようで、レストランゲルも立派だ。
 昼食のメニューは、前菜にニンジンのサラダと大根のサラダ、ミネストローネ風のトマト味のスープ、ビーフカツレツ(衣はカツというよりも天ぷらの衣の卵を多くした感じ)にジャガイモとキュウリとライスが付け合わせについている。どちらかというと、西洋風というかツーリスト向けのアレンジが強いと言えると思う。

オボーと川 このツーリストキャンプのすぐそばに丘があり、そのてっぺんに巨大なオボーがモニュメントのように立っていた。ガイドさんが連れて行ってくれると言うので、ほとんど全員が登ったと思う。
 5〜10分くらい結構急な坂を上る。昨日までの乗馬でボロボロになった私の足腰にはかなりきつい。またしても「お先にどうぞ。」と元気な方に道を譲り、ゆっくりと歩く。
 登りきると、小さなオボーがいくつか立ち、丘の向こうには川が流れているのが見えた。ツァガンスムでの乗馬の際に渡った小川を除くと、モンゴルで川を見たのは初めてのような気がする。

 丘の尾根づたいに少し歩き、巨大なオボーに到着した。このオボーの周りには、アジアの大きな地図が3枚タイル画のような感じで描かれている。
 ガイドさんによると、モンゴル人が建てた三つの国の地図だそうだ。その三つの国の名も教えてもらったけれど、どうしても思い出せない。
 突厥とモンゴル帝国とあと一つはどこだっただろう?

 3枚の地図に囲まれたオボーは、てっぺんに旗も立ち、何というのか、完成したオボーだった。
 周りに石など落ちていないし、落ちている石を投げようにも平べったい石をきっちり積み上げてあって投げる隙間がない。
 そういえば、今までは誰かの後について回っていたので、オボーの周りを回るのにどちら向きに回るのか考えたことがなかった。ガイドさんに時計回りに回るのだと教えてもらった。

 このオボーのすぐそばでは、テーブルを並べて露天のお土産物屋さんが開店していた。
 そちらに目を向けると、カラコルムの街に雲の影が落ち、さらにその向こうにエルデニゾーの白い壁に仏塔が並んでいるところが見える。
 ツアーの方がこの露天で買ったブレスレットが、華奢で繊細な感じでとても可愛かった。

 ゆっくりお昼ごはんを食べて丘の上まで登ったら、あっという間に2時間以上がたっていた。
 バスですぐのところにある、エルデニゾーに向かう。
 エルデニゾーは16世紀に建てられた寺院で、かつてモンゴル帝国の首都だったハラホリンの宮殿で使われていた建材を流用して建てられている。
 若い女の子の日本語ガイドさんがかなり流ちょうな日本語で様々な建築の様式や仏像や仏画の説明をしてくれた。さっぱり覚えていなくて申し訳ない。

 エルデニゾーの内部について私が確実に言えることは、西門を入ってすぐ左手のお土産物屋さんはかなり広くて充実していてお手洗いも清潔だったことと、建物の外観は撮影自由だけれど内部を撮るには料金が必要なこと、大日如来や薬師如来などにモンゴル独特の「**の神様です。」という説明がついていたことくらいだ。しかも、この**の部分がどうしても思い出せない。
 元々、宗教にも仏教にも詳しくない私は、「面白いデザインだ」とか「立派そうだ」「意味ありげだ」という感想しか出てこないし、そういう目で見ていたということは自分で撮った写真を眺めると一目瞭然だ。

 例えばこの写真は、漢民族式建築によるゴルバン・ゾーのうちのどれかだということしか覚えていないし、この写真に至っては、多分、漢民族式建築のお寺のどれかの屋根にあったような気がするということしか覚えていない。

漢民族様式ラブラン寺

 漢民族様式のお寺(左)があり、ゾボルガン塔を挟んで、チベット式建築のラブラン寺(右)がある。
 ゾボルガン塔の手前にある塔に描かれている文様には意味があって、モンゴル国旗にも使われている。
 天と地、男と女など対になるものの意味が含まれているという説明だったと思う。

ゾボルガン塔 ラブラン寺には大講堂があり、そこでは僧が今も勤行に励んでいる。私たちも、勤行が今終わったところで掃除中なので見学は少し待ってくださいと言われた。
 その待ち時間にラブラン寺の大講堂の手前左右にあるお土産物屋さんに行く人が多かった。
 私は休憩に外に出てきた少年僧の笑顔があまりにも可愛かったのでついこっそりと写真撮影してしまった。

 ラブラン寺の大講堂の中はお寺と学校が合体したような感じだった。
 隅っこに「一周回すと全てのお経をあげたことになる」らしい輪蔵(だと思うけれど、モンゴル仏教でもそういう名前かどうかは不明)があり、やけに軽々と回すことができた。
 ご本尊がある辺りにはたくさんの仏像が並んでいたと思う。

エルデニゾー中央部 エルデニゾー専属日本語ガイドさんの説明はここまでで、20分くらいのフリータイム、集合は入って来た門のところになった。
 ここまでお寺に沿って端の方を歩いてきたので、私は真ん中近くを歩いて戻ることにした。衣装をつけて写真を撮るサービスをどこかでやっているらしく、3歳くらいの男の子がチンギス・ハンの扮装をしているのが可愛い。

 西門についていたノッカーにもブルーの布がはためいていたし、恐らくエルデニゾーの敷地ほぼ中央にあったこの写真の物(意味や名前はよく判らない)にもブルーの布が結ばれていた。
 チベット仏教では黄色が貴色だけれど、モンゴル仏教では青色が貴色だそうだ。そのブルーで飾られているのだから、何かの意味があると思う。知識がないのが残念である。

 門を入ってすぐ左手にあったお土産物屋さんを覗き、お手洗いを借りた。
 ツアーの方が前にエルデニゾーに来たときに、カラコルムの街で美味しいアイスクリームを食べたからまた食べたいとおっしゃる。エルデニゾー近くのお店で名前や場所はよく判らないらしい。そのときのドライバーさんが連れて行ってくれたそうだ。
 これだけの情報で、見事に今回のドライバーさんは近くにあったお店に連れて行ってくれた。

 そこはスーパーマーケットとよろずやを足して2で割ったような感じのお店で、アイスクリームはソフトクリームの形をして、無造作にケースに詰め込まれていた。包装はアイスクリームのてっぺんに直にシールが貼ってあるだけだ。
 言い出しっぺの方を含め何人かがアイスクリームを買って食べていらっしゃった。私も一口いただいたらカチンコチンで、アイスクリームというよりもアイスクリンという感じで、さっぱりしていて美味しかった。

 カラコルムの街を出発したのは16時30分くらいだった。
 今日宿泊するブルドのバヤン・ゴビ・ツーリストキャンプは地球の歩き方にも載っている。今、見直してみたら確かに「ハラホリンから車で2時間弱」と書いてあった。しかし、そのときの私の頭には「カラコルム遺跡へのベース地に当たる」という文章しか残っておらず、すぐ到着すると思っていた。
 そう思っていると道のりは長い。
 バヤン・ゴビ・ツーリストキャンプには18時15分くらいに到着したから確かに2時間弱しかかかっていないのに、やけに長く感じてしまった。

 ツーリストキャンプに到着してからゲルを割り振ってもらうまで時間がかかり、レストランゲルで待機した。
 前にこのツーリストキャンプに宿泊したことがあるという方が「このツーリストキャンプは規模が大きい部分、あまり小回りが利かない。」と言っていらしたとおりのようだ。
 ふと思いついて、地球の歩き方の地図を広げ、ドライバーさんに頼んでこれまでの宿泊地を書き込んでもらった。

ライス倍のメインディッシュ 20時頃からポテトサラダと、牛のシチュー(にんじんとビーツのサラダとライスが付け合わせについている)の夕食になった。
 夕食のとき、最初に私たちのテーブルにこのシチューの皿が並べられ、でもすぐ下げられてしまった。
 何故? と騒いでいると、ライスの盛りが倍になって再登場したので、「よっぽど大食いに見えたんだね。」「私たち、これじゃ少ないって顔したかな。」と大笑いになった。

 このツーリストキャンプにもお土産物屋ゲルがあった。
 夕食後、何人かで行ってみる。夕食の間に降り出した雨の中、レインポンチョを羽織って走る。結構な降りだ。モンゴルに来て初めての本格的な雨かもしれない。
 石を使ったアクセサリーや、ゲルのミニチュア、草原を描いた水彩画などが売られている。私はここでTシャツを14400Tで購入した。ウランバートルのノミンデパート5階にデザインが同じで色違いのTシャツが売っていて、そちらの方が安かったけれど、まぁいいだろう。
 お店にいた女性と彼女のお子さんだと思われる男の子達と記念撮影をする。

 その後、同じゲルの方とシャワーを浴びに行った。
 このツーリストキャンプのシャワーはスポーツクラブのような感じで個室になっていて、シャワーを浴びるスペースと着替えるスペースが別になっている。椅子も置いてあるし、お湯も十分に出る。確かこのシャワー室が三つあったと思う。
 困ったのは帰りで、暗いし雨が降っているしゲルはたくさんあるしで、どこが自分のゲルだか判らなくなってしまい、いったんレストランゲルに行き「確かさっきはこの方向に帰った」などと確認してやっと自分のゲルに戻ることができた。

 このトイレ&シャワー棟との往復にレインポンチョが大活躍した。傘よりも断然濡れずに済んで便利だ。「何故持ってきてしまったのだろう」と思っていたけれど、この数時間の活躍で持って来た甲斐もあったというものだ。
 そういえば、これまではずっとゲルに備え付けられていたサンダルを履いていたけれど、このツーリストキャンプのゲルにはサンダルがなかった。「持ってきてね。」とお願いしたものの結局出発まで持ってきてもらえなかったので、持参したビーチサンダルもここでやっと日の目を見た。

 ゲルの天井を叩く雨の音をやけに強く感じながら、眠りについた。

 モンゴル旅行記6日目<-  ->モンゴル旅行記8・9日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.03

「ここまできました関口知宏の中国鉄道大紀行」を見る

 今朝、何となくテレビをつけていたら、何となく見覚えのある人が鉄道駅に登場し、「ここまできました関口知宏の中国鉄道大紀行」という番組が始まった。
 中国を鉄道の最長片道切符で旅をするという企画のようだ。現在進行形で続いている旅の一部を少しだけ総集編でお見せします、という感じだ。
 ラサから始まった旅の西寧までの1週間分の旅はすでに放送されたようで(気が付かなかったのが悔しい)、今日の番組では、西寧から(確か)昆明までの3週間の旅を1時間に凝縮していた。

 年末年始に見た「ギリシャ・トルコ編」や「スペイン編」とスタンスは同じで、電車に乗り続け、乗客に出会い、風景に出会い、途中下車してその地の人々に出会い、風景に出会う。
 実際に旅をしたらかなり過酷な旅程だろうけれど、それでもこういう旅っていいなぁ、と思う。
 妹がちらっとテレビに目をやり、「関口知宏って俳優っていうよりも旅人だよね」とボソッと言ってそのまま去っていってしまった。彼女には感銘を与えられなかったらしい。

 見終わったばかりだというのに、もう地名などなどは記憶の彼方に飛んでいる。
 西寧を出てすぐの黄河沿い(だったと思う)の風景は、昨年のゴールデンウィークに旅した熊野川沿いに似ているなと思って、それがまず嬉しかった。

 途中下車したどこかの街で、スケッチを描いていたら人だかりができてしまう。
 そこで「絵を描きたくなるようなところに連れて行って」と頼んで赤いボロボロのオート三輪タクシーで向かった石窟(というのか岩窟というのか)寺院の涅槃像が何故だかとても印象に残った。このシーンが今日の放映で唯一関口知宏の絵日記が映し出されていたからかも知れない。
 この寺院の涅槃像は、光の加減なのか濡れているようにもつやつや光っているようにも見えて、それが不思議な感じだったのだ。

 どこかの村にあった、竹筒を降ろして塩水を汲み上げている井戸(岩塩の層を通り抜けてきた水脈に達しているらしい)と、その汲み上げを実演しているお祖父さん、関口知宏にまとわりつく子ども達(気温は30度を超えているらしいのに、日陰もないあぜ道を歩いてゆく)、真水をふるまってくれたおばあさんがテレビカメラに気がついて身だしなみを整えている様子がとても微笑ましかった。
 それにしても、この村で女の子の姿を見かけなかったのは何故だろう?
 いわゆる大人たちは出稼ぎに行っていて、子ども達は祖父母が育てているというナレーションは覚えているのだけれど。

 今回の旅は、毎週日曜日に各地から生中継も行っているそうなのだけれど、残念ながら我が家ではBSハイビジョンを見ることができない。
 この「ここまできました関口知宏の中国鉄道大紀行」の次回放映がいつなのか、番組ホームページでは見つけることができなかった。
 次回もぜひ見られるよう、新聞のテレビ番組欄を注意して見るようにしようと決心した。

2007年5月3日(木曜日)午前8時35分から午前9時30分まで
NHK総合「ここまできました関口知宏の中国鉄道大紀行」
番組の公式Webサイトはこちら

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007.05.01

山寺ゆきの宿と足を手配する その2

 ちょうど1週間前に山寺ゆきのツアーを電話予約してから急に不安になり、でも「これで決めちゃっていいよね」と一緒に行く友人2人にしつこくしつこく確認し、3回くらい「OK」の返事をもらえたので、今日の職場帰りに旅行社に行って予約の確定と電車の指定と支払いをして来た。
 我ながら優柔不断すぎる。しかも、阿呆だ。

 ツアーといっても、今回申し込んだのは、行き帰りの新幹線と現地でのフリー切符と宿というセットである。

 行き帰りの新幹線は指定席に乗ることができる。
 行きの山形新幹線は山寺でお昼ご飯を食べようとしているのでほぼ特定され、調べてもらったら「ガラガラです」と言われて、あっさりと押さえることができた。

 ところで、新幹線の座席が回転できなかったのはいつ頃の話だっただろうか。
 私の記憶では、確か一両の半分が進行方向を向いて固定され、もう半分が進行方向とは逆向きに固定されている時期があったと思うのだ。
 そういえば、座席を回転させたいと思う人数(つまり3人以上)で新幹線に乗るのは、5年前に那須塩原に行って以来かもしれない。

 行きの新幹線の座席指定の話をしていて、
「新幹線の座席って回転できませんでしたよね?」
「いいえ、できます」
「そしたら、横一列に3人じゃなくて、回転して向かい合わせにできるように席を取ってください」
「満席になることはないと思いますし、他にも空席がある状態でこの(向かい合った4席のうちの残りの)席をわざわざ選ぶ方はいないと思いますが、でもどなたかがいらっしゃると気まずいかもしれませんね」
「進行方向に向いた方が2席ですか?」
「今のところそのようにお取りしていますが、席を回転させる方(つまり、進行方向とは逆向きになる方)を2席にする方が、回転させるときに他の方に声をかけなくていいので、やりやすいかも知れませんね。どうされますか?」
「(どっちにしても誰かがいたら気まずいのは一緒だし)多分、満席にはならないと思います。このまま確定してください」
 という会話になり、ふと思い出したのだった。

 帰りは仙台から東北新幹線で帰って来ることになるのだけれど、時間は未定だ。
「帰りの新幹線はどうしますか?」
「まだ時間は決まっていないんです。当日に指定席を取れますか?」
「これはツアーの設定なので、当日に指定券を取ることはできないんです」
「適当な新幹線の指定券を取っておいて、その新幹線に乗らずに自由席で帰ってくることもできますよね」
「可能ですが、そうすると指定券を取った後の電車でなければ自由席には乗れません。ツアーの設定なので、(通常は1回だけ無料で変更できるんですが)指定券の変更もできないんです」
「そうなんですか」
「1時間に1本見当で仙台始発のやまびこがあるので、10〜15分前に行って並べば自由席でも確実に座れますし、自由席だったら朝6時から何時の電車にも乗れます」
「そしたら自由席で発券してください」
 というやりとりの末、帰りは自由席ということになった。

 宿は駅から車で数分のところにあり、送迎もある筈なのでご自分で連絡を取って予約してください、ということだった。
 この後のやりとりは、全て自力でこなしましょうということらしい。却って気が楽だ。

 応対してくれたお兄さんは、私が「山寺に行きたくてこのツアーに申し込んだんです」と言うスキもないくらい、芭蕉の歌なども詠んじゃいつつ、強烈に「立石寺」をお勧めしてくれた。

 さて、これで宿と足は確保できた。とにかく、行って泊まって帰ってくることはできる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年4月 | トップページ | 2007年6月 »