立山黒部アルペンルート旅行記1日目
2007年10月4日(木曜日)
1週間くらい前から日に日に酷くなってゆく天気予報を眺めていたので、「どうして晴れているんだ・・・。ここで晴れていても仕方がないのに・・・。」と思いながら上野駅に向かった。
長野新幹線に乗るつもりで、「始発だから少し早めに行けば自由席でも座れるだろう」と考えていたら、これは再び私の勘違いで、長野新幹線はもちろん東京始発である。それでも、何とか座ることができた。
上野駅8時46分発のあさま509号は、平日だけあってスーツ姿の人が多い。大宮駅を過ぎるとちらほらと通路に立つ人の姿も見られた。
10時20分に長野駅に到着したときには、青空よりも雲の方が多いくらいになっていた。
相変わらず、雨女の面目躍如である。
長野駅から10時30分発の川中島バスで扇沢まで行く予定である。
バスの車内では片道乗車券しか購入できないので、売店で往復乗車券を購入した。
バスに乗ると、扇沢まで1時間40分トイレ休憩はありませんとアナウンスがあった。
乗客を9人乗せて出発である。空いていたし、一番前の席に陣取った。
青空を見せたり、「東京電力小田切ダム」で社会科見学らしい小学生の姿を見せたり、安庭で気温22度という表示を見せたりしながら、バスは順調に走った。
11時30分に信濃大町駅に到着した時点でも青空が見えていた。しかし、進行方向の山は雲に覆われて真っ白である。
そして、予定よりも10分ほど早く、12時に扇沢に到着した。
かなり涼しい。長袖Tシャツの上に半袖Tシャツを重ね、腰に巻いていたコートを羽織った。
弥陀ヶ原までの往復切符を購入し、12時30分発のトロリーバスを待ちつつ雲にほとんど覆われた空を恨めしく見上げていたら、ヘリコプターが横切っていくのが見えた。
かなり大きい荷物を吊している。
きっとルート内から何かを運び出してきたか、ルート内に物資を運び入れるか、どちらかの任務を遂行中のヘリだったのだろう。
トロリーバス乗り場のフロアに上がると、「破砕帯突破50周年記念展」が慎ましく開催されていた。今年の5月4日にトロリーバスの乗客が5000万人を突破したという垂れ幕もかかっている。
トロリーバスの改札は発車7分前開始で、何となく並んでいると、係のお兄さんが物販の案内を始めた。
これが、名調子でなかなか楽しい。
トロリーバスのチョロQなどは結構売れていたようだ。見事である。
車内放送によると、日本でトロリーバスが走っているのは、この扇沢から黒部ダムまでと、ルート内の大観峰から室堂までの2ヶ所だけである。
長野県と富山県の県境(黄色い標識が出ていた)や、破砕帯(もちろん今は普通にトンネルができているので、「この辺りです」という印に青い照明が使われている)などもアナウンスされる。
15分ほどで黒部ダム駅に到着した。
ダム展望台に向けて220段の階段をがんばって上がる。階段の途中に、破砕帯の水飲み場があったので小休止を兼ねて喉を湿らせる。やっぱり美味しい。
やっと、ダム展望台に到着した。真っ先に黒部ダムの観光放水を見下ろす。
やはり「迫力!」の一言である。
もう13時を回っている。お腹がぺこぺこだ。
観光放水と黒部湖をのんびり眺めた後、お昼ごはんを食べた。
ここでお昼ごはんを食べるなら、黒部ダムレストハウスで黒部ダムカレー(1000円)にしようと決めていた。
カツとキャベツと福神漬けとマカロニサラダの役割は不明ながら、ごはんの形でダムを、グリーンカレーでダム湖を表したという意欲作である。
この後は、新展望広場で観光放水を同じ高さから見るという案と、黒部湖遊覧船ガルベに乗るという案とを考えていた。しかし、両方とも明日に回して先を急ぐ。
明日の午後は黒部ダム周辺は晴れるという天気予報だったし、何より、黒部ダムから見上げた黒部平方面にどんどん白い雲が降りてきているのが見えたからだ。
黒部ダムから黒部湖駅までは、ダムの堰堤の上を歩いて行く。
風がびゅうびゅう吹きつけて寒い。
堰堤のちょうど中間地点の真下から観光放水が行われている。上から覗き込むと、かすかに射している太陽のおかげで、ダムから流れ出す川の上に、うっすらと虹を見ることができた。
黒部湖駅から黒部平駅までのケーブルカーは、全線が地下に作られている。
ここでも改札前の数分間、駅員さんらが写真集などの売り込みに余念がない。流石である。
ケーブルカーは、乗るための階段も急なら、ケーブルカー自体も階段状になっていて上下の差が大きくて結構怖い。
14時発のケーブルカーに乗った。
黒部平駅に着いてすぐに屋上の展望台に上った。
天候的には何とかギリギリで後立山連峰を望むことができる。
木々に隠れるように黒部湖も見える。
気持ちの良い眺めである。つい、お天気が良ければなぁと思ってしまう。
駅を出たところの広場には「黒部平」と書かれた石碑があり、そこで湧水を飲むことができた。黒部ダムで飲んだ水と変わりなく美味しい。
そこから大観峰を見上げると、真っ赤に色づいたナナカマドと、大観峰のロープウエイ駅を隠しそうにどんどん白い雲が降りてくるのが見える。
タンボ平の紅葉はまだ「始まりかけ」といった感じだ。
日が射してきたところで、14時40分発のロープウエイの列に並んだ。
ロープウエイは、団体と個人とで並ぶ列が異なっている。台湾の方々らしい団体客がいる。日本に来て立山黒部アルペンルートを旅するとは、なかなか渋い選択だと思う。
意外なことにロープウエイは混んでおらず、一番前の特等席に陣取ることができた。そこだけ窓が開いていて、写真撮影できるのが嬉しい。
ロープウエイ眼下のタンボ平では、黄色やオレンジに染まった木々がところどころに見えている。
間に支柱が一本もないロープウエイからの眺めは格別で、唯一開いた窓から吹き込む冷たい風も気にならない。しかし、真正面を見上げる体勢でずっと動画を撮り続けていたら、手が冷たくなってしまった。
返す返すもどんどん悪化の一途を辿っているお天気が恨めしい。
大観峰でも屋上の展望台に上った。
この時は私を含めて5〜6人しかいなかったけれど、階段状になっているので、仮に大勢の人が来ても大丈夫だ。
ロープウエイに乗っている間ずっと正面を見上げていたので、ここにきて初めて逆に黒部湖を見下ろし、ぎりぎり山頂を見せている後立山連峰や、タンボ平の斜面を堪能する。
もちろん屋上の展望台は吹きさらしだ。流石に、長袖Tシャツ2枚、半袖Tシャツ1枚にアウトドア用のコートを着込めばそれほど寒くは感じない。
大観峰の駅は断崖に建てられており、屋上の展望台と、ロープウエイから1階上がったトロリーバス乗り場と同じフロアの中テラスと、外に出られるのはその2ヶ所のみである。
そのためか、大観峰の駅には、室堂の現在の様子をライブカメラが映し出すテレビが置かれていた。屋上展望台から見上げた室堂方面(この山の向こう側ということになる)は灰色の雲で覆われているものの、画面を見る限りでは、まだ、ぎりぎり雨は落ちていないようだ。
また、この駅のお土産の品揃えは豊富だ。扇沢から弥陀ヶ原まで往復した中では、広さでは室堂駅の立山ホテル併設のお土産物屋さんに譲るとしても、品揃えや雰囲気は一番だったように思う。
巨峰の干しぶどうが気になる。今思えばこのときに買っておけば良かったけれど、「明日もここは通るし」と思って購入しなかった。こういう場合、得てして買いそびれてしまうものだ。
乾燥しているせいか、標高が高いせいか、何だか喉が痛くて気になっていた。変な話だけれど、扇沢を出て以来お手洗いにも行っていないから、やっぱり空気が乾燥していたのだと思う。
日本で2路線しか走っていないうちの2路線目の大観峰から室堂に向かうトロリーバスは、15時15分に発車した。トロリーバスは何台も連なって運行されるので、まず満員で乗れないというようなことはなさそうである。
このトロリーバス用のトンネルは、立山連峰の最高峰である雄山の真下を通っている。
そして、その「真下」の部分でトンネルが太くなっており、バス同士がすれ違えるようになっている。
到着した室堂では気温12.7度の表示が出ていた。
外を見ても、真っ白ですぐそこも見えないくらいで、上の方には濃い灰色の雲が見える。
これでは外は歩けないだろう。郵便局がこの時間(15時30分くらい)でも開いていたので覗いてみる。登頂証明書はデザインが今ひとつ気に入らなかったのでパスし、お土産物屋で絵はがきと、のど飴の代わりにレモン味の「立山黒部名水ドロップ」を購入した。
今思えば、立山自然保護センターに行ってみれば良かったと思う。
どんどんみるみる悪化する天候に恐れをなして、15時40分発のバスで弥陀ヶ原に向かった。
室堂から美女平まで行く立山高原バスは、進行方向右側の方が概ねいい景色が眺められる。ただ、1ヶ所だけ、天狗平を過ぎた辺りで景色を眺めるために停まってくれるタイミングでは左側の席の方が存分に眺められる。
どちらを選ぶか、微妙なところだ。
それに、この評価は晴れた日にはまた変わるのかも知れない。
弥陀ヶ原でバスを降り、バス停の目の前にある今日の宿「国民宿舎展望立山荘」にチェックインした。
夕食は17時か18時からと言われ、18時でお願いする。
朝食は7時からだ。
フロントに表示されていた明日の天気予報は雨のち曇りで、さて、明日の行動計画はどうしようかと迷う。バスは、早い内の何本かは前日に予約、それ以外は乗車1時間前までに予約する必要がある。立山高原バスは全員着席なので、確実に乗るための措置である。
予約の電話を入れたときに「お部屋は洋室になります。」と言われていたとおり、二段ベッドの部屋だった。
可愛い。
トイレとお風呂は共同で、部屋の中に洗面台がある。タオルと歯ブラシ、歯磨き粉のアメニティがある。スリッパも用意されており、食堂やお風呂に行くときにはスリッパをはいていた。
ポットがあって嬉しい。
一通りお部屋を確認して荷物を軽くし、散歩に出た。
弥陀ヶ原ホテル横からの遊歩道に少し足を踏み入れたものの、木道は濡れて滑りそうだし、濡れた草が覆い被さりそうな感じだったので、早々に断念する。
国民宿舎の公衆電話はフロントの目の前で少々しゃべりにくかったので、弥陀ヶ原ホテルロビーの公衆電話から家に電話を入れる。「こっちは晴れてるわよ。」の一言が悔しい。
そうこうしているうちにポツポツと雨が降ってきたので、お散歩は諦めて宿に戻った。
展望立山荘には自然学習ルームもある。ただ、山と花にそれほど深い興味があるわけではない私には、図鑑の類はお宝というわけではない。
PCの電源を入れてみたら、OSがWin95のそのPCは挙動不審で思うように起動させることすらできなかった。
お部屋に戻ってお茶を煎れ、さっき買ってきた絵はがきで友達に悪天候を嘆きまくる。
まだ17時過ぎにも関わらず、何故だかシンシンと寒い。部屋には温水循環(だと思う)の暖房がついているものの、セントラルヒーティングらしく、勝手にスイッチを入れることができない。寒い。
17時45分くらいに暖房が入ったときには、心底ほっとした。
18時からの夕食は食堂でいただいた。
意外と席が埋まっていて驚く。これで2回転するなら、20人くらいは泊まっていそうだ。逆に言うと、紅葉の時期でも平日なら直前まで予約できそうな感じである。
ちなみに、一人旅は私を含めて3人で、あとのお二方は男性だった。
メニューは、前菜、ポトフ、チキンの照り焼き、アイスクリームだ。
これはお酒を飲むべきメニューだなと思う。
ごはんと御味噌汁とお茶はセルフサービスで、何故だかふりかけが3種類も置いてあった。
隣にいらした台湾人の男性は、チキンの照り焼きが運ばれてきたところで困惑気味だ。
チェックインのときに別にお料理を頼んでたらしく、何故さらにどんと大きいお皿が運ばれてくるのか疑問だったらしい。
ウエイターのお兄ちゃんが、日本語で「これは今日の夕食のメニューなんです。」とボソボソと言っても伝わる筈がない。ちゃらんぽらんな英語で「こっちがスペシャルリクエストのお皿で、こっちは今日の夕食のメインディッシュ」。と伝えると納得したようだった。よかった。
しかし、それ以上の話ができるほどの英語力がないところが悲しい。
お料理では、やっぱりポトフが美味しい。
このお鍋で一人前というのは、私の胃では持てあます。チキンの照り焼きをパスすることにして、ひたすらポトフを食べる。
ポトフは一泊目の人用のメニューらしく、他のメニューを食べていらる方も見える。連泊している方が結構いらっしゃるようだ。
1時間くらいかけて、少なくともポトフは完食した。
食後は自然観察ルームに立ち寄り、何となく子供用の「不思議の海のナディア」の絵本を読み出したら止まらなくなってしまい、上下を一気に読んだ。
「不思議の海のナディア」のストーリーを初めて知った。弥陀ヶ原まで来て一体何をやっているのだろうと思う。
フロント横のカウンターに立山黒部のアルバムが置かれていたので、それを眺める。やっぱり、ずっと暮らして見ていてこその写真だなと思う。
部屋に戻って窓を覗くと、真正面に弥陀ヶ原ホテルの姿が見えた。
もちろん、星なんてかけらも見えていない。窓から明かりがこぼれる弥陀ヶ原ホテルの写真を撮って満足していたら、あっという間に雷が鳴り始め、稲妻は見えないものの、道路を挟んだ反対側のホテルの姿がもう白くぼやけて霞んでいる。
何だかこんなところで、山の天気は恐ろしいと思ってしまった。
お風呂も空いていたのでのんびりし、雨女を嘆く絵はがきをひたすら書き、22時現在で外は雨の音が大きい。
まだ弥陀ヶ原を全く歩いていないし、朝早くから室堂に上がっても仕方があるまいと踏んで、早い時間のバスを予約するのはやめにして、とっとと就寝した。
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