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2007.11.29

平成19年度総合旅行業務取扱管理者試験に合格する

 今日、家に帰ったら、社団法人日本旅行業協会からA4サイズの封筒が配達記録郵便で届いていた。
 無粋なことに、封筒の表書きに「取扱管理者試験合格証在中」と書かれていた。

 そういうわけで、平成19年度総合旅行業務取扱管理者試験に合格できた。
 嬉しいというよりも、嘘みたいだ。

 同封されていた通知文には、「各受験科目で、満点の60%以上を得点した方を合格者としました。」と書かれている。

 もうほとんど来年も受験するつもりで、まさか合格できるとは考えていなかったので、答え合わせもしていなかった。
 今、「資格の大原」の平成19年度の総合旅行管理者試験解答速報のページで答え合わせをしてみたところ、受験した2科目のうち、約款が100点満点の70点、海外旅行実務が200点満点の165点だった。
 うろ覚えだったオープンジョーの考え方が概ね合っていたらしい。
 あと海外の観光地に関する問題に、自分が行ったことのあるところや興味がある場所、世界遺産検定で勉強したばかりだった場所などが多かったことも勝因だろう。

 幸運以外の何ものでもないけれど、運も実力の内、と思うことにしよう。

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2007.11.28

ツアー料金を払い込む(エジプト)

 旅行社からツアー料金の請求書その他が届いた。

 ツアー参加者も確定したようで、個人情報保護法の関係なのかこの段階ではもちろん名簿はなく、11名というツアー催行ギリギリの人数であることだけが書いてある。
 この旅行社は全てのツアーが添乗員同行なのだけれど、添乗員の方のお名前もここでお知らせがあった。

 持ち物についての注意事項もあって、一番「なるほど!」と思ったのが、「黒い靴は避けましょう」ということだ。砂まみれになるから、黒い靴は黒いままでは到底いられない。
 ペルーのマチュピチュ遺跡に黒い靴で行き、砂埃まみれになり、持っていった携帯式の靴磨きティッシュは全く用をなさなかったことを思い出した。

 年末年始のツアー料金は天井知らずに高額で、私が銀行口座に設定している振込限度額を軽く超えている。
 念のため、旅行社の担当の方に何回かに分けて振り込みしますがいいですかという問い合わせメールを送った。
 代金の振込期限は出発日の20日前くらいのようで、多分、回答を待ってからでも振込は間に合うだろう。

 ついでに、12月からツタンカーメンのお墓で入場制限が始まることについて、旅程の変更その他がないかどうかも問い合わせた。

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2007.11.23

「古代エジプトうんちく図鑑」を読み始める

 また、エジプト関連の本を購入して読み始めた。

 この「古代エジプトうんちく図鑑」は、文字通り古代エジプトに関する神話や神々の姿や意味、発掘に尽力した人々の話や著者自身がエジプトを旅したときのことまで、非常に幅広い、かつ「オタク」な内容の本である。

 「エジプトがすきだから」と同じように、手書き文字で書かれ、イラストも豊富、ぎゅっと凝縮して書き込んでみました、という感がある。
 古代エジプトがテーマだから、発行年は多少古いけれど全く問題ない。

 エジプトの神々の名前が覚えられず、性格も覚えられず、行きつ戻りつしながら読んでいるのだけれど、それもまた楽しい。

 ここまで来たら、あとはやはり「王家の紋章」を読むべきかも知れない。
 今、何巻まででているのだろう?

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2007.11.20

「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 カシュガル」を見る

 今日の21時から、NHK BS-2で、「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 カシュガル」の再放送を見た。18日にBSハイビジョンで生中継もまじえて放送したものを、2時間に再構成した番組だったようだ。
 フフホトや敦煌からの放送は1時間番組だったのだけれど、カシュガルは中国鉄道大紀行のゴールということで、2時間だった。前半1時間はこれまで1週間の旅の様子、後半1時間はこれまでの旅のハイライトという感じである。

 敦煌からカシュガルまで、さらに旅のペースは落ちてきて、1日の移動距離は短く、途中下車がなく、各駅での滞在時間に少しだけ余裕があるように感じられる。
 そして、敦煌からカシュガルまでの旅は、まさしくシルクロードの旅である。
 「天山山脈」や「天山南路」などと言われるとわくわくしてしまう。

 敦煌と、すでに新疆ウイグル地区に入ったトルファンでは、人の顔の感じが違い、着ている服や帽子の感じが違い、演奏される楽器や歌われている歌の調子が違う。
 どうやら、敦煌を過ぎて以来、言葉の違っていたようで、日本語と中国語の通訳の方の他に、中国語とウイグル語との通訳の方にも入ってもらう必要があるらしい。

 敦煌での放送で予告のように関口知宏が語っていた「水」の出番がほとんどなかったのが意外だったけれど、トルファンの干しぶどうは美味しそうだったし、クチャの観光農園での楽器の音の響きが懐かしいような切ないような明るいような感じで楽しかったし、アニス(だったか・・・)での夕暮れまで続いた綿つみの様子はシルエットが綺麗だった。
 前に友人から種をもらって綿を育てたことがあるのだけれど、綿の木(というか草)ではじけた綿の実から収穫した綿は、お店で買った綿よりも断然に暖かい。
 きっとその綿の温もりがそのまま旅の温もりだったんだろうなという気がした。

 カシュガルで、旅の最後となる電車を降りた関口知宏は、そのまま線路を歩き続け、行き止まりまで行ってみる。
 行き止まりは単なる行き止まりで、標識らしい物が一応立っているのだけれど、そこに何が書いてある訳でもなく、感動を誘うような景色ではないところがいい感じである。
 そこは、本当にただの「どん詰まり」だ。

 放送の最後も、カシュガルの街角で、この地方独特なのだろう音楽が奏でられ、集まってきた子ども達や大人達が適当に踊っている。
 「踊ってよ」と関口知宏が声をかけるのだけれど、子ども達は関口知宏やカメラに興味津々であまり踊ろうとしないところが可笑しい。

 本人も「旅番組の最後に、4時間もただ綿つみの収穫の手伝いをするようなことは普通はさせない」と言っていたけれど、わざとらしい盛り上がりがなく、上手く演出しようかとちょっとだけ色気を出してみたものの思うとおりにはいかないというところが、いい感じである。
 通訳の陳さんも「中国では毎年2000kmずつ鉄道が延びていますから」などと言って、その「いい感じ」にかなり一役買っている。

 個人的な好みを言うならば、まとめようというコメントもなくていいくらいだ。
 旅をしたのはもちろん関口知宏で、一緒に旅をして画面にはほとんど映らないスタッフの方々なのだけれど、でも、この旅がどんな旅だったのかということは、旅をしていた本人達の心の中だけでなく、テレビを通して見ていた一人一人にとっての「旅」もできているような気がした。

 今日の放送の総集編は主に「人との出会い」というところだったので、まずは、2007年11月30日(金曜日)22時からNHK総合で放送されるという秋の旅のハイライトを楽しみに見たいと思う。

2007年11月20日(火曜日)21時から
NHK BS-2「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 カシュガル」
NHKの公式Webサイト内、「関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000kmをゆく」のページはこちら。

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2007.11.17

立山黒部アルペンルート旅行記1日目

2007年10月4日(木曜日)


 1週間くらい前から日に日に酷くなってゆく天気予報を眺めていたので、「どうして晴れているんだ・・・。ここで晴れていても仕方がないのに・・・。」と思いながら上野駅に向かった。
 長野新幹線に乗るつもりで、「始発だから少し早めに行けば自由席でも座れるだろう」と考えていたら、これは再び私の勘違いで、長野新幹線はもちろん東京始発である。それでも、何とか座ることができた。
 上野駅8時46分発のあさま509号は、平日だけあってスーツ姿の人が多い。大宮駅を過ぎるとちらほらと通路に立つ人の姿も見られた。


 10時20分に長野駅に到着したときには、青空よりも雲の方が多いくらいになっていた。
 相変わらず、雨女の面目躍如である。
 長野駅から10時30分発の川中島バスで扇沢まで行く予定である。
 バスの車内では片道乗車券しか購入できないので、売店で往復乗車券を購入した。
 バスに乗ると、扇沢まで1時間40分トイレ休憩はありませんとアナウンスがあった。
 乗客を9人乗せて出発である。空いていたし、一番前の席に陣取った。


 青空を見せたり、「東京電力小田切ダム」で社会科見学らしい小学生の姿を見せたり、安庭で気温22度という表示を見せたりしながら、バスは順調に走った。
 11時30分に信濃大町駅に到着した時点でも青空が見えていた。しかし、進行方向の山は雲に覆われて真っ白である。
 そして、予定よりも10分ほど早く、12時に扇沢に到着した。
 かなり涼しい。長袖Tシャツの上に半袖Tシャツを重ね、腰に巻いていたコートを羽織った。


ヘリ 弥陀ヶ原までの往復切符を購入し、12時30分発のトロリーバスを待ちつつ雲にほとんど覆われた空を恨めしく見上げていたら、ヘリコプターが横切っていくのが見えた。
 かなり大きい荷物を吊している。
 きっとルート内から何かを運び出してきたか、ルート内に物資を運び入れるか、どちらかの任務を遂行中のヘリだったのだろう。


 トロリーバス乗り場のフロアに上がると、「破砕帯突破50周年記念展」が慎ましく開催されていた。今年の5月4日にトロリーバスの乗客が5000万人を突破したという垂れ幕もかかっている。
 トロリーバスの改札は発車7分前開始で、何となく並んでいると、係のお兄さんが物販の案内を始めた。
 これが、名調子でなかなか楽しい。
 トロリーバスのチョロQなどは結構売れていたようだ。見事である。


 車内放送によると、日本でトロリーバスが走っているのは、この扇沢から黒部ダムまでと、ルート内の大観峰から室堂までの2ヶ所だけである。
 長野県と富山県の県境(黄色い標識が出ていた)や、破砕帯(もちろん今は普通にトンネルができているので、「この辺りです」という印に青い照明が使われている)などもアナウンスされる。


 15分ほどで黒部ダム駅に到着した。
 ダム展望台に向けて220段の階段をがんばって上がる。階段の途中に、破砕帯の水飲み場があったので小休止を兼ねて喉を湿らせる。やっぱり美味しい。
 やっと、ダム展望台に到着した。真っ先に黒部ダムの観光放水を見下ろす。
 やはり「迫力!」の一言である。


黒部ダムカレー もう13時を回っている。お腹がぺこぺこだ。
 観光放水と黒部湖をのんびり眺めた後、お昼ごはんを食べた。
 ここでお昼ごはんを食べるなら、黒部ダムレストハウスで黒部ダムカレー(1000円)にしようと決めていた。
 カツとキャベツと福神漬けとマカロニサラダの役割は不明ながら、ごはんの形でダムを、グリーンカレーでダム湖を表したという意欲作である。


 この後は、新展望広場で観光放水を同じ高さから見るという案と、黒部湖遊覧船ガルベに乗るという案とを考えていた。しかし、両方とも明日に回して先を急ぐ。
 明日の午後は黒部ダム周辺は晴れるという天気予報だったし、何より、黒部ダムから見上げた黒部平方面にどんどん白い雲が降りてきているのが見えたからだ。


 黒部ダムから黒部湖駅までは、ダムの堰堤の上を歩いて行く。
 風がびゅうびゅう吹きつけて寒い。
 堰堤のちょうど中間地点の真下から観光放水が行われている。上から覗き込むと、かすかに射している太陽のおかげで、ダムから流れ出す川の上に、うっすらとを見ることができた。


ケーブルカー 黒部湖駅から黒部平駅までのケーブルカーは、全線が地下に作られている。
 ここでも改札前の数分間、駅員さんらが写真集などの売り込みに余念がない。流石である。
 ケーブルカーは、乗るための階段も急なら、ケーブルカー自体も階段状になっていて上下の差が大きくて結構怖い。
 14時発のケーブルカーに乗った。


 黒部平駅に着いてすぐに屋上の展望台に上った。
 天候的には何とかギリギリで後立山連峰を望むことができる。
 木々に隠れるように黒部湖も見える。
 気持ちの良い眺めである。つい、お天気が良ければなぁと思ってしまう。


 駅を出たところの広場には「黒部平」と書かれた石碑があり、そこで湧水を飲むことができた。黒部ダムで飲んだ水と変わりなく美味しい。
 そこから大観峰を見上げると、真っ赤に色づいたナナカマドと、大観峰のロープウエイ駅を隠しそうにどんどん白い雲が降りてくるのが見える。
 タンボ平の紅葉はまだ「始まりかけ」といった感じだ。


 日が射してきたところで、14時40分発のロープウエイの列に並んだ。
 ロープウエイは、団体と個人とで並ぶ列が異なっている。台湾の方々らしい団体客がいる。日本に来て立山黒部アルペンルートを旅するとは、なかなか渋い選択だと思う。
 意外なことにロープウエイは混んでおらず、一番前の特等席に陣取ることができた。そこだけ窓が開いていて、写真撮影できるのが嬉しい。


 ロープウエイ眼下のタンボ平では、黄色やオレンジに染まった木々がところどころに見えている。
 間に支柱が一本もないロープウエイからの眺めは格別で、唯一開いた窓から吹き込む冷たい風も気にならない。しかし、真正面を見上げる体勢でずっと動画を撮り続けていたら、手が冷たくなってしまった。
 返す返すもどんどん悪化の一途を辿っているお天気が恨めしい。


 大観峰でも屋上の展望台に上った。
 この時は私を含めて5〜6人しかいなかったけれど、階段状になっているので、仮に大勢の人が来ても大丈夫だ。
 ロープウエイに乗っている間ずっと正面を見上げていたので、ここにきて初めて逆に黒部湖を見下ろし、ぎりぎり山頂を見せている後立山連峰や、タンボ平の斜面を堪能する。
 もちろん屋上の展望台は吹きさらしだ。流石に、長袖Tシャツ2枚、半袖Tシャツ1枚にアウトドア用のコートを着込めばそれほど寒くは感じない。


大観峰から見上ける.jpg 大観峰の駅は断崖に建てられており、屋上の展望台と、ロープウエイから1階上がったトロリーバス乗り場と同じフロアの中テラスと、外に出られるのはその2ヶ所のみである。
 そのためか、大観峰の駅には、室堂の現在の様子をライブカメラが映し出すテレビが置かれていた。屋上展望台から見上げた室堂方面(この山の向こう側ということになる)は灰色の雲で覆われているものの、画面を見る限りでは、まだ、ぎりぎり雨は落ちていないようだ。


 また、この駅のお土産の品揃えは豊富だ。扇沢から弥陀ヶ原まで往復した中では、広さでは室堂駅の立山ホテル併設のお土産物屋さんに譲るとしても、品揃えや雰囲気は一番だったように思う。
 巨峰の干しぶどうが気になる。今思えばこのときに買っておけば良かったけれど、「明日もここは通るし」と思って購入しなかった。こういう場合、得てして買いそびれてしまうものだ。
 乾燥しているせいか、標高が高いせいか、何だか喉が痛くて気になっていた。変な話だけれど、扇沢を出て以来お手洗いにも行っていないから、やっぱり空気が乾燥していたのだと思う。


トロリーバス 日本で2路線しか走っていないうちの2路線目の大観峰から室堂に向かうトロリーバスは、15時15分に発車した。トロリーバスは何台も連なって運行されるので、まず満員で乗れないというようなことはなさそうである。
 このトロリーバス用のトンネルは、立山連峰の最高峰である雄山の真下を通っている。
 そして、その「真下」の部分でトンネルが太くなっており、バス同士がすれ違えるようになっている。


 到着した室堂では気温12.7度の表示が出ていた。
 外を見ても、真っ白ですぐそこも見えないくらいで、上の方には濃い灰色の雲が見える。
 これでは外は歩けないだろう。郵便局がこの時間(15時30分くらい)でも開いていたので覗いてみる。登頂証明書はデザインが今ひとつ気に入らなかったのでパスし、お土産物屋で絵はがきと、のど飴の代わりにレモン味の「立山黒部名水ドロップ」を購入した。
 今思えば、立山自然保護センターに行ってみれば良かったと思う。
 どんどんみるみる悪化する天候に恐れをなして、15時40分発のバスで弥陀ヶ原に向かった。


 室堂から美女平まで行く立山高原バスは、進行方向右側の方が概ねいい景色が眺められる。ただ、1ヶ所だけ、天狗平を過ぎた辺りで景色を眺めるために停まってくれるタイミングでは左側の席の方が存分に眺められる。
 どちらを選ぶか、微妙なところだ。
 それに、この評価は晴れた日にはまた変わるのかも知れない。


 弥陀ヶ原でバスを降り、バス停の目の前にある今日の宿「国民宿舎展望立山荘」にチェックインした。
 夕食は17時か18時からと言われ、18時でお願いする。
 朝食は7時からだ。
 フロントに表示されていた明日の天気予報は雨のち曇りで、さて、明日の行動計画はどうしようかと迷う。バスは、早い内の何本かは前日に予約、それ以外は乗車1時間前までに予約する必要がある。立山高原バスは全員着席なので、確実に乗るための措置である。


部屋 予約の電話を入れたときに「お部屋は洋室になります。」と言われていたとおり、二段ベッドの部屋だった。
 可愛い。
 トイレとお風呂は共同で、部屋の中に洗面台がある。タオルと歯ブラシ、歯磨き粉のアメニティがある。スリッパも用意されており、食堂やお風呂に行くときにはスリッパをはいていた。
 ポットがあって嬉しい。


 一通りお部屋を確認して荷物を軽くし、散歩に出た。
 弥陀ヶ原ホテル横からの遊歩道に少し足を踏み入れたものの、木道は濡れて滑りそうだし、濡れた草が覆い被さりそうな感じだったので、早々に断念する。
 国民宿舎の公衆電話はフロントの目の前で少々しゃべりにくかったので、弥陀ヶ原ホテルロビーの公衆電話から家に電話を入れる。「こっちは晴れてるわよ。」の一言が悔しい。


 そうこうしているうちにポツポツと雨が降ってきたので、お散歩は諦めて宿に戻った。
 展望立山荘には自然学習ルームもある。ただ、山と花にそれほど深い興味があるわけではない私には、図鑑の類はお宝というわけではない。
 PCの電源を入れてみたら、OSがWin95のそのPCは挙動不審で思うように起動させることすらできなかった。


 お部屋に戻ってお茶を煎れ、さっき買ってきた絵はがきで友達に悪天候を嘆きまくる。
 まだ17時過ぎにも関わらず、何故だかシンシンと寒い。部屋には温水循環(だと思う)の暖房がついているものの、セントラルヒーティングらしく、勝手にスイッチを入れることができない。寒い。
 17時45分くらいに暖房が入ったときには、心底ほっとした。


Photo_4 18時からの夕食は食堂でいただいた。
 意外と席が埋まっていて驚く。これで2回転するなら、20人くらいは泊まっていそうだ。逆に言うと、紅葉の時期でも平日なら直前まで予約できそうな感じである。
 ちなみに、一人旅は私を含めて3人で、あとのお二方は男性だった。
 メニューは、前菜、ポトフ、チキンの照り焼き、アイスクリームだ。
 これはお酒を飲むべきメニューだなと思う。
 ごはんと御味噌汁とお茶はセルフサービスで、何故だかふりかけが3種類も置いてあった。


 隣にいらした台湾人の男性は、チキンの照り焼きが運ばれてきたところで困惑気味だ。
 チェックインのときに別にお料理を頼んでたらしく、何故さらにどんと大きいお皿が運ばれてくるのか疑問だったらしい。
 ウエイターのお兄ちゃんが、日本語で「これは今日の夕食のメニューなんです。」とボソボソと言っても伝わる筈がない。ちゃらんぽらんな英語で「こっちがスペシャルリクエストのお皿で、こっちは今日の夕食のメインディッシュ」。と伝えると納得したようだった。よかった。
 しかし、それ以上の話ができるほどの英語力がないところが悲しい。


 お料理では、やっぱりポトフが美味しい。
 このお鍋で一人前というのは、私の胃では持てあます。チキンの照り焼きをパスすることにして、ひたすらポトフを食べる。
 ポトフは一泊目の人用のメニューらしく、他のメニューを食べていらる方も見える。連泊している方が結構いらっしゃるようだ。
 1時間くらいかけて、少なくともポトフは完食した。


 食後は自然観察ルームに立ち寄り、何となく子供用の「不思議の海のナディア」の絵本を読み出したら止まらなくなってしまい、上下を一気に読んだ。
 「不思議の海のナディア」のストーリーを初めて知った。弥陀ヶ原まで来て一体何をやっているのだろうと思う。
 フロント横のカウンターに立山黒部のアルバムが置かれていたので、それを眺める。やっぱり、ずっと暮らして見ていてこその写真だなと思う。


夜景1夜景2


 部屋に戻って窓を覗くと、真正面に弥陀ヶ原ホテルの姿が見えた。
 もちろん、星なんてかけらも見えていない。窓から明かりがこぼれる弥陀ヶ原ホテルの写真を撮って満足していたら、あっという間に雷が鳴り始め、稲妻は見えないものの、道路を挟んだ反対側のホテルの姿がもう白くぼやけて霞んでいる。
 何だかこんなところで、山の天気は恐ろしいと思ってしまった。


 お風呂も空いていたのでのんびりし、雨女を嘆く絵はがきをひたすら書き、22時現在で外は雨の音が大きい。
 まだ弥陀ヶ原を全く歩いていないし、朝早くから室堂に上がっても仕方があるまいと踏んで、早い時間のバスを予約するのはやめにして、とっとと就寝した。


 -> 立山黒部アルペンルート旅行記2日目

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2007.11.16

「メガロマニア 第5回」を読む

 NHKスペシャル「失われた文明」に関連して、作家の恩田陸がNHK出版のサイトで「メガロマニア あるいは「覆わされた宝石」への旅」というタイトルの紀行エッセイを連載している。
 この紀行エッセイが「気がついたら更新されている」というペースで、うっかりすると見逃してしまうのだけれど、今日、その第5回が配信されていることに気がついた。

 今回はカラクルム遺跡での半日が取り上げられている。

 ピラミッドに上るのは腿上げを100回するようなもの、らしい。
 でも、上ってしまえばどこまでもジャングルが広がる絶景に出会える。

 ヨーロッパの森は一度伐採しつくして人工的に作られた森、日本の森は山の中の森で死のイメージがつきまとい、ジャングルはカオスそのものという感じがするという。
 何だか判る気がする。
 そして、次世代では多くの「天才」が中南米で生まれるだろうと言われているが、カオスの中からこそ天才が生まれるのかも知れないという述懐も、やはり何となく判る気がする。
 整然としていないということは、多分とても豊かなことなんだろうと思わされる。

 やはり、いつか絶対に、できれば早いうちに、マヤの世界を見に行こうと思ったのだった。

NHK出版の公式サイト内、メガロマニア−あるいは「覆わされた宝石」への旅−のページはこちら。

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2007.11.14

「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 敦煌」を見る

 昨日(2007年11月13日 火曜日)の21時から、NHK BS-2で、「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 敦煌」の再放送を見た。

 「関口知宏の中国鉄道大紀行」では、毎週日曜日に、現地中国からの生中継で、それまでの1週間の旅のダイジェストをBSハイビジョンで放送し、火曜日にBS-2で再放送している。
 前回の中継地である内モンゴル地区のフフホトからの放送が楽しかったので、今週も見てしまった。

 旅もあと1週間を残すだけとなり、フフホトを過ぎてから特に一日の移動距離が短く、乗車時間も短い。何らかのトラブルがあったときのために、後半の日程にはかなりの余裕を見てあったのだなと思って、ちょっと楽しい。
 もちろん、内モンゴル地区からシルクロードに入ってきて、電車を降りても見どころがたくさんあるからということもあるのだろう。これが逆にカシュガルをスタートしてラサがゴールになっていたら、こうは行かない。

 敦煌からの生中継に選ばれた場所は、月牙泉だった。
 敦煌の街からすぐのところにある砂漠というか砂丘に、そこだけぽつんと泉が湧いている。最盛期には10mを越す深さに湛えられていた水も今は1mほどしかないそうだ。
 見るからに「痩せつつある泉」だし、もっと言うなら「枯れつつある泉」に見える。
 関口知宏と通訳の陳さんという女性が、今は通常は立ち入れない泉の淵まで行って水を飲んでいたけれど、その許可を出したのが、フェンスの外でゴミを拾っていた黄色いベストを着た普通の感じのおじさんというのが何だか解せない。彼は、月牙泉の主のような人なんだろうか。

 フフホトから敦煌までの間に、万里の長城の西の果てがある。
 だいぶ風化が進み、崩れてきている様子も見える。
 長城の「西の果て」は断崖絶壁に突き当たって尽きていた。その様子を見られる展望台(だと思われる)のような場所があるのが意外だし、天然の要害に突き当たって終わっているのも不思議な感じがするものだし、その長城を、これまで乗ってきたのだろう鉄道の線路が分断してしまっている風景は切ない。

 でも、長城を復元しようと私財を投じている方のお話では、長城を作り直すだけでは足りず、灌漑をして樹を育て、風を防ぐことが長城を復元して残すためには必要なのだという。
 また、鉄道を敷設するために「砂を飛ばさない」研究を進めた結果、その技術は「世界で2番目の緑化技術」と言われるまでになっているそうだ。
 完全な「悪」も「善」も「有効な何か」も「無駄」もないんだよな、という風に感じた。

 関口知宏は「水」にかなり拘りを持っているようで、こうした様々な「水」に、砂漠地帯に来たところで再開したことにとても意義と意味を感じているようだった。
 シルクロードはオアシスを辿る道でもあるわけで、敦煌からカシュガルに向けて「水」を辿ることになるだろう最後の1週間をとても楽しみにしている様子だった。
 そういうことを語っている様子を見て、少しだけ、あまり「意味」を言葉で強調してしまうのはどうなんだろう、という風にも感じてしまった。

 来週18日(日曜日)にはゴールのカシュガルからの生中継を含め、12時から14時45分までの拡大版が放映されるそうだ。
 私が見られるのは20日(火曜日)21時からの再放送なのだけれど、何故か再放送では放送時間が2時間に短縮されているのが謎だ。ハイビジョンが見られないことを残念に思うのは久しぶりのことだ。
 せめて20日の再放送は見逃さないようにしたいと思っている。

2007年11月13日(火曜日)21時から
NHKNHK BS-2「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 敦煌」
NHKの公式Webサイト内、「関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000kmをゆく」のページはこちら。

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2007.11.11

ツアーの申込書を送る(エジプト)

 申込書を記入して用意し、申込金50000円を振り込んだ。
 サイトで予約したときには「催行間近」の表示だったのだけれど、今日の時点で催行が決定されているようだ。よかった。

 「座席のリクエストはお受けできません」という回答が来ることが多いのだけれど、ダメもとで、できれば通路側の席にしてもらえるようお願いのメモをつけておいた。14時間、エコノミー席で通路と通路に挟まれたど真ん中に入ってしまったら、これはかなり辛いだろうと思う。
 昨年のモンゴルは近かったので、10時間を超えるフライトは久しぶりなのだ。

 印字されていたパスポート番号は古いものだったので訂正したのだけれど、コピーを求められないと、「ここで番号の記入ミスがあったら出向できないんだよなぁ」という不安がもたげてくる。

 申込書を郵送した。

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2007.11.09

「エジプトがすきだから」を読む

 ここのところエジプトが気になっていて、また関連本を購入してしまった。
 この「エジプトがすきだから」は文庫になっていて、書店の棚にも一緒に並んでいたのだけれど、ぱらぱらと見比べた結果、手書きの文字のページが多いこともあって文庫サイズでは読みにくかったので、単行本を購入した。

 女性2人で100日余り、エジプトのあれこれと格闘しながら、それぞれが下痢と日射病と闘いながら、エジプトを味わった記憶がぎゅっと詰まっている。
 この本を読んでいると、ツアーでラクして豪勢に旅するのは間違いなのじゃないかという気がしてくるところが難点かも知れない。
 それくらい、魅力的だ。

 エジプトに行ったらとにかく何が何でもマンゴージュースを飲まなくっちゃ、と思ったのだった。

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2007.11.08

ツアーにキャンセルが出る(エジプト)

 2007年から2008年にかけての年末年始は、私の勤め先のように12月29日から1月3日が年末年始のお休みになっている場合、1月4日をお休みにすれば9連休になる。
 そのことはだいぶ前に友人に教えてもらい、今年の夏は海外脱出をしなかったこともあって、できれば海外脱出を果たしたいと思っていた。

 10月半ば過ぎにグアテマラに行くツアーの問い合わせをしたところ、「年末年始のグアテマラは全て催行中止になりました」という返事だった。
 どうして2ヶ月半も前に中止が決まるのだろう。
 当初の出足は良かったのだけれど、キャンセルが立て続けに出たという話だった。
 逆に、2ヶ月半も前なのに、すでに満席のツアーも出始めている。
 これは迷っている暇はない、予約だけでも入れておこうと、10月末にエジプトに行くツアーの予約を入れた。どうしてエジプトかといえば、よっぽどのことがない限り、雨が降らなそうだからという理由が一番大きい。
 それなら冬が乾季になる東南アジアでもよさそうなものだけれど、9連休をわざわざ利用しなくても行けるということで今回は候補から外した。

 エジプトツアーも、航空会社がいったん座席予約を止めているということでキャンセル待ち(しかも、すでに3組目)になりますという連絡をもらい、迷わずキャンセル待ちをお願いしていた。
 キャンセル料がかかる40日前前後まで動きはないのではないかという話だったのだけれど、恐らく航空会社の方に動きがあったのだろう。11月5日にキャンセルが出た旨の連絡が入り、今日、申込書など一式が届いた。

 今回の旅行会社は4年前にも利用したことがあるのだけれど、申込書にはそのときにパスポート番号から全て印字されていた。
 情報化社会というのは恐ろしいと少し思ったりしつつ、早速記入して返送しよう。

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2007.11.07

「水曜どうでしょう」のDVDを見る−サイコロ4−

 友人にお借りした「水曜どうでしょう サイコロ4」のDVDを見た。(どうもありがとう!)
 このDVDは「サイコロ4」と「北海道212市町村カントリーサインの旅」とが2枚組でセットになっているのだけれど、うちのiMacが不調で、何故だかサイコロ4しか再生できなかった・・・。
 そういうわけで、サイコロ4である。








***以下、ネタバレ有り***








 繰り返し書いているような気もするけれど、「水曜どうでしょう」というのは、北海道テレビで放送されていた地域ローカル深夜放送番組のタイトルである。多分、そうだと思う。

 「サイコロの旅」というのは、東京から札幌に帰ろうとして、サイコロの1から6までの目に今使える交通手段で行ける場所を適当に(というか、番組的に盛り上がるように適当に意地悪に)ディレクターが設定し、番組のキャスト2人(企画も担当した鈴井貴之と、今では全国区の俳優となりおおせた大泉洋)がサイコロを振って出た目のとおりに旅をするという企画である。

 この「サイコロ4」では、サイコロの旅でこれまで色々なところに行ったり立ち寄ったり通ったりしているけれど、島根県とあと中部地方に行っていない。
 それじゃあ、今回はその島根県は出雲を出発点としてがんばって札幌に帰って来ようじゃないかという旅である。

 毎度のお約束なのだけれど、サイコロの旅に出るときには、出演者の一人である大泉洋にその企画は知らされていない。というよりも、はっきりと騙して連れ出している。
 今回も「カントリーサインの旅」という北海道内の市町村を回る企画だと行って連れ出し、千歳空港に到着したところでやっと「サイコロの旅」だと気づくという大笑いの展開で、それだけで一夜分の放送が終わっていた。いっそのこと見事である。

 さて、このサイコロの旅の見どころは、何と言っても11月末の立山・黒部アルペンルートである。
 DVDの表紙(というのか?)にもロープウエイの絵が使われている。
 そして、その表紙を見たときから何となくそんな気もしていたのだけれど、11月末の立山・黒部アルペンルートはどこまで行っても雪景色である。ガスっていて何も見えやしない。
 14時過ぎに富山側の立山からアルペンルートに入り「それじゃあ、抜けられないのじゃないの?」「ルート内のどこかで泊まるの?」と思いながら見ていたのだけれど、見事にどこの駅でも建物から出ることはなく、唯一黒部湖駅から黒部ダムまで歩いたときには雨が降り、17時過ぎには扇沢駅にたどり着いていた。
 
 荒天の中、立山・黒部アルペンルートをただひたすら通り過ぎ、最後には時間切れで九州にまで行ってしまった出演者お二人には申し訳ないのだけれど、この映像を見ながら、「うん、この天気よりは私が行ったときの方がまだ良かった」と何だかやけにほっとしたのだった。
 
 番組の公式Webサイトはこちら。

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2007.11.06

「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 フフホト」を見る

 今日(2007年11月6日 火曜日)の21時から、NHK BS-2で、「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 フフホト」の再放送を見た。

 「関口知宏の中国鉄道大紀行」では、毎週日曜日に、現地中国からの生中継で、それまでの1週間の旅のダイジェストを放送している。
 これまでは「放送していることは知っているけれど見たことはない」という感じだったのだけれど、そろそろ旅も終盤を迎えているし、今回の中継地は内モンゴル地区のフフホトだし、ということで、再放送を見た。
 生中継をリアルタイムで見られないのは、それがNHKハイビジョンでの放送だからだ。
 我が家にはまだハイビジョンテレビは導入されていない。

 フフホトは、出演者である関口知宏も言っていたけれど、何だかもの凄い勢いで「近代化」が進んでいる感じで、普通の「都会」だったことに驚いた。
 また、モンゴルでは独立を保ったけれどキリル文字が入ってきて文字を失い、中国の自治区となった内モンゴルで逆にモンゴル文字が受け継がれた、という風に理解していたので、内モンゴル自治区でもモンゴル文字を読めない人が増えているという話は驚きだった。
 生中継に出ていた女子大生も、街中で看板に漢字と併記されているモンゴル文字を指して「読める文字と読めない文字がある」と言っていた。

 内モンゴル自治区でも砂漠化が進んでいた。
 その映像を見ながら、何故か、旅というのはやはり個人的な体験なのだなということを改めて感じたりした。
 同じ場所を同じときに同じように旅していても、印象や感想や記憶は人それぞれだし、その「旅」をダイジェストの映像で見ている私が持つ印象や感想は、旅をしているご本人のそれとはもの凄くかけ離れたものなんだろうなということを強く感じた。
 どうして突然にこんなことを考えたのかは自分でもよく判らない。

 来週は敦煌からの中継だそうだ。
 (私が見られるのは再放送だけれど、)忘れずに見たいと思う。

2007年11月6日(火曜日)21時から
NHKNHK BS-2「関口知宏の中国鉄道大紀行 秋の旅 フフホト」
NHKの公式Webサイト内、「関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000kmをゆく」のページはこちら。

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2007.11.04

立山黒部の写真をアップする

 マイフォトに2007年10月に行った立山黒部アルペンルートで撮った写真をアップした。
 一泊二日の割りに600枚以上撮っているのは、お天気が良かったり悪かったりしたので同じ構図で露出を変えて何枚かずつ撮っていることが多いためと、1日目が雨で2日目の途中から晴れたので、2日目は青空が嬉しくて意味もなくシャッターを切っていたからである。
 そうして撮った中から(一応)24枚を厳選した。

 アップした写真はこちら。
 どうぞ、見てやってください。

 ちなみに、写真へのコメントに一切山の名前が出てこないのは、私が全く判らないままに眺め、過ぎ去り、写真を撮っていたからである。

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