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2007.12.31

エジプト旅行記1日目(引っ越しました)

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 エジプト旅行記は引っ越しました。
 以下のリンクからご覧ください。

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1日目 2007年12月31日 成田 -> ギザ(泊)

2日目 2008年1月1日 その1 ギザ 

2日目 2008年1月1日 その2 ダハシュール -> メンフィス -> サッカラ -> ギザ(泊) 

3日目 2008年1月2日 その1 ギザ -> ルクソール(王家の谷)

3日目 2008年1月2日 その2 ルクソール(ハトシェプスト女王葬祭殿・ネフェルタリの墓・メムノンの巨像)

3日目 2008年1月2日 その3 ルクソール(ショッピング・ルクソール神殿ライトアップ)(泊)

4日目 2008年1月3日 その1 ルクソール(カルナック神殿)

4日目2008年1月3日 その2 ルクソール(ルクソール博物館・ショッピング・ファルーカ)(泊)

5日目 2008年1月4日 その1 ルクソール -> アスワン(アスワンハイダム・オベリスク・ショッピング) -> アブシンベル 

5日目 2008年1月4日 その2 アブシンベル(アブシンベル神殿・音と光のショー)(泊)

6日目 2008年1月5日 アブシンベル -> カイロ(ハンハリーリ市場・ナイル川クルーズ)(泊)

7日目 2008年1月6日 その1 カイロ(カイロ考古学博物館)

7・8日目 2008年1月6・7日 カイロ(モハメドアリモスク) -> 成田

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エジプト旅行に出発する

 今日、エジプト旅行に出発する。
 
 いつものことながら、完全パックツアーで私は連れて行ってもらうだけだというのに、荷物は重いし、ツアーはツアーで周りの方に馴染めるのか不安だし、お腹を壊すかも知れないし、長い時間飛行機に乗らないといけないし、スケジュールはハードだし、ここ数日はかなりブルーになっている。
 せめてもの慰めは、今の我が家周辺の天気が晴れだということだ。

 どうか楽しい旅行になるようにと祈りつつ、さて、そろそろ出かける準備をしよう。

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2007.12.30

持ち物リスト(エジプト編)を作る その3

 持ち物リストのさらに続きで、これが最後である。
 ここには<食べ物>の類と、<その他>のものを載せている。

 荷物が多い割りにキャリーケースに余裕があったのが謎なのだけれど、これはどうも着ていくものが多いからではないかという結論に達した。
 ヘルスメーターで測ったら、15kg強だった。キャリーケースそのものの重さが5kg弱だから、10kg以上も荷物を詰め込んだことになる。
 一体、私は何を詰め込んだのだろう・・・。きっと荷造りの根本を間違えているに違いない。

 しかも、一応詰めてみた手荷物が異常に重い。本を2冊も持って行くのがいけないのだろうか。

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持ち物リスト(エジプト編)を作る その2

 持ち物リストの続きである。
 <洗面用具・化粧品>の類、<薬など>の類、<カメラ等>の類を載せてある。

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持ち物リスト(エジプト編)を作る その1

 年末年始を海外で過ごすという野望を達成すべく(実際には2007年のうちに海外脱出をしたいという気持ちの方が強かった)、2007年12月31日から2008年1月7日まで、8日間でエジプトに行って来ることにした。

 今日の午後に添乗員の方から電話をいただき、思っていたよりも寒いらしくほとんど日本の真冬と変わらない格好が必要な場面もあるとお聞きして、そこからさらに荷物を追加し、夕方にスーツケース空港宅配サービスの集配の方にキャリーケースを託した。
 どう考えても忘れ物をしていそうだし、どう考えても無駄な荷物がたくさん入っていそうなので、持ち物リストを作ってみることにした。
 しかし、忘れていたものはともかくとして、今さら「入れすぎたもの」が判明しても困るような気もする。

 リストには、着て行く服や機内用バッグで持って行ったものも含まれている。

 3つに分けた持ち物リストの一番目のここでは、<必需品>の類、<バッグ>の類、<書籍等>の類、<着替え等>の類を載せてある。

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2007.12.28

80000アクセス達成!

 アクセス解析を確認したところ、今日(2007年12月28日)のお昼頃にどなたかが80000アクセス目を踏んでくださったことが判った。

 右サイドバーの一番下にアクセスカウンターを設置してあるのだけれど、こっそりすぎて、きっと80000アクセス目の方も気がつかずにいただろう。
 遊びに来ていただいて、読んでいただいて、ありがとうございます。

 ちなみに、これまでの経過は以下のとおりである。
 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 20000アクセス 2005年11月16日
 30000アクセス 2006年3月30日
 40000アクセス 2006年8月1日
 50000アクセス 2006年11月22日
 60000アクセス 2007年5月16日
 70000アクセス 2007年9月6日
 80000アクセス 2007年12月28日

 昨日今日と急にアクセス数が増えたので不思議に思って見てみたら、日経BPの「セカンドステージ」の「大人のブログ探訪」というコーナーでご紹介いただいていた。
 過分なお褒めの言葉をいただいて恐縮なのだけれど、ひとつだけ言わせていただくと、私はまだ「セカンドステージ」という年齢ではないつもりなのだけれど・・・。
 複雑な心境だったりする。

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2007.12.27

「関口知宏の中国鉄道大紀行 完全走破スペシャル!」を見る(予定)

 2007年12月27日(木曜日)にNHK総合で「関口知宏の中国鉄道大紀行 完全走破スペシャル!」が前後編の2回に分けて放映された。
 放映時間が終了したのにタイトルが「見る(予定)」になっているのは、どうせなら最初から通して見たいと思い、ビデオをセットして出かけ、放映時間中に帰宅したのだけれどじっとガマンして見ずにおいたからだ。

 今年の春と秋に分けて、関口知宏が中国の鉄道最長片道切符の旅をした様子のVTRと、スタジオで今振り返ってという感じの番組のようだったけれど、見ていないから詳細は今のところ不明である。

 正直に言うと、関口知宏の旅をしている様子は好きなのだけれど、彼がテレビカメラに向かって発するコメントはあまり好きではない。
 何というか「私が得た意味を共有しましょう」というスタンスが強いように感じて、性に合わないのだ。
 だからこの総集編も見ようかどうしようか迷っていたのだけれど、結局、ビデオ録画してしまった。
 録画してしまえば、見るのがとても楽しみである。

2007年12月27日(木曜日)19時30分から前編/21時から後編
NHK総合 「関口知宏の中国鉄道大紀行 完全走破スペシャル!」
NHKの公式Webサイト内、「関口知宏の中国鉄道大紀行 最長片道ルート36,000kmをゆく」のページはこちら。

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2007.12.23

「吉村作治ミイラ新発見!~世界初公開!親子ミイラ発掘の瞬間~」を見る

 今日の15時からTBSで「吉村作治ミイラ新発見!~世界初公開!親子ミイラ発掘の瞬間~」を見た。
 正確に言うと、出発の際の空港手荷物宅配サービスの予約の電話を入れたりしていて(14時の便で、前日の17時から19時までの集配を頼めるとは知らなかった)、最初の30分を見逃してしまった。残念。

 吉村作治が、人工衛星からの画像を元に遺跡があるだろう地域を特定し(どうやって特定できたのかはよく判らなかった)、ダハシュールで発掘を始め、今年2月にミイラを発見したお墓のほんの少し横で盗掘されていない親子のミイラを発見するまでのドキュメンタリーだった。
 地表から数十cmの浅いところにあった木棺が暴かれていないというのは非常に珍しいことのようだ。
 それまでに3mとか5mとか掘っても、作りかけて止めてしまったお墓だったり、すでに盗掘されていたりしたのに、そのすぐ近くにそんなお墓があったのだ。
 発見は学問と分析と努力とその他たくさんの要素の結果だけれど、吉村作治とテレビクルーがその瞬間に居合わせることができたのは恐らくもの凄い僥倖なんだろう。

 親子で埋葬されていることも珍しいし、お棺にお花が入れられていたのも珍しいことなのだそうだ。
 吉村作治の話を聞いていて、盗掘されていても作りかけであってもそれは学問であるという言葉にも納得したし、発掘で終わりなのではなく、例えばこの親子ミイラの親の棺の場合お花を分析すれば埋葬された季節が判り、季節と埋葬された年代が特定されればそこからさらに様々なことが判るのだという説明に、何故だか深く頷いてしまった。

 エジプトは、知っていれば知っているほど面白いところのようだ。
 出発前にもう少し真面目に予習しようと思った。

2007年12月23日(日曜日)15時から
TBS「吉村作治ミイラ新発見!~世界初公開!親子ミイラ発掘の瞬間~」
番組の公式ホームページは見つからなかった。

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2007.12.21

エジプトツアーの日程表が届く

 昨日、旅行社からツアー日程その他が届いた。
 添乗員さんとツアーの人数は変更なしだ。
 お土産のチラシや、観光地のお知らせ、当日の集合場所等々のお知らせ、持ち物の注意事項などなどが入っている。
 それにしても、一番重く暈があったのがお土産のチラシだというのはどうだろう。もっとも、たくさん買わねばならない人にとっては、現地で「あと誰の分」とか「あと何個足りない」と常に気になっている状況から解放されるという点でかなり重宝なサービスなのだろう。

 ぼんやりと「電子辞書はいるかな」とか「マスクとか薬は多めがいいな」とかぼんやりと持って行く物をイメージはしているのだけれど、まだ何の準備も始めていない状況である。
 大体、エジプトのくせに、この時期の最低気温がカイロで8〜11度、ルクソールで7〜8度というのはどういうことだろう。最高気温も20度前後のようだし、これでは半袖は要らないかも知れない。服の選択を少し考えなければと思い始めた。

 それから驚いたのが、1リットルサイズのビニル袋が同封されていたことだ。
 液体はこれに入る範囲でないとセキュリティを通過できないのだ。ニュースとして知ってはいたのだけれど、実際にこの至れり尽くせりのサービスを見ると何だか複雑な気持ちになる。
 説明によると、帰りはこの液体持ち込み制限がないようなのだけれど、本当だろうか。

 旅行社に旅行保険の手続きをお願いしなかったので、そろそろ申込みをしないと証書を送ってもらえないということに気づき、まずは旅行保険の申込みをした。流石にエジプトに旅行するのにクレジットカード付帯のみという勇気はない。
 治療費用と救援者費用がそれぞれ1500万円、その他に諸々がついて保険料が4000円強というのは、多分それほど悪くないセンだと思う。

 それから、スーツケースは空港宅配サービスを利用するつもりなので、その集配のリミットがいつなのか、早めに確認して予約をしようと思う。

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2007.12.16

「メガロマニア 第6回」を読む

 NHKスペシャル「失われた文明」に関連して、作家の恩田陸がNHK出版のサイトで「メガロマニア あるいは「覆わされた宝石」への旅」というタイトルの紀行エッセイを連載している。
 やっと気がついたのだけれど、この紀行エッセイはどうも月半ばに更新されるようだ。昨日、その第6回が配信されていることに気がついて、喜々として読んだ。

 今回はメキシコ旅程の真ん中辺でぽっかりと空いたようなウシュマル前後の話が書かれている。
 恩田陸が何日間でこの旅をしたのかは判らないのだけれど、確かに1週間を超える日程の旅だと、真ん中辺までの時の流れはゆっくりで、「まだ半分か」「あと半分あるのか」と思うのだけれど、その後の展開は異常に早いことが多いように思う。

 今回は割と「旅のエッセイ」風で、例えば「トイレットペーパーの端を畳むのは、「掃除が終わった」というサインなのであって、掃除したわけでもないのに畳むのはよしてくれ」なんていうココロの叫びや、世界遺産と観光ブームに「もう少しどうにかならないものか」とモノ申したくなる気分などに妙に共感を覚えてしまった。

 太陽がぐあっと地上の水分を吸い上げるというメキシコの旅の続きが楽しみである。

NHK出版の公式サイト内、メガロマニア−あるいは「覆わされた宝石」への旅−のページはこちら。

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2007.12.13

立山黒部アルペンルート旅行記の入口を作る

チングルマ 立山黒部アルペンルート旅行記をやっと書き終わり、2007年10月4日(木曜日)から1泊2日で出かけた立山黒部アルペンルート旅行記への入口を作成した。

 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記等々に飛べるようになっている。
 
1日目 2007年10月4日(木曜日)

2日目 2007年10月5日(金曜日)

 

持ち物リスト(立山・黒部編)

2007年10月 立山黒部アルペンルートの写真

 

 出発前に旅行計画を立てるときに利用した主なサイトはこちら。 [2010年2月6日修正]

立山黒部アルペンルート オフィシャルガイド

国民宿舎展望立山荘

JR東日本:東日本旅客鉄道株式会社

アルピコグループ

黒部ダムオフィシャルサイト

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2007.12.11

立山黒部アルペンルート旅行記2日目

2007年10月5日(金曜日)


朝


 6時前に目が覚める。
 二段ベッドを降りて真っ先に窓から外を見ると、雲なのか霧なのか一面真っ白だった。雨もぽつぽつと落ちているようだ。
 希望としては「爽やかな高原の朝」とか「日の出」を待っていたけれど、なかなか上手くは行かない。
 テレビをつけると天気予報が「雨のち晴れ」と言っている。期待しつつ、荷物の整理をした。


朝食 朝食のメニューはごはん、お味噌汁(これらとお茶・コーヒーはセルフサービス)、サラダや煮物、卵焼きに切り身の焼き魚などである。
 ごはんを食べている間は、外に青空も見え、日も僅かながら射していたのに、7時30分に部屋に戻る頃には再び真っ白で向かいも弥陀ヶ原ホテルさえ見えなくなっていた。山の天気が変わりやすいというのは本当だ。
 迷った末に、フロントで10時10分発の室堂行きバスを予約し、8時頃から、国民宿舎のすぐそばに入口のある立山カルデラ展望台に登った。


 るるぶには「立山のほかのコースと比較すれば、断然楽なコース」と書いてある。
 登り始めてすぐに「うそだ」と確信する。これが「断然ラク」だとすると、私はとてもじゃないけれど他のコースなんて歩けない。展望台に行く道だから基本的にずっと登りだ。石畳で整備されて歩きやすい道だけれど、息が切れる。
 途中、僅かな青空を頼りに黄葉した葉っぱの写真を撮って休憩したりしながら15分弱くらい歩くと、展望台に到着した。
 もちろん一面真っ白で、カルデラなど全く判らない。しかも、下り始めた頃には再びポツポツと雨が落ちてくる。


 9時前にチェックアウトして11975円也の支払いを現金で済ませ(カード払いはできない)、傘をささなければ辛いくらいの雨だったのでガキの田散策は諦めて、弥陀ヶ原ホテルにお土産を買いに行った。
 後半に天候が回復することを信じてこの時間にお土産を買い、ついでに不要の荷物と一緒に送ってもらって身軽になろうという作戦である。
 「持ち歩かなくてもいいのだし」と思い、迷った末に黒部の水で煮込んだというレトルトカレーを買い込んだ。


 そうこうしているうちに、弥陀ヶ原ホテルのロビーから見える高原に日が射し始めた。
 少しだけでも歩こうと、ホテルを出て遊歩道に向かう。歩き始めると結構、レインウエアを着て歩いている人がいる。弥陀ヶ原周遊のショートカットコースを一周しようかと、歩いている方に「30分くらいで戻れるでしょうか?」と聞いてみたら、「それならこのまま真っ直ぐに行けるところまで行って戻った方が楽しい。」と教えていただいた。


遊歩道 歩き始めると、少しずつ青空も見え、日も射してくる。雲の動きが速い。
 日が射すと、それまで陰鬱そうに見えていた弥陀ヶ原も黄色に光り、草が雨に濡れていることもあって緑や黄色に光っているようにも見える。
 木道はところどころ傷んでいて、雨に濡れて滑りやすく、決して歩きやすくはないところを、つい急いでしまう。バスの時間まで40分しかない。
 何とかがんばって、ガキの田を見られる場所までたどり着くことができた。本来なら大日岳が奥に見える筈だけれど、もちろん真っ白い雲の中だ。残念だけれど、歩けただけ良しとしなければならない。


 ほとんど小走りでバス停に戻り、すっかり大汗をかいてしまった。
 やはりバスを待っていた方に「どうしたの!?」と驚かれ、かくかくしかじかと説明すると、「若いのね。」「若いからよ。」と口々に言われてちょっと恥ずかしかった。
 バスは予約をしなくても空席があれば乗せてもらえるようだ。時間帯のせいか、この日の10時10分発のバスは、弥陀ヶ原バス停で降りた人も多く、予約していなかった数人も乗ることができた。ただし、補助席使用である。


 室堂に向かうバスに乗っているとき、さーっと日が射し、斜面に光が当たって、まるで紅葉が光っているように見えた一瞬があった。
 バスの中も「おぉ!」という感じでどよめく。
 この1泊2日の旅で、紅葉が一番綺麗に見えたのはこの瞬間だったと思う。


 室堂ターミナルで、昨夜と今朝にかけて縷々書きつづった我が身の雨女ぶりを嘆く絵はがきをポストに投函し、やっと晴れてきた青空の下、ペットボトルに「立山玉殿の湧水」を汲んで、11時前にミクリガ池を目指して散策に出発した。


 歩き出してすぐ、左手に天狗平に続く遊歩道があり、チングルマが赤く染まっているのが見られた。
 弥陀ヶ原から上がってくるバスからは日が射すところが見られたのに、室堂から見下ろすと天狗平方面は真っ白にしか見えない。この下の方まで見えればいいのにと思いながら歩いていると、ターミナルから5分とかからないところにミクリガ池があった。


ミクリガ池 ミクリガ池は立山黒部を代表する観光&写真スポットで、ツアーなどでは室堂の散策はここまでということも多いようだ。
 ミクリガ池を見下ろす場所、水平の位置から見渡せる場所にはベンチが置かれている。ガイドさんがツアーの方に「今日はちょっと波が立っているので山の姿を映し出すというわけにはいきませんが、写真を撮る方はここでどうぞ。」と言っているのを聞きながら、微妙に複雑な気分で写真を撮る。
 立山黒部アルペンルートの公式サイトでは、この時期の室堂の紅葉は「見頃」となっていたものの、もうちょっと遅めが正解だったようだ。


地獄谷ゆきの階段 室堂での散策ルートはあまり考えておらず、早めに切り上げて15時発の最終の黒部湖遊覧船を目指すか、室堂でがんばって歩くか迷っていた。
 せっかくお天気も良くなってきたし、ここで歩かなければどうすると思い直して地獄谷に降りた。
 ここで結構な決心が必要だったのは、この地獄谷が本当に低いところにあるからだ。
 延々と階段を降りる必要がある。降りた階段の分はいつか上らなければならないわけで、日頃の運動不足を自認している私にとって、つづら折りの階段は恐怖以外の何ものでもない。


 上ることを考えずに降りきってしまえば、紺屋地獄だったか鍛冶屋地獄だったかまではすぐである。
 でも、このガスが半端ではなく凄い。思わずタオルを出して口に当てて通り過ぎたほどである。
 勢いで通り過ぎてしまい、しかもミクリガ池からここまで15分くらいで来て調子に乗ったこともあり、たったこれだけであの階段を上らなくてはならないというのが悔しすぎるということもあり、そのまま地獄谷周遊コースに足を踏み入れ、まずはロッジ立山連峰を目指した。


地獄谷 ボコボコ言っていそうな地獄の池の横をできるだけ足早に通り過ぎ、舗装された平らな道をのんびりと歩く。
 振り返ると、「荒涼とした」としか言いようのない石ころだらけの灰色の地面が広がり、でも青空のせいか妙に明るい景色の中、あちこちから白い火山性ガスが立ち上っている。
 室堂ターミナルから1時間弱歩いて、ロッジ立山連峰に到着した。


 このロッジ横から少し上がったところに、座るのにちょうどいい石があったので休憩にした。
 お腹が空いたなぁと思いながら、昨日のど飴代わりに買った「名水キャンディ」をいくつも口に入れた。それでもここでお昼ごはんを食べようと思わなかったのが我ながら謎である。
 この辺りから少しずつ道は上り始めていて、暑くなってきたのでアウトドア用コートを脱ぎ、長袖Tシャツの上に半袖Tシャツを着て、長袖シャツを羽織り、コートは腰に巻く。


 このロッジ立山連峰から、らいちょう温泉雷鳥荘までの15分くらい(もっと近かったかも知れない)の間に見た、雷鳥沢方面の景色が広々としていて、山があってキャンプ場があって、とても綺麗だった。
 その景色の綺麗さとは裏腹に、階段を上り、上り坂を上り、ちょうど追いつかれた年輩のご夫婦に撮っていただいた写真の私は、膝が笑い始めて真っ直ぐ立つには足を開くしかなく、顔は汗だくで、とても人様にお見せできるような状態ではない。


急階段 それもその筈で、るるぶの地図にも「急な坂道」と表示されているこの辺りはこんな階段を上らねばならない。見た瞬間に思わず「嘘でしょー。」と叫んでしまい、前を歩いてた方に振り向かれてしまった。
 でも、この斜面にはチングルマが赤く広がっていて、そのチングルマの向こうに山の稜線が連なるのはなかなか見事な眺めである。


 がんばって坂道を上ったところが雷鳥荘だった。
 私を追い抜いていったご夫婦が戻って来られたので「どうしたんですか?」と聞くと「お昼ご飯を食べようと思って。」とおっしゃり、そのまま雷鳥荘に入って行かれた。
 この時点で12時を回っており、思えば私もそうすれば良かったけれど、何だか先を急ぎたい気分で、そのまま歩き続けた。


りんどう湖周辺りんどう湖 りんどう湖周辺は、アップダウンの石畳の道が続く。やたらと長く辛い坂道を上ってきた後では、これが結構堪える。
 しかも、青空だった空が一転して白くなってくると同時に風も強くなって寒い。
 途中、すれ違ったご夫婦に「初心者は反対回りの方が楽だって教えてもらって、こっちから歩き出したんだよ。」と教えてもらい、思わず「るるぶめ!」と呟く。るるぶには、私が歩いた方の回り方で書いてあったのだ。
 水深が浅くて見た目は「湖」というよりも「水たまり」に近くてパっとしないりんどう湖にも、地獄谷方面から雲なのか霧なのか、白いものが刻一刻と上がってくるのが判る。


 なるべく足早にりんどう湖を回り込むと、りんどう湖の反対側に、血の池地獄が見えた。
 もっとも、ガイドブックに載っていた写真はもっと赤くてどろっとした感じに見え、閻魔台展望台に到着して説明を読むまでは、私はこれを見て「室堂にもガキの田があるのね。」と思っていたくらいだ。


閻魔台展望台より その閻魔台展望台に到着したのは12時40分だった。
 そして、到着したときには、一面が真っ白だった。
 日が射さなくなったせいか、風を遮るものが全くないせいか、風が冷たくて寒い。でも、いい加減に疲れ果てて、たくさん設置されたベンチのひとつに座り込んでしまう。
 もうミクリガ池も近いので、雲さえなければ地獄谷の全景を一望できるこの展望台まで歩いてくるツアーも多いようだ。


雷鳥 ベンチに座り込んでぼーっとしていたら、女性5人くらいのグループが何やら興奮しているのが見えた。
 そちらに目をやってみると、どうやら雷鳥がいたらしい。気がついたときには、すでに雷鳥が藪の中に隠れてしまった後だったのが残念である。
 それでも、細い枝の間に2羽の鳥がいるのは判る。もうすでに羽は白くなっているようだ。雪が降る日も近いのだろう。
 じーっと藪を睨みつけていたら、ツアーを率いた年配のガイドさんが通りかかって「雷鳥がいるの?」とおっしゃる。「藪の中にいるのは判るんですけど。」と答えたら、「一度隠れちゃうともう出てこないよ。」と教えてくれた。


 ふと気がつくと雲が切れ、さっきは雲以外何も見えなかった方向に山崎カールが見えていた。この間、約20分である。山の天気が変わりやすいというのはつくづくと事実である。
 この「カール」とは、氷河の侵蝕作用によってできた広い椀状の谷のことで、「山崎カール」は日本で初めて発見されたとされているようだ。山崎直方教授によって発見された「山崎カール」。素直な命名である。


 閻魔台展望台を後にすると、ミクリガ池はすぐである。
 出発前は波が立っていた水面もだいぶおさまり、山や空、雲を映していて綺麗である。
 ミクリガ池を堪能する。
 ミクリガ池からミドリガ池、玉殿岩屋を一周する周遊コースも歩こうと思っていたけれど、体力のない私にはとても無理だったので、ミドリガ池のとば口まで歩き、「うん、やっぱりミクリガ池の方が絵になるわ」と確認したところで引き返した。


Photo_5


 ところどころをチングルマが赤く染めている天狗平に続く野原を眺めつつ、ゆるゆると室堂ターミナルまで戻った。14時である。
 室堂ターミナルにある「立山そば」という立ち食いそば屋さんに、1日30食限定の白えびの掻き揚げそばがあることをチェックしていて、できれば食べたいと思っていたけれど、当然のことながら売り切れている。出発前に食べておくべきだった。
 お腹が空きすぎてしまい、感覚がない。コーヒーショップで、湧水で入れたホットコーヒーとその場で揚げるというカレーパン(これが長くてデカイ)を食べた。


 14時45分発のトロリーバスで大観峰に向かう。
 室堂はまだギリギリ晴れ間も見えていた一方で、山一つくぐった大観峰では雨が降っていて驚いた。しつこいようだけれど、本当に山の天気は判らない。
 この雨にショックを受けて、そのまま真っ直ぐロープウエイ乗り場に向かい、ここの売店で買おうと思っていた巨峰の干しぶどうを買い忘れた。痛恨の極みである。


 大観峰のロープウエイ乗り場から下を見ても、真っ白で何も見えなかった。
 乗り場の係員のお兄さんが「明日は2時間待ちくらいですね。」とあっさり言っているのを聞いて驚く。確かに10月の3連休に人が集中しているというのは何かで読んだ記憶がある。そうなると、ロープウエイに乗るのに整理券が発行されるらしい。
 展望台以外に駅舎から出ることのできない大観峰に2時間居続けは相当辛そうだ。


 2時間待つことになっても晴れていた方が嬉しかったかなと思いつつ、ロープウエイに乗り込む。何も見えないせいで、また一番前のど真ん中の位置をキープできた。
 ラッキーなことに、ロープウエイが動き出してすぐ、雲が切れ、黒部湖がうっすらと見えてきた。雲に霞むエメラルドグリーンの湖面は幻想的だ。


 黒部平の駅には植物園が併設されている。
 昨日は素通りしたので、植物園の階段を降りる。ナナカマドリンドウといった、私でも名前と姿が一致する植物の写真を撮っていたら、係の方らしいおじさんが色々と解説してくださった。
 それほど広くはないこの場所に100種1万本の植物が植えられているというから驚く。


Photo_6 中でも驚いたのが、おじさんがわざわざ見せてくれた「オヤマボクチ(雄山火口)」という植物である。もう花も終わっているように見えるのに、何故か蜂が群がってくっつき、軍手をしたおじさんの手が多少揺らそうがびくともしない。
 葉の裏に生える繊維が火を熾すときの火口として用いられたことからこの名前がついたそうで、また、この茸毛をそばのつなぎに使う地方もあるという。
 それにしても、やっぱりこの「群がる蜂」が気になる。


 扇沢からのバスの時間に間に合うか危なくなってきたので、15時40分発のケーブルカーに乗って黒部湖に降りた。
 日が射している! そういえば、昨日の天気予報でも黒部ダムは晴れだった。
 もう黒部湖遊覧船は終わっていたけれど、カンパ谷吊り橋方面から黒部ダムを見てみたかったので、遊覧船乗り場方面に急ぐ。
 意外と遠い。10分も歩いただろうか。
 遊覧船乗り場は、道路から湖面まで結構急な階段を降りねばならず、時間的に間に合ったとしても乗ったかどうかは微妙だ。


 ダムの描くカーブを逆の方向から眺めるという目的を達成し、急いで黒部ダム駅方面にとって返した。できれば新展望広場から観光放水を見ておきたい。
 黒部ダム堰堤の上を歩き始めると、目の前の山に日が射しているのが見えた。
 雨と雲にたたられたこの2日、青空と日射しには反応するようになっている。
 ここまで来ると「旅の終わり」という感じが強くて、空が晴れていることにほっとする。


慰霊碑 黒部ダム駅側に戻り、昨日見そびれてしまった殉職者慰霊碑に手を合わせる。ダム建設の際に171名もの殉職者が出たという。
 残念ながら時間切れで新展望広場に行くことはできなかった。というよりも、急階段に恐れをなし、急いで降りて急いで上がってくる自信がなかったので、時間的にはぎりぎり間に合うような気がしたけれど断念する。
 事実、トロリーバス乗り場に行く途中に少しだけ坂と階段(20段くらい)があって、そこを上がるのがとてもとても辛かった。


 トロリーバス乗り場は大混雑で、16時35分発に乗るために、15分くらい前から並んだ。
 近くにJTBのツアーが2団体いて、出発地が異なっているらしく、「**JTBの方は、扇沢に到着したら、こちらのくたびれた旗の方に集合してください。」などと案内しているのが可笑しい。
 何とか席を確保して座り、10分強の、立山黒部アルペンルート最後の乗り物を堪能した。
 そういえば、アルペンルート内の乗り物で乗っているときに耳鳴りがしたのは、この扇沢から黒部ダムまでのトロリーバスだけのように思う。


夕暮れ 17時発の長野駅行きのバスに間に合うかどうかが心配したものの、こんな夕暮れの写真を撮り、お手洗いに行く余裕もあった。
 観光バスも何台か並んでいてどのバスか判らなかったので、窓口の女性に聞いて教えてもらう。出発直前になって、彼女が慌てて片付けて同じバスに乗ったのには驚いた。この後も信濃大町行きのバスはある筈なのに窓口を閉めてしまって大丈夫なんだろうか。


 長野駅行きのバスは、乗客二人と窓口の女性一人を乗せて出発した。信濃大町駅で4人が乗り込んできてほっとする。
 長野駅近くで少しだけ渋滞にはまったものの、ほぼ定刻の18時45分に長野駅に到着した。
 母のリクエストであるわさび漬けを探し、駅弁を食べたいほどお腹が空いていなかったので迷った末におにぎりとペットボトルのお茶を夕食に買い込み、19時28分発のあさまで帰路についた。


 立山黒部アルペンルート旅行記1日目 <-

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映画「トゥヤーの結婚」の公開を知る

 2006年に中国で製作され、第57回ベルリン映画祭で金熊賞を受賞した「トゥヤーの結婚」という映画が、2008年お正月ロードショー第二弾として(公式ページにもBunkamuraのページにも正確な日付は書いていなかった)Bunkamura ル・シネマで公開されるそうだ。

 「トゥヤーの結婚」の公式Webサイトにあった「解説」ぺージの一節にはこう書いてある。

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 2007年ベルリン国際映画祭。チャン・イーモウ(張芸謀)監督、コン・リー主演の『紅いコーリャン』(87)から19年を経て、《金熊賞》グランプリは、たくましく生きるひとりのヒロインの頭上に輝いた。美しいトゥヤーは、中国内モンゴルの北西部の草原で暮らしている。ダイナマイト事故で下半身が麻痺してしまった夫バータル。幼い子供たち。朝から夜までわずかな畑を耕し、羊を放牧していた。かつては青々としてた草原も、今では砂漠に浸蝕され、水も数十キロ離れた井戸まで汲みにいかなくてはならない。力強く凛として働くトゥヤー。しかし、寝たきりの夫を抱える厳しい生活と、重労働は、美しい彼女の体を蝕んでいく…。バータルの孤独。自殺未遂。死んで行く羊たち。トゥヤーは、家族への愛から、ひとつの決断をする。生きていくために。夫への愛のために…。
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 今年の夏に見た「モンゴリアン・ピンポン」は、どちらかというとほのぼのとした映画だったけれど、結局見そびれてしまった「白い馬の季節」も、この「トゥヤーの結婚」も、かなり痛い物語であり、映画のようである。
 でも、見てみたいと思った。

 「トゥヤーの結婚」の公式Webサイトはこちら。

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2007.12.09

「ひとりたび2年生」を読む

 新聞の広告を見てすぐさま「買おう」と決め、本屋さんで平積みになっていたのを発見して早速購入し、帰りの電車で「ひとりたび2年生」を一気読みした。

 やっぱり楽しい本である。

 今回の「ひとりたび」の目的地は、北斗星に乗って函館だったり、伊豆の断食道場だったり、フェリーで四国に上陸して麺を食べまくったり、石垣島でウィークリーマンションを借りて2週間滞在したりと、再びバラエティに富んでいて、しかも私のツボを刺激するラインアップだ。
 石垣島からの帰りに台風と接近遭遇して何とか本土に戻ってきた体験談も面白いし、今後に役立ちそうである(役立って欲しくはない)。
 何年か前に旅行して、雨が降っていたために断念した妻籠宿から馬籠宿まで歩くというプランに挑戦していたのも何だか嬉しい。ここを歩けば県境を越えることになるとは知らなかった。

 あとがきに「他の人達はどんなひとりたびをしてるのだろうか。・・・」と思ったこともあったと書かれているのだけれど、そういえば私はそんなことはあまり考えたことはなかったように思う。
 もっとも、さらに考えてみたところ、私の「ひとりたび」は、就職した次の年に行った高山と、今年になって行った日光と立山黒部の3回だけ(ツアーに一人参加を除く)なのだった。
 誰か一人くらいの参考にはなるかも知れないし、立山黒部の旅行記も早く書こうと思った。

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