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2008.06.30

「B21 地球の歩き方 ブラジル 2008~2009 」を購入する

 今年の夏は国内で大人しくしているつもりだったのに、ここのところ、急に「海外脱出したい」病が再発している。
 勢いで、エンジェルフォールを見に行くツアーに仮予約を入れ、その勢いのまま、「B21 地球の歩き方 ブラジル 2008~2009 」を購入してしまった。

 最初、Amazonで「地球の歩き方 ベネズエラ」で検索したら古いものしかヒットせず、アイスランドに続いて地球の歩き方すら出版されていない場所に私は行きたいのかと思って焦った。
 けれど、本屋さんで探してみたら、ちゃんと最新版の「B21 地球の歩き方 ブラジル 2008~2009 」にもベネズエラの情報が含まれていることが判明した。

 ブラジルとベネズエラに一気に両方行く人なんていないんじゃないか、アルゼンチンとチリならパタゴニアが両国にまたがっているから判るけれど、などと思っていた。
 でも、購入したガイドブックをぱらぱらめくって、「そうか、イグアスの滝とエンジェルフォールと両方を一気に見たいという人も(少しは)いるんだ」と気がついた。納得である。

 仕事の調整はまったくしないまま(できないまま)の仮予約なので、行けるかどうか可能性はかなり低いのだけれど、とりあえずはガイドブックを熟読して楽しもうと思う。

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2008.06.29

エジプト旅行記2日目その1

2008年1月1日(火曜日)


メリディアンのお部屋 ル・メリディアン・ピラミッドの部屋は、確かピラミッド・ビュー指定ではあった。
 しかし、部屋に入ってまず窓に寄ってみたら、もの凄く狭い(幅1mくらい)の視界しか開けていなかった。しかも、はめ殺しの窓だったことにショックを受ける。
 添乗員さんにはガラ・パーティに参加される方はどうぞと言われていたけれど、眠いし、明日(というか今日)もハードスケジュールだし、行くつもりはなかった。
 その代わり、ガラス越しでなく夜空に浮かぶピラミッドの写真を撮ろうとフロントに向かった。
 そうしたら、とても「外に出る」と言える雰囲気ではない。そういえば、入るときにもセキュリティ・チェックを受けているのである。


 何となく流れでガラ・パーティ会場に入ってみたら、どう見ても「祭りの後」という雰囲気だった。
 おそらく新年が明けた瞬間に鳴らされたのだろうクラッカーの残骸が床に散らばり、バンドは解散し、人もほとんどいない。
 何故かお料理だけはたくさんあって、お寿司やタイカレーなどなどの屋台も出ている。添乗員さんと二人、現地のエージェントであるミシェルさんお勧めの「エジプトのお菓子」をいくつかいただいてから部屋に戻る。
 何とか2時前にはベッドに入った。


 ハードスケジュールだと思っていた理由の一つは、生まれて初めて見る初日の出をエジプトの初日の出にしようと目論んだからだ。
 6時ころには起き出し、少しだけ明るくなってきた6時30分くらいに部屋を出てプールサイドに向かった。プールへの扉は鍵がかかっておらず、難なく外に出ることができる。昨夜もそうすればよかった。


 ライトアップされたプールの向こうに浮かぶピラミッドは、なかなか幻想的である。
 同じことを考えた人は全くいなかったようで、宿泊客らしい姿は全くない。その代わり、こんな時間からプールサイドに出てくる酔狂な客に興味を持ったらしいホテル・スタッフから「おはよう(日本語)」「Japanise?」と声がかかった。


初日の出 プールサイドからメインエントランス上のテラスに上がることができた。
 そこにもスタッフのおじさんがいて、こっちが東だとか、10時くらいになるとピラミッドと太陽の位置が重なるなどと教えてくれる。
 このホテルからピラミッドは南の方向にあるので、初日の出とピラミッドを1枚の写真に収めることは叶わず、この写真は太陽の光を反射した雲による「嘘っこ初日の出」である。


 このおじさんからの「結婚しているのか?」という質問にNoと答えたら、「どうして結婚しないのか?」、「日本人の男性は何人の奥さんを持てるのか(流石にイスラムの国の人である)?」と質問攻めに遭い、一人だと答えると「どうして一人としか結婚できないのか?」と続いた。
 日本語でも答えに詰まるようなことを英語で聞かれても困る。
 「何歳?」と聞かれたので「何歳に見える?」と聞き返したら「24歳。」と言われたし、最後に「色々と聞いちゃってごめんね。」と言われたので許す。しかも、「おじさん」と思っていた彼は30歳で、私よりもずっと年下だった。


朝食 昨夜、7時30分から朝食を食べられると説明を受けていた。
 レストランに行くと、手前のソファで添乗員さんが待ちかまえていた。
 金箔入りの日本酒を持参されていて、「御神酒にどうぞ。」と言われ、有り難くいただく。
 エジプトでお正月の朝に金箔の入った日本酒を飲む。粋なのかシュールなのか、微妙なところである。でも嬉しい。
 ビュッフェ式の朝食では、この先野菜不足になるような気がして、焼いたトマトを見つけてなるべく大きいのを選んだ。


 8時30分にホテルを出発し、ピラミッドに向かった。
 ガイドのハニーさんは、とても丁寧に色々なことを話してくれる。メモを取っているのが私だけなんて勿体ない。
 最初のうちは「あちこちの本にピラミッドのことなら書いてあるし」と思っていたけれど、ハタと「いや、エジプトのガイドさんが今この時点でどう説明したかというのは重要なことなのでは?」と思い直し、真面目にメモをするようにした。
 例えば、ハニーさんは、ピラミッドは「王の墓」兼「神への捧げもの」だと言っていた。


 クフ王のピラミッド前で、チケットの購入待ちの間、ハニーさんから説明を受ける。
 ギザのピラミッド群全体の入場料は50エジプトポンド、クフ王のピラミッドの入場料が100エジプトポンド、太陽の船博物館の入場料が40エジプトポンドである。
 エジプトの人はピラミッドのことを「ピラミッド」とは呼ばず、「ハラム(アラビア語で「古いもの」)と呼んでいる。
 カイロは「ナイル川の向こう側」、ギザは「ナイル川のこちら側」という意味で、死者の街であるギザの方を中心に考えられているのが面白い。ピラミッドは基本的にナイル川の西岸にしか造られていない。


化粧石 世界最大のピラミッドであるクフ王のピラミッドは、土台を造るのに10年、上部を積み上げるのにさらに22年かかっており、坂道をピラミッドの周りに造ってそれで石を積んで作ったと考えられているという。
 その石は、カイロからナイル川の氾濫を利用してギザまで運ばれてきたそうだ。
 ピラミッドは、建造当時は白い化粧石で覆われていたけれど、その後の王が自分のお墓を作るためなどにどんどん剥がして使ってしまい、今の姿になっているという。


 それにしても、ピラミッドは意味なくデカい。
 クフ王のピラミッドは、元々の高さが147mあり、今では上の方が欠けて137mになってしまっている。それにしたってデカい。
 見上げてぼーっとしてしまう。
 どうして墓がこんなにデカくなくてはならないのかさっぱり判らない。
 非常識にデカい。
 そして、ピラミッドを造るのに使われている石のひとつひとつも大きい。もっと小さな石を積み上げて造られていると思っていた。


 ガイドさんが一緒に入ると説明をして渋滞が起こってしまうため、クフ王のピラミッド内部にガイドさんが入って説明することは禁止されている。内部の写真撮影も禁止で、もっと前に来たかったなという気がする。 
 クフ王のピラミッドには、盗掘した人が開けた穴から入る。その上に本物の入口があるけれど、罠が仕掛けられているので使わない。というよりも、使えない。


ピラミッド入口 入口から20mくらい下がって行くと、さらに下に行く通路がある。そちらは閉鎖されており、そこから上に伸びる低くて狭い通路を上る。
 その狭い通路を38m上ったところに王妃の部屋に続く水平の通路がある。そちらも通ることはできない。
 そこからは、高さ8mの大回廊を上って、王の部屋に到達する。
 ピラミッドの頂点と王の部屋、王妃の部屋は垂直にほぼ重なっており、王の部屋の上にある空間は重力軽減のためにあると言われているけれど、まだ確かなことは判っていない。


 ハニーさんに、「王の部屋にある石棺の方が入口よりも大きくて、未だにどうやって中に入れたのか判っていない。確かめて来てください。」と言われて出発する。
 最初のうちは、壁がでこぼこしていて、いかにも「がんばって強引に穴を開けました」という感じだった。泥棒の不屈の闘志が窺われる。
 途中で本来の通路にぶつかった。この「本来の通路」が狭くて急で大変である。
 今は、床に滑り止めつきの板が敷かれ、手すりがあり、灯りもあるけれど、当時の人はどうやってこの通路を利用していたのだろう? とてもじゃないけれど、人間の使用が予定されていたとは思えない仕様である。


 大回廊を含め、通路は人がやっとすれ違えるくらいの幅しかない。中腰で歩かなくてはならない部分も長い。
 まだ冬のためか、友人に「もの凄い匂いで先に進めなかった。」と聞いていた匂いはそれほど気にならない・それでも半袖Tシャツに長袖シャツを羽織っていたら汗だくになった。
 夏場はサウナのようになってしまって途中で引き返してくる人がほとんどだというのも納得できる。


 大回廊で見上げると、天井高8mというその上にも「ギッシリ」石が詰まって組んであった。
 この石が落ちてきたら一巻の終わりだよな、と思う。
 マチュピチュのインカの石組みももちろん凄かったけれど、ピラミッドのこの大回廊の石の組まれ方だって凄いと思う。隙間なく詰め込まれ、積み上げられている。


 確かに、王の部屋の入口よりも石棺の方が大きい。そして、石棺は一枚岩をくりぬいてできているようで、材料を運び込んで組み立てたというのもナシな感じである。
 王の部屋は花崗岩でできていて、その花崗岩はギザから南に1000kmも離れたところでしか産出されない。
 王の部屋にあると教えられていた空気穴を覗いてみると、途中で曲がっていてそれほど先の方までは見通せない。空気穴ではなく、死者の魂のための出入り口ではないかという説もあるという。
 王の部屋は懐中電灯が必須である。


 王の部屋は、何もないといえば何もない。それにも関わらず、ギッシリというかギュッというか、そういう圧迫感を感じる。
 今来た道を戻って外に出たときには、ピラミッド内部滞在時間わずか30分だというのに、思わず深呼吸をしてしまった。
 後でさらに驚いたことには、ツアーでご一緒したみなさんは本当に遺跡滞在時間が短い。王の部屋でそれほどゆっくりしていたつもりはないのに、気がついたら、遺跡に興味があるとおっしゃっていたお嬢さん以外の方は皆いなくなってしまっていた。


 ピラミッドの中には、四辺と東西南北が合っているものが全体の半数くらいある。
 ギザの三つのピラミッドは「合っている」方の三つである。この「合っている」方のピラミッドにはピラミッドパワーがあるとハニーさんは言う。
 ベッカムは一晩ピラミッドに籠もって怪我を治したし、大学の実験も行われているそうだ。
 出てきてから「若返っているかな?」と聞いてみたら、「1週間くらい籠もっていれば。」という返事だった。それは御免被りたい。


 そのまま歩いて太陽の船博物館に向かい、10時前に入館した。
 ツアーパンフレットなどで「通常のツアーでは訪れない太陽の船博物館にも入館!」という書き方をされていることの多い場所である。
 建物の外観がほとんどプレハブのようで、すぐ隣にあるクフ王のピラミッドと見た目の釣り合いが取れていない。


 太陽の船博物館では、入館時に渡された袋を靴の上から履く必要がある。この袋のサイズが微妙に小さくて、無理矢理その靴袋を履こうとして爪を割ってしまった。おかげで、今ひとつ太陽の船博物館の展示内容について記憶がなく、あまり良い印象が残っていない。
 太陽の船は、必ず2隻セットになっており、分解されて穴に埋められているという。この太陽の船の相棒は、日本の援助で建てられる博物館に納められる予定だと聞いた。


太陽の船 太陽の船は、副葬品というだけでなく、実際にその昔、ナイル川で水運に使われていたらしい。
 この船は、大きいし木製だし何となく安定が悪そうだ。本当に「船」として使われていたんだろうか。
 この辺りの気候が乾燥しているため、木製だけれど腐らずにほぼ完全な姿に組み立て直せるほどの状態で保存されてきたという。


 併設されたミュージアムショップにあった絵はがきは、この後で見かけたどの絵はがきよりもセンスがよかったと思う。
 1枚3エジプトポンドだ。政府がやっているお店なので値引きは一切なしだったけれど、お勧めである。


カフラー王のピラミッド 次に向かったのが、カフラー王のピラミッドとメンカウラー王のピラミッドの、ちょうど中間地点だった。
 カフラー王のピラミッドは、クフ王のピラミッドよりも、ピラミッド単体で比べると低いけれど、てっぺんがそれほど欠けていないことと、少し高い場所に建てられていることから、同じか、より高いくらいに見える。
 そして、てっぺん近くに化粧石が残っていることもあって、姿よく見える。
 クフ王のピラミッドがKINGだったら、カフラー王のピラミッドはQUEENという感じである。
 ただし、一番小さな(といっても高さは65.5mある)メンカウラー王のピラミッドは、JACKという感じはしない。他二つに比べて小さすぎると思う。


POLICE 何故だかこの「カフラー王とメンカウラー王のピラミッドの間」には、POLICEの姿が多かった。
 ラクダに乗ってメンカウラー王のピラミッド前を行き来していたおじさんも、被っている帽子を正面から見ればPOLICEと書かれている。
 ここで聞いた話だったか後で聞いた話だったか忘れたけれど、こうした遺跡警備に当たっているPOLICEは、警察官ではなく軍人だそうだ。治安維持というよりも、観光客の安全が最優先課題になっていることが感じられる。


 そこからバスで、三つのピラミッドが見渡せるビューポイントに向かった。
 11時頃に行ったら、ちょうどNHKの特番で生中継をしているところだった。
 テレビに映ってやろうかというチャレンジ精神が涌いたけれど、それは余りにも恥ずかしいだろうと反省して諦める。


ギザのピラミッド そのビューポイントでツアーの全員で集合写真を撮り、国内旅行だったらこういう写真を1000円で買ったりしないよなと思いつつ、周りの方々につられて購入をお願いする。
 もちろん、自分でも何枚か写真を撮る。決して快晴ではなく、何となく霞んでいるような気もする。この前日には全くピラミッドが見えなかったというから、それに比べればラッキーだ。
 左から、クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、メンカウラー王のピラミッドだ。やっぱりクフ王のピラミッドよりもカフラー王のピラミッドの方が大きく見える。


 そのままノリで、最終的には全員がラクダに乗った。
 正味5分くらいで5ドルは高いというのは、後になって出てきた感想である。前足から立ち上がり(だったと思う)、前足から座る。その立ったり座ったりが不安定で角度もあって、振り落とされるのじゃないかと思う。
 ゆっくり歩くだけだったせいか、馬よりも乗り心地はいいような気がした。
 ガイドさんが添乗員さんと二人乗りで、引き綱なしで追ってきたときにはびっくりした。エジプト人が皆、生まれながらにしてラクダに乗れてしまうとも思えない。


 そして、ギザのピラミッド・コンプレックスの最後の観光はスフィンクスである。
 真打ち登場という感じだ。河岸神殿を通り抜けて近づく。
 スフィンクスは、石灰の一枚岩から掘り出されて作られたという。化粧板は花崗岩である。
 スフィンクスには元々ヒゲがあり、今は大英博物館にある。エジプト政府は返還を求めているけれど、なかなか返してもらえないそうだ。
 アップで見るとかすかに判るような気がしなくもないというレベルで、頭の後ろはオレンジ色、耳の後ろは紫色にその昔は彩色されていたという片鱗を見ることができる。


スフィンクスとピラミッドスフィンクス


 スフィンクスの足元には碑文がある。しかし、彼の頭は今すぐ落ちてもおかしくないくらいにもろくなっており、近寄ることはできない。
 そう聞いていたせいか、最初、スフィンクスの顔などにところどころ見える黒っぽいグレーのものは補強のための楔か何かだと思っていた。よくよく見て、実は鳩だったと気がついたときには我ながら間抜けな勘違いだと可笑しくなった。


 それにしても、スフィンクスは変な奴である。
 妙に前足が長く、長い尻尾も持っている。それなのに、顔はやたらと賢げである。
 そして、スフィンクス自身のせいでは全くないことながら、その視線の先にはケンタッキーフライドチキンがある。
 もっとも、本当に目の前にケンタッキーがある訳ではなく、両目1.0くらいはある私の視力をもってしても、スフィンクスの位置からケンタッキーの看板を確認することはできず、何だかほっとした。


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2008.06.25

箱根の宿を予約する

 何となく、今年の夏は箱根にでも行こうかと考えていた。
 年末年始のエジプト旅行でかなり散財してしまったし、夏に海外脱出をする予定もなく(今ごろになって、再び海外脱出を計ろうかと思っているのだけれど)、近場の温泉でのんびりかなと思っていたのだ。
 昨年の6月に日光に行き、古くからの観光地は絶対に楽しいと確信したためでもある。
 
 子どもの頃には何度か行っている筈だし、大涌谷の風景と黒いゆで卵は記憶にぼんやりと残っている。
 でも、母が「ロープウエイにも乗っていないのよね」「遊覧船にも乗っていないのよね」と言うので、箱根の中でも行き先は芦の湖畔に決定である。
 今日、旅行社に行ったところ、お盆も過ぎた頃の平日をリクエストしたためか、すんなりと予約も取れた。

 ついでに箱根フリーパスのちらしも貰ってきたので、旅計画を立て始めようと思う。
 とりあえず、成川美術館とロープウエイと遊覧船と箱根駅伝ゴール地点は外せない。

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2008.06.22

エジプト旅行記1日目

2007年12月31日(月曜日)


 ツアーに付いていた成田空港までのスーツケース宅配サービスを利用し、かなり身軽に10時前に家を出た。
 JR成田駅から京成成田駅までは歩行者用の通路があって、迷わずに歩くことができた。この通路は以前からあったろうか。
 お昼ごはん代わりに、京成成田駅ホームにあるパン屋さんでパンを買い込んだ。


 宅配サービスのカウンターで聞いたところ、スーツケースはツアーの集合場所である団体カウンターに予め運んでおいてくれるそうだ。慌ててカウンターを探して損してしまった。
 11時半前に集合場所に到着した。エジプトビザ代25ドルを支払う等の受付は簡単に済み、エジプト航空のチェックインが30分後に始まるのでその辺で待っていてくださいと言われる。
 タンクトップ、長袖Tシャツ、長袖シャツ、フリース、アウトドア用コートという格好では流石に暑いので、フリースを脱いでスーツケースにしまった。
 大晦日だからか、そんな作業も余裕でできるくらい、成田空港第2ターミナルビルはそれほど混雑していない。


 改めて12時前に集合する。ツアー参加者は11名だった。
 ご夫婦が4組と、母娘が1組、そして私である。正直に言うと、この構成を知ったときには「失敗した!」と思った。ツアーに一人参加したことは何回かあるものの、一人参加が自分一人というのは初めてだ。流石にそんな状態は想定していなかった。
 ツアーの最年少は母娘参加のお嬢さん、そして、添乗員さんも若い女性である。


 エジプト航空もツアーといえどもチェックインは個人単位で、カウンターに行くとかなり長い列になっていた。
 そんな中、ツアーにファーストクラスを利用されるご夫婦がいらっしゃって驚く。
 チェックインに30分近くかかったけれども、希望どおり通路側の席が確保できてほっとした。


 団体カウンター前に戻って添乗員さんに座席番号を知らせると、後は適当に飛行機に乗ってくださいと言われた。
 液体の持ち込み制限は続いているし、何しろ年末年始であることは確かなので、手荷物検査を早々に受ける。
 ツアー会社から送られてきた液体が入っているビニル袋を渡して手荷物検査を受ける。もっとも、用心して早めに行動した割に、列はできていないし、ほとんどノーチェックで、あっさり通過することができた。
 出国審査も2〜3人ずつくらいしか並んでおらず、あっという間に通過する。


 免税品店で、基礎化粧品を買い込んだ。最初から免税品店で購入してそれを旅行中に使おうと思っていたので、ここで買えないと基礎化粧品なしで旅行しなくてはいけなくなる。
 また、機内持ち込みのためのペットボトルのお茶を探す。これが意外と売っているところを探すのに手間取る。
 缶コーヒーも買い、空いているゲートを探して、成田駅で買い込んだパンとともにお昼ごはんにした。もう13時20分だ。


 13時40分に搭乗開始である。離陸までの間に、添乗員さんがパスポートと航空券を回収に来た。
 搭乗もスムーズだったのに、何故かMS965便は25分遅れの14時50分に離陸した。
 大晦日出発だからか、私が座っていた後部座席の辺りはガラガラである。


 15時50分ころに最初の機内食が出された。これは何ごはんだろう。
 ビーフシチューかシーフードカレーか、チキンのグリルを選べた。担当のキャビンアテンダントさんが日本人だとここまで詳しく説明して貰えて有り難い。
 シーフードカレーを選んだ。その他、グリーンサラダ、パン、デザート(ムース)、チーズ、飲み物といった定番のメニューだ。ポークが選択肢に入らないところは、流石イスラム教の国だと思う。


 (ここからエジプト時間で表記。日本時間からマイナス7時間。)


 今回の旅行では、エジプトから年賀状を出そうと思っていた。
 私は機内で眠れないので時間を持てあますだろうし、現地で年賀状をゆっくり書いている時間はないだろうと踏んで、宛名書きセットを持って来ている。
 ラベルシールに住所を書き、「JAPAN」「AIR MAIL」と赤字で書き込んで、30通の絵はがきを送る準備をする。


 それにしても、エジプト航空の機材はお世辞にもよく整備されているとはいえない。
 フットレストは降りないし、ヘッドレストは何故だか自然に落ちてくる。機内にあった五つのトイレのうち、一つは離陸前から使用不可の貼り紙が貼ってあったし、二つは飛んでいる間にどんどんドアの立て付けが悪くなった。


 13時くらいに、ピーナツと飲み物のサービスがあった。
 イスラム教の国らしく、「飲み物」はあくまでもソフトドリンクである。その代わり種類が豊富で、マンゴジュースやグアバジュース、7UPなどという懐かしいものも用意されていた。


 そして、17時、映画を見ていたら突然、「日本では新年を迎えました。」と日本語でアナウンスが入った。
 機内からまばらな拍手が起きる。このまばらさは、なかなか貴重である。
 そして、お茶とおにぎりともみじまんじゅうも配られた。お年賀ということだろうか。


 19時30分に夕食が始まった。
 今度はエジプト人のキャビンアテンダントさんだったので、ビーフかシーフードかフィッシュかという選択肢しか判らない。シーフードとフィッシュの違いが非常に気になったけれど、それを質問する語学力も答えを聞き取るヒアリング力もない。
 大人しくシーフードを選んだら、それは中華風海鮮粥だった。
 周りの方のトレイを観察したところ、ビーフは焼肉丼で、フィッシュは鰻だった。意表を突きすぎである。


 20時頃に添乗員さんが回ってきた。
 この飛行機は推定で90%以上が日本からのツアー客が占めており、各社の添乗員さんが一斉に機内を回り始めて驚いた。
 空港での集合場所を確認し、アメニティの靴下はモハメドアリモスクに入るときに使うので持ち帰ってくださいと指示がある。
 他社の添乗員さんが、空港では2000円くらいを両替してください、それ以上の金額を両替すると小額紙幣がもらえない可能性が高いですと注意しているのが聞こえる。


 お隣に座っていた日本人の男性は、ツアーではなく個人旅行だったらしい。
 到着したその日の宿も決めていなかったようで、キャビンアテンダントさんに「**へ連れて行ってください」という言葉をアラビア語で書いてもらうよう頼んだらしい。
 そこへ、エジプト人男性のキャビンアテンダントさんがやってきて、彼に英語で話しかけた。すると「判らないよ。」と言ってこちらを見る。通訳しろということらしい。私にやらせるなんて無謀である。


 私の超いい加減なヒアリングによると、この日本人男性が行こうとしている**広場は、非常に治安の悪い地域にあるらしい。キャビンアテンダントさんは「どうしてここに行こうとしているのか。」としきりに聞いて来る。お隣の方に確認して「安宿が集まっている地域でもあり、観光に便利な立地だとガイドブックに書いてあったから。」と答える。
 キャビンアテンダントさんは、できればその広場周辺に行って欲しくないようだ。


 夜中に到着して歩いて宿を探すのは無謀すぎる、自分はこの広場周辺にあるホテルはここしか知らない、決してこのホテルを勧めるわけではないが宿を探して歩き回るよりはマシである、とりあえずこのホテルにタクシーで行って部屋があるかどうか聞いてみて、部屋がなければ他のホテルを紹介してもらえるよう頼んだらどうか、と言う。
 持ってきてくれたメモのアラビア語の文字は、どうもそのホテルの名前のようだ。


 通訳をしていると、キャビンアテンダントさんは、真顔でエジプトでは日本語は通じないんだと言って来た。
 英語かアラビア語かと尋ねたら、アラビア語はもちろんだが、フランス語も通じると返される。そして、本当にコイツは大丈夫なのかという表情で私の顔を見る。
 いや、私に言われても・・・。
 キャビンアテンダントさんの言葉をそのまま隣席の日本人男性に伝えたところ、彼は全く堪えている様子はない。他人事ながら心配になってくる。


 そうこうしているうちに、22時10分、定刻通りにカイロに到着した。
 気温は15度だ。タラップを降りてバスに乗り、ターミナルビルに到着するまでくらいしか外気には触れていないけれど、思ったよりも寒くない。イメージよりもエジプトの冬は寒いだろうと思って用意した服装では暖かすぎるくらいの涼しさだ。


 全員分のビザを旅行会社の現地係員の方がまとめて取得してくれる間、皆して動きそうにないターンテーブルに座り込む。
 両替をどうしようかと思っていたら、現地係員の方が、両替用に5000円分・10000円分のエジプトポンドを封筒に入れて用意してくれていた。至れり尽くせりである。機内で両替について案内がなかったのも納得だ。
 5000円を替えてもらったら、240エジプトポンドになった。


 この後ずっと悩ましい問題となる、お手洗いのチップについて空港のトイレで洗礼を受けた。
 このときは添乗員さんが付いてきてくれて、全員分をまとめて払うと言って交渉してくれた。いくらになったのかは不明である。
 空港のトイレは、水も流れるしきれいだった。


 23時も過ぎるころにビザ取得の手続きも終了し、バスに乗り込んだ。11人で通常の観光バスサイズのバスを使えて贅沢の限りである。
 新年を迎えるからか、いつものことなのか、バスに乗り込むときに薔薇の花を1本ずつ手渡してくれた。


 今夜の宿であるメリディアン・ピラミッズでは、新年を迎えるガラ・パーティが開催されているという。ホテルの玄関前に到着したのが24時少し前だった。
 しかし、ホテルの入口は大混雑で人だかりができている。
 入口にセキュリティチェックのゲートが設置されていて、空港並みのセキュリティチェックを受けなければ中に入れてもらえない。こんな出入りが厳重なホテルは初めてだ。
 そこまでしているのだから安全だと安心すればいいのか、そこまでしなければならないほど治安が悪いのかと不安にならなければならないのか、微妙なところである。


 そうして、このホテルに入る順番待ちをしている間に、カウントダウンの声が聞こえ、機内で迎えた「日本の新年」に続き、「エジプトの2008年」を迎えた。


 ->エジプト旅行記2日目その1

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2008.06.16

「メガロマニア 第12回」を読む

 NHKスペシャル「失われた文明」に関連して、作家の恩田陸がNHK出版のサイトで「メガロマニア あるいは「覆わされた宝石」への旅」というタイトルの紀行エッセイを毎月連載している。
 その第12回が掲載された。

 リマからクスコへは飛行機で移動する。
 「飛行機嫌い」の恩田陸が、「決死の覚悟で」と言いつつ窓際の席に座り、眼下に広がるクスコの街の写真を撮る。隔世の感がある。

 クスコに到着後、すぐにモライの塩田と遺跡に行くところがハードである。
 その日の夜はクスコに泊まっているから、高知順応のためにいったん低いところに行ったというわけではないらしい。
 そして、「映像の人の写真の撮り方は徹底している」というところと、「常に「二度と撮れないかもしれない」というのが念頭にあるらし」いというところと、「極端な話、荷物すべてを失くしても撮影した映像だけは持って帰るのが使命だそうな。」というところに、激しく共感し、モライ辺りの写真を収めたxdピクチャーカードを現地で失くしてきたことの(自分にとってはということだけれど)巨大な損失を思ってしまう。

 翌日は、マチュピチュに向かうそうだ。
 「恐怖の報酬」日記に書かれている、アイルランドのムーアで掴んだようなイメージがマチュピチュ遺跡でもまた恩田陸の頭に浮かんで来たのだといいな、それを書いてくれるといいなと期待してしまう。

 マチュピチュ遺跡は何かが隠れている「気配」のある場所だったと思う。
 そのことを、思い出した。

NHK出版の公式サイト内、メガロマニア−あるいは「覆わされた宝石」への旅−のページはこちら。

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2008.06.15

100000アクセス達成!

 ついさっき(本当の数分前)、どなたかが100000アクセス目を踏んでくださった。
 今日中に届くか、遅くとも明日の早いうちには100000を突破するだろうと気になって、ずっとアクセス解析を追ってしまった。我ながら非常にヒマである。

 右サイドバーの一番下にアクセスカウンターを設置してあるのだけれど、下の方すぎて、きっと当のご本人も気がつかずにいただろう。

 ちなみに、これまでの経過は以下のとおりである。
 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 20000アクセス 2005年11月16日
 30000アクセス 2006年3月30日
 40000アクセス 2006年8月1日
 50000アクセス 2006年11月22日
 60000アクセス 2007年5月16日
 70000アクセス 2007年9月6日
 80000アクセス 2007年12月28日
 90000アクセス 2008年3月14日
100000アクセス 2008年6月15日

 遊びに来ていただいて、読んでいただいて、ありがとうございます。
 伊勢志摩旅行記と伊豆断食旅行記を先に書いてしまい、エジプト旅行記は相変わらず手もつけられていません。何とか夏の間には完成できるようぼちぼち精進しますので、今後ともよろしくお願いいたします。

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2008.06.14

伊豆断食旅行記の入口を作る

 ここは伊豆断食旅行記への入口である。
 以下の日程の日付部分をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。
 この3泊4日の伊豆断食旅行にかかった費用は、概算7万円だった。(この中には、交通費、宿泊費、食費は含まれているが、お土産代などは含まれていない。)

1日目 2008年5月16日(金曜日)

2日目その1 2008年5月17日(土曜日)

2日目その2 2008年5月17日(土曜日)

3日目 2008年5月18日(日曜日)

4日目 2008年5月19日(月曜日)

 

持ち物リスト(伊豆断食編)

 

 

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伊豆断食旅行記4日目

2008年5月19日(月曜日)


 最終日である。
 4時に1回目が覚めたもののそのままうとうとし、6時にかけた目覚ましの音で飛び起きた。
 荷造りを始めると、昨日購入した海苔の瓶詰めやジャムの瓶でずしりとした重さになっている。担いで歩かなくてはならない距離は僅かだ。送らずに持ち帰る予定である。


 体中がバリバリに張っている。ヨガで普段全く動かしていない筋肉を動かしたためだろう。
 6時45分にサイレントウォークに出発した。みんなで黙って歩くから「サイレントウォーク」だ。
 ずっと上り坂を歩くので、少なくとも私にはとてもしゃべる余裕はない。バリバリの身体を前に上に持って行くので精一杯である。
 前を歩く人からどんどん遅れ、ほとんど最後尾を歩いていた。
 カメラを持って来なくて良かったと思う。
 汗びっしょりだ。


 目的地は、高台の駐車場だった。
 そこから、伊豆の海が一望できる。今度はカメラを持ってくれば良かったと後悔する。
 風が気持ちいいし、別荘地の緑と遠くに見える海の青が清々しい。


 汗が引くくらい休憩した後、三々五々出発した。
 すねが痛い私は、下り坂で息は楽だというのにやっぱり最後尾である。割り切ってのんびり歩く。
 高原館に戻ったら7時25分だった。
 7時55分からの問診の前に、貸切風呂が空いていたので15分くらいでささっと汗を流した。
 貸切風呂を使ったのは初めてだ。こちらは温泉ではなく、少し残念である。


 退所の問診は、やすらぎの里主宰の男性の先生が担当だ。
 食生活はまあいいでしょうと合格点が出る。「70点。」と言われたので、「マイナス30点はどこですか?」と聞いたら、「たまには自分で作ろうよ。」とのお返事だった。もっともである。
 何か運動をしましょうというお話もあった。階段5階分を2回上下するのと通勤時の歩きで1日30分の運動量を確保したことになるそうだ。


 数値としては、体重は2kg減、体脂肪率は0.2%減、内臓脂肪が2から1に減っていた。
 先生が「減るんだね〜。」と意外そうにしていたから、ある程度痩せていると効果が数字で現れることは少ないのかも知れない。
 自律神経系の数値は軒並み底上げされ、ことさらに低かった膀胱・胆嚢・胃の数値も含めて40〜50の範囲に収まった。理想値が60だから、これは大きな改善である。
 「断食をして内臓を休めたことや施術を受けたことで改善されたんでしょう。」というお話だった。


 問診の部屋に入ったときの先生の第一声は「腰と肩がバリバリなんだって?」だった。
 スタッフの方の間で連携がきちんと取れていることと、あなたのことを知っているということを同時に伝える、見事な一言である。
 特に寝る前には肩を回すなどほぐす運動をしないと、ずっと固まったままになってしまい、安眠もできにくいと言われた。
 肩凝りは緊張が、腰痛は腰を支える筋肉がないことが原因で、「腿の外側がぷるぷるするような運動をして腰まわりの筋肉を鍛えましょう。」とアドバイスをいただいた。


 15分くらいで問診が終わって出てくると、広間では野菜の販売が行われていた。
 無農薬野菜でかつ今朝収穫された新鮮な野菜である。
 大根やにんじんは重いし、レタスはかさばるので、菜の花とスナックエンドウを購入した。
 菜の花はアンチョビとパスタにすると美味しいそうだ。うちではキャベツとアンチョビでペペロンチーノ風にする。キャベツを菜の花に変えたら、より個性の強いパスタになりそうである。
 その後、マッサージチェアで足腰をもみほぐし、最後の仕上げに岩盤浴に入った。


朝食 10時からの朝食のメニューは、圧力釜で炊いた玄米ごはん、キャベツと油揚げのお味噌汁、小松菜とじゃこの炒め物、すき昆布の煮物、お新香、ニューサマーオレンジのゼリーだった。
 副菜のレシピが配られ、パウンドケーキをお土産にいただく。
 みな「ビールが飲める。」「から揚げが食べたい。」「今日は止めといた方がいいのでは。」などと口々にしゃべる。


 帰宅後の注意事項のお話もあった。
 この朝食の献立がある意味「理想」の献立で、夕食にはあと1品お魚などを加えるといいそうだ。
 しばらくは身体が栄養を吸収しやすくなっているので特に揚げ物は避けた方がいいこと、1日30分は運動をしましょうということ、「断食」は生活を見直すきっかけであること、ストレスコントロールとしてすぐにできるヨガや散歩やお風呂をキープして、あと週に1回2時間くらいの運動と、月1回丸1日を自然の中で身体を動かすことに当てられると良いこと等々のお話があった。


 10時40分に伊豆高原駅行きの送りのバスが出る。
 一碧湖を散策して帰るという方や、車で来た方以外は、みなこのバスを利用したようだ。
 お土産は昨日のうちの十分に買い込んだし、11時3分発の黒船電車に高原館でご一緒したお二人と乗り合わせ、熱海で快速アクティーに乗り換えて東京駅まで帰った。どちらの電車も結構な混み具合である。
 15時くらいに自宅に到着し、断食旅行は無事に終了した。


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2008.06.12

「旅行人」158号を購入する

 ネットをうろうろしていて、2008年6月2日発売の「旅行人」158号の特集が「グアテマラ」であることを知った。
 これは買わねばなるまい。

 ところが、すでにAmazonでは在庫切れで、再入荷の見通しも立っていないと書かれている。
 一体、本当のところはいつ発売されたのだろう?

 結局、発行元である旅行人のWebサイトで購入した。
 今日届いたので、まだパラパラと捲っただけなのだけれど、この本はかなり詳しい「グアテマラ・ガイドブック」になっているようである。
 嬉しい。
 行きたい! と思ったタイミングでこういう本に巡り会えると、これはぜひにも行かなくてはという気持ちになる。
 霧に霞み沈むティカル遺跡の写真もいい感じである(しかし、自分は青空の下で見たいという風にも思う)。

 まずは、熟読しようと思う。

 なのに、ついつい思い入れのない「マレーシア、ラオスの旅」などという記事から読み始めてしまうのが、私の悪い癖である。でも、この記事も面白い。困ったものだ。

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2008.06.08

伊豆断食旅行記3日目

2008年5月18日(日曜日)


 私が泊まったお部屋は女性用浴室の隣で、6時から入浴可能だから、その時間には水音がして目が覚める。五感が敏感になっているということだろう。普段だったら全く気にせずに眠っていると思う。
 一度目を覚ましたけれどもちろん二度寝して、7時に目覚まし時計のベルで起きた。
 昨日のヨガのせいか、体中が筋肉痛である。肩に湿布を貼り、足の裏には休足時間を貼り、頭痛軽減を狙っておでこに熱冷まシートを貼って寝たのに、あまり効果はなかったようだ。
 喉が渇いているのは昨日と同じである。


 7時30分からの体操に参加した。昨日と同じ太極拳風の体操である。
 体操の終わりに「施術の人は来てください。」と言われ、指定時刻より10分早く治療室に向かった。
 しょうがの湿布とローラーベッドから始まった。
 しょうがの湿布は、すり下ろしたしょうがと水を適度に混ぜてラップに塗り、それをおへその辺りに貼る。お腹の上に湯たんぽみたいなものを乗せているお陰で、ヒリヒリするくらい温まる。


 その後は、マッサージである。
 開口一番、「ムチウチやったことがありますか?」と聞かれて、「ムチウチってどうなるんですか?」と聞き返した。言葉は知っているけれど、どういう状態になるのかはよく判らない。
 車を運転していて追突されたことはあるけれど、カーブの入り口でどちらの車もスピードを落としていたから、多分あれではなかろう。
 そう答える。


 先生から「背骨が曲がっていると言われたことがありませんか? 自分で判りませんか?」と言われて背骨を辿ってもらった。自分では判らない。これまで「背骨が曲がっている」と言われたこともないと思う。しかし、「側弯」かというくらい曲がっているらしい。
 痛みなどの自覚症状が出たら整形外科に行ってみてくださいと言われた。
 「もっと酷く曲がっていても普通に暮らしている人もいますから。」とも言ってもらったけれど、3泊4日で一番ショックだったのはこの瞬間だったと思う。


 このマッサージでは、まず、「一番気になっているところはどこですか?」と聞かれた。集中ケアをするためだ。
 「肩凝りも酷いし、腰痛もあるし、昨日は背中がバリバリだってお話しでしたよね・・・。」とぼそぼそ答え、上半身全体のマッサージをしてもらうことになった。
 首の横のツボを押さえられるととても痛い。悲鳴を上げたら、「ここの凝りが取れたら熟睡できますよ」。と言われた。
 マッサージをしてもらうと頭痛が和らぐのが不思議である。血流が良くなるためかも知れない。


 最後はカッピングか低周波治療器かを選べた。もちろん後者を選ぶ。
 始まってすぐに「もっと強くしてください。」と言ったら、「相当お疲れですね。」と返された。
 かなりビリビリと来ないとやった気にならないのは事実である。


 9時頃に施術が終った。
 最後に、先生は「色々と脅しちゃいましたが、自覚がないってことは健康ってことですから。」と言った。悩ましい一言である。
 整形外科に行っても、この手の症状は温存療法しかできないというお話もあった。
 筋肉の凝りかも知れませんとも言われたけれど、恐らくそれはあり得まい。
 痛みが出たら医者に行くということに決めて、気にしないことにした。


 朝食まで時間があったので、まだ利用していなかった岩盤浴に入った。
 部屋に作務衣が用意されている。今朝になって気がついたところ、私の部屋には作務衣が2着あって、浴衣が置かれていなかった。理由は不明だけれど有難い。
 作務衣に着替えて岩盤浴に行った。3人分のスペースがあって、入り口にはアルカリイオン水が用意されている。
 断食中でも私の代謝の良さは相変わらずで、15分足らずで汗びっしょりになった。


朝食 少し休んでいたら朝食の時間になった。10時である。
 昨日の散歩のときのカレーや油の匂いは大丈夫だったのに、ごましおの匂いに直撃された。軽く擂ってあったので余計に香りが良かったらしい。
 今朝は、三分くらいのおかゆ(重湯?)に、お豆腐のお味噌汁、梅干しというメニューである。
 お味噌汁にかすかな酸味を感じるのは、五感が敏感になっている証拠だろう。
 これだけの量なのに、胃が小さくなっているのかなかなか食べられず、また、食べていると汗が噴き出してくる。
 固形物を食べたお陰か、食後にやっと便通があった。


 11時前に高原館を出発した。
 今日は、池田20世紀美術館に行き、そこから一碧湖を目指す予定である。
 昨日に引き続いて今日も、高原館からバス停まで歩く間に何匹かのリスを見かけた。普通に道路を横切ったりしている。野生のリスは動きが素早く、写真に撮ることはできなかった。残念である。


池田20世紀美術館 11時15分のバスに乗り、15分ほどで池田20世紀美術館に到着した。
 乗ってきたバスもこの美術館もガラガラだ。おかげでガラスに入っていないピカソとシャガールを独り占めできた。
 一緒に入館したおばさんたちが常設展の終わりにあるテーブルを占拠していて、そこに置かれていた画集等々を見られなかったのが残念である。
 この美術館のミュージアムショップでお土産を探そうかと思ったけれど、あまり心惹かれるラインアップではない。
 (美術館を訪れての感想はこちらに書きました。)


 1時間くらい美術館でのんびりし、一碧湖に向けて歩き出した。
 少し歩くと、道の先に一碧湖が見え、緑も増えてきて歩きやすくなる。10分ほどで一碧湖を一周する遊歩道の入口に到着した。


一碧湖
 のんびりと、時計回りで歩き始める。
 湖岸では、雑誌か何かの撮影が行われていた。いかにも「高原の避暑」といった風情である。
 歩き始めて10分弱くらいのところに与謝野鉄幹と晶子の歌碑があった。この二人は一碧湖を何度も訪れ、この地で二人合わせて70首余りの短歌を詠んでいる。


 遊歩道から土の遊歩道は歩きやすい。緑も濃くて、森林浴気分でのんびりと歩く。
 ペースはゆっくり、写真を撮るためにしょっちゅう立ち止まるという私の歩き方でも、20分くらいでちょうど中間地点に当たる一碧湖神社に到着した。
 一碧湖神社は、遊歩道から続く広場のようなところにある。もう一つ、湖の中に赤い鳥居が見えている。そちらの神社はどういう神社なのか、説明等は見当たらない。


 この神社近くでは、数人のグループがバーベキューをやっていた。
 これがかなりいい匂いで、今朝のごま塩と同じくらいインパクトがあった。
 そして、このバーベキュー以上に堪えたのが、この後の半周は意外とアップダウンがある道だったことである。
 階段を上がったところの四阿風の場所で休み、木々に付けられている名前と解説の説明板を読み、ゆっくりゆっくり歩く。


遊歩道 心なしか、午前中よりもお天気が良くなったように思う。
 あと少しで1周という辺りのところで、同じく高原館にいらしているご夫婦とすれ違った。私もこのご夫婦の様に反時計回りで歩けば良かったと思う。そうしたら、前半にアップダウンを頑張って、後半は平らな道を歩ける。


 そんなこんなでトロトロ歩いたら、一碧湖一周と、遊歩道入口から一碧湖美術館前にあるバス停までの上り坂でちょうど1時間だった。
 バスは13時40分に来る筈で、このバスに乗れなかったら一碧湖美術館を見学して1時間後のバスに乗るか、52分に来る筈のしゃぼてん公園行きのバスに乗って大室山に上るかしようと思っていた。
 幸か不幸かバスにちょうど乗れたので、寄り道せずに帰ることにする。


 一つ前のバス停で降りて、山幸ひもの店というお店でお土産に干物を購入した。山幸ひもの店はリピータの方々ご推薦のお店である。
 色々なお魚が干物になっていて、日頃の食材の買物をしていない私にはどれを買ったものやら見当がつかない。
 「どれがお勧めですか?」と聞くと、「お好みです。」という非常に真っ当なお答えが返る。
 迷って決められず、干物の詰め合わせと、「珍しい」という太刀魚の干物を購入し、クール宅急便で送ってもらった。太刀魚はいわゆる「高級魚」なので、お刺身か焼き魚かで食べることがほとんどで、干物にすることは滅多にないという。


 14時30分に高原館に帰り着いた。
 ひもの店から大室高塚までの坂は急坂で、ゆっくり歩いたつもりでも、結構すねの辺りに負担がかかっていたらしい。
 「高原館の施設を使い倒す」が今日のテーマなので、早速足湯を利用した。足湯につかってゆっくり漫画を読み、落ち着いたところで温泉に浸かる。
 やっぱり短時間で上がらなくてはいけないのが恨めしい。
 ドライヤーがお部屋に用意されているので、テレビを見ながら髪を乾かす。


 17時からは、パワーヨガの時間である。
 今日の朝食を終えたところで2泊3日コースの方はチェックアウトしていて、昨日よりスペースに余裕がある。
 あまり覚えていないけれど、ネコのポーズ(ヨガをやったことのない私でも、これくらいは知っている)、武士のポーズ(これだけで私はフラフラする)、コブラのポーズ(もう覚えていない)などなどを教わった。
 「パワーヨガですから。」と先生が言うとおり、昨日よりも立った姿勢で行う運動が多い。
 自主的にリタイアしたり休憩したりしないと、とても付いていけない。


20080518_4 ヨガをやった大広間でそのまま夕食である。脇に寄せておいたテーブルと座布団を戻す。
 18時からの夕食のメニューは、お粥(五分がゆくらい)、ジャガイモのお味噌汁、冷や奴、梅干し、りんごとにんじんのシャーベットである。
 普段の食事からすると多いとは言えない量が、食べても食べても減らない。
 30分くらいかけて完食した。
 夕食の際、「サプライズ」として、20時からドライブ、21時頃からアップルティーをお出ししますというアナウンスがあった。


 食後は、アンケートを書いたり、用意されていた折り紙に寄せ書きのメッセージを書いたり、フロント前にあるPCを借りてメールチェックをしたりして過ごした。
 19時から楽健法の時間だ。
 二人一組でやる運動ですというアナウンスがあったからか、「踏む」というイメージ先行のせいか、パワーヨガよりも参加者が少ない。5人くらいだった。


 楽健法は、簡単に言うと、横になった人の足と腕を付け根から先の方に向かって軽く踏んで行く健康法である。
 横になる人は、最初は右を上にして(胃を上にして)横になり右足は軽く曲げる。その状態で左足の付け根から踏んで行く。
 関節は怪我をしやすいので踏まないように気をつけ、踏まれている人もできるだけ「強い」「弱い」「痛い」など伝えるようにすれば、まず事故は起きない。肘より先を踏むときなどはカカトを床に付けるよう気をつければ、全体重を乗せても大丈夫だという。これが思いの外、快適である。


 うつぶせになってもらい、足の裏を踏むと、全体重をかけても大丈夫なのが意外である。
 土踏まずで踏むようにすれば、踏んでいる方の人も気持ちいい。
 最後はうつぶせのまま、背骨を首に近い方からぎゅーっと全体重をかけて掌で押して行く。最後に尾てい骨は長め強めに押して終了である。
 なかなか楽しかった。


 20時に、女性7〜8名を乗せたバスは八幡港を目指して出発した。
 10分近く走ったところで、高原館の方が「あれがうちから一番近いコンビニです」と前方に見えたセブンイレブンを指差された。高原館周辺には自動販売機もない。間食のしにくい、よい環境である。


夜の海 夜の海は、黒く、暗く、うるさいくらいに波の音が高く、海風が気持ちいい。
 満月に近い月が正面で光っている。
 何とかその様子をカメラに収めようと、ASA値やシャッタースピードなどなどを変えて写真を撮ってみなさんをお待たせしてしまった。申し訳ない。
 その分、なかなか格好良く撮れたのではないかと思う。思ったよりもブレていなかった。


 その後、「高原の湯」に併設されたお土産物屋さんに向かった。
 「10分くらいで戻ってください。」と言われ、皆して色めき立つ。
 それほど広くはない中で、自然食品や手作りのものの多い品揃えで目移りする。
 職場のお土産にリピータの方ご推薦の桜エビせんべいを買い、自宅用にニューサマーオレンジのジャムと、わさびのりと、バスソルトを買い込んだ。


20080518_7 21時頃に高原館に戻り、そのまま広間でアップルティーをいただいた。
 カップには焼いたリンゴが入っていた。コンポートにしたのじゃないかと思うような姿と味だけれど、焼いただけだとと言う。ティーポットにもリンゴの皮や芯をオーブンで焼いたものが入れられている。
 お茶はカモミールティーだ。
 ドライブに参加しなかった方も集まり、皆して「美味しい。」「すごく甘く感じる。」などと言い合いながらいただいた。


 「お風呂はいつもは22時までですが、今日はもう少し遅くまで大丈夫ですから。」と言っていただいた。
 海風でちょっとベトついたような気がするのでささっと温泉に入り、22時くらいに就寝した。


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2008.06.04

「『恐怖の報酬』日記」(文庫版)を読む

 以前にソフトカバーの「『恐怖の報酬』日記」も買って読んでいるのだけれど、その文庫版が書店に並んでいるのを発見し、先日、ついフラフラと購入してしまった。

 装丁が「地球の歩き方」風ではなくなってしまったのがちょっと寂しいけれど、文庫版の装丁はこの本の雰囲気とは合っているようにも思う。

 注釈が増えたけれど、イギリス・アイルランド紀行については、基本的にソフトカバー版と内容は同一である。
 だから、文庫版に新たに収録された、横浜と札幌と沖縄のビール工場探訪記が楽しい。
 札幌の往復は頑固に鉄道を利用した著者の恩田陸も、沖縄には飛行機で行くしかないというところも、「恐怖の報酬」らしくてよい。

 非常に個人的な旅行記である(ように感じられる)ので、この紀行本を読んで「イギリスに行きたい」とか「アイルランドに行ってみたい」とかは思わなかったのだけれど、ビール工場見学に行って試飲して併設のレストランで色々なビールを飲んでみたいと思った。

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2008.06.01

伊豆断食旅行記2日目その2

2008年5月17日(土曜日)


 大室高塚のバス停から伊豆高原駅までは下り坂の一本道である。
 道に迷う心配はないし、桜並木の木陰を歩けるのでそんなに暑くないし、下り坂なので息も上がらない。ただ割と急な下り坂なので、膝への負担はかなりある。
 体験談などで「食べ物の匂いがきつい」という話を読んで心配したものの、道沿いのお店からカレーなどなどのいい匂いがしても空腹感を感じなかった。


 ゆっくりゆっくり歩いて伊豆高原駅まで40分くらいで到着した。
 駅を超えて吊り橋を目指していると、高原館に泊まっている方とすれ違った。これから急いで帰ってオプションの鍼治療を受けるとおっしゃっていた。「もう少しだよ。」という言葉に力を得て歩き始める。
 しばらく住宅街の日陰もない道でくらくらする。川沿いの涼しげな道にぶつかってほっとした。ここから600mで吊り橋と標識が出ている。


海に落ちる川沿いの道 川沿いの道は緑濃く、まさに「緑陰の道」を歩いている風情である。
 川の水はあくまでも澄んでいて、水音まで澄んでいるように聞こえてくる。
 のんびりのんびり歩いていたら、高原館に泊まっている男性にあっという間に追い抜かれた。後でお聞きしたら、私は吊り橋まで往復しただけだけれど、その方は自然研究路をずっと歩かれたそうだ。
 川の終わりは唐突で、いきなり崖っぷちからすとんと水が海に落ちているようだった。「河口」というよりは「海に落ちる滝」である。


吊り橋吊り橋の下 そこから少しだけ土の道を歩き、14時頃に橋立吊橋に到着した。
 吊り橋は、一見しっかりしていそうに見えて、実はこれが上を歩くと結構な揺れである。
 吊り橋から下を覗くと波打ち際が見える。海に注ぎ込む川の水が澄んでいるのだから、当然のことながら海ももの凄い透明度である。吊り橋の高さから下を覗いても、水底の石が見える。
 岩場で釣りをしている人の姿も見える。
 海が綺麗だと無条件で嬉しい。


岩場 その嬉しさの余り、つい釣りをしている人が見えた岩場まで降りて行った。
 これは上がるのはかなりキツそうだな、ここで上り下りしたら帰り道は相当に辛くなるだろうなと思いつつ、この手の誘惑に私は弱い。
 海際の岩場まで降りたのは、岩場の先に行けばさっきの「海に落ちる滝」が見えるのではないかと思ったからだ。
 しかし、この写真の奥に写っているように、海に落ちるほんの1mほどの高さが白く見えるだけで、全体を眺めることは叶わなかった。


 14時30分くらいまで岩場のあちこちを歩いて遊び、やっぱり重くなった身体を何とか運んで15時過ぎに駅まで戻った。
 流石にここから桜並木を歩いて上る気力も体力も残っていない。バスで戻る。


 だいぶ汗をかいてしまったので、温泉に入った。
 今回も貸切状態だ。「長湯をしないように」という注意の張り紙が恨めしい。
 ゆっくりと露天のお風呂に浸かり、特に足を重点的にマッサージする。
 汗びっしょりの服を持って帰るのは気が進まないし、そもそも洗濯ができるというので日数分の着替えに足りる分は持って来ていない。ちょうど空いていたので、お風呂上がりに洗濯機を回した。


 17時から、リラックスヨガのプログラムがあった。
 問診の先生がヨガの先生でもあって、「5分でできるヨガをお教えしますので家でもやってみましょう。」とおっしゃる。
 終了後速攻でメモしたところでは、メニューは以下のとおりである。


1 足を伸ばして座って前屈する。
  (座ったときにお尻で後ろに下がるといい姿勢で座ることができる。)
2 首を左右前後に倒す。首を回す。
3 肘を曲げてその肘を後ろに引いて、胸を開く。
4 肩の痛いところに手を当てて、腕を前後に回す。
5 猫のポーズ
  四つんばいになって自分のおへそを見て背中を丸める。
  首をそらして上を見て背筋を伸ばす
6 正座した状態から、(できれば膝は床につけたままで)身体を後ろに倒す。


 もっと激しいヨガの場合はお風呂上がりは避けた方がいい。
 逆にこれくらいのメニューなら、柔軟がメインだし、体が温まっているお風呂上がりにやるのが効果的だ。


 その他にも色々と教えてもらったものの、如何せん、私の身体はカタい。特に、股関節の柔らかさが必要とされる運動は全滅だ。
 「寝転がった状態で手足を上に真っ直ぐ上げ、膝と肘を曲げないようにしてぶらぶらさせましょう。」などと言われてしまうと、とてもじゃないけれど保持できず、あっという間に自主的にリタイアした。
 開始5分くらいで大汗をかき、運動不足と自分の身体の使っていなさをしみじみと思い知った。


野菜スープ 1時間弱のリラックスヨガのプログラムの後、18時から夕食である。
 この日のメニューは野菜スープで、飲んでいるときはタマネギの味しか判らなかった。
 後でシェフの方から「暑くなって来ましたので、先週よりも塩分を増やしています。」と説明があった。塩分など全く感じず、ひたすらタマネギの甘さを感じたのは何故だろう。


 近くのテーブルになった方と他にカボチャも入っているんじゃないかと予想したところ、本日のスープの材料は、昆布だし、しいたけの戻し汁、タマネギ、にんじん、ジャガイモ、キャベツだった。
 みなさんのお話を聞いていると本当にアクティブで、大室山まで歩いて行って、帰りに陶芸体験をしてきたという方もいて驚いた。


 食後、フロント前に置いてあるPCをお借りしてメールチェックをしているうちに19時になった。
 「やすらぎの里」と「高原館」を主宰している先生による「食生活改善講座」が、1時間弱ある。
 意外と頭がからっぽになった気にはなれないなと思いつつ、それでも恐らくはあまり働いていないだろう頭で取ったメモはこんな感じである。


・頭痛がしたりするのは、血糖値が下がっているからである。
 通常は70くらいまで下がると脂肪が燃え始める。この切り替えが上手く行かなかったり代謝が悪かったりするとなかなか脂肪が燃えない。
 対策としては、ショウガ湯を飲んで一時的に血糖値を上げるか、運動して脂肪を燃えやすくするとよい。


・人間は、30歳くらいから基礎代謝が下がり始める。
 女性は女性ホルモンの関係で内臓脂肪が付きにくいが、この効果も更年期を過ぎるとなくなる。
 どちらにせよ、食べ過ぎはよくない。
 しかし、決まりごとをたくさん作っても守れなかったら意味がない。優先順位を知ることが必要である。


・今は味覚もリセットされた状態なので、食生活を見直すよい機会である。
1 普段の食事は和食にする
 ごはん、お味噌汁、お浸し、鮭の塩焼き、といった献立がよい。
 朝食をしっかり食べたら、昼食はお蕎麦でも大丈夫。
 夕食は、ごはん、具だくさんのお味噌汁、焼き魚、煮物、青菜のお浸し・・・という献立が理想的。


2 ごはんをしっかり食べる
 コンビニで昼食を買うなら、菓子パンではなくおにぎりがよい。
 菓子パン1個でおにぎり2〜3個分のカロリーがある。
 今どき、ごはんの食べ過ぎで太っている人などまずいない。特に間食を止められない人はご飯をしっかり食べること。
 21時以降に夕食を食べる場合は、おじやなどの消化の良いものがよい。
 あるいは、18時くらいにおにぎりを食べておいて、21時以降にはごはん以外のものを食べるなど、夕食を2回に分けて食べることも考えられる。


3 おかずの動物性タンパク質は少なく
 例えば育ち盛りの子どもがいるお母さんが、子どもと同じ内容・同じ量の食事をしていたら明らかに食べ過ぎになる。
 先生の家では、中学生のお子さんが食べるお肉の量を1とすると、施術等で身体を使っている先生でも0.5、奥様は0.3くらいしか食べないそうだ。


4 できるだけ無駄なく丸ごと食べる
 玄米を食べれば、白米の3割減の量で満腹感を味わえるし、ビタミンなどの栄養素も摂取できる。
 ごはんは毎食食べるものなので、ここを変えるだけでかなりの効果が期待できる。
 玄米が難しければ、例えば五分づき米や胚芽玄米なら、普通の炊飯器で炊くことができる。


5 旬のもの・土地のものを食べる


6 砂糖と油を減らす
 煮物を作るときに砂糖を入れなければ、結果としてしょうゆも減らすことができる。その代わり、しっかり取った出汁を使わないと味がぼけてしまうので、お出汁がポイントとなる。
 ストレスがたまっている人は頭を使っているので、甘い物が欲しくなる。そこでチョコレート一かけでストップできれば問題ない(けどね・・・、ということである)。
 揚げ物やカレー、とんこつラーメンなどは油のかたまり。
 油は、「脂ののった魚」や「ごま」など、なるべく食品から摂取する。


7 基礎調味料はいいものを使う
 砂糖にしろ塩にしろしょうゆにしろ、多量に使うものではないので、「値段が高い」といってもたかが知れている。
 「さしすせそ」の中でまずひとついい物を使うとするならしょうゆ。


8 食事はゆっくりよく噛んで食べる


 今日はだいぶ歩いたし、やっぱり眠い。
 講座の後、しばらくマッサージチェアを堪能する。頭痛がぶり返してきたのでショウガ湯を飲む。今日の昼間に頭痛薬を飲んだけれど効かなかったので、その後は薬は飲まないことに決めた。
 部屋に戻って天気予報を見ようとテレビをつけたら、女子バレーの北京オリンピック最終予選の試合が放送されていた。つい見入る。
 それでも、やっぱり眠気は去らず、21時30分に就寝した。


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伊豆断食旅行記2日目その1

2008年5月17日(土曜日)


 7時に「まだ眠れるぞー」と思いながら起き出した。
 昨日よりは楽だけれど、まだ頭痛がしている。喉が渇いているのは、タイマーを2時間にセットしてあったとはいえ寝るときにエアコンで暖房を入れたせいだと思う。
 念のためショウガ湯を飲み、7時30分からの体操のメニューに参加した。


 体操の指導をしてくれるのは昨日の問診の先生である。
 20人くらいが外へ出て体操をする。音楽も動きも太極拳風である。涼しい風が吹く中ゆっくりした動きの15分くらいの体操ですっかり汗をかいた。


大室山 少し休憩し、ポットのハブ茶をペットボトルに半分くらい入れ、10時の朝食まで散歩に出た。
 昨日の入所説明会で散歩コースの紹介があり、「池の水田」コースは往復約2時間と説明されていた。多分、行って帰って来られるだろう。
 高原館から歩き始めるとすぐ、大室山が見える。こんなに近いところにある見えるのが、何だか変な感じである。大室山は10年くらい前に高校の同級生数人で行ったなぁと思い出した。


 地図は持っていものの、「方向音痴」「地図が読めない女」を自認する私は不安で仕方がない。
 恐る恐る歩いて、目印である「青い家」が出てくるとほっとし、道祖神を見ると嬉しくなり、「池小学校」という看板を見て方向は合っていたということが判り、野菜の無人販売所で売っていた夏みかんを見ないように通り過ぎ、目印の生涯学習センターを発見してほっとしつつも「この地図はおかしい」と憤り、車道の左側に水田が広がって地図に書かれた「山神社」が見えたときには安堵した。
 断食中なのでパワーはないし、道を間違えたんじゃないか、引き返すときに道に迷わないように目印を覚えるようにしようとキョロキョロしながら歩いたこともあり、高原館から山神社まで40分かかった。


狛犬山神社 かなり寂れたぼろぼろの神社さんを想像していたら、第一印象が「かなりちゃんとした神社さんだわ」という感じのお社だった。
 鳥居をくぐり、手と口を浄め、階段を上って狛犬にご挨拶し、お賽銭箱がないから省略と都合のいいことを呟きながらお参りする。
 断食の成功と、道に迷わずに無事に高原館に帰れることをお願いした。


池の水田 山神社の辺りから水田が広がっている。
 立ち止まってはパシャパシャと写真を撮りつつ歩く。
 車を駐めて池の水田を眺めているおじさんがいて、「ここの景色いいでしょう。僕も好きでよく眺めに来るんですよ。」と話しかけてくださった。
 割とご近所の方だったのかも知れない。


田植え うろ覚えの記憶によると、この辺りに看板が立っていて、そこには「伊豆に残る唯一の風景」という趣旨のことが書いてあった。この「水田」は意識的に残された水田であり、景色のようである。
 農作業をされている方も、耕耘機を使っている方もいたけれど、手作業で田植えをする方がいたた。姐さんかぶりをした40代くらいの女性が3人で作業をしている姿も見えた。
 いわゆる景色だけでなく、そこで働く人の姿も含めて「農村風景」を守ろう残そうとしている場所だと感じた。


 高原館でもらった地図によると、この水田を囲むように遊歩道があるらし。しかし、どうもそれらしい道に出会わない。
 9時を過ぎて朝食の時間までに戻れるかどうか不安になり、途中で農作業をしていたおじさんに道を尋ね、車道をこのまま歩いくと川にぶつかる、その川に沿って遊歩道があり、生涯学習センターの横に出ると教えていただいた。
 川にぶつかるまで車道を歩くとかなり大回りになりそうだったので、途中で車も通れるあぜ道を折れてショートカットした。


 流れに沿ってあじさいが植えられ、遊歩道も整備されているその川は、川というよりも「清水の流れ」という感じだ。水音も涼しげで、何より透明度の高いきれいな水である。
 もう少しすると蛍が飛ぶというのも納得できる。
 あと半月くらい来るのを遅らせて、紫陽花と蛍を見るのも良かったなぁと思う。


湧き水 遊歩道がアスファルトでなくなり、また少し不安を感じ始めた頃、川に注ぎ込むパイプの水をタンクに汲んでいるおじさんがいた。
 「飲めるんですか?」と聞くと、「湧き水だから美味しいよ。」とおっしゃる。
 お言葉に甘えて、ペットボトルのお茶を飲み干し、そこに湧き水を詰めていただいた。
 冷たくて美味しい。


 馬頭観音を通り過ぎ、「平安都城碑」を通り過ぎ、9時30分くらいに生涯学習センターに戻って来た。ほっとする。
 このほっとしたのがいけなかったらしい。
 そこから緩い上り坂になっていたこともあり、いきなりガス欠状態で、足が進まなくなって焦った。


 何とか9時50分に高原感に帰り着き、10時の朝食に間に合った。
 高原館では、どのコースに参加していても食事は1日2回である。
 「半減食コース」や「自然食コース」の方々は昨日の夜ももちろんお食事が出ている。
 そして、今朝からは「断食コース」の2泊3日の方々も回復食が始まる。お食事ありの方々と野菜ジュースのみの我々のテーブルの間に衝立が立てられる。
 リピーターの方によると、3泊4日断食コースの人が10人弱という今回のような少数派になることは珍しいらしい。


野菜ジュース この野菜ジュースの中味は、りんごだけは判った。その他は「小松菜かなぁ」というあまり自信のない予想が当たっただけだ。
 それも、緑色とほうれんそうだったらもっとえぐみのようなものがあるだろうと思ったというだけの話で、実際のところ、この緑色と青臭さはケールによるものらしい。
 他には、にんじんとレモン汁とパセリが入っていたそうだ。ジュースの材料をホワイトボードで掲示してもらえるのが嬉しい。
 すりおろしりんごが入っているから甘いし、繊維質もあり、意外とお腹に溜まる感じがした。


 朝食の前後に施術の予定が組まれており、私は今日は10時30分からである。
 引き続き問診のときの先生が担当で、マッサージから始まった。
 肩凝りが酷くて腰が痛いと訴えたら、「背中もがちがちですよ。肩凝りと腰痛だけで背中は全く問題ないということはないですから。」と非常に納得のゆく答えが返ってきた。
 腰というか脇腹の辺りの一点を押さえて身体全体を揺らされるとかなり痛い。「そこは何ですか?」と尋ねたら「腎盂です。」という回答だ。


 朝から2時間歩いても頭痛が治らなかったので、恐る恐る「頭痛薬、飲んじゃだめですよね?」と尋ねたら、飲んでも問題ありませんというお返事だった。
 こんなことならもっと早く聞いてみれば良かったと思う。でも、勘としてこの頭痛は頭痛薬が効かない種類の頭痛だろうなという気もする。この施術の後に頭痛薬を飲んだけれど、やっぱり効かなかった。


 マッサージの後は、20分間の低周波治療器である。整形外科に通っていた頃のお馴染みなので「もっと強くしてください。」と頼んだら、「お疲れですね。」と言われてしまった。
 最後のメニューは、20分間のひまし油湿布だ。お腹にひまし油を塗ったラップをぺたっと貼り付け、そこを温めて、かつローラーベッドで寝る。お腹は温かいし、アイピローを乗せてもらえるし、もうこれは「寝てください」と言われたようなものである。


 気持ちよく寝て、約1時間の施術が終了した。
 ひまし油は昔から下剤として飲まれていたというお話も聞いたし、断食を始めてからお通じもなかったので、W効果を狙って便秘茶を飲む。
 出かけてからお腹が痛くなっても困るので、足湯を使いつつお腹の調子を見る。ついでに漫画を読む。
 足湯の底には突起があって足つぼマッサージも同時にできる。ゆったりした椅子に座って足湯というのはなかなか気持ちがよい。


 施術を終えて1時間くらい安静にしたところ、どうも特別の変化はなさそうである。安心してお散歩に出た。
 バスに乗って大室山に行こうと歩き出したものの、バス停までは意外と近く、ゆっくり歩いて20分弱で到着してしまった。そうするとバスの待ち時間が長くなるし、リピータの方お勧めの干物屋さんに行くために坂を上る元気はない。
 下り坂を歩いて海岸の吊り橋に行ってみることにした。


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