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2008.07.12

エジプト旅行記3日目その2

2008年1月2日(水曜日)


葬祭殿の柱 王家の墓を後にし、12時前にちょうど裏側に当たるハトシェプスト女王葬祭殿に到着した。
 ここでも、入口でセキュリティチェックを受けた後、電気自動車で移動する。
 この葬祭殿(入場料25エジプトポンド)は、エジプトの遺跡としてはとても珍しい形をしており、かつ、非常に保存状態が良い。
 40年かけてフランス人が修復をしており、白っぽいのは新しい石が使われている箇所だ。


 ハトシェプスト女王は、戦争を行わなかった王として知られている。これは、エジプト初の女王としてのイメージ戦略でもあったらしい。
 「プント貿易」と呼ばれるソマリアとの交易を盛んに行ったことで知られていて、例えば、ミイラを造るときに内臓に詰めたナントカという薬草をそこで得たりしていたらしい。
 このプント貿易を描いたレリーフでは、川を遡ってソマリアに行き、この薬草を得てエジプトに戻って来るまでが描かれている。


削られたハトシェプスト女王 ハトシェプスト女王は、当初は息子の摂政という形で権力を握り、そのうち本当に女王になってしまい、かつ権力を握り続けていたために、相当息子に恨まれていたらしい。
 壁画にレリーフとして描いてもらえるのは原則として王と神官だけで、このハトシェプスト女王葬祭殿に描かれたものも含め、彼女の肖像はことごとく削られてしまっているのは、息子からの意趣返しだ。
 その中で、珍しく残っているのが、このハトシェプスト女王の肖像のレリーフである。


鉄格子の奥 30分くらいハニーさんの説明つきで主に壁画を見た後、20分のフリータイムになった。
 ハトシェプスト女王葬祭は、珍しく内部も写真撮影OKだったので、夢中になって、あっちにフラフラこっちにフラフラ歩き回る。
 この写真は、何故かここだけ鉄格子がはまって中に入れなかった場所が気になって、鉄格子にレンズを突っ込んで撮った写真である。念のため、壁画を傷めないようにフラッシュを使わなかったので、かなりブレている。
 この壁画も特にブルーが色鮮やかである。
 天井に黄色で描かれたアスタリスクに似ている図形は、星を表している。


 集合場所は、ハトシェプスト女王葬祭殿から少し離れた四阿風の休憩所だ。
 向かいつつ、実はずっと気になっていた、中央のスロープの始まりで睥睨している鷹もカメラに納める。やっぱり写真を撮れる場所は楽しい。
 集合場所に到着すると、ほとんどの方はすでに集まっていて、それぞれ飲み物など頼んで優雅に休憩されていた。


ネフェルタリの墓の説明板 次はいよいよ「ネフェルタリの墓」である。王妃の谷に向かう。
 この特別入場があったからこのツアーを選んだといっても過言ではない。
 まずはお墓の入口隣にある四阿のようなところでハニーさんの説明を受ける。ベンチも用意されていて、いかにも「特別なお墓」という感じだ。


 ネフェルタリは、ラムセス2世の王妃で、ヌビア人である。
 ヌビア語は世界で一番難しいと言われているらしい。
 ネフェルタリのお墓は、その構造がエジプトの神殿と同じようになっている。
 そして、壁画は「死者の書」にちなんで、ネフェルタリがあちこちの神様を訪問する姿が描かれている。


チケット 1986年から92年にかけて修復が行われている。現在は、原則として閉鎖され、通常の入場観光は許されていない。
 それなのにどうしてチケット(100エジプトポンド)が用意されているのか、謎といえば謎である。
 ツタンカーメンのお墓と同様に、ここでも入場前にカメラを預けた。


 13時20分、いよいよ、ネフェルタリのお墓に入る。
 ガチャンと錠前が外される。
 入口からすぐ階段を下ってゆく。
 控えの間に着いたときには「おぉ」とため息ともつかない息が漏れてしまった。


 とにかく鮮やかで綺麗で優美である。
 王家の谷のお墓とは異なり、石を彫ってそこに色を乗せているのではなく、白い漆喰を塗った上に壁画が描かれている。
 細かいし、何よりも色鮮やかである。
 そして、ここではガラスが嵌められておらず、全て直接に見ることができる。嬉しい。


 お墓全体は左右対称にレリーフが描かれていたように思う。
 白い衣装を着ているのはネフェルタリだけのようだ。そして目元くっきりの美人である。
 天井は濃い青に塗られ、やはりステラが描かれている。


 ネフェルタリが拝んでいる聖牛は7頭という説明だったけど8頭いるじゃないかとか、つまらないツッコミを心の中で入れつつ、様々な姿のネフェルタリを追う。
 やはり、有名な、チェスのようなゲームをしているネフェルタリの姿が目に残っている。
 それは、私の視線よりも高いところにあった。他の絵は等身大かそれ以上の大きさだった一方で、その絵は1m四方もないくらいの大きさに描かれている。
 色々な意味で特別感が漂う。


ワインを捧げるネフェルタリ また、控えの間から玄室に向かう階段の途中に描かれていた、後にアブシンベル神殿の音と光のショーで見ることになるワインを捧げるネフェルタリも、丸いボトルを捧げ持つ手の優雅さが印象的だった。
 玄室の柱に描かれていた女神イシスとネフェルタリが二人で連れ立ってどこかに行こうかという風情の絵も印象に残っているから、私はどうも、ネフェルタリが女性(女神)と一緒にいる絵に惹かれていたようだ。


 そうやって、ネフェルタリの優美&優雅な姿に呑まれていたせいか、ふと気がつくと、周りに誰もいなくなっていた。
 驚く。
 せっかく「今は空いているから10分とかカタイことは言わないよ。」って言ってくれたのに、どうして皆、あっさり出て行ってしまうのだろう。何て勿体ない! と半ば憤りすら感じる。


 でも、考えてみれば、係のおじさんが一人残っているとはいえ、今の私はネフェルタリの墓を独占しているということだ。
 これ以上贅沢な時間などない。
 係のおじさんに「もう1回見てきていい?」と聞くと、「行ってこい、行ってこい。」と手を振ってくれ、階段の上に向かって「あと一人いるぞ。」と声をかけてくれた。
 おじさんの好意に甘え、最後に控えの間と控えの間の横に造られたお部屋で、「ネフェルタリの墓」の壁画と空気と「時」を満喫した。


ネフェルタリの墓入口 私が階段を上がって外に出ると、すぐに「がちゃん」とドアと鍵が閉められ、「時」は封印された。
 名残惜しくて振り返ると、ネフェルタリのお墓は、地味に(入口はどのお墓も地味である)、ひっそりと(王妃の谷自体に人が極端に少なかった)、そこにあった。


 「昼食前にあと1ヶ所だけ」と、ルクソール西岸観光の最後にメムノンの巨像に立ち寄った。
 アメンホテプ3世が建造した像である。
 大きな葬祭殿が広がっていたところに、今はこの2体の像だけが残されている。そのせいでさほど大きく見えないけれど、実際は18mの高さがあって、奈良の大仏よりも大きい。
 自分の中のスケールが滅茶苦茶狂っている気がする。


 ルクソール西岸観光は14時に一段落した。
 お腹も空いたことだし、これからお昼ご飯である。


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