« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »

2010.01.31

河口湖旅行記の入口を作る

富士山 2010年1月16日(土曜日)から1泊2日で、母と2人で河口湖に行って来た。


 母のリクエストは「真っ白な富士山が見たい」「大きな富士山が見たい」だった。
 とにかく「富士山を眺める」ことが唯一のテーマだったので、河口湖と富士山を眺められるホテルに宿泊し、富士山を堪能して帰って来た。


 今回の旅行でかかった費用は、1人分で約30000円強(宿泊費と食費と交通費とロープウエイ代を含み、お土産代は含まれていない)である。


 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。


2010年1月16日(土曜日) 河口湖旅行記1日目


2010年1月17日(日曜日) 河口湖旅行記2日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

河口湖旅行記2日目

2010年1月17日(日曜日)


 昨日6時30分にセットしたモーニングコールで起き出した。
 カーテンをばっと開けると、そこには雲一つない青空(というには、日の出前なのでちょっと紫がかっている)が広がり、富士山がばーんとそびえていた。
 早起きした甲斐があったというものである。


日の出前の逆さ富士 しばらくぼーっと富士山を眺めていると、山頂付近の雪がうっすらピンクに染まり始めるのと同時に、河口湖の水面にゆっくりと富士山の姿が映し出された。
 逆さ富士である!
 慌てて「富士山がピンクに染まり始めたよ!」と母を呼ぶと、お隣のお部屋でも「逆さ富士が見られるぞ。」と誰かを呼んでいる声がしていた。


日の出直後の逆さ富士 日の出時刻を過ぎると、やはりより一層、富士山頂付近の雪を染めるピンク色が濃くなったような気がする。
 そして、逆さ富士というのは、ずっと見えているものではないらしい。
 日曜の朝だったためか、湖面を揺らすようなボートは出ていなかったけれど、それでも、10分くらいすると逆さ富士は見られなくなってしまった。
 しかし、この景色をお部屋のテラスから思う存分眺められたのだから満足である。


7時20分の逆さ富士 やはり朝の空気は冷たい。
 「花火をご覧になる際にお使いください」と部屋に置かれていた粉末レモネードを作り、すすりながら富士山を眺める。
 日の出の約20分後、明るくなった空を背景にして再び現れた「揺れる逆さ富士」を眺めて、「きりがないね。」と言い合い、朝風呂に出かけた。
 もちろん、最上階にある大浴場からも富士山を眺めることができる。


 風のテラス KUKUNAの大浴場は男女入れ替え制で真夜中に交代になる。今朝は昨夜とは違う大浴場である。
 片方はスチームサウナ、もう片方はドライサウナが併設されている。貧血気味でサウナはほとんど使わない私にとっては、はっきり言って、あまり違いはない。
 昨日の夕方に露天風呂に浸かっていたときが一番寒かったような気がする。今朝は、露天風呂に浸かっていてもあまり寒く感じない。
 30分ほど、のんびり温まった。


朝食 旅行に出て、朝食を和食か洋食か選べるときは、母も私も何故か洋食を選んでしまう。
 このホテルの朝食はビュッフェ式で、和食メニューと洋食メニューが両方用意されている。母も私も洋食メニューを選んでトレイに載せた。
 8時30分頃に行ったらテーブルはほぼ埋まっていて、「窓際のお席が空いていないので・・・。」と案内された。富士山はお部屋から堪能したので、全く問題ない。
 自家製プリンが美味しかった。


 9時30分過ぎにチェックアウトし、送迎について聞くと、10時に駅までバスを出します、と言う。
 途中にあるロープウエイに乗りたかったのでそこで降ろして貰えるか尋ねるとOKで、ロープウエイと、その近くから出港している遊覧船の割引券をくださった。
 送迎バスの時間まで少しあったので、河口湖畔(といっても、ホテルの目の前の道路を渡ればそこが河口湖である)まで行ってみる。


湖畔から


 このホテルでは「玄関前の横断」にとても気を遣っている。
 駐車場から車を出そうとしているお客さんはもちろんのこと、私たちのように徒歩で道路を渡ろうとしている場合にも、ガソリンスタンドのお兄さん達のように道路を走る車を止め、渡らせてくれる。
 恐縮の限りである。


 そして、私の手元にあったカメラを見て「お二人で撮りましょうか。」とおっしゃってくださったのでお願いし、さらにその辺りをふらふらと歩く。
 今日も岸に近い方の湖面には薄氷が張っている。
 ホテルの方のお話によると、薄氷が張っているとなかなか「くっきりした」逆さ富士にはなりにくいそうだ。


 駅までの送迎バスに乗り、ロープウエイ乗り場で降ろしてもらった。荷物をコインロッカーに預け(200円)、ロープウエイ(割引券利用で往復630円)に乗る。
 その名も「カチカチ山ロープウエイ」である。
 2台あるロープウエイの箱の上にも、それぞれやけに漫画チックなウサギと狸の人形が飾られている。
 後になって知ったところでは、この「カチカチ山」の名前の由来は、昔話のカチカチ山の舞台であるということではなく、太宰治が書いた、昔話の「カチカチ山」を翻案した短編(「お伽草紙」に収録されている)の舞台となったのが、この天上山であるらしい。


富士山全景 そして、ロープウエイが219mの高低差を登り切ると、「富士見台駅」と名付けられたその場所からは、富士山が一望できた。
 ホテルから見たときは、ちょうどこの天上山に遮られて見えなかった左側の裾野も全て見渡すことができる。
 富士急ハイランドも見えるし、左手にやけに茶色く広く見える場所は恐らく自衛隊の駐屯地だろう。
 こうして見ると富士山って扁平な感じがするわなどと勝手なことも思う。いくら眺めていても見飽きることはない。
 昼近くなったら雲が出てくるかと覚悟していたけれど、裾野の方はともかくとして、富士山頂が雲に隠れる気配は全くない。


河口湖全景 富士山に見とれてつい忘れてしまいそうになるけれど、この展望台からは河口湖の全景も眺めることができる。
 こうして見ると、結構、大きな湖である。
 そして、左奥に雪を被った山々を遠く望むことができた。あの山が何という山なのか、未だに判らない。河口湖からちょうど真西に近い方角だと思う。あれは何という山だったのだろう。


 ロープウエイに乗って展望台に上がったら寒いだろうと思い、かつ、荷物になるのは嫌だったのでこの日は、ヒートテックのキャミソールに長袖のタートルネックシャツ、半袖のチュニックを重ねてさらにウールの長袖シャツを着込んでいた。
 日向はこれだと暑いくらいだったものの、日陰に入ると途端に冷え込んで、これでもちょっと寒いくらいだった。
 河口湖はイメージよりも、天気予報で聞いた最低気温と最高気温よりも、暖かい場所だ。


山頂へ続く道 このロープウエイの終着駅から20分ほど徒歩で登ると天上山頂で、山頂には小御嶽神社があるらしい。
 山頂からさらに三つ峠へ向かう山道が続いているようである。
 「山登り」の完全装備をした年配の男性が5〜6人、山頂に続く道から降りてきて休憩していた。
 霊験あらたからしい小御嶽神社にお参りしようかと少し歩いてみると、ご覧のとおりの雪道で、登りはともかくとして、単なるウォーキングシューズでは下りでコケることが目に見えていたので断念した。


 1時間ほど主に富士山を堪能してカチカチ山を下りた。ロープウエイの湖畔駅でお手洗いを借りたら、便座が暖かくて驚いた。これで水道からお湯が出れば完璧なのにと思う。
 10分ほどで来た河口湖周遊レトロバスに乗って、河口湖ハーブ館に向かった。(150円)
 母が「河口湖を特集した旅番組で、一面のハーブ畑の向こうに富士山がそびえている景色を見た。」と言うので行ってみたけれど、どうも違う感じである。
 そもそも、河口湖ハーブ館の裏手は普通の住宅街であって、「ハーブ畑が広がっている」わけではない。
 後で確認したところによると、母がテレビで見たのは「河口湖ハーブ館」ではなく、河口湖自然生活館だったと思われる。


 「住宅街から見える富士山」を眺めつつ、12時になったことだし、「お腹空いていないかも。」と言い合いつつランチをいただくことにした。
 河口湖ハーブ館のすぐ裏手にある、レストラン・ロマランに向かう。
 外観は普通の住宅街にある普通の一軒家だ。


20100117_122458 ランチは、スープと自家製ハーブのサラダ、パンかまたはライスに、コーヒーまたは紅茶(ハーブティーもあったかも)が付いて、メインを4種類から選ぶことができる。
 私は富士桜ポークのマンダリンソースを選び、母はスズキのソテー バターソースを選んだ。
 美味しい!
 パンも自家製で、ほかほかしているのを持ってきてくれる。真ん中に入れられた切れ目の間にバターを挟んだらあっという間に溶けてしまった。
 これで1575円はお値打ちだと思う。大満足だ。


 13時15分のレトロバスで河口湖駅に戻り(150円)、富士急の窓口で聞くと、高速バスに空きがあるという。
 帰りは電車にしようかとも思ったけれど、来るときの高速バスが順調に走って快適だったし、電車だと乗り換えが面倒なので、バスで帰ることにした。14時10分発のバスのチケット(1700円)を購入する。
 駅の中にあるお土産物屋さんで職場のお土産を買ったり、妹夫婦へのお土産(富士山をデザインした柄が付いた、印田のストラップにした)を購入したりした。


河口湖駅と富士山 最後に、「何だか相似形だよ。」などと言いつつ、河口湖駅とその背後にそびえる富士山の姿を写真に納め、1泊2日の「富士山を満喫する旅」は幕を下ろした。


 帰りの高速バスは途中で乗り降りした人も含め、乗客は5人いるかいないかくらいだった。
 私たちが乗った方は2号車で、富士急ハイランドで追いつかれた1号車にもぱらぱらとしか乗客はいなかったように見えた。
 何だか謎の運行状況の高速バスである。


 河口湖旅行記1日目はこちら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.30

観光バスを予約する(永平寺・京都)

 やはり道元の足跡をたどる旅からは比叡山延暦寺は外せないし、そうなると、今回の京都旅行は別のテーマを見つけた方がいいだろう。
 そう考えて、JRの駅によく置いてある「第44回 京の冬の旅」のパンフレットをもらってきた。
 私は、こういう「季節限定」とか「期間限定」とか、そういう「限定」モノにも弱いのである。

 2日目の予定として、福井から京都に移動し、そこで荷物をコインロッカーに預けて(あるいは、観光バスに荷物ごと乗り込んで)観光、観光バス終了後にその日の宿に向かう、と考えると何だか日程を有効に使えているようではないか。
 
 同じように「体験もの」にも弱い私なのだけれど、3回目の京都ということならば、やはり「体験」ではなく「観光」をメインにすべきであろう、という気もする。

 そんなこんなで迷った末、「平日のみ運行」「12/7〜3/19運行」という文字に心惹かれ、特別参観 御所と大徳寺・泉涌寺というコースに申し込むことにした。
 10時50分京都駅烏丸口出発、京都御所(特別参観)、大徳寺本坊・大徳寺大仙院・精進料理《大仙院》、泉涌寺御座所(特別参観) を巡って、16時終了予定という内容である。

 「一人ごはんをどうするか」という問題も解消されるし、流石に「金閣寺と銀閣寺と清水寺」というコースでは修学旅行のようだし、「特別参観」が含まれているし、幕末にはあまり興味がないので(しかも、大河ドラマ「龍馬伝」の影響で混雑していそうだし)、我ながらいいところに目を付けたのではなかろうか。

 そして、この「大徳寺」と「泉涌寺」というラインアップから、今回の京都のテーマは、冬のオペラ (角川文庫)にしようと思いついたのだった。
 「冬のオペラ」というこの短編集に収められた中編「冬のオペラ」の中で、主人公であり、名探偵の記録者を自認する姫宮あゆみは、冬の京都を旅する。そして、「俄然、興味が湧いてきた」と枯山水のお庭巡りをするのだ。
 枯山水といえば、禅宗のお寺である。

 龍安寺が修復中で、お庭を見られないのは残念だけれど、この線で3日目の予定を考えてみようと思ったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.29

「道元禅師の寺を歩く」を購入する

 福井県や北陸のガイドブックは「買うまでもない」と判断したのだけれど、やはり、永平寺については予習しておきたい。
 そう思って本屋さんをうろうろしていたところ、「道元禅師の寺を歩く」というこの本を発見し、購入した。
 永平寺は道元が開いたお寺なので、もちろん、「道元禅師の寺」の筆頭は永平寺である。
 七堂伽藍他の建物の詳しい説明があり、永平寺での1泊2日の参籠体験レポートあり、道元の生涯が書かれていて、なかなか興味深い。

 この本を読んでいるうちに、「京都でも道元ゆかりのお寺を訪ねる旅にしたらどうだろう!」と突然に思いついて、まずは比叡山延暦寺から調べ始めたのだけれど、どうも2月のこの時期に訪れるのはなかなか辛いものがありそうだ。

 建仁寺はもちろん、その他の京都市内の禅宗(実室的には臨済宗)の本山のお寺を訪ねる旅も考えたのだけれど、そうすると、これだけあるらしい。

 臨済宗妙心寺派・大本山「妙心寺」
 臨済宗南禅寺派・大本山「南禅寺」
 臨済宗東福寺派・大本山「東福寺」
 臨済宗相国寺派・大本山「相国寺」
 臨済宗建仁寺派・大本山「建仁寺」
 臨済宗天竜寺派・大本山「天竜寺」
 臨済宗大徳寺派・大本山「大徳寺」
 臨済宗興聖寺派・大本山「興聖寺」

 丸2日かけて上手く予定を組めば全て回れるような気もするのだけれど、さて、どうしようかと考えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.28

210000アクセス達成!

 もう昨日のことになってしまったのだけれど、2010年1月27日の8時台に、どなたかが210000アクセス目を踏んでくださった。
 2か月弱で10000アクセスというのは、ここ20000アクセスと比べると少しゆっくりになったけれど、でも、私にしてはできすぎである。

 ちなみに、これまでの経過は以下のとおりである。
 スタート 2004年9月1日
 10000アクセス 2005年7月17日
 20000アクセス 2005年11月16日
 30000アクセス 2006年3月30日
 40000アクセス 2006年8月1日
 50000アクセス 2006年11月22日
 60000アクセス 2007年5月16日
 70000アクセス 2007年9月6日
 80000アクセス 2007年12月28日
 90000アクセス 2008年3月14日
100000アクセス 2008年6月15日
110000アクセス 2008年8月12日
120000アクセス 2008年9月23日
130000アクセス 2008年11月9日
140000アクセス 2008年12月27日
150000アクセス 2009年2月21日
160000アクセス 2009年5月5日
170000アクセス 2009年7月13日
180000アクセス 2009年8月29日
190000アクセス 2009年10月11日
200000アクセス 2009年11月30日
210000アクセス 2010年1月27日

 こうして続けていられるのは、遊びに来て、読んでくださる方のおかげです。
 ありがとうございます。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.26

「タビリエ 京都」を購入する

 ここのところ、2月11から14日辺りの飛び石連休を利用して、「永平寺のライトアップ」と「知床に流氷を見に行く」のどちらかの国内旅行を敢行しようとしばらく迷っていた。

 正確に言うと、オホーツクの流氷の接岸が確実になったら北海道、接岸しそうになかったら永平寺にしようと思っていた。
 ところが、毎日のように「海氷情報センター」のサイトと、狙っていたクラブツーリズムの「おひとり参加の旅 流氷クルーズとノロッコ号・5つの流氷物語」というツアーのサイトを見張っていたところ、流氷接岸を確信する前に、ツアーの方が満席になってしまった。

 必然的に、永平寺と京都の旅に決定である。

 決定したので、京都について一般的な予習をすべく、「タビリエ 京都」を購入した。
 「タビリエ」と「ことりっぷ」で迷うことが多いのだけれど、私の中では「タビリエ」に軍配が上がることが多い。自分でも何が決め手なのかはよく判らないのだけれど、きっと、何か理由があるのだろう。

 永平寺についてのガイドブックも探したのだけれど、「福井」や「北陸」を扱ったガイドブックに数ページしか載っていないということが多かったので、こちらはネットで情報を探すことにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.24

河口湖旅行記1日目

2010年1月16日(土曜日)


 昨年2月に妹が結婚し、10月に披露宴があった。
 妹は4月に家を出て新婚生活を送っていたので、正直に言って、妹の結婚準備で大変だったという記憶はない。
 でも、母はかなりやきもきし、気を遣っていたようで、9月半ばくらいから「披露宴が終わったら富士山を見に行こう。」と言われていた。


 9月半ばに「富士山を見に行く」と言われたら、紅葉と富士を見たいのだろうと思うではないか。
 ところが、「今月は疲れた。」とか「今月は(妹の旦那様のご両親を)お招きしたから疲れた。」と先送りになり、ついには「真っ白い富士山が見られればいい。」と言われたときには唖然とした。
 それなら、最初からそう言ってくれればそのつもりで計画したのにと思う。


ホテル外観 そんな紆余曲折を経て、2010年1月16日(土曜日)から1泊2日で、河口湖に母と2人で富士山を眺めに出かけた。
 何度母に確認しても「富士山を見られればいい。」と言う。そのつもりで、珍しくのんびり、ゆったり、歩く計画も遊ぶ計画も立てなかった。その代わり、宿は、富士山と河口湖の両方を眺められる、風のテラス KUKUNAを選んだ。


 出発もゆっくりにして、新宿でお昼を食べてから出かけることにした。お昼ごはんは、母のリクエストで牛タンのねぎしに行き、二人とも和風シチュー定食をいただく。
 時間が余ったので「最低気温が-7度、最高気温が2度ではとても寒いに違いない」とデパートで母が毛糸の帽子を購入し、13時10分新宿発の富士急行の高速バスで河口湖に向けて出発した。
 高速バス料金は、Web割引があって片道一人1600円だ。安い。


 河口湖経由平野行きの高速バスは後方に空席が一つ二つ見えただけでほぼ満席だった。
 みんなどこへ行くのだろう、土曜の昼過ぎの中途半端な時間帯なのに、と不思議に思う。
 中央高速は全く渋滞しておらず、所要2時間弱ではサービスエリアでの休憩もなく、時折見える富士山の勇姿に目を凝らしているうちに、15時前、河口湖駅に到着した。


 ホテルのホームページを見ると、河口湖駅から電話すれば送迎の車が来てくれるという。
 電話をしてみると、「今そちらに迎えの車が行っているので、富士観光の案内所の方に行ってみてください。」という返事だ。
 慌ててそちらに行ってみると、確かにバンが待っていて「お一人は助手席に乗っていただきます。」と言われる。母を呼んできて無事に送迎の車に乗ることができた。


 駅を出るときに見えた駅前の温度計には3.6度と表示されていて、その数字より体感は暖かい。完璧な防寒対策を施した甲斐があったようだ。
 このときの私は、山用の長袖アンダーシャツ、黒の長袖のハイネックシャツ、白とグレーとベージュのチェックの毛の厚手シャツ、グレーのダウンコート、下は黒のタイツに黒の綿パンツ、お腹と黒のハイカットウォーキングシューズの中にカイロ、という防寒態勢である。


 運転している方が「3日前に降った雪がまだ残っていて・・・。」とおっしゃる。その口調からは、どうも「雪が降るのはいつものこと」というニュアンスが感じられない。
 「河口湖の辺りは、あまり雪は降らないんですか?」と尋ねると、「回数としてはほとんどないですね。」というお返事だった。
 雪よりも、河口湖に氷が張るかどうかが寒さのメルクマールらしい。「今朝は、河口湖大橋の方まで一面、薄氷が張っていました。」とおっしゃっていた。


ウエルカムドリンク ホテルに到着するとたくさんの人が待ち構えていて、争うように荷物を持ってロビーに案内してくれた。
 ホテルの外観もロビーも、南国調といえばいいのか、アジアンテイストといえばいいのか、ハワイアンテイストといえばいいのか、その折衷のような雰囲気である。
 ウエルカムドリンクもハイビスカスティーとハーブクッキーだ。


 チェックインし、夕食の時間は「今日は花火があって混み合っているので」17時台か19時15分かどちらかです、と言われた。
 20時から始まる花火がお部屋から見えることは判っていたので、ゆっくり夕食をいただこうと17時45分からで予約をお願いした。
 今はまだ15時過ぎだし、夕食前に温泉に浸かればきっとお腹も空くだろう。


15時30分の富士 夕方からお天気が崩れるという予報どおり、空に黒っぽい雲が出始め、富士山自体も何となく明るく光ってぼんやりした感じに見える。
 お部屋のテラスからこれだけ富士山が真正面に見られたら文句はない。
 お茶を入れ、お腹は空いていなかったのでお菓子はパスして、種なし梅をいただく。
 ロビーや廊下などは南国リゾート調に改装されている一方で、少なくとも4階の和室のお部屋は、元の「日本旅館風」のままだ。テーブルクロスなど小物で南国リゾートを演出しようとがんばっている、という風情である。
 来月に改装予定とホテルのWebサイトにお知らせが出ていたから、ちょっとぺこぺこしていた畳もきっと新しくされるだろう。


 富士山はいくら見ていても見飽きないけれど、何しろ「温泉に浸かってお腹を空かせる」という重要なミッションがある。
 16時過ぎに大浴場に向かった。
 かなり混雑している。男湯はスリッパが4〜5足しかないのに、女湯の方は20足近いスリッパが見える。
 スリッパの間違いを防ぐために小さな洗濯ばさみ(数字やひらがなの印つき)が用意されているところが細やかな心配りである。


 この大浴場で、実は、温泉の表示を見た記憶がない。
 大抵、温泉の場合は効能や成分が表示されている(表示義務があったような気がする)けれど、それがない。
 お湯自体も、さらっとしていて無色透明、硫黄泉でないことだけは間違いない無臭のお湯である。
 ホテルのWebサイトで「温泉施設」と唱っているから温泉だと思っていた。しかし、そういえばサイトにも温泉の成分等の説明はなかったし、もしかすると温泉ではなかったのかも知れない。


 大浴場はなかなか快適だった。
 露天風呂は寝湯、内風呂は立ち湯で入れるようになっている。他にサウナもある。
 9階にあって、眺めもいい。
 その代わり、露天風呂はもの凄く寒かった。冷たい風が吹き付ける感じで、どうしても肩の一部が出てしまう寝湯では温まる気がしない。何だかお湯もぬるめのような気がしてきて、いつまででも入っていられるけれど、いつまでも温まらない気がする。


 手前にかかった雲がピンクに染まった富士山をゆっくりと露天風呂から眺め、最後に内風呂でゆっくり温まってから上がった。
 正味、1時間である。
 湯上がり処には、「富士の銘水」とその銘水から作った麦茶が用意されていて、こくこく飲んだ。


夕空と富士 部屋に戻ると、西の空はぼんやりしたオレンジに染まり、そのオレンジがぎりぎり富士山に届くかどうか、という辺りまで広がって来ていた。
 富士山はすでにシルエットである。
 この雲がなかったら、オレンジに染まる富士山を見ることができたろうか。
 しかし、17時45分から夕食である。そうそうのんびりしている訳には行かない。


 夕食はホテル内のレストランでのハーフビュッフェか、7軒隣にある網焼きのお店に行くか、選ぶことができる。
 母に聞いたところ、即答で「網焼きの方がいいかな。」だったので、そちらを予約してあった。
 外に行くのだから、部屋着のままという訳には行かないし、第一寒い。
 再び防寒対策バッチリに着込んで、「網焼HAMA」に出かけた。


網焼き1網焼き2


 網焼きのメニューはこんな感じである。


 魚介(ホタテ、有頭エビ、イカ)
 お肉(牛フィレステーキ、富士桜ポーク、手羽、ソーセージ2種)
 野菜(おかわり自由 きゃべつ、タマネギ、トマト、ピーマン、ジャガイモ、カボチャ、エリンギ、しめじ、にんじん等)
 ごはん(ごはんか焼きおにぎりで、おかわり自由)、わかめスープ、グリーンサラダ、


富士桜高原ビール 私も母も「ごはん」には焼きおにぎりを選び(この焼きおにぎりも目の前で焼いて食べる)、母は生ビール、私は、富士桜高原ビールのラオホを選んだ。
 富士桜高原ビールのラオホは、麦芽を乾燥させるときにスモークした、黒ビールっぽい味と見た目のビールで、母は「癖が強すぎる。」と言う。私は濃いめに下味の付けられた網焼きと一緒に飲んだら絶品だと思う。


 ここ5か月以上、それまでの食事量と比べると良くて2/3くらいしか受け付けなかった私の胃が、これだけのごはんを食べ尽くし、お野菜はお代わりもし、デザートのきな粉黒蜜アイスまで食べきったのだから、素晴らしい。
 17時45分過ぎに食べ始めたにもかかわらず、食べ終わってレストランを出たのは19時15分だった。
 「お車を呼びましょうか。」と言ってもらったけれど、腹ごなしにもならない距離だし、たくさん食べて身体は温まっているし、ゆっくり歩いて帰った。


 ホテルのお土産物屋さんを覗いた母は、「私のためにあるようなお茶だ!」と叫んでヤーコン茶を購入していた。
 私は寒中見舞い用に富士山の絵はがきを購入し、部屋に戻る。
 20時から、第13回冬花火・湖上の舞と題して、20分にわたって花火が打ち上げられる。
 少し遠いけれど、テラスに出れば遮るものもなく花火をバッチリ見ることができる。


湖上の花火と遊覧船湖上の花火と打ち上げ花火


 2010年最初の花火だったようで、「こっちの電気も消さないとだめだ!」などとホテル・スタッフの方が調整に走っている声が聞こえてくる。
 ホテル前の小さな公園のようなスペースではキャンドルサービスも行われている。
 母と二人、寒い中カメラを構え、夢中になって花火を見、写真を撮りまくった。


打ち上げ花火フィナーレカラフルな打ち上げ花火 20分間の花火は、夏なら少し短く寂しく感じたかも知れない。
 真冬の寒さの中、凍えながら、お部屋に用意されていたカイロでかじかむ手を暖めながら見ていると、夏の花火よりも色鮮やかにくっきりしていて、とても綺麗だったし、堪能した! という感じだ。


 きっと、花火を見ていた人は大浴場に温まりに行くに違いない。
 そう思って、混雑を避けようと二人で寝っ転がって「世界・ふしぎ発見!」を見始めたら、この週のテーマが「甦るイースター島伝説 歩け!歩くんだ!モアイ!!」でやけにハマってしまい、結局、最後まで見た。何だかマヌケである。
 22時20分過ぎに行った大浴場はそれでもかなり混雑していた。
 夕方に入ったときよりは露天風呂に浸かっていても寒くなく、1時間くらいのんびりした。


 母は「綺麗な夕焼けと富士山」が見られなかったことを相当に悔しく思っていたらしい。
 私に何度も「明日の日の出は何時くらい?」と聞く。自慢ではないが、私がそんなことを知っているわけがない。
 あまりにも何度も聞かれたので、23時も過ぎているのに恐る恐るフロントに電話して「明日の日の出は何時かご存知でしょうか・・・。」と尋ねたところ、パリっとした男性の声が「6時54分でございます。」と何の躊躇もなく即答してくださった。素晴らしい。


 目覚まし時計を6時30分にセットし、「明日は早起きだ!」と言いつつお布団に入った。


 河口湖旅行記2日目はこちら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.21

プロフィール写真を変える(河口湖の逆さ富士)

 2010年1月16日から1泊2日で河口湖に富士山を見に行って来た。

 母のリクエストだった「真っ白な富士山」は望めなかったけれど、その代わり、逆さ富士を見ることができた。
 日の出直後は、富士山頂付近の雪が微かにピンクに染まっていたのだけれど、それを上手く写真に撮ることができなかったのが残念だ。

 プロフィール写真にしたのは、その、日の出直後の逆さ富士である。

 逆さ富士はちょっとした状況の変化でその後も見えたり消えたりしていた。
 河口湖の岸辺には薄く氷が張っていて、それも逆さ富士を揺らがした原因のひとつだったようだ。
 プロフィール写真にしたこの写真が、その、エンジェルフォールの全景である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.20

職場でお土産を配る(河口湖)

 ついうっかり忘れていたのだけれど、今日になってやっと、職場で河口湖旅行のお土産を配った。

 配ったのは、こちらの、山梨ワインチョコレートである。

 年配の男性が多い職場なので、基本的にお土産はしょっぱいものを選ぶようにしているのだけれど、河口湖駅のお土産物屋さんには、手頃なしょっぱいお土産が見あたらなかったのだ。
 しょっぱいものがないなら、次善の策は、やはり酒気のものだろう。

 実は、私はまだ食べていないのだけれど、「仕事中にアルコールなんか摂取していいのか。」「いつもお酒臭い**さんが何を言っているんですか」というような会話が聞こえて来たから、それなりに職場の「和み」になったと考えることにした。

 それにしても、「どこに行ったの?」と聞かれ、「河口湖です」と答えたら、「近いところにも行くんだね」と言われる私って一体・・・、と思ったのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.19

永平寺町観光協会から問い合わせへの回答が届く(永平寺)

 2010年2月11日から13日まで開催される「永平寺冬の燈籠まつり」に行こうと思って調べてみると、永平寺は、えちぜん鉄道の永平寺口という駅からバスで15分くらい上ったところにある。

 「永平寺冬の燈籠まつり」の開催は、18時から20時までなのだけれど、永平寺から永平寺口まで行くバスは、土日祝日は18時35分が最終、平日は19時30分が最終なのだ。
 行くなら2月11日と考えていたので、これでは30分弱しか見ることができない。
 これでは、そもそも、「永平寺冬の燈籠まつり」を見に行くという旅計画自体が成り立たないではないか。

 それで、少し前に永平寺町観光協会に、臨時バスやタクシー常駐の有無について問い合わせのメールを出していたところ、お返事をいただけた。

1 以下のとおり、臨時バスが出る。
  平日
  行き(永平寺行)  17:25
  帰り(永平寺口行) 20:05

  土日祝日
  行き(永平寺行)  18:25 18:55
  帰り(永平寺口行) 19:05 19:35 20:05

2 タクシーは、何台か常駐している。いない場合でも電話で呼べる。
  (永平寺から永平寺口駅まで、概ね2200円前後)

3 福井市内に宿泊する場合、予約制の送迎バスが運行される。

 これなら、公共交通機関を利用して旅することができそうである。
 親切かつ丁寧な対応に感謝!

 あと気になっているのは、永平寺門前のお店は17時くらいで閉まるところが多いことだ。永平寺の拝観時間は16時30分までなので、その後1時間半、一体どこで何をしていればいいのだろう。
 ぎりぎりまで拝観し、早めの夕ご飯を食べようと思っていたのだけれど、そう上手くも行かないようだ。

 永平寺に早めに到着し、一旦、えちぜん鉄道の終点である勝山まで出て勝山温泉センター水芭蕉という温泉に行くか、はたや記念館ゆめおーれという紡織に関連する博物館に行くか、いずれにしても勝山駅からバスになるので時間の制約が大きすぎるのでそれは無理か、いっそのこと、福井方面に戻って、越前開発(えちぜんかいほつと読む)駅近くにある、全国チェーンのA href="http://www.gokurakuyu.ne.jp/" target="_blank">極楽湯(ただし、この福井店は天然温泉)に行ってしまおうか、かなり迷っているところである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.17

無事、帰宅する(河口湖)

 2010年1月16日(土曜日)から、1泊2日で母と出かけた河口湖から帰ってきた。

 天気予報を見て「最低気温は-7度だ〜、最高気温が2度しかない〜。」と恐れおののき、かなり万全な防寒対策を施して出かけたのだけれど、行ってみたら全く寒くなくて拍子抜けしてしまった。

 ひたすら富士山を眺め、温泉に入り、美味しいものを食べ、花火を見て帰って来た。

 こういう、ほとんど歩かない旅もたまにはいいなぁ、と思ったのだった。

 ちなみに、1泊2日、2人で交通費、宿代、食事等の費用を足して、約58000円だった。
 この中には、お土産代は含まれていない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.16

河口湖旅行に出発する

 今回の河口湖旅行はひたすら「富士山を眺める」ことが目的なので、出発もゆっくりだし、多分、何とかなるだろう。

 お天気も良さそうだし、「富士山を眺める」という目的は達せられそうなのだけれど、河口湖の今日・明日の天気予報を見たら、最低気温がいずれも-7〜8度、最高気温も0〜1度で、絶句してしまった。
 寒さに凍えた上に風邪をひいて帰ってくるなどということにならないよう、過剰と思えるくらいの防寒対策をして出かけようと思う。

 やっと荷造りをしたので、持ち物リストは以下に。

続きを読む "河口湖旅行に出発する"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.15

「鑑賞マニュアル 美の壺」を見る

 今日(2010年1月15日)、毎週金曜日の22時からNHK教育で放映されている、「鑑賞マニュアル 美の壺」を見ようと思っていてすっかり忘れてしまい、最後の僅か5分くらいだけ見ることができた。
 今日のテーマは「富士山」である。

 NHKの公式Webサイト内、「鑑賞マニュアル 美の壺」の「最新の放送」のページを見たところによると、「赤富士」や「逆さ富士」を愛で、「橋桁の下から見える富士」を愛で、「ダイヤモンド富士」を愛で、銭湯の壁に描かれたり富士塚が作られたりといった「遠くから想う富士」を愛でていた。

 美しい。

 明日から、1泊2日で母と2人、富士山を愛でに河口湖に行って来る。
 明日の河口湖の最低気温が-7度、最高気温が1度という予報が非常に気になるけれど、お天気は良いようだ。
 美しい富士山に出会えるといいと思う。

2010年1月15日(金曜日)22時から
NHK教育 鑑賞マニュアル 美の壺「富士山」
NHKの公式Webサイト内、「鑑賞マニュアル 美の壺」のページはこちら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.11

ベネズエラ旅行記の入口を作る

エンジェルフォール ここはベネズエラ旅行記への入口である。
 
 やはり、ベネズエラのギアナ高地を旅行する目的は「エンジェルフォール」だし、実際に旅行してその白眉もやはり「エンジェルフォール」だった。


 以下の日程をクリックすると、その日の旅行記に飛べるようになっている。


1日目 2009年8月15日 成田 -> ヒューストン ->


2日目 2009年8月16日 ヒューストン -> カラカス -> サンタエレナ(泊)


3日目 2009年8月17日 その1 サンタエレナ(ロライマ・テプイに遊覧ヘリ) -> (ハスペの谷) -> (ユリアニの滝) ->


3日目 2009年8月17日 その2 (パチェコの滝) -> (チナクの滝) -> カバナヤン(泊)


4日目 2009年8月18日 その1 カバナヤン -> (カバック) ->


4日目 2009年8月18日 その2 カバック(タバナベレパの滝) -> カナイマ(ユリの滝) -> カナイマ(泊)


5日目 2009年8月19日 その1 カナイマ -> (エンジェルフォール) ->


5日目 2009年8月19日 その2 (エンジェルフォール) -> カナイマ(泊)


6日目 2009年8月20日 カナイマ -> (ゴンドリーナの滝) -> (エンジェルフォール・フライト) -> カラカス(泊) 


7日目 2009年8月21日 カラカス -> ヒューストン(泊)


8・9日目 2009年8月22日・23日 ヒューストン -> 成田


 


その国の旅を終えて 100の質問 (ベネズエラ編)


持ち物リスト (ベネズエラ編)


2009年8月 「ベネズエラ エンジェルフォールを訪ねて」の写真

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ベネズエラ旅行記8・9日目

2009年8月22日(土曜日)

 昨夜、結構お酒が回っているのを自覚していたので、部屋に戻ってからアルコールを抜こうとコーヒーをがぶ飲みした。利尿作用を期待したところ、カフェインの方が効いてしまったようだ。
 何とか12時には寝たものの「快適睡眠」とはいかず、3時、4時、4時30分と断続的に目が覚めた。
 モーニングコールは5時30分の予定である。

 モーニングコールは5時30分と聞いていたけれど、5時に電話が鳴って出てみたらホテルの録音のモーニングコールだった。
 不思議に思っていると、5時30分に再度ホテルのモーニングコールが入り、次いで、添乗員さんからもモーニングコールが入った。
 「起きられましたね。」と言われたので、「もしかして、起きられないと思ったから5時にもモーニングコール頼みました?」と聞いてみたところ、そういう訳ではなかったらしい。

 旅行会社からもらった旅のしおりには、今日の朝食は付いていないと書かれていたけれど、ホテルで食べられるらしい。ラッキーである。
 キャリーケースを廊下に出したその足で6時からの朝食に向かおうとしたら、添乗員さんが廊下で全員分のキャリーケースを集めていた。昨日、自分がツアー最年少だと判明したことでもあるし、少しだけお手伝いする。

 職場へのお土産をキャリーケースに入れてしまうと成田空港で荷物の詰め替えをしなくてはならなくなる。今日はリュックとレスポのバッグと両方を機内持ち込みにする予定である。
 おかげで、キャリーケースの荷造りも余裕がある分ラクだった。

朝食 朝食はビュッフェ式で、いかにもな感じのアメリカン・ブレックファストである。
 ベーグルを焼き、卵を目玉焼きにしてもらい、フルーツとジュースとコーヒーというメニューにした。いかにも定番という感じがする。
 朝食を食べてそのまま集合場所のロビーへという方も多かったけれど、私は荷物を部屋に置いてきてしまっていたので部屋に戻り、ついでに歯磨きもして7時に集合した。

 7時30分にはヒューストン空港に到着した。
 この空港の正式名称は「ジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港」である。
 添乗員さんの薦めもあって、ツアーのほとんどの方がチェックインしたときに合わせてコンチネンタル航空のマイレージ・プログラムに加入する手続きを行っていた。
 私は、コンチネンタル航空が2009年10月まではノースウエスト航空と同じスカイ・チームに所属しているし、スター・アライアンスはANAのマイレージ・プログラムに加入しているので、コンチネンタル航空のマイレージ・プログラムには加入しなかった。

 チェックインやセキュリティチェックは非常にスムーズで行列もほとんどなく、8時15分には中に入ることができた。
 キャリーケースの重さが気になっていたところ、チェックインのときに見たら37.5ポンド(17kgちょっと)だった。
 ツアーの方で23kgの制限重量をオーバーしてしまった方がいらした。カラカスの空港で購入したチョコレートが意外と重かったらしい。
 ここ数年、この重量制限がかなり厳しくなったような気がする。以前はツアーのメンバー全員分の荷物の重さを足して、全員分を足した制限重量をオーバーしていなければ通してもらえていたように思う。

 ゲートを確認して、添乗員さんが全員を集めてアンケートを配る。
 ツアーメンバーの方が「もう、この先、全員で集まれる機会はないんじゃない?」と言い、何となく感想を述べ合う会が開催されることになった。
 ここで初めて全員の年齢順が判明したり、私が「実は雨女なんです。」と告白するともうお一方「実は、私もなの。」という方がいてほっとしたり、なかなか楽しかった。

 その後、時間になったらゲートに集合ということで、解散になった。
 それにしても、このジョージ・ブッシュ・インターコンチネンタル空港というところは、商売っ気のない空港である。免税店はあるものの、買いたい物が全くと言っていいほどない。
 端から端まで2往復くらいしたのに、運動にはなっただけで、買いたいと思うような物を発見できなかった。機内用のミネラル・ウォーター(2.05ドル)を買ったくらいである。
 ツアーメンバーの方々も、関空に乗り継ぐ方はお酒や化粧品などの液体物をそもそも購入できないし、お買い物をした方はいなかったようだ。

 他にやることもなくゲート前の椅子でおしゃべりしながら10時の搭乗開始を待った。
 ところが、待っても待っても搭乗開始のアナウンスがない。ツアーだからそこは気が大きくなっていて、「ちょっと変かも」と思いつつ、添乗員さんが何とかしてくれるだろうとおしゃべりを続ける。
 添乗員さんの説明によると、航空会社が機材を交換した関係で座席指定に混乱が生じたらしく、ボーディングパスを見せてあっさりと機内に入れて貰える人と、カウンターで改めて座席指定を受けろと言われる人と、二手に分かれているようだという。

 私はあっさり機内に入れたけれど、指定された座席に行ってみると、すでにそこには人が座っていた。
 日本人の中学生っぽい男の子の集団を引率している先生らしき方で、話しかけてみると、手書きで修正された座席番号が、私が元々持っている搭乗券の座席番号と同じである。
 わざわざダブルブックを作ったようなものではないか。

 どう見ても私よりその男性の方が英語が堪能そうだったので客室乗務員の方との交渉をお任せし、無事に席は確保された。
 その後、日本語の機内アナウンスがあって事情が判った。
 チェックインからボーディングまでを管理するコンピュータが不具合を起こしていて、座席指定も大幅に狂い、そもそもチェックインした人が搭乗したかどうかも確認できない状況だという。
 ヒューストンはコンチネンタル航空のハブ空港なのに、お膝元でそんなことがあるなんて大丈夫なんだろうか。
 アナウンスでも、機内の不安と動揺を抑えようという趣旨か、しきりと「地上のシステムの不具合で。」と繰り返していた。

 機内で恐らく1時間以上待ったと思う。
 11時50分のアナウンスでは、「いつ出発できるか見込みが立っておりません。」と言われた。
 朝も早かったしお腹も空いてきた。リュックに飴を入れていたことを思い出し、ツアーメンバーのみなさんに配る。もっと早く気がつけばよかった。
 11時54分のアナウンスでは、「システムがダウンしていますので、現在、手作業で予約確認を行っております。」と言われた。機内でボーディングパスが回収されたのは、そのためだったらしい。
 ボーディングパスの回収後、添乗員さんから「クレーム・タグは手元に残っていますね。」確認された。

 12時少し前くらいに「快適にお過ごしいただくために、機内のエンターテイメントシステムを起動させます。」というアナウンスが入った。しかし、映画もゲームもいらないから食べ物が欲しいという心境である。
 「出発の見込みが立っていない」というアナウンスから15分後の12時5分、10時50分離陸予定だったCO7便は、何とか離陸態勢に入った。

 14時頃にやってきた、待望の機内食のメニューはこんな感じである。

 エビとミックスグリーンサラダ
 牛の照り焼きor鮭のアジアソース(どちらを頼んだのか忘れた)
 ロールパン
 クリームブラウニー
 クッキー

 ごはんを食べて落ち着き、映画「チーム・バチスタの栄光」を見て、原作の方がやっぱり好きだな、どうして田口を女性にしてしまったんだろう、などと考えたのは覚えている。

 (以下、日本時間で表記。)

 

2009年8月23日(日曜日)

 23日8時頃、機内食が供された。
 ターキーのサンドと、ハーゲンダッツのアイスである。これにコーヒーをもらう。
 アメリカ系の航空会社は、やはり、「機内食」よりもこうしたスナックの方が美味しいような気がする。
 お昼頃になって、入国カード、税関申告の紙、検疫の紙が配られた。

 14時30分頃に配られた、この旅行最後のごはんのメニューはこんな感じである。

 フルーツ
 ロールパン
 鶏のガーリックライスorアメリカンブレックファスト(オムレツのことだった)
 クッキー

 「アメリカンブレックファスト」を選び、食事をした後、それまでほとんど一睡もできずに映画を見て文庫本を2冊読破してゲームして悶々としていたのに、何故か1時間くらい爆睡できた。
 予定ではCO7便は14時20分に到着する筈だった。実際に何時に到着したのかは覚えていない。やっと帰って来られた嬉しさにメモを取るのも忘れていたらしい。

 本当に楽しい旅行だった。

 ベネズエラ旅行記7日目<-

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.09

河口湖までの足を予約する

 河口湖に行く交通手段として、電車ではJR中央線で大月まで行って、富士急行線に乗り換えることになるので、意外と面倒くさい。
 それならばと、高速バスで行くことにした。

 東京23区内から河口湖に行く高速バスは、東京駅発か新宿駅発かということになるようである。

 最初は、自宅から僅かなりとも近い東京駅から乗ろうと思ったのだけれど、こちらの方が便数も少なく、何より、新宿ー河口湖間よりも東京ー河口湖間の方が1時間近く所要時間が長いということが判って、あっさりと新宿発を洗濯した。

 母に聞くと、とにかく富士山が眺められればいいと言うので(しかし、雪で真っ白の富士山が希望だったらしいのだけれど、今年は雪が少ないらしい)、ゆっくりめに出発することにし、新宿でお昼ごはんを食べてから出かけ、夕焼けと富士山が見られればOKということにして、高速バスを予約した。

 往復割引があるのだったら帰りも予約してしまおうかと思ったのだけれど、サイトで試してみたところ、そういうシステムではないらしい。
 30分に1本は出ているようだし、電車で帰るという方法もあるし、帰りは行き当たりばったりでいいやということにした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.08

「京都のお庭」を購入する

 元々、2月5日からの9日間で海外脱出をしようと企んでいた。
 しかし、狙っていたツアーが次々と催行中止になり、1月半ばに河口湖に出かけたり、仕事でバタバタしたりして、個人手配でアレンジする気力もなく、年明けくらいにはほぼ海外脱出を断念した。

 しかし、そうなると、海外脱出に向けて空けておいた週末が何とも勿体ない。
 今のところ、「永平寺のライトアップ」と「知床に流氷を見に行く(ちなみに、狙っているツアーはこれ。))の2つで迷っている。

 永平寺に行く場合、それだけ目指して1泊2日というのも淋しいし、京都と組み合わせて出かけることにしようと、とりあえず予習のために「京都のお庭」というガイドブックを購入した。

 お庭に関する本(特に京都のお庭に関する本)はもちろんたくさん出版されていて、この本などは、超初心者用というところだと思うのだけれど、神社仏閣にほとんど興味がなく、京都は修学旅行を含めて2回しか行ったことがなく、枯山水のお庭を見た記憶すらない私には読みやすくて有り難い。
 小さくて、写真が多用されている割に軽いのも、通勤電車の中で読むにはちょうど良いのだ。

 写真を眺めたり解説を読んだりしつつ、頭の中で「行ってみたいお庭リスト」を作るのも楽しいのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.05

河口湖の宿を予約する

 1月5日に旅行社に電話して、キャンセル待ちの状況を聞いた。

 かなり待たされて「今は、キャンセル待ち一番です。お止めになりますか?」と言われたのはどことなく納得がゆかない。
 そういえば、そもそも、キャンセル待ちを頼んだときも、「キャンセル待ちは何番目になりますか」と尋ねても、答えて貰えなかったのが気になっていたのだ。
 穿ち過ぎかとも思うけれど、抽選で決めているというのは表向きの話で、例えば常連の人は優遇するなどの恣意的な運用をしているんじゃないかと言いたくなる。

 それはともかくとして、頭に来たこともあって、「このまま待ちます!」と力強く即答した。

 待ちますと宣言したものの、恐らく、旅行社の方の対応からしてもこの後でキャンセルが出る可能性は低いのだろうと思う。
 目星をつけていた別の宿のサイトを見たら部屋はまだあるようだったので、多分こちらに泊まることになるだろうと思いつつ、予約をしておいた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.03

ベネズエラ旅行記7日目

2009年8月21日(金曜日)

 この日は3時に起床した。
 モーニングコールは4時にホテルからと添乗員さんからと2回ある。しかし、モーニングコールの時間に起きたのでは全てにトロい私は準備が間に合わない。
 4時15分にはバゲージダウンでお部屋の外にキャリーケースを出した。
 往路はリュックとレスポのバッグの両方を手荷物で持っていたけれど、何だかそれも面倒くさくなってリュックをキャリーケースに押し込んだ。

 キャリーケースを廊下に出したその足で朝食に向かう。
 朝食は昨日のレストランではなく、プールサイドでいただくようになっていた。添乗員さんがお味噌汁を作っている。曰く「エンジェルフォール展望台に行く日の朝に作ろうと思っていたんですが、忘れました。」とのことだ。
 有り難くいただく。
 朝起きたときにドアの下に添乗員さん作成の「旅の記録」がはさんであったので聞いてみると、昨日の国内線の待ち時間と昨夜ほぼ完徹で仕上げたと言う。頭が下がる。

朝食 現地の旅行社のスタッフからは「もっと早めに空港に行った方がいい。」と言われ、ホテルの厨房のスタッフからは「そんなに早くは用意できない。」と言われて調整を取った結果、「4時から朝食が食べられます」という予定になったようだ。
 温かいものも色々と用意してある。有難く思いつつ、昨日の夕食を遅めの時間にたっぷりといただいたこともあって、軽くシリアルと(お味噌汁と)フルーツの朝食にした。

 フロントで直接頼んだ方がポストへの投函は有料だと言われたそうで、添乗員さんがまとめてホテルのスタッフに絵はがきを託してくれた。
 5時にホテルを出発した。
 この車の中で、ツアーメンバーのお一人が「真夜中にお手洗いの水が止まらなくなってしまった。」という話を始めた。彼女の話は流石の関西人で絶対にオチがあるので、みな、興味津々で聞き入る。
 彼女のお部屋の隣が添乗員さんのお部屋だったので、相談しようと3回電話をしたけれど、そのたびにスペイン語の美女の声が答えるだけだったそうだ。
 これはどうしたことかとついに添乗員さんの部屋に出向いてドアをノックしたところ、添乗員さんが顔だけ覗かせた。

 彼女はここで話を止め、車内は大爆笑の渦となった。
 そこへ被せるように、添乗員さんが「僕を陥れようとしているんですか。」と呻いて頭を抱えたから、車内の笑いは一層大きくなる。
 そんな一体感溢れる感じのまま、30分くらいで空港に到着したまではよかったけれど、ここから先が長かった。
 一体誰がこんな事態を想像しただろう、というくらいの、受難の時間の始まりである。

 まず、パッキングについてのインタビューがあると言われ、その行列を抜けるのに1時間かかった。
 しかも、行列したものの、添乗員さんが「自分でパッキングしましたかっていう質問だけなので、僕がまとめて答えておきました。」と言う。
 このインタビューとインタビュー待ちの時間に一体どんな意味があったというのだろう。

 昨日のおやつの「バナナの羊羹みたいなもの」をお土産に購入された方がいらして、それがどうもX線を通すと怪しげなものに見えたらしい。
 この方の後ろに並んでいた私たちのグループは全員、X線を通すまでもなく、預入荷物をオープンチェックされることになった。
 ベネズエラのお菓子でしょ! とツッコミたい気分だ。

 女性の荷物を調べるのは女性の係官で、かつ「これは何?」と言っては一つ一つ取り出すから時間がかかる。
 そのうち、「この袋は衣類。」「これはサンダル。」と私が取り出して中味を説明して詰め直す、というやり方になった。
 大きなノートを持っていて、そこに「FLASH LIGHT」だの「COFFEE」だのと書き込んでいる。
 この検査に果たして意味があったのか、やはり謎である。

 リュックをキャリーケースに詰め込んだため、リュックの体積とリュックに入れていたものの体積とで、私のキャリーケースはパンパンになっている。
 丁寧に「全部詰めてやる」という気概を持って詰めたならいざ知らず、適当に詰めた後で閉めるのはかなり大変で、最後には添乗員さんに上に乗っかってもらってやっとファスナーを閉めることができた。

 荷物を詰め直して預入れした後、手荷物のバッグを2回もX線に通してやっと出国審査に辿り着いた。
 この出国審査の行列を見張っていたっぽいおじさんが何故だかフレンドリーで、「疲れたよ。」と苦情を申し述べたら、「今のは日本語で何て言うんだ?」と聞かれ、「僕は合気道をやっていたんだ。」という話になり、楽しくおしゃべりできたのが救いである。

 搭乗予定時刻をだいぶ過ぎて出国審査を抜けることができた。
 それでも、ここだけは行かなくてはとお土産物屋さんに寄る。
 ベネズエラ特産だというラム酒が欲しかったけれど、免税店のおじさんにボーディングチケットを見せたら「コンチネンタル航空は免税店で購入したアルコール類も持ち込めない。」と言われ、泣く泣く諦めた。
 代わりに、これまたベネズエラ特産だというチョコレートを買う。6種類のカカオ含有率の異なる板チョコのセットが一つ17ドルだった。
 到着したときに添乗員さんが買って来てくれた、一口サイズのチョコレートの詰め合わせが見つからず残念だ。

 大急ぎでお土産を買い込んで搭乗ゲートに向かったら、そこにも行列ができていた。
 3度目のX線検査である。
 どこかで事件があったのだろうか、というくらいの警戒ぶりだ。

 軍人のようにも見える結構な人数の係官が待ち構えていて、手荷物のバッグを指して「ずっと持っていたか。」「誰かから預かったものはないか。」と聞く。
 さらに、手荷物まで全員オープンチェックすると言う。
 明らかに我々一行が狙い撃ちされている気配に添乗員さんが大抗議をしても、聞く耳を持つ気配はない。

 さらに、ツアーメンバーのお一人の預入荷物に何か問題があるということになったらしく、荷物の積み込み口に残してあるので、そこへ一緒に行って検査を受けろと言われたらしい。
 添乗員さんが、「預入の前に全員がオープンチェックを受けているのにどうしてそんなことをされなくちゃいけないんだ。」とか「自分がこのグループの責任者だから一緒に行かせろ。」等と、さらにヒートアップして大抗議をしても、これまた耳を貸すような気配はない。

 彼女は、安全のために蛍光色のチョッキを着せられ、係官と一緒に地上に別に置かれた荷物のところに行くことになった。
 ご本人も「別に変なものは何も持っていないし、すぐ終わるでしょ。」と落ち着いていたし、「写真を撮ってあげたいけど、ここでさらに揉め事を起こす訳にはいかないわよね。」とおっしゃるツアーメンバーの方も見事な落ち着きである。
 流石、旅慣れた人々は違う。
 一番、落ち着かなかったのは添乗員さんかも知れない。

 ショルダーバッグにパンパンに詰め込んでいた私の荷物は、ただでさえ検査のために係官がはめているビニルの手袋とファスナーとの相性が悪いらしく、チェックというよりも開け閉めに時間がかかる。
 手伝おうとすると、当然のことながら「Don't touch!」と怒られてしまう。
 ここでライターを取り上げられ、裁縫セットの小さなはさみは責任者の人に確認された上で返して貰えた。ルール的には逆じゃないかと思ったけれど、お目こぼしをしてもらったのだから文句を言う筋合いでもない。
 最後には「開けておいて。後で自分で閉めるから。」とファスナー全開のままバッグを返してもらった。

 私の手荷物検査が終わる頃には、もうすでに辺りに人は残っていなかった。
 機内に向かおうとしたら、ツアーメンバーの方が固まって心配そうにこちらを見ているのと目があった。彼女はまだ戻ってこない。
 添乗員さんに「みんな待ってるけどどうする?」と声をかけると、「じゃあ、入口まで一緒に行きましょう。私はここで待っていますから。」ということになり、機内に入ったときには、ヒューストン行きCO1667便の離陸予定時刻である8時を回っていた。

 20分くらいかかってやっと彼女が機内に現れたときには、全員がほっとしたし、「お疲れ様。」と口々に声をかけた。一番ほっとしたのは添乗員さんだったろう。
 後で聞いたところによると、最初に荷物を全開して検査を受けた際、何かの拍子に懐中電灯のスイッチが入ってしまったようで、それが「すわ、危険物」という対応を呼んでしまったらしい。
 スイッチの入った懐中電灯を発見したら、そこで係官の緊張が解けたという。
 いずれにしても、大事にならずに何よりだった。落ち着いた対応の賜である。私だったらこうは行かない。

 飛行機は8時45分に離陸し、その1時間後に機内食が出た。
 ハムと卵とチーズのホットサンドとフルーツにマフィンというメニューである。こういうファストフードの方が、アメリカ系の航空会社の機内食としては美味しい気がする。
 この機内で爆睡し、かなりすっきりした。
 すっきりした頭で、この頃になって「失われた大地」を読んでいるのだから、我ながらマヌケである。

(以下、米国時間で表記。)

ホリデイインのお部屋 現地時間の12時50分、かなり遅れを取り戻して飛行機はヒューストンに到着した。
 ガラガラの入国審査を抜けて、14時30分には空港近くのホテルにチェックインできた。乗り継ぎの関係で米国内で1泊する。
 水道の水が飲めて、部屋に湯沸かしポットがあって、ロビーにフリーのコーヒーとレモネードとお水が置いてある。有り難い。
 部屋に入ると寒いくらいだったのでエアコンを止め、荷物を置いただけで部屋を出た。

 添乗員さんがホテルと交渉してくれて、時間が余っているし、NASAに行けるほどの時間はないし(タクシーを飛ばしても1時間くらいかかり、かつ、見学コースは16時くらいで受付が終わってしまうらしい)、近くのショッピングセンターにみなで行くことになった。
 15時集合で、ショッピングセンターに向かう。

 普通のショッピングセンターである。真ん中にフードコートがあって、3フロアくらいのデパートが入っていて、洋服、電化製品、小物などが売っている。1軒だけテキサスのお土産物を扱うお店もあったと思う。
 どなたかが「エンジェルフォールのツアーに参加する人がお買い物が好きだとも思えないんだけど。」と呟いていた。確かにそのとおりで、あまりお買い物をした人は見かけなかったような気がする。
 私も、本屋さんで売っていたWWFの壁掛けカレンダー(動物の親子or赤ちゃんシリーズ、15ドル)を購入しただけだ。

 どちらかというと、その後で行った、道路を隔てた反対側にあるスーパーの方がみな楽しそうにしていた。
 お酒や「きっと米国限定に違いない」というキュウリ味のプリングルスや香辛料、ハーブティ等々を買い込んでいる。
 ここで買わねば職場へのお土産を買う機会もなさそうで、探し回った挙げ句、緑茶ベースのフレーバーティを購入した。激しく安上がりである。

 18時前にスーパーからショッピングセンターに戻ろうと歩いていたところへ、突然、雨が降り始めた。
 スコールである。
 同時に日も射していて、地平線から地平線にかかる半円形の虹を見ることができた。

 ショッピングセンターに戻って、フードコートで夕食を食べた。このツアーの中で、唯一、ツアーに含まれていない食事だ。
 アルコールが売られていないのは、やはり米国が車社会だからだろう。確かにこのショッピングセンターに来る交通手段は車しか考えられない。
 フードコートにはハンバーガーもあれば、お寿司(もどき)もあれば、中華もある。
 私は中華のブースで、チャーハンと温野菜と白身魚のあんかけ(酢豚風)のものを頼んだ。これで7ドルだからお安い。

 時間をつぶすのに困ったショッピングセンター訪問も終了し、19時30分に迎えに来てくれたマイクロバスでホテルに戻った。
 その車中、私は自分の部屋番号を覚えていないことに気がついた。
 部屋番号が書かれたカードキー入れがお財布に入らなかったので置いてきてしまったのだ。キー自体は持っているし、何階で、エレベーターを降りて右に折れた左側の部屋であることは覚えていたので、5室くらい試せば辿り着くだろうけれど、そんなことをしていたらかなり怪しい。

 結局、添乗員さんにフロントに確認してもらった。お手数ばかりおかけして申し訳ない限りである。
 しかも、その流れで飲みに行く方々に加えていただき、ビールにラムコークと奢ってもらい、さらに同じカウンターにいた中国系米国人のお兄さんにウォッカ+レッドブルという、もしかしてそれって結構キケンな組み合わせなのでは、というお酒を奢ってもらい、2時間ばかり楽しく過ごした。
 もっとも、私の貧しい英語脳はもう開店休業状態だったので、にこにこしていただけだ。
 この最後のカクテルが効いて、部屋に戻ってしばらくはくらくらしてしまい、コーヒーをがぶ飲みした結果、翌朝までほとんど眠れなかった。

 ベネズエラ旅行記6日目<-  ->ベネズエラ旅行記8・9日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010.01.01

ベネズエラ旅行記6日目

2009年8月20日(木曜日)


 この日のモーニングノック予定時間は7時で、珍しく普通の時間に起きればよい筈だった。
 やはり前日に雨に打たれたのが祟っていたらしい。2時か3時、とにかくまだ外が暗い時間に目が覚めてしまい、しかも熱っぽい感じがする。
 解熱鎮痛剤を飲み、喉が渇いていたので1Lくらい水をがぶ飲みし、熱を下げるために体中に「休足時間」を貼りまくってもう一度寝た。


 一寝入りして目が覚めると、外が明るくなっていた。
 上にコートを羽織って外に出てみるとちょうど日の出である。
 ラグーンの滝の間、その背後にそびえるテプイの間から太陽が昇ってくるのが見える。
 慌ててカメラを取りに戻り、カナイマの日の出の瞬間を撮影した。
 5時40分過ぎのことである。


朝食 8時前に朝食をいただいた。
 トウモロコシのパン、スクランブルエッグ、トースト、ハム、チーズ、オレンジジュース、コーヒーというメニューである。トウモロコシのパンにバンズのように切り込みを入れ、そこにスクランブルエッグをはさんで食べると美味しい。
 このトウモロコシのパンだけはいつでもどこでも焼きたてが供される。


 8時30分過ぎにロッジを出発し、ラグーンクルーズに向かった。
 私のイメージでは「ラグーン」というのは「入り江」のことで、「入り江」だからそこは海でなければならない。しかし、カナイマのラグーンは海ではない。
 不思議に思い、どうしてカナイマに「ラグーン」があるのか、添乗員さんに教えてもらったけれど、忘れてしまった。


 カナイマのラグーンは綺麗である。
 見た目はビーチリゾートそのものだ。
 ラグーンにはいくつもの滝があり、全部まとめて「ゴンドリーナの滝」と呼ばれている。さらに一つ一つの滝にも名前が付いている。その後ろにはテプイがそびえ、まさしく絶景である。
 ラグーンクルーズは、昨日のエンジェルフォール展望台に行ったときに乗ったのと同じようなボートで、「今日はのんびりするのが目的ですから」と優雅な遊覧である。


 滝の近くをボートが通ったときにミスト状の水しぶきがかかったのが唯一の「冒険」らしいイベントだった。
 「水しぶきがかかる」という事前情報が前日にあったので、後で着替えられるよう、赤い長袖シャツとカーキのカーゴパンツを履いたらちょっと暑くて汗ばんでしまった。


カナイマラグーン ボートの旅は、途中、ラグーンにある島に上陸した。
 少し歩くと、アチャの滝を真正面から見ることができる。
 ここでもラグーンの水が茶色っぽいのはタンニンのためであり、手前に盛り上がっている白い泡もタンニンが攪拌されたものである。
 砂が綺麗なピンクに染まっているのもやはりタンニンのためだ。
 このタンニンを使って石けんを作ってお土産物として売り出し、起業すればいいんじゃないかという話が出たりした。


 当初の予定ではここで一度ロッジに戻って荷造りをしてから2度目のエンジェルフォール・フライトへ行くことになっていた。
 しかし、ガイドのウラジミールさんに連絡が入り、「今ならセスナが空いているので、先に飛んじゃいましょう。」ということになった。
 しみじみとアバウト(臨機応変ともいう)である。
 時間調整のために少しだけお土産物屋さんに寄り、空港まで歩いて行った。


セスナ機 ロライマ・テプイに行くヘリのときのグループ分けで、代表者がジャンケンで1便と2便を決めることになった。
 このセスナもまた、パイロットを含めて6人乗りという小ささである。
 ジャンケンの結果、私たちが先に飛ぶことになった。
 ヘリのときに助手席に乗っていない2人がジャンケンをして助手席が決まり、真ん中の列に2人、最後列に1人という配置である。
 カメラを2台抱えていた私が最後列を譲ってもらい、「ちゃんと写真を撮るように。」と厳命を受ける。


 10時過ぎ、第1便が飛び立った。
 飛び立つ直前、セスナの機内に蠅が1匹入り込んでいることに誰かが気がついた。
 窓が開いていたので「そのうち出て行くだろう」と思ったけれど、流石に離陸直前にパイロットのお兄さんが窓をぴしゃりと閉めてしまい、その蠅も私たちと一緒にエンジェルフォールフライトを楽しむことになった。
 お一人が、「**さん(添乗員さん)、きっと私たちだけで行かせたらとんでもないことになると心配して、蠅に変身して付いてきたんだよ!」と言い出して、機内は大笑いになった。
 何日か前、このメンバーで車に乗っていたとき、「蠅男」という映画の話になったことがあった。その話の再来である。


カラオ川上空テプイ上部


 そんな大笑いの4人を乗せて、セスナは、昨日ボートで3時間以上かけて遡ったカラオ川に沿って飛び、エンジェルフォールに向かった。
 昨日の朝とは打って変わっていいお天気である。青空も見える。
 そして、あっという間にテプイが連なる辺りに辿り着いた。
 雲はかかっているものの、テプイの形や、そのテーブル台地の「テーブル」の部分がはっきりと見える。


 そしてついに、エンジェルフォールが見えた!
 真ん中辺りに雲がかかってしまっているけれど、エンジェルフォールの上から下まで、見ることができる。
 滝壺近くでは虹がかかっている。


エンジェルフォール落ち口 セスナは、エンジェルフォールの上をなめるようにぐるりと旋回してくれる。
 ちょうどそのとき、エンジェルフォールの落ち口に着陸していたヘリが飛び立った。
 写真に撮ったつもりが残っていなかったので記憶に多少の不安はあるけれど、ヘリから人が降りて歩いているのを見たような気がする。
 そんなこともできるのだ。


 エンジェルフォールの上を右から左から旋回した後、セスナは再びテプイの上空を低空飛行して、カナイマへの帰路についた。
 この頃には、写真と動画を撮ろうとがんばっていた私はかなりクラックラしており、ファインダーを覗きすぎて気持ち悪くなる人がいるという注意事項を今更ながら思い出した。もう遅い。


 この帰り道がまた楽しかった。


カラオ川を行くボート カラオ川の上を、それこそ超低空飛行でセスナは飛ぶ。
 相変わらず川面は静かで、空と雲をくっきりと映している。
 川を行くボートがこんなに近く、同じ高さでセスナから見えるなんてあり得ないと思う。
 低く飛ぶ分スピード感は増して、かなり爽快かつアドベンチャーなフライトだった。


ラグーン上空 そして、最後の仕上げとばかりに、ついさっきボートから見たばかりのゴンドリーナの滝を掠めてセスナは飛び、ラグーンからすぐのところにある飛行場に戻った。
 面白かった!
 約40分のフライトが、もっともっと長く感じられた。
 気がつくと機内から蠅の姿は消えていて、着陸したセスナに向かって歩いてきている添乗員さんの姿が見え、またまた「元の姿に戻ったんだよ!」と大笑いになった。
 (この場を借りて懺悔します。添乗員さんごめんなさい。)


 添乗員さんも乗せた第2便が飛び立ち、残された第1便の4人は、空港のお土産物屋さんに釘付けになった。
 いわゆるお土産物屋さんにはほとんど寄っていないし、この先も空港にあるお店を除けば立ち寄る見込みもない。
 私は、ウラジミールさんの奥さんがやっているというお土産物屋さんで、絵はがき3枚(2ドル)とジャスパーの石で作られたペンダントトップを三つ(1個6ドル)購入した。


昼食 気が済むまでお買い物をして、ロッジに戻ったら11時過ぎだった。10分後には第2陣もロッジに帰着し、荷造りをして12時からロッジのレストランで昼食になった。
 シャワーシートで汗を拭き、全身着替えるとかなりさっぱりした。
 昼食は、レタスとトマトのサラダ、鶏肉のトマトソース煮、パン、ライス、コーヒーというメニューである。
 かなり迷った末、セスナの酔いが残っているような気がしたのでビールはパスした。


 第2陣は、私たちよりもさらに鮮明にエンジェルフォールを見ることができたらしい。添乗員さんが「アウヤン・テプイに登ることを決めました!」と宣言していた。
 しみじみと、タフである。
 エンジェルフォールの落ち口に降りられるヘリに乗ってみたいとしか思わない私とは、比べるのも失礼ながら雲泥の差である。


 もう後は帰るだけなのが淋しい。
 そして、この帰り道が果てしなく長いのが悲しい。


プエルト・オルダス 13時過ぎにチャーターのセスナが出発し、約1時間のフライトでプエルト・オルダスに到着した。
 セスナの窓からこんな景色が見え、「もうここはギアナ高地ではないんだな」「街に帰ってきてしまったよ」と思う。
 プエルト・オルダスは工業都市で、周辺には黒い煙をもくもくと吐いている工場もたくさんある。
 着陸して、その辺に適当に駐めたように見えるセスナから空港ビルに荷物を自力で運び、お手洗いに入って出てくると、大雨が降っていた。
 私たちは運がよい。


おやつ カラカス行きの飛行機は18時発で、4時間待ちである。
 この待ち時間にプエルト・オルダスにある植物園やショッピングセンターなどに行くこともあるらしい。
 今回は、雨のせいか空港までの道が大渋滞しているという情報が入り、空港内のカフェでおしゃべりでもして待ちましょうということになった。


 ベネズエラのカフェでは「エスプレッソ」か「カフェオレ」かの選択肢しかないような気がする。
 カフェオレを頼み、添乗員さんが空港内で調達してきてくれたおやつをみなで賞味する。
 白いのはクリームチーズ、オレンジ色がマンゴーのゼリー(ちなみにこれが一番お値段が高かったらしい)、茶色っぽいのはバナナの羊羹のようなお菓子である。
 見た目に反して、どれも美味しかった。


 空港内のお土産物屋さんを覗いたり、空港内のカフェでコーヒー豆を買ったり、時間をつぶしていると、9人が固まって座っていたのに何故だか私を狙ったように話しかけてくるベネズエラ人の女性がいた。
 私が全く使えない英語力を駆使してお話させていただいたところ、彼女は日系3世で、母方の祖父はミヤケさんという名字だそうだ。日本にも行ったことがあると言う。
 ご本人は日系企業のジェネラル・マネージャーで、プエルト・オルダスにはミーティングのために来ており、普段はカラカスで働いているそうだ。彼女の勤める会社には日本人駐在員もいて、彼らはみな英語がしゃべれるという。


 旅行に来た、この8人の女性がグループであると言うと、「ビーチには行ったか。」「日本人はベネズエラにはバードウォッチングに来ているのだ。」と言い、後者についてはその真意と真偽が謎だったけれど、前者については、携帯電話で撮ったビーチリゾートの写真など見せてくださる。
 確かに綺麗な海だ。
 忘れていたけれど、ベネズエラはカリブ海に面しているのである。


 一方で「エンジェルフォール」を見に来たと言ったら、あまりピンと来ていない様子だった。
 18時発予定の国内線が遅れ、多分、30分以上、私は彼女とお話させていただいたと思う。
 拙すぎる英語力しかない相手に、簡単な英語で意思疎通できる話題を探してくれた彼女も大変だったと思うけれど、それに付いて行こうとがんばりすぎたらしく、脳みそを使いすぎて気持ち悪くなった。


 R7745便カラカス行きの飛行機の中でも国際交流は続いた。
 お隣に座っていた父子は、日本に行ったことがあるのか、日本語を勉強していたことがあるらしい。
 息子の方は5〜6歳に見えたし、お父さんの方がもうだいぶ日本語を忘れてしまったという趣旨のことを英語で言っていたから、日本に家族で住んでいたことがあるのかも知れない。
 いきなり「私は日本語が話せません。」と若いお父さんから日本語で話しかけられたときにはびっくりした。
 しかし、この息子がとにかく可愛かった。何しろ、お父さんに促されての第一声が「私の名前はマルコと申します。」である!


 お父さんのリクエストで、マルコの持っていたノートに「マルコ」とひらがなとカタカナと漢字で書いてあげると、非常に喜んでもらえたのが、こちらもとても嬉しかった。
 私の汚い字で申し訳ない限りである。
 脳みそが疲れ果てていなかったらもっとおしゃべりしたかったけれど、とても残念だった。
 でも、見ているだけで幸福になれる父子だった。


 20時30分頃にカラカスに到着し、空港内の人の多さに酔いそうになった。
 カラカス市内は治安が良くないので、カラカス郊外のカリブ海に面したリゾートホテルである「オレ・カリベ」が今夜の宿である。
 21時過ぎに到着し、チェックインもそこそこに夕食をいただくことになった。
 スープが出る前に、全員にボールペンがプレゼントされたのが謎である。


夕食 夕食のメニューは、シャンツァイの利いた野菜スープ、シーフードプレート、デザート(デザートワゴンが登場した!)だった。
 飛行機の中で爆睡したせいか、脳みその疲労が全身に及んだのか、今ひとつ調子がよくなかったので、アルコールはパスしてメロンジュースを頼む。この「今、絞ってきました」という感じのメロンジュースがとても美味しかった。


 ベネズエラに来て初めて食べたシーフードは、とても美味しかった。しかし、どう見てもこのお皿は2〜3名分という量である。
 見事に完食した方もいらしたけれど、私は半分弱でギブアップし、デザートもチョコレートケーキが美味しそうだったのを泣く泣く諦め、プリンをいただいた。
 確か空港を出たときには雨は降っていなかったのに、夕食の間、窓の外は嵐かと思うくらいの大雨が降っていた。


オレ・カリベのお部屋 夕食を終えて部屋に入ったのは22時過ぎだった。
 カラカスの空港でお別れしたキャリーケースも部屋に運ばれている。
 久しぶりのバスタブが嬉しくて、まずはお湯を貯めようとしたけれど何故か水しか出ない。5つ星ホテルだと念を押されたのにおかしいと首を捻って、ピンと来た。
 スペイン語では、確か、Cがお湯でHが水なのである。
 Cと書かれた蛇口をひねると熱いお湯が勢いよく出て来た。


 ベネズエラから絵はがきを出すチャンスは明日の朝しかない。
 お湯をためている間に絵はがきを書き、ゆっくりお風呂に浸かるともう23時30分だ。
 明朝のモーニングコールが4時なのが辛いと思いつつ、荷造りもそこそこにベッドに潜り込んだ。


 ベネズエラ旅行記5日目その2<-  ->ベネズエラ旅行記7日目

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年12月 | トップページ | 2010年2月 »