2010年1月16日(土曜日)
昨年2月に妹が結婚し、10月に披露宴があった。
妹は4月に家を出て新婚生活を送っていたので、正直に言って、妹の結婚準備で大変だったという記憶はない。
でも、母はかなりやきもきし、気を遣っていたようで、9月半ばくらいから「披露宴が終わったら富士山を見に行こう。」と言われていた。
9月半ばに「富士山を見に行く」と言われたら、紅葉と富士を見たいのだろうと思うではないか。
ところが、「今月は疲れた。」とか「今月は(妹の旦那様のご両親を)お招きしたから疲れた。」と先送りになり、ついには「真っ白い富士山が見られればいい。」と言われたときには唖然とした。
それなら、最初からそう言ってくれればそのつもりで計画したのにと思う。
そんな紆余曲折を経て、2010年1月16日(土曜日)から1泊2日で、河口湖に母と2人で富士山を眺めに出かけた。
何度母に確認しても「富士山を見られればいい。」と言う。そのつもりで、珍しくのんびり、ゆったり、歩く計画も遊ぶ計画も立てなかった。その代わり、宿は、富士山と河口湖の両方を眺められる、風のテラス KUKUNAを選んだ。
出発もゆっくりにして、新宿でお昼を食べてから出かけることにした。お昼ごはんは、母のリクエストで牛タンのねぎしに行き、二人とも和風シチュー定食をいただく。
時間が余ったので「最低気温が-7度、最高気温が2度ではとても寒いに違いない」とデパートで母が毛糸の帽子を購入し、13時10分新宿発の富士急行の高速バスで河口湖に向けて出発した。
高速バス料金は、Web割引があって片道一人1600円だ。安い。
河口湖経由平野行きの高速バスは後方に空席が一つ二つ見えただけでほぼ満席だった。
みんなどこへ行くのだろう、土曜の昼過ぎの中途半端な時間帯なのに、と不思議に思う。
中央高速は全く渋滞しておらず、所要2時間弱ではサービスエリアでの休憩もなく、時折見える富士山の勇姿に目を凝らしているうちに、15時前、河口湖駅に到着した。
ホテルのホームページを見ると、河口湖駅から電話すれば送迎の車が来てくれるという。
電話をしてみると、「今そちらに迎えの車が行っているので、富士観光の案内所の方に行ってみてください。」という返事だ。
慌ててそちらに行ってみると、確かにバンが待っていて「お一人は助手席に乗っていただきます。」と言われる。母を呼んできて無事に送迎の車に乗ることができた。
駅を出るときに見えた駅前の温度計には3.6度と表示されていて、その数字より体感は暖かい。完璧な防寒対策を施した甲斐があったようだ。
このときの私は、山用の長袖アンダーシャツ、黒の長袖のハイネックシャツ、白とグレーとベージュのチェックの毛の厚手シャツ、グレーのダウンコート、下は黒のタイツに黒の綿パンツ、お腹と黒のハイカットウォーキングシューズの中にカイロ、という防寒態勢である。
運転している方が「3日前に降った雪がまだ残っていて・・・。」とおっしゃる。その口調からは、どうも「雪が降るのはいつものこと」というニュアンスが感じられない。
「河口湖の辺りは、あまり雪は降らないんですか?」と尋ねると、「回数としてはほとんどないですね。」というお返事だった。
雪よりも、河口湖に氷が張るかどうかが寒さのメルクマールらしい。「今朝は、河口湖大橋の方まで一面、薄氷が張っていました。」とおっしゃっていた。
ホテルに到着するとたくさんの人が待ち構えていて、争うように荷物を持ってロビーに案内してくれた。
ホテルの外観もロビーも、南国調といえばいいのか、アジアンテイストといえばいいのか、ハワイアンテイストといえばいいのか、その折衷のような雰囲気である。
ウエルカムドリンクもハイビスカスティーとハーブクッキーだ。
チェックインし、夕食の時間は「今日は花火があって混み合っているので」17時台か19時15分かどちらかです、と言われた。
20時から始まる花火がお部屋から見えることは判っていたので、ゆっくり夕食をいただこうと17時45分からで予約をお願いした。
今はまだ15時過ぎだし、夕食前に温泉に浸かればきっとお腹も空くだろう。
夕方からお天気が崩れるという予報どおり、空に黒っぽい雲が出始め、富士山自体も何となく明るく光ってぼんやりした感じに見える。
お部屋のテラスからこれだけ富士山が真正面に見られたら文句はない。
お茶を入れ、お腹は空いていなかったのでお菓子はパスして、種なし梅をいただく。
ロビーや廊下などは南国リゾート調に改装されている一方で、少なくとも4階の和室のお部屋は、元の「日本旅館風」のままだ。テーブルクロスなど小物で南国リゾートを演出しようとがんばっている、という風情である。
来月に改装予定とホテルのWebサイトにお知らせが出ていたから、ちょっとぺこぺこしていた畳もきっと新しくされるだろう。
富士山はいくら見ていても見飽きないけれど、何しろ「温泉に浸かってお腹を空かせる」という重要なミッションがある。
16時過ぎに大浴場に向かった。
かなり混雑している。男湯はスリッパが4〜5足しかないのに、女湯の方は20足近いスリッパが見える。
スリッパの間違いを防ぐために小さな洗濯ばさみ(数字やひらがなの印つき)が用意されているところが細やかな心配りである。
この大浴場で、実は、温泉の表示を見た記憶がない。
大抵、温泉の場合は効能や成分が表示されている(表示義務があったような気がする)けれど、それがない。
お湯自体も、さらっとしていて無色透明、硫黄泉でないことだけは間違いない無臭のお湯である。
ホテルのWebサイトで「温泉施設」と唱っているから温泉だと思っていた。しかし、そういえばサイトにも温泉の成分等の説明はなかったし、もしかすると温泉ではなかったのかも知れない。
大浴場はなかなか快適だった。
露天風呂は寝湯、内風呂は立ち湯で入れるようになっている。他にサウナもある。
9階にあって、眺めもいい。
その代わり、露天風呂はもの凄く寒かった。冷たい風が吹き付ける感じで、どうしても肩の一部が出てしまう寝湯では温まる気がしない。何だかお湯もぬるめのような気がしてきて、いつまででも入っていられるけれど、いつまでも温まらない気がする。
手前にかかった雲がピンクに染まった富士山をゆっくりと露天風呂から眺め、最後に内風呂でゆっくり温まってから上がった。
正味、1時間である。
湯上がり処には、「富士の銘水」とその銘水から作った麦茶が用意されていて、こくこく飲んだ。
部屋に戻ると、西の空はぼんやりしたオレンジに染まり、そのオレンジがぎりぎり富士山に届くかどうか、という辺りまで広がって来ていた。
富士山はすでにシルエットである。
この雲がなかったら、オレンジに染まる富士山を見ることができたろうか。
しかし、17時45分から夕食である。そうそうのんびりしている訳には行かない。
夕食はホテル内のレストランでのハーフビュッフェか、7軒隣にある網焼きのお店に行くか、選ぶことができる。
母に聞いたところ、即答で「網焼きの方がいいかな。」だったので、そちらを予約してあった。
外に行くのだから、部屋着のままという訳には行かないし、第一寒い。
再び防寒対策バッチリに着込んで、「網焼HAMA」に出かけた。
網焼きのメニューはこんな感じである。
魚介(ホタテ、有頭エビ、イカ)
お肉(牛フィレステーキ、富士桜ポーク、手羽、ソーセージ2種)
野菜(おかわり自由 きゃべつ、タマネギ、トマト、ピーマン、ジャガイモ、カボチャ、エリンギ、しめじ、にんじん等)
ごはん(ごはんか焼きおにぎりで、おかわり自由)、わかめスープ、グリーンサラダ、
私も母も「ごはん」には焼きおにぎりを選び(この焼きおにぎりも目の前で焼いて食べる)、母は生ビール、私は、富士桜高原ビールのラオホを選んだ。
富士桜高原ビールのラオホは、麦芽を乾燥させるときにスモークした、黒ビールっぽい味と見た目のビールで、母は「癖が強すぎる。」と言う。私は濃いめに下味の付けられた網焼きと一緒に飲んだら絶品だと思う。
ここ5か月以上、それまでの食事量と比べると良くて2/3くらいしか受け付けなかった私の胃が、これだけのごはんを食べ尽くし、お野菜はお代わりもし、デザートのきな粉黒蜜アイスまで食べきったのだから、素晴らしい。
17時45分過ぎに食べ始めたにもかかわらず、食べ終わってレストランを出たのは19時15分だった。
「お車を呼びましょうか。」と言ってもらったけれど、腹ごなしにもならない距離だし、たくさん食べて身体は温まっているし、ゆっくり歩いて帰った。
ホテルのお土産物屋さんを覗いた母は、「私のためにあるようなお茶だ!」と叫んでヤーコン茶を購入していた。
私は寒中見舞い用に富士山の絵はがきを購入し、部屋に戻る。
20時から、第13回冬花火・湖上の舞と題して、20分にわたって花火が打ち上げられる。
少し遠いけれど、テラスに出れば遮るものもなく花火をバッチリ見ることができる。
2010年最初の花火だったようで、「こっちの電気も消さないとだめだ!」などとホテル・スタッフの方が調整に走っている声が聞こえてくる。
ホテル前の小さな公園のようなスペースではキャンドルサービスも行われている。
母と二人、寒い中カメラを構え、夢中になって花火を見、写真を撮りまくった。
20分間の花火は、夏なら少し短く寂しく感じたかも知れない。
真冬の寒さの中、凍えながら、お部屋に用意されていたカイロでかじかむ手を暖めながら見ていると、夏の花火よりも色鮮やかにくっきりしていて、とても綺麗だったし、堪能した! という感じだ。
きっと、花火を見ていた人は大浴場に温まりに行くに違いない。
そう思って、混雑を避けようと二人で寝っ転がって「世界・ふしぎ発見!」を見始めたら、この週のテーマが「甦るイースター島伝説 歩け!歩くんだ!モアイ!!」でやけにハマってしまい、結局、最後まで見た。何だかマヌケである。
22時20分過ぎに行った大浴場はそれでもかなり混雑していた。
夕方に入ったときよりは露天風呂に浸かっていても寒くなく、1時間くらいのんびりした。
母は「綺麗な夕焼けと富士山」が見られなかったことを相当に悔しく思っていたらしい。
私に何度も「明日の日の出は何時くらい?」と聞く。自慢ではないが、私がそんなことを知っているわけがない。
あまりにも何度も聞かれたので、23時も過ぎているのに恐る恐るフロントに電話して「明日の日の出は何時かご存知でしょうか・・・。」と尋ねたところ、パリっとした男性の声が「6時54分でございます。」と何の躊躇もなく即答してくださった。素晴らしい。
目覚まし時計を6時30分にセットし、「明日は早起きだ!」と言いつつお布団に入った。
河口湖旅行記2日目はこちら。